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5 生存者


「まずッ――」


 慌てて踏み止まるも、息は抜けない。

 突然のことに、彼女は驚愕の表情を浮かべている。

 叫ばれたらゾンビに気付かれる。


「待った!」


 左手を伸ばし、彼女の口を強引に塞ぐ。

 勢いで陳列棚に押しつける形となり、いくつかの商品が床に転がった。


「んんっ! んんん!」

「ま、待った待った。無茶を言うようだけど落ち着いてくれ。悪かった、ゾンビだと思ったんだよ。いいか? 叫んだらゾンビに気付かれる。いいか?」


 小刻みに何度も頷くので、そっと口元から手を離す。


「はぁ……はぁ……びっくりした……」

「本当に悪かったよ。まさか生きた人間に会うとは思ってなかったからさ」


 涙目になって息を整える様子を見ると胸に来るものがある。

 申し訳ない。


「大丈夫か?」

「う、うん。平気。ちょっとびっくりしただけだから」

「本当に――」

「大丈夫。そんなに謝らなくてもいいから。ふぅー」


 落ち着いたようで、こっちも安堵の息が出た。


幽谷ゆうこくイヅナだ」

「あたしは暮凪夕璃くれなぎゆうりだよ。夕璃って呼んでよね、イヅナ」

「あぁ、そうさせてもらうよ」


 夕璃はすこし乱れた長い茶髪を手櫛で軽く解いている。

 その爪には色が付いていて、メイクも多少崩れているものの流行モノ。

 言動からしてもギャルって感じだ。


「でも、あたし以外にもちゃんと生きてる人がいたんだね。よかった」

「ってことは一人なのか」

「うん。そっちは?」

「俺も」

「そうなんだ。でも、ここで会えてよかった。一人じゃ心細いしね」

「あぁ、そうだな」


 食糧には余裕がある。あと一人二人増えても十分なくらいには。

 そうでなくても二人ならより効率的に物資を探し出せる。

 孤独に怯えなくていい。

 互いに一人なら、共に行動したほう生存率は上がりそうだ。

 向こうも同じ考えだろう。


「ここへは食糧を?」

「そう。もうお腹ぺこぺこで昨日のお昼からなにも食べてなくてさ」


 ちょうど腹の虫が鳴いたようで、夕璃は咄嗟に腹を押さえた。


「えへへ」


 顔は赤くなっていた。


「とりあえず、これでも食べるか?」


 籠に入りきらないからとポケットに入れておいたカロリーバーを差し出す。


「ありがとう。助かるー」

「腹の音でゾンビに気付かれたら大変だからな」

「いじわる」

「ごめん、ごめん」


 ふくれっ面になった夕璃にカロリーバーを渡す。


「これはもういいな」


 握り締めていた霊気のナイフを掻き消す。


「わ、なにそれ。消えちゃった」

「え、見えてたのか? 今の」

「え? うん。いまナイフが消えたでしょ? どんな手品?」


 霊気で作ったナイフは普通の人間には見えないはずなのに。


「もしかして霊感とかあったりする?」


 カロリーバーを食べる手が止まる。


「な、なんでわかったの?」


 もしかしたら戦力にもなるかも知れない。


§


「やば、なにそれ。どうなってんの?」


 霊気によるポルターガイストを利用して買い物籠を浮かせて運ぶ。

 夕璃はその真下をうろちょろとしながら興味深そうに底をぺたぺたと触っている。


「話はあとだ。必要なものがあれば籠に入れてくれ。あまり長居したくない」

「わ、わかった。じゃあ、えっと」


 ティッシュ箱やビニール袋、割り箸や紙皿紙コップ。

 食糧の次は思いつく限りの生活必需品集め。

 複数個浮かべていた買い物籠は瞬く間に一杯になった。


「とりあえず、今はこんなものか。あとは服だな」

「アパレルショップなら二階にあったよね。たしか……あっち!」


 指差された方向へと向かうため、無人のレジに差し掛かる。

 都市機能が停止した今、防犯カメラも万引き防止装置も起動しない。

 大手を振って通り過ぎた。

 けれど。

 夕璃はセルフレジの前で立ち止まった。

 その手には財布が握られている。


「あはは。足りるかどうかわからないんだけどさ」


 自嘲するように夕璃は財布からあるだけの札と硬貨をレジの上に置く。

 俺たちがやっていることは万引きや略奪と変わらない。

 生きるためにはしようがないことでも気が咎めてしまうんだろう。

 これは自分を納得させるための儀式として必要なものだ。


「……じゃあ、こいつは服の代金だ」

「え?」


 俺も財布から金を取り出してレジの上に置く。


「いいの? 付き合っちゃって」

「どうせ使い道もないからな。行こうぜ」

「……うん!」


 二人でレジを通過してアパレルショップのある二階へ。

 音で気を逸らすやり方でゾンビをやり過ごし、無事に辿り着く。

 展示されたマネキンに紛れるように駆け込むと、早速数ある中の一つを手に取った。

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