9 二人の車中泊
「だぁー! 流石に疲れちゃった……」
「お疲れ様」
チャレンジの途中で取りに行っていた夕食を手渡す。
「取りに行ってくれてたんだ、ありがと」
「それを喰ったらもう寝よう。夜は明かりが付けられないから」
「ゾンビにバレちゃうもんね」
夕闇の空を見つめて、食事にありつく。
霊気は便利だが扱うのにも体力と気力がいる。
明日どころか一分後にも何があるかわからない状況下だ。
疲れを明日に残さないよう、しっかりと栄養を取らないと。
「ごちそうさまでした」
歯を磨き、口を濯いだ水を車外に吐き出す。
行儀が悪いが許してほしい。
「あたし座って寝るの初めてかも。シートベルトとか絞めたりする?」
「いや、夕璃は二階で寝てくれ」
「二階?」
天井のハッチを開けてやると、夕璃は目を輝かせた。
「なにこれ! トラックって二階があったんだ! すごーい!」
スカートのまま二階へと上がっていく夕璃から目を逸らしつつ、こちらは座席に身を預ける。
夕璃は二階、俺は運転席だ。
正直、座席は就寝に向いていないし、ここで夜を明かせば明日に支障を来す。
だが、例え体調が万全でなくても霊気の扱いに長けた俺なら誤魔化せるだろう。
逆に夕璃はダイレクトに生存率に関わってくる。
夕璃が成長するまで暫く俺はこっちで寝ることになるだろう。
早めに体が慣れてくれるといいんだけど。
「あれ? イヅナはまだ起きてるの?」
「いや、寝るけど」
「じゃあ、早く上がって来なよ」
「まさか一緒に寝るつもりか? うら若き男女が同じ布団で?」
「あ……そっか。じゃあ、イヅナが二階を使ってよ。元々、イヅナが見付けたトラックなんだし」
「俺なら平気だから遠慮せずに布団で寝てくれ」
「むー……」
「いまトラックの主は俺なんだ。家主の言うことには従ってもらわないと」
「……わかった」
そう口ではいいつつも夕璃は助手席に降りてしまう。
「イヅナが上で寝ないならあたしもこっちで寝ることにする!」
「なんでそうなる」
「だってあたしだけ布団でなんて、気が咎めて眠れないし」
「じゃあ一緒に寝るか?」
そう冗談めかして言うと、夕璃は考え込むように口を閉ざしてしまった。
いやな沈黙が流れる。
「おい? まさか本気にしてないよな?」
「いいよ」
「は?」
「いいって言ってるの。二人で寝ようよ」
「おいおいおい」
「はい、決定! ほら、早く!」
「待てって」
手を引かれて強引に立たされる。
「いいのかよ、ホントに」
「いいの。イヅナは優しいし、大丈夫でしょ。きっと」
「いつ俺はそんな信頼を勝ち取ったんだ?」
「えーっと、あたしの命を助けてくれたでしょ? 食糧も分けてもらえたし、いまも気遣ってもくれてる。ほら、良い人じゃん。出会い方はアレだったけど……だから大丈夫」
「でもなぁ……」
「それとも、やっぱり何かする気だった?」
「いや、そんな気はねぇけど」
「じゃあいいじゃん。これ以上拒否すると逆に怪しく見えちゃうよー」
「ずるいぞ、その言い方は」
「あはは。イヅナは難しく考えすぎだよ。それに別々に寝たって結局、ハッチに鍵は掛けらんないし。イヅナが本気になったらあたしなんてなんの抵抗もできないし」
「本当に止めろ、その言い方は」
「だから、ね? 観念しなって」
寝室スペースで寝たほうが体力の回復効率はいい。
現状、最も生存率の高い選択はたしかに二人で寝室スペースを使うことだ。
様々な、本当に様々な理由があって俺は運転席を選んだけれど、それはベストじゃない。
「……わかったよ」
「オッケ。決まり。さぁさぁ!」
「わかった、わかった」
半ば押し込まれる形で寝室スペースへ。
「ここまで来たら拒否はしないけど、せめて離れるだけ離れて寝るからな」
「いいよ。って言ってもそんなに広いスペースがあるわけじゃないけどね」
就寝スペースは縦に長い構造になっている。
端と端によって寝ても間には一日取り分のスペースしか空かない。
中々どうして心許ない間だけど、これはもうしようがないと思おう。
「毛布があってよかった。俺はこっちを使うから」
「うん。じゃあ、おやすみ。イヅナ」
「おやすみ、夕璃」
ベッドサイドライトの明かりを消し、辺りは暗闇に包まれる。
少しでも動けば衣擦れの音が相手に聞こえるような深い静寂で空間が満ちた。
息づかいすら聞こえてしまいそうだ。
体を真っ直ぐにして寝られるのはいいが、近くに人がいるとそれはそれで寝付けない。
いや、正直に言おう。
正確に言えば側で異性が寝ていると思うと、だ。
夕璃の手前、ああは言ったけれど。まったく意識しないわけじゃない。
襲う気なんて微塵もないけど、それと意識するのはまた別問題だ。
体はまったく動いていないのに、心臓の鼓動だけが激しく脈打つ。
まさか自分の心臓に睡眠を邪魔される時がくるとはな。
「ねぇ、もう寝た?」
暗闇に響く夕璃の声。
それに応えようと口を開く前に言葉が重ねられる。
「寝た、よね」
布団が捲られる音がする。
夕璃が近づいてくる音がする。
毛布が捲られた。
いったい何を。
「みんな……いなくなっちゃった……」
背中に触れられた感触と、忍び泣く声。
直前まで何を考えていたのかと、暢気な自分を恥じた。
当然だ。
夕璃はなにも語らないが、大切な人を亡くしただろうし、帰る家を無くしただろう。
二日前まで当たり前だと思っていた日常を奪われたんだ。
気丈に振る舞っていただけで、心はすでに限界だった。
二人で寝ようと言ったのも、俺を気遣ってのこともあるだろうが、夕璃自身が人肌恋しかったのかも知れない。
ドラマならここで気の利いたセリフでも言うのだろうけど、生憎とこちらにそんな用意はない。
だから、黙っていることにした。
このまま眠った振りをして背中を貸すことにする。
それが俺が今この場でしてやれる限界だ。
それからどれくらいたったか、泣き疲れて夕璃は眠ってしまった。
背中から寝息が聞こえてくる。
泣いてすっきりしたならいいんだけど。
明日は夕璃より遅く起きることにしよう。
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