6 ショッピングカート
「この際、ファッションがどうのとか言ってられないな」
「あたしとしては気にしたいところだけど」
「とりあえず、めぼしいのを片っ端から籠に詰めてけばいい。ゾンビも……まだ大丈夫そうだし」
「好きなファッションを好きなだけできるって考えるとなんか夢みたいかも」
「夢を叶えた対価がこれじゃ釣り合いが取れねぇけどな」
「だね」
俺は男物の服を手当たり次第に、夕璃はすこしだけえり好みしつつ、衣服を籠に詰めていく。
瓦礫の中を這い、硝子を袖で払い、ゾンビから逃げた俺の衣服はボロボロだ。
着替えたら元から着てたほうは捨ててしまおう。
「ねぇ、イヅナ。こっちとこっちどっちがいいと思う?」
「両方」
「あと一着しか入りそうにないの! ね、どっち?」
片方を着ればいいと思ったけれど、すぐに思い直した。
重ね着するといざって時に体の動きが鈍くなるかも知れない。
考えすぎだとは思うけど、それが生死を分けるかも。
「……じゃあ」
こういう時、本人の中ではすでに答えが出ているとかいないとか。
背中を押して欲しいのであって、こちらの好みは聞いていないらしい。
なら、実質これはクイズで正解を選ぶ必要があるのでは?
「そうだな」
試しに指先を彷徨わせて見ると、夕璃の表情が微かに変わる。
その機微を読み取るに左手にある白いほうの可能性が高い。
「そっちで」
「やっぱり!? あたしもこっちが良いと思ってたんだよね。イヅナ、わかってんじゃん」
どうやら無事に正解できたようで安堵の息をつく。
なんの時間だったんだ? いまの。
「これで衣類も確保できた。さっさとここから――」
視界の端に映り込んだ赤。
何よりも艶めかしい色合いに言葉が途切れ、咄嗟の判断を迫られる。
そこにいたのはゾンビだった。
すでに視界に捉えられている。
一声でも上げれば、周囲のゾンビが押し寄せてくるのは明白だった。
その口が大きく開かれた刹那、この足の底で霊気が爆発する。
運転手を車外に蹴飛ばしたのと同様に、今度は自分の体を霊気で吹き飛ばす。
勢いは一瞬にしてゾンビの元へと俺を運び、霊気のナイフで顎下を突く。
刃は脳天から突き抜けて止まり、ゾンビの大口は硬く閉じられる。
「ふぅ……」
ゾンビと言えど指示系統の脳をやられれば一溜まりもないはず。
ナイフを掻き消すと遺体に戻ったそれは力なく倒れ伏す。
それを見過ごしたのが行けなかった。
「しまっ――」
倒れていくゾンビはその指を商品に引っかけていた。
力が加わったことでその商品を着たマネキンが派手な音を立てて倒れる。
更にはその拍子に跳ねて別のマネキンまで地面に転がった。
「あぁ、不味い」
人々の喧噪のないショッピングモールに響き渡った音。
その山彦のようにゾンビの呻き声が帰ってくる。
奴らに俺たちの存在がバレた。
「走れ! 夕璃!」
「え、あっ、うん!」
足音がする。
無数に連なったものだ。
すぐにでもゾンビが押し寄せてくるはず。
そうなる前に二階から降りないと、一階にたどり着けなくなる。
「くそッ、遅かったか」
「うそ……」
エスカレーターの手前で駆けていた足が止また。
大量のゾンビがエスカレーターを登ろうとしている。上手く登れずに倒れ伏した先頭を踏み潰して後続が更に上へと登る。遅々としているが確実に二階へと近づいていた。
「ど、どうするの。回り道!?」
「そんな暇もないみたいだ」
元から二階にいたゾンビが集結しつつある。
右を見ても左を見ても前を見ても後ろを見ても、ゾンビだらけ。
「囲まれちゃったよ! イヅナの手品であたしたち浮かせらんないの!?」
「悪いけど、人一人でもキツいから無理だ」
飛び降りるか? いや、この高さだ。足を挫きでもしたら逃げられない。
それは本当に最後の手段だな。
「そんな……あたしたちここで終わりなの? そんなのやだ!」
「俺もごめんだ。けど、この数を押し通るのは……」
どこに目を向けてもゾンビが映る状況下、ふと目についたのはカートだった。
押せばガラガラと音を鳴らすため使わなかったもの。
それが近くに放置されている。
「夕璃。ジェットコースターは平気か?」
「え? 平気だけど」
「なら、決まりだ。担ぐぞ」
「へ? きゃっ!?」
膝の裏に腕を通して夕璃を抱きかかえ、霊気でカートを引き寄せた。
同時に靴底で霊気を爆発させて跳躍。
カートに飛び乗ると更にそこから霊気を爆破してカートごと宙に浮かばせる。
着地点はエスカレーターの手摺り部分。
ポルターガイストで姿勢制御しつつ片輪走行で一息に駆け下る。
「ちょちょちょっ! ひゃぁあああぁあああッ!」
ゾンビに反応すら許さない速度で一階へと降り、そのまま出口へと舵を切る。
追い縋るゾンビを振り切り、立ち塞がるゾンビを躱し、ガラス片を踏み潰して店外へ。
「抜けたッ」
そのまま駆け抜けてトラックの側でカートを乗り捨てた。
よければブックマークと評価をしていただけると嬉しいです。