224、発情期94、レオナルド侯爵
驚いた。
全く気配に気がつかなかった。
気がつかないうちに、誰かが勝手に俺の体の上に乗っているんだ。
白いダブっとしたサイズ大きめの服を着た人間。
銀色の仮面をつけている。
肌は全く見えず。
ただ仮面にあいた2つの穴から、黒く黒く輝く瞳が見える。
「誰だ。お前は!」
「あ、バレちゃった? もうちょっと、君達の話を盗み聞きしたかったのだけれど。つい神をディスる誘惑に勝てなかった!」
「な、ん、だ、と?」
「いや〜神の悪口を神の前で言うって、罰当たりで、楽しいねぇ。癖になっちゃいそう」
「え………お前もアキリアをディスってた?」
「そだよ。神の悪口を言う君の頭達に紛れてディスってれば、何言っても僕はバレないと思ってたんだけど………つい嬉しくなって、油断した。見つかっちゃった」
俺の首の一本に手をかけてバランスを取りながら、失敗失敗とケラケラ邪気なく笑う銀仮面の人間。
既視感。
見た事ある。
なんだコイツ。
………格好がグドウ伯爵によく似てる。
肌を露出させない服装に仮面。
一度存在に気がついてしまうと、目が離せなくなる存在感。
そして………特に仮面が色違いながらも………
グドウ伯爵のつけてた仮面に、よく似ているデザイン。
声は全然違うけど………
でも………
「お前グドウ伯爵! か? 追いかけて来たのか?」
「違うよ」
しれっと否定するが………コイツ。
グドウ伯爵か?
………い、いや違う、か?
姿はグドウ伯爵によく似ている。
だが
銀色の仮面から覗く唯一露出した目に、グドウ伯爵のような、追い詰められて狂った、悲壮感と狂気が無い。
地獄の様な格好いいハスキー声色でもないし。
それどころか、コイツ………
何だか暖かい。
なんだコレは?
声も………
それより何よりも、柔らかく優しい目をしている。
銀色の仮面に空いた2つの穴から覗く2つの輝き。
宝石の様に綺麗な輝く優しい目玉。
思えば………俺は、今迄の竜生。
こんなに優しい目で、誰かに見つめられた経験があっただろうか?
ふと、そんな事を考えてしまう程には優しい目が、俺を見上げている。
狂気に満ちたグドウ伯爵が、もしも、こんな目を、できるのならば………
俺はグドウ伯爵に執着し無かったかも知れないし………
あるいわ、狂喜して喜んだかも知れない。
グドウ伯爵から、こんな目で見つめられたらと思うと………それだけで果ててしまうかも知れない。
でもコイツ………格好はグドウ伯爵によく似てる。
全くの偶然、似た格好をしているとは考え難い。
てか、本当に誰だコイツ。
図々しくも、しれっと俺に気が付かれずに、俺の背中に乗ってるし。
今の俺、巨大なヤマタノオロチだぞ。
どんな度胸と技量だ、コイツは?
そうだ!
困った時の神頼み。
「おい、アキリア。コイツ、グドウ伯爵か?」
『違う………………薙ぎ払え!』
「え? 今なんて言った?」
かつてない程に、切羽詰まったアキリアの声。
『ソイツがレオナルド侯爵だ。薙ぎ払え。絶対に逃がしちゃ駄目だ』
「お、おい。何言ってる? そもそも、お前レオナルド侯爵とは戦うなって言ってたじゃん。言う事聞くつもりは無かったけど」
『事情が変わった。殺るんだよ。イケ』
おいおい。
何かアキリアの様子がおかしい。
テンパってる?
いやまて、そうじゃない。
考えろ。
それどころじゃない。
コイツがレオナルド侯爵だと?
俺の目標?
グドウ伯爵の想い人?
ここは、ただの田舎街道だ。
近くに人里すらない。
何だってそんな所に、俺の目標のレオナルド侯爵が?
侯爵ってさ、屋敷や城にふんぞり返ってるものじゃないのか?
「いや、イケと言われても、心の準備が」
「へぇ? 狙いは僕だったのか? なるほどなるほど。急に巨大なヒュドラが現れたと聞いて驚いたのだけど。ナルホド。目的は僕か?」
レオナルド侯爵は、優しく微笑う。




