3 夜明け
「そうと決まれば暗くなる前に確かめないと」
足が向かうのはこのトラックの後ろ側、コンテナの扉部分。
鍵は座席の下に落ちていた。
物々しい音を立ててコンテナが開く。
確かめるのはこのトラックの積み荷だ。
「悪いけど、漁らせてもらうからなっと」
コンテナの中にはぎっしりと段ボール箱が詰まっていた。
一部は無茶な運転や衝突のせいで崩れている。
中身をたしかめようとコンテナに上がると爪先でなにかを蹴る。
拾い上げたそれには鯖の味噌煮と書かれていた。
「か……缶詰!」
急いで破れた段ボールから次を取り出すと、また別の種類の缶詰が出てくる。
「じゃあこれはっ!」
他の段ボールの中身も確かめると、やはり缶詰がぎっしりと詰まっていた。
「マジかよ。これ全部、缶詰か」
絶望的な状況下に一筋の光が差した。
知らず知らずの間に頬は緩み、山積みの段ボールが希望の塊に見える。
これだけあれば食糧には困らない。
生き残れるかも知れない。
「と、とりあえず五つくらいにしとくか」
ポケットに缶詰を詰めてコンテナの扉を閉める。
しっかりと鍵を掛けたのを確認し、周囲に気を配りつつ助手席へ。
「ごちそうだ」
こういった時こそ、食の有り難みが身に染みた。
物が食べられれば、腹が一杯になれば、それだけで救われる。
昨日まで漫然と食事をしていたのが嘘みたいだ。
「もう日が落ちるな」
辺りは暗くなり、ぽつりぽつりと星が顔を見せる。
完全な夜になればゾンビもこちらを見付けづらくなるはず。
「携帯の電波は……当然か」
圏外の表示を見て直ぐに電源を落とし、光が漏れないようにする。
「ロックよし。これでもし見付かっても耐えられるはず。あとは……」
助手席と運転席を眺めて思案する。
「どうやって寝ようか……」
座席の背もたれを倒せるようなスペースはない。
運転席と助手席を跨ぐようにして寝るのも構造上出来そうにない。
「座ったまま寝るしかないか……ん?」
背もたれにどっと体を預けて仰ぎ見た天井にハッチのような物があった。
どうしてこんなところに? と疑問に思いつつも、ハッチがあるならその先に空間があるということ。
「屋根裏?」
座席の上に立ち、運転席と助手席の間にある台に足を掛ける。
ハッチは簡単に開き、その先に手を掛けると柔らかい感触を得た。
「これって……」
半身をハッチに通過させ、俺はようやくこの空間の全容を把握する。
人一人が寝転んであまりある空間に布かれた布団。
ここは運転手のための就寝スペースだ。
「トラックの二階ってこうなってたのか」
たまに目については、あのナポレオンフィッシュのコブのような部分はなんなのかと思っていたけれど、こうなっていたのか。
「これで足を伸ばして眠れる……」
疲れ切り、痛み切った体を癒やすように掛け布団の上から寝転ぶ。
全身から力が抜けていく感覚がして、大きなため息を吐く。
このまま直ぐにでも眠ってしまえそうだ。
そう思っていたけれど。
「……眠れない」
今日一日で色んなことがありすぎた。
瞼を閉じるたびに、今日の出来事が延々と繰り返されてしまう。
瓦礫の中で目を覚ましたこと、死を強く意識したこと、ゾンビとは言え人を轢き殺したこと。
そして運転席から運転手を蹴り飛ばしたこと。
「くそッ」
この就寝スペースも、布かれた布団も、脇にある雑誌の束も、元はあの運転手のものだった。
あぁ、わかってる。運転手はゾンビになっていた。
俺は襲われたし、自分が助かることで精一杯だ。
車外に蹴り飛ばしたのは仕方のないことだった。
けど。
「……ごめん」
膝を抱えて呟いた言葉に、自己満足以上の意味はない。
けど、それでも、言わずにはいられなかった。
それから何分か、何十分か、何時間か、膝を抱えたまま過ごし、気がつけば朝になっていた。
小窓のカーテンを開けると、朝の日差しに目が眩む。
昨日を生き延びた証だ。
「……今日も生き残るぞ、俺は」
頬に残っていた雫の痕を拭い、運転席へと降りてハッチを閉めた。
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