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2 トラック


 物心ついた頃から人には見えないモノが見えていた。

 人であって人ではないモノ。

 人の目に見えてはならないモノ。

 肉体を失ってもこの世に存在するモノ。

 それらの存在を指摘するたびに、大人たちは顔を顰めてこう言った。

 見てはいけない、触れてはいけない、応えてはいけない。

 呪文のように唱えられた言いつけの重要性は幼心にも理解するのに時間は掛からなかった。

 テレビから流れてくる霊災害ゴーストハザードのニュース。

 ゴーストの危険性を説く大人たちの真剣な表情。

 俺は次第に人には見えないゴーストを、他の人と同じように見えないモノとして扱うようになっていた。

 九歳の時だ。

 養護施設で共に過ごした友達がゴーストに取り憑かれた。

 見てはいけない、触れてはいけない、応えてはいけない。

 俺は大人たちの言いつけ通り見なかったことにした。

 みるみるうちに友達は元気をなくし、寝たきりになり、衰弱していく。

 そのうち隔離されて誰も友達とは会えなくなり、ついに養護施設では手に負えなくなった。

 ようやく友達と顔を合わせられたのはいよいと入院するという段階になって。

 十数日ぶりに友達を見て、俺は大人たちの言いつけを守ったことを激しく後悔した。

 死んだような蒼白い肌、浮き出た骨格、死んだような虚ろな瞳。

 そんな友達の上に覆い被さったおぞましいゴースト。

 叫び声を上げた、無我夢中だった、助けなければと思いが逸る。

 その瞬間、自身の奥底から何かが湧き出し、その力を使って俺はゴーストを消し飛ばした。

 後に、俺はその力が霊気や霊力と呼ばれるモノだと知る。


§


 迫り来る夥しい数のゾンビ。

 その血塗れの腕が、爪の剥がれた指先が、欠けた歯が、この身に届くその前に。


「やむを得ねぇんだ、恨むなよ」


 体の奥底から練り上げた力を体の外側へと放出する。

 見えないモノが見える者にしか扱えない霊気。

 それは周囲にある瓦礫や破片を空中に浮かべ、俺の命令をただ待っている。

 意識するのは押し寄せるゾンビじゃない。

 その奥に見えている大型トラックだ。

 コンテナを背中に積んだトラックに霊気が作用し、音を立ててエンジンが動く。

 霊的現象の一つポルターガイスト。

 民家にめり込んでいるトラックはそのまま外壁を打ち壊しながら発進。

 瓦礫を踏み越えると、ゾンビの群れを後ろから轢き潰していく。

 肉と骨が潰れる音が鳴り、血飛沫がフロント硝子を紅く染め、ゾンビを吹き飛ばしながら俺の元へ。


「このままッ」


 猛スピードで走るトラックに飛び乗り、助手席に飛び込むと一息をつく。


「がぁあああああああッ!」

「ッ――」


 安堵したのも束の間、運転席に座っていた運転手が叫ぶ。

 陥没した頭部を痛がる素振りも見せず、目と歯をむき出しにして襲い来る。


「このッ」


 咄嗟に足を使って運転手を押さえ、ポルターガイストを駆使して運転席側のドアを開く。


「出て行けッ!」


 霊気を足に集中させて解き放ち、運転手を吹き飛ばす。

 車外に飛び出た後は言うまでもなく、鈍い音を立てて地面を転がった。


「助かった……」


 再び安堵の息を吐き、血で赤く染まったフロント硝子を霊気で拭う。

 瞬間、助手席から民家の壁が目と鼻の先に映った。


「右ッ!」


 霊気によってハンドルを限界まで右へと回して緊急回避。

 トラックは側面を壁に擦り付け、金切り声のような音を立てながらも何とか曲がり切る。


「だぁぁああ! 死ぬかと思った……」


 ようやく、今度こそ窮地から抜け出せた。


「とりあえずこのままどこかへ」


 行く当てもないままトラックを走らせていると、ふと駐車場への誘導看板を見付けた。

 そこがなんの駐車場なのかは地上部分にある建物の破損具合と夕闇の暗さから読み取れない。


「車を隠すなら車の中か」


 多少迷いはしたものの、そちらへハンドルを切り他の車の中に紛れることにした。

 目立ちはするが道のど真ん中に停めるよりずっといい。


「教習所に通っててよかった。大型免許のじゃないけど」


 というかまだ免許証自体もらっていない。


「……でも、これからどうすりゃいい」


 座席に身を預け、長い長い息を吐く。

 それから周囲にゾンビやゴーストがいないことを確認してからそっと車外に足を下ろす。

 見上げた空は半ばまで透き通るような黒に染まっていて、夕日は身を隠しかけていた。

 そんな空を覆うように透明度の高い膜が張られている。

 除霊師の結界だ。


「……くそッ」


 霊災害ゴーストハザードが起こった際、除霊師が結界を張ることによって被害を最小限に抑えるようになっている。結界が張られたが最後、内側から外に出ることは叶わない。

 ゴーストも、ゾンビも、生きた人間も。


「死んでたまるかよ」


 俺の人生はまだ終わったわけじゃない。


「大学に入って女作って青春を謳歌する予定なんだよ、こっちは。まだ完結してないマンガだって山ほどあんだ。なにも出来ないまま終わるなんてありえない」


 まだまだやりたいことが山ほどある。


「絶対に生き残ってやる」


 死ぬのは嫌だ。

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