2.目玉焼きよりも、首の無いドラゴン
「やぁ。お早いおかえりだね」
黒い男が、にこやかに笑いながら、死んだ俺を出迎えた。
黒い人間のような存在。
アキリアだ。
先刻見たときよりも、ひどく上機嫌に見える。
「おい。生まれる前に食べられたんだが」
「運が悪かったね」
「どうなってる」
「しょうが無いさ。運が悪かった」
「運って?」
「肉食可能な動物は、皆卵は好きだもの」
「そういう問題か?」
「君も好きだろ卵」
「いや覚えている限り食べた記憶はない」
ん〜どんな味だっけか?
「まぁ記憶は消したしね」
「それだ。その記憶だ」
「記憶がどうしたの?」
「なぜ俺は記憶を消されずに転生した?」
「ああそれね」
「説明と違うじゃないか」
「まぁ、あの状況だったからね〜」
「戦闘状態だったな」
「すぐに戻ってくる可能性が、高かったから〜。そっちのほうが面白いし」
アキリアは、ふざけた事をいいながら、
くるりくるりと、その場で回転した。
「おい。わかってて、あんな修羅場に送り込んだのか?」
「どうだろう?」
「俺目玉焼きにされたぞ」
「食べられたのは残念だったね。でも楽しかったよ」
いや、あんな結構なトラウマ体験を、残念の一言で済ますなよ。
しかも楽しいって………。
「ああなると予想してたのか?」
「………」
「だから、ここでの俺の記憶を消さなかったろ」
「まさかね」
「俺が転生先ですぐ殺されて、戻ってくると思ってたな」
「ぜんぜん思ってないよ〜?」
「ほんとか?」
「もしかしたらこうなるかもな〜とは、思ってた」
なんて奴だ。
「おい」
「予想が外れても、まぁいいや。くらいの気だったけれども」
「そんないい加減な」
「痛くは無かったろ。ならいいでしょ。見てて楽しかったよ」
テキト〜すぎる。
アキリアは、見た目重厚なラスボス感がある。
が
凄い存在感だが、外見と違い適当な性格らしい。
話してみると、だんだん口調が砕けてきた。
いろいろ軽い。
こっちが本性なのかもしれない?
「たしかに痛くは無かった」
「でしょ」
「でも、何も見えなかったし」
「ほうほう」
「恐怖の音だけ聞こえるって、結構怖かったんだぞ」
「それはそれは羨ましい」
「なんで恐怖が羨ましいんだ?」
「僕はもう長い間、怖いとか感じたことないからね」
人差し指を立てポーズをとって、
アキリアは、自慢だかなんだかわからないことを言う。
「それで、俺はこれからどうなるんだ?」
「ん?」
「天国とか行くのか?」
「いやぁ、もう一回転生する? 再転生だ」
「まじで?」
「マジだよ。君、面白いし」
ニヤリと笑うアキリア。
嫌な予感しかしない。
「もう一度目玉焼きに転生とかやめてくれよ」
「ああ。わかったよ。何になりたい?」
「今度こそドラゴンで、お願いします」
深々と頭を下げる。
「あんな目にあっても、まだドラゴンになりたいの?」
「モチロン」
「そうかいそうかい。では、もう一度行ってきなよ〜」
アキリアはピースサインを作り、
腕をこちらに向かって振った。
瞬間世界が歪む。
以前感じた感覚。再転生か。
今度こそまともな転生ができますように。そう願った。
「オイ、まじかアキリア。また記憶がある………」
記憶があるぞ。
っと言いかけたところで、今度は目が見えた。
どうやら凄く広い洞窟の中らしい。
広い、まるでどこぞのドーム並みの広さだ。
だが広さなどに気を取られる暇もなかった。
目の前の惨状に思わず絶句する。
目の前に、食べかけの巨大な目玉焼きがあるからだ。
「もしかしなくてもコレ。俺の前世じゃないか?」
お、おおう。
前世の自分の死体を見るにしても、
コレはないだろう。
無残な殺され方をした前世の俺。
食べかけの目玉焼きになって、ほこほこと、
いい匂いをさせていた。
思わず一口食べて見たくなる。
素晴らしいホコホコ感だ。
………美味しそう。
ジュルリ。
いや、いかんいかん。ヨダレがでそう。
「クックック。シュール過ぎて笑うしか無いな」
うお、なんじゃこりゃ?
卵の周囲を見て絶句する。
前回の転生の際は、卵の中にいた。
だから周囲の状況は全く見えなかった。
が、今回はちゃんと見える。
目の前の光景に、衝撃を受けた。
ドラゴンだ。
デカイ。
人間を一掴みにできそうな手。
黒光りするその体は、
禍々しくも神秘的な黒光りをしている。
ただし、それは悲しい物体だった。
首が無いのだ。
首だけ切り取られていた。
周囲に首が落ちてないところを見ると、
持ち去られたのだろう。
「マッマ?」
首の無いその偉容。
全身傷のついたその体は、
卵を守らんと文字通り死力を尽くし、
そして報われなかったのだろう。
そのあり方が見て取れる死体に、
思わず涙を流した。
涙を拭こうとしたところで、
自分の半透明で爬虫類のような手をみて、驚いた。
再転生後、いったい何度目の驚きだろう。
「うわ、なんじゃコリャー。どうなってるの?」
なんでこんな手に。
しかもなんか透けてるんだけど
今まで当たり前だと思っていたものが、
当たり前でなくなるショックは、かなりでかい。
コーンコーン
オロオロしていると、
頭の中にひどく軽快な鐘の音が鳴る。
『やぁ、驚いてるね。僕だよアキリアだよ』
頭の中に直接アキリアの声が届く。
なんだこれ?
だけどそれよりも優先して聞かなきゃいけないことがある。
「アキリア、俺のこの手はどういう事だ」
『う〜ん。はじめからそんなもんじゃない?』
「嘘つけ」
『まぁまぁ落ち着きなよ』
「落ち着けるか」
『そもそもドラゴンになりたいって言ったのは君だろ』
そうだった。
「あ、言われてみれば」
『ドラゴンがドラゴンの手になるのは仕方ないよ』
「あ、そうか。俺ドラゴンに生まれ変わったんだった」
「そだよ」
「すまん忘れてたわ。あれ? でもなんで透けてんの?」
うっかりしていた。
そういや俺、ドラゴンだったわ。
それならドラゴンの手になるのもおかしくない。
でも透けてるのはなんでだ?
「とりあえず、百聞は一見にしかずだ」
「?」
「よく目をこらして、自分のステータスを見たいと願うんだ」
「願うとどうなる?」
「ドラゴンになった君には、特別な目が与えられてる」
「なにぃ」
「あらゆるものを見抜く、竜眼のスキルが宿っているよ」
なんか使えそうなスキルきた。
鑑定さんっぽいな。
「竜眼まじか。なんかかっこいい。どうやって使うんだ」
「ただ目をこらすだけでいい」
「簡単じゃん」
「竜族にデフォルトで備わってる能力だからね」
「おお」
「特別な行為は必要ないよ」
竜族凄いな。
やっぱりドラゴン最高。
首のないマッマドラゴンも最高に胸がトキメイタ。
「なんか、はじめから凄いな」
「君はみんなの憧れ、ドラゴンだからね」
「そうか」
「みんなの人気者さ。目の前を見てみなよ」
「前って言うと?」
「人気者過ぎて、君の親はあの通りさ」
そう言われて目の前にある、
巨大な首のないドラゴンの屍を見る。
人気ありすぎて、狩られた屍。
………こんな人気はイラン。
いったい全体、どんな人気があれば、
こうなるんだ?
賞金首だったとか、たしか言ってたしな。
ホントにどんな人気だろう?
「マッマ」
「マッマって、なんだい? その奇妙な呼び方?」
「ほっとけ」
「いやそれより、その竜、父親かもしれないよ」
「パッパ?」
「ドラゴンは雌雄あってないようなものだからね」
「それ、どうやって卵産むんだ?」
「繁殖はやろうと思えば、一頭でもできるよ」
「スゲえ」
「2頭でつがって卵を生むこともあるけどね」
「まさかの雌雄同体?」
「そうだね」
「俺ナメクジと、おなじ方法で繁殖できるのかな?」
「アメーバみたいに単細胞分裂で増えないだけまだマシだね」
「それは流石に嫌すぎる」
単細胞分裂で二体に分かれるって、
どんな気分なんだろうか?
竜がそんな増え方したら驚異だ。
「そんな事よりも、早く自分を竜眼で鑑定してみなよ」
「ああ」
「せっかくの能力だ。使わなきゃね。時間もないし」
「そうだな。やってみる。竜眼発動」
目に力を集中して自分の手をみる。
すると文字が見えてきた。
レベル 1
種族 ドラゴンゴースト(アンデッド)
身体 弱い
魔力 弱い
耐性 凄い。弱光
スキル 竜眼、憑依転生、自爆、魂の劣化、福音
「何だこれ?ドラゴンゴーストってなんだ?」
「だから手が透けてるのさ」
「なんと」
「せっかくだからね」
「せっかくって何だ?」
「コスパのいい方法で、君を転生させようと思ってね」
「なんだよコスパって」
「ほらそこの目の前に前世の君があるでしょ」
目の前の巨大な目玉焼きを見る。
「目玉焼きを俺の前世と呼ぶな」
「まぁまぁ。話は最後まで聞き給え」
「了解」
「ほら君のスキルに、憑依転生と言うのがあるだろう」
「ああ」
「それは一度だけしか使えない」
「一回か」
「だけど他者の肉体と融合して、奪い取れるというぶっ壊れスキルだよ」
「何だそれ」
他者の体を乗っ取れるって、
ぶっ壊れスキルにも程がある。
バランスブレイカー待ったなしだ。
「だからね。君の前世の身体に、そのスキルを使えいい」
「目玉焼きにか?」
「そそ。すると見事ドラゴンとして甦れるってわけだ」
「おお、凄い」
「ちょっと死んで食べられてるけど」
「無残だ」
「スキルの過程で再生するだろうから、まぁ大丈夫だろう」
再生して生き返るのか?
それは便利だ。
「放っておけば、君の前世の身体は、冒険者達が戻ってきて持っていってしまうだろうから」
「それは不味い」
「その前に目玉焼きに、憑依転生スキルを使うんだ」
「わかった」
「復活してから、その場を離れなさい」
おお、なるほど。
「戻ってくるの? 冒険者が?」
「そりぁ来るんじゃない?」
「なんで?」
「運びきれなかった分の、竜の素材を取りに来るさ。竜って人間にとっては宝の山だしね」
「ドラゴンの体。マッマ」
呟いて首のないドラゴンを見上げる。
雄々しくソレは哀しかった。
無念というものを、体現したかのようなその威容。
話したこともないマッマ。
それには胸をうたれる。
カッコいい。
胸のトキメキが止まらない。止められない。
「君のパッパかもしれないけどね」
「そうだったね」
「………」
「ところで俺の持つ憑依転生以外のスキルには、どんな効果があるんだ?」
首の無い竜をみあげながら質問、正直気もそぞろ。
それぐらい首の無い竜に心を惹かれていた。
「竜眼と同じく使ってみなよ。それが手っ取り早い」
「そうだな。竜眼は鑑定だな」
「だね」
「つ〜か、ざっくりした頭悪そうな鑑定だな」
「まぁ覚えたてだし」
「慣れるとどうなるんだ?」
「慣れれば細かく数値でみれるようになるんじゃない?」
なるほど。鍛えれば強くなるかもか。
他のスキルわ〜っと。
「そういうものか。他には自爆スキルっておい」
「さぁ試しなよ」
「試さねえよ。一発で、またそっち行きじゃあるまいか?」
「いやいや、久しぶりに面白い、おもちゃを見つけた」
「俺の事か?」
「壊れるまで遊んで治して、また壊さないと」
「おい。そのおもちゃって、俺の事じゃないだろーな」
「思い当たるフシがあれば、そうじゃ無い?」
なんて奴だ。
こいつ邪神かなんかじゃあるまいか?
「まあいい。他のスキル。魂の劣化、福音ってスキルはなんだい?」
「魂の劣化は、存在しているだけで、ガンガン自分の寿命が削れるアンデッドスキル」
「地雷スキルだろ。それ」
持ってるだけで駄目な奴だ。
それ。いらん。
「福音スキルは、何らかの神の加護を、神の気まぐれで受けることができる事があるスキル」
「おお、なんかお得っぽい」
「今こうして僕と話せるのも、福音スキルのおかげだ」
「え?」
「だから君ふうに言うと、ぶっ壊れスキルだね」
後半だけはもしかしたら、
限りなくゴミスキルじゃなかろ〜か?
「ぶっ壊れ?」
「福音が無ければ、君は自爆を試して死んでたに違いない」
「なわけ無いだろ」
「どうかな?」
「むしろお前が俺をそそのかして、自爆させようとするじゃないか」
「福音が無ければ。魂の劣化に気がつかず。もうすぐ死ぬに違いない」
へ???
なんか物騒なワードがでた。
「うん? そういやさっきは福音に気を取られて、軽く触れただけでスルーしたけれど、何だ、その魂の劣化スキル?」
「アンデッドは不自然な存在だからね」
「ほうほう」
「負の魔力の濃い場所とか、よほど適応できる環境にいないと、ガンガン寿命が削れていくよ」
「まじか? やばくね?」
余命宣告みたいなもんじゃないか。
俺死ぬじゃん。
「やばいね。生命力にみちあふれてる、生物の集落とか、強力な生命体のそばとかでは、アンデッド特に寿命が削れるね」
「町中歩けなくね?」
「さっきまで、生命力溢れてた、ドラゴンが住んでいた竜の巣とか、アンデッドにとっては最悪だよね」
おい。それここの事?
本当にやばくね?
「どれくらい寿命削れたんだ?」
「僕の見立てじゃ。余命数分とかそんなもんじゃない?」
すぐ死ぬの? 俺。
「おい、ふざけんな」
「大丈夫大丈夫。憑依転生スキルを使って、生き返れば問題ないよ。生き返ってアンデッドやめれば良いのさ」
「本当か」
「さぁ急いで、時間は有限。特に君の残りの時間はね」
そう言ってアキリアが、楽しそうに、
くつくつと笑う声が聞こえてきた。
「くそ、人をおもちゃ扱いしやがって」
いや、今は時間が無い。
早く憑依転生スキルを使って生き返らなければ。
そう思って前世の俺(巨大目玉焼き)の方へ近づく。
ただの目玉焼きに憑依転生?
かっこ悪い。
美味しそうだけれど。
見れば見るほど、かっこ悪い。
目玉焼きが好きな人でも、
最終的にドラゴンになるとしても、
一時的にでも、これになりたい人はいまい。
それに比べて
「マッマ。パッパかもしれないけど」
首のないドラゴンの屍を見上げた。
かっこいい。
首は無いけど、とてもカッコイイ。
卵を守らんと戦った、我が親の勇姿。
守りきれなかった無念の象徴。
胸がトキメク、鼓動がヤバイ。
俺が何を考えたか言うまでもない。
目玉焼きなんかと憑依転生できるか。
目の前には、ほこほこした目玉焼き。
それと、カッコイイ首無しドラゴンの屍がある。
俺が憧れた竜とは、どちらの事だろう?
何を悩むことがある?
「スキル憑依転生」
「おいおい。君はいったい何をする気だい?」
焦るアキリア、
だが俺は全く躊躇うことない。
かっこ悪い自分の前世ではなく。
トキメク心に押されるままに
パッパ(マッマかもしれんが)の身体に転生する事にした。