十二.勇者?(68
転生後初の真剣勝負。
生涯最強の敵かもしれない狼との死闘は続いていた。
死体から貰った剣?
取った剣?
まぁどっちでもいいか。
どこにでもありそうな鉄の剣を振りかぶり、
何度も狼を狙って振り下ろすが、かすりもしない。
俺の攻撃。
避けられる。
再び再攻撃。のループ。
攻撃を続けられる事は正直楽しい。
楽しい事は楽しいのだけれど、勝てる気がしない。
「アキリア聞こえるか? こいつの弱点を教えてくれ」
「ん〜。特に無いよ」
「へ? そんな。いきなり完全無欠な耐性を持つ、強敵に出会ってしまったか?」
「いいや。というか仲間を呼ぶのと、警戒心強くて慎重なだけで、他にめぼしい特技も能力も持ってない雑魚だよ、ソイツ」
なんだって?
馬鹿な。ありえない。
「レベル38の俺と、30分近く戦っている狼だぞ」
「そだね」
「しかも俺が、一発も入れる事ができ無い猛者だぞ、こいつ」
「レベル以前の問題じゃ無い? 君の剣が下手くそなんだよ」
「いや、この狼は、きっとレベル50くらいの強敵のはずだ」
でなきゃとっくに勝負ついてるはず。
アキリアさえも欺く擬態力を持ってる狼に違いない。
………俺、武器持つの初めてで、
上手く使えて無い気がするけど、気のせいだ。
何だか、剣を振るたびに、すっぽ抜けそうな気もするが、気のせいだ。
素手で殴ったら、一撃で勝てそうな気がするけど、気のせいだ。
きっと、この狼が擬態してるんだ。
「狼のレベル10くらいだよ。もっとレベル低いかも」
「馬鹿なありえん。それだけのレベル差があれば、瞬殺できるはずだ」
「君がヘボいんだよ。剣の練習とかした事無いでしょ。剣のスキルも持って無いし」
いや、まてよ。
ちがうそうじゃ無い。
「は、そうか。この狼こそ、選ばれし伝説の勇者」
「え〜?」
「勇者補正で絶対負けない狼」
「だから違うって」
「そうか。これが俺にとっての初めてのテンプレ負けイベントか」
「………………」
「アキリアなかなか良いイベント用意したな」
「え? 僕のせい? 何だいそれ? 知らない知らない」
「いや、皆まで言うなアキリア」
「僕は本当に、そんなイベント知らないよ」
「ふふふ。騙されないぞ。これはお前の仕込みだろ」
「違う違う。無罪だ冤罪だ」
「犯罪者は皆そう言うんだ」
「は、犯罪者? 僕が?」
アキリア。鈍いのか?
俺を欺こうとしているのか?
賢い俺は、早いところで気がついて良かった。
負けイベントに気が付かなければ、最後まで粘って体力を消費していた。
あげく本当に負けていたかもしれない。
だが負けイベントだと、わかってしまえば問題ない。
逃げれば良いのだ。
出来るだけ格好良くな。
「さらばだ。狼の勇者よ。次に会うときは、お互い成長して、世界をかけて戦おう」
格好良く一方的なライバル宣言。
ポーズもキメる。
いま俺は、どこからどう見ても格好いい。
そして、俺こと火力発電太は踵を返し、一目散に逃げ出した。
36計逃げるにしかず。
「ちょっとちょっと、本気で狼相手に逃げちゃうの?」
「そりゃそうだろ」
「なんで?」
「どうやっても勝てない勇者を相手に、何時までも戦っていられるか」
「勇者? 本当に狼が勇者なの? 嘘だ〜」
「節穴アキリア」
ボソリと小さく呟く。
「今、なんて言った〜?」
「次戦うときは、きっとアイツ雷魔法とか使ってくるぜ」
「ウオオオオオォ」
逃げる発電太の後ろから、狼の遠吠えがきこえてくる。
「む、きゃつめも再戦にむけて、気合十分だな」
「いやいや。仲間呼んでるだけじゃない?」
「何? そうか、部下に俺を追いかけさせる気かもしれんな」
「狼は数で攻めるの好きだからね」
狼、頭いいな。
節穴アキリアとは大違いだ。
「く、変幻を解いて、ドラゴンゾンビ形態で迎え撃つか?」
「待って魂を削る覚悟で、狼を相手にドラゴンゾンビになるの? 本気かい?」
「そうだ」
「君にプライドとかあるなら、やめといたほうがいいよ」
「む、そうか?」
「恥の上塗りはやめよう」
「現在、使える攻撃スキルが無いとはいえ、ドラゴンゾンビになりさえすれば、狼など恐れるにたりないが。なんせ臭いからな」
狼など鼻の良い動物に、
ドラゴンゾンビの腐臭は、耐えられまいて
「いや、そうじゃなくて」
「そうか、忘れていた」
「なにを?」
「彼奴は狼とはいえ勇者だったな」
「違うと思うよ」
「古今東西の伝説で」
「ん?」
「勇者に勝てるドラゴンゾンビは、聞いたことが無い」
「ねえ? 君の頭大丈夫?」
何を言っているんだアキリアは。
アキリアが節穴なだけだ。
「危なく相性の差で負けるところだった」
「………う〜んとね。取り敢えずね」
「なんだ?」
「ドラゴンゾンビ状態での、残り寿命は三分切ってるからね」
「うそ」
「次に使うと死ぬかもね」
「なんで〜〜」
それって、いつの間にか
切り札使えなくなってる状態じゃんか。
ヤバイ。
マジで死ぬところだった。
狼と相打ちになる所だった。
「元々寿命が大破してたし」
「あ〜ね。元々余裕は無かった」
「君のマッマがやらかして」
「あ〜」
「しかも前回の戦闘で、人間一人しか食べなかったし」
「そうだった」
「残りの寿命を使い捨てちゃったから、余命大赤字だよね」
「なんてこったい」
マッマ大暴れしてたもんなぁ。
その勇姿を思い出す。
「大破どころか撃沈間近だよ」
「そんな事になってたのか」
「変幻スキルが切れたら終わりだから」
「変幻スキルさん。まじ神」
「元の姿に戻るにしても慎重にね」
「そりゃ、命がかかってるから慎重になるけどさ」
なんてこった。
知らずにさっきの戦闘で使ってたら、撃沈してたな。
さすがは勇者との負けイベント戦闘だ。
選択肢を間違うとゲームオーバー、一直線だよ。
切り札が使え無いとするならば、
とにかく走るしかない。
おそらく街が、あるであろう方向へ向かって一直線だ。
周囲は、荒野からやや緑が増えていた。
狼が仲間を集めて追跡してくる前に、逃げ切るのだ。
ひたすら走っているうちに、ふと気がついた。
全然スタミナが切れない。
なんか、かなり早く走れているし。
リトルドラゴンだった頃のステータスは、
脳筋パワーキャラだった。
人間形態にも、それが反映されているのだろうか?
ヒャッホイ。
全速力で駆けるのは気分がいい。
ふと思う。
「なぁアキリア。スキルの所持上限を増やす方法は無いの?」
「ん〜なんでだい?」
「たった5個しか、スキルを持てないじゃん」
「そうだね」
「何かを取るたびに、何かを捨てないとだし」
「うん」
「そもそも全然たりないよ」
現在既にスキルスロット満杯だ。
「う〜ん、普通に5つもスキル持ってるほうが稀だからね〜」
「そうなの、」
「まぁ大抵が1つか2つ、持ってない生物も多いよ」
「スキル自体がレア物なんだ」
「何かの壁を超えたときに、獲られるものだからね〜」
壁か。
限界突破ご褒美的なやつか。
「さっきの戦闘でわかったけど、俺のスキルさ」
「うん」
「竜眼、魂の劣化、神託、変幻、デイジーカッター、コレさ。戦闘で、まったく使えね〜じゃん」
「まぁそうだね」
「だろ」
スキルが一つでも使えれば、たぶん負けはしなかった。
いや、負ける気もしないけどさ。
勝つのも困難。
ドラゴンが戦闘で、全くスキル使えないって何なんだ?
でくのぼうドラゴン?
「5つもスキルを持ってるのに、ほぼカカシって凄いね」
「カカシゆうな。というかさ」
「ん?」
「デイジーカッター以外が、下手に外せないのが問題なんだよ」
「まぁ………そうかな」
「魂の劣化のせいで変幻がいるし」
「ソレは必須」
「竜眼や福音とか使えないくせに、手放すのもためらわれるし」
いたし痒し。
「な、な、な、なんて事を言うんだ」
アキリアは酷く動揺している。
俺は何か不味いこといったかな?
「俺? 変な事いった?」
「よりにもよって、僕の福音スキルが使えないだって〜。それレアだよレア」
「そなの?」
「誰もが欲しがるレアスキルだよ。それ欲しさに、崖から飛び降りた人がいるくらいの」
何だよそれ?
スキル手に入れる為の修行方法?
物騒だ。
………その結果に、アキリアと交信出来るスキルが手に入るって、
………報われないな〜。
ハイリスク、ローリターン。
「何かいい事あるの? このスキル」
「それさえあれば、たまに僕等からスキルもらえるし」
「変幻もらったな」
「危機を知らせてもらえたり」
「そうだっけ?」
「神様っぽい何かと会話できたり、お得感満載だ」
「そっかレアスキルか。う〜む、じゃあ竜眼捨てるか」
「鑑定もレア物だけどね」
「でもなぁ、竜でないときに使えないし」
「リトルドラゴン状態なら使えるじゃん」
そうだった。
リトルドラゴン状態でなら、自由に竜眼つかえるから、
変幻でリトルドラゴンになれば、鑑定し放題だな。
便利じゃん。
じゃあ竜眼も外れない。
「なるほど、これからずっとリトルドラゴン状態で………駄目だ」
「どうして? 名案じゃん」
「これから人間の街に行くからな〜。リトルドラゴン状態だと狩られてしまうよ」
リトルドラゴンとか、人間からみたら宝の山だよな。
生かしてもよし。
殺して素材にしても良し。
「そっか。ああ、そうだ」
「なに?」
「スキル5つの壁を超える方法はあるにはあるけど、教えるわけにはいかないんだよ」
「あるなら教えろよ。ケチリア」
「ケ、ケチリア? それって僕の事かい?」
「だってケチだし」
「信じられない。馬鹿にされた」
「怒るなよケチリア」
「こんな侮辱は、僕が慈悲深き女神になって初めて受けた」
「そりゃそうだろうな」
その名称を、名乗りだしたの今日だし。
「君は慈悲深き女神を、なんだと思ってるんだい?」
「慈悲深いなら許してくれよ。それくらい」
「!!!」
「てか慈悲深き女神って言い出したの、今日じゃないか」
全力疾走で、狼から逃げ切りながら、
そんなコントじみた会話をしていた。