風見鶏
第2弾です。
2011年7月17日に、地方紙に掲載された作品です。
今回もっと多くの方に、読んでいただきたく投稿しました。
平凡で面白くない。
こんなんでいいのかって思ってた。
会社でも上手くいかないし―――
やりきれなくてヤケ酒飲んで、もう一軒ハシゴしようと思って店を出た。
風もまだ冷たい、四月の夜。
「ぶえっくしょんっ!!―――っと。」
豪快なくしゃみに思わず目がいった。
人通りが殆どない電灯の明かりも当たらない薄暗い場所に、申し訳程度に椅子に座った老人と小さな机。
それと『一回千円』の札。
「一回千円かー。
ここに座りながら占いやってんの?
風冷たいし、寒いから風邪ひくぞ、婆さん!」
反応がない。
「婆さんじゃないのか?
爺さんか?
どっちだ?
…もしかして、怒った?
機嫌直せよ。
―――そうだ!
五千円払うから占ってよ、俺の事。」
(今度、会った時当たらなかったってケチつけて、倍の一万円取り上げてやろう)
「俺、金持ちになりたいんだ。はい、五千円。」
机に五千円を置いたのに、反応がない。
「おい、それが客に対する態度か!」
「あー嫌だねぇ。
これだから、酔っぱらいは嫌いなんだよ。
どーせ、今度会った時に当たらないとか何とか言って因縁つけて金、巻き上げようって魂胆だろうよ。」
「当たらないのかよ。
それじゃあ、この金は返してもらう。」
机の上の五千円を掴んだ瞬間、俺の手を力強く握った老人が、初めて俺をちらっと見て
「知りたいんでしょ、お客さん、自分の事。」
そう言って、ニヤッと笑った。
「当たらないって今、自分で言っただろ。」
「当たりはずれなんてありません。
ただ、真実を言うだけです。
最後まで一つ残らず聞いていって下さいね。
約束できますか。」
「は?」
「できないなら、金持ってさっさと帰れ!」
俺の手を突然、パッと放した。
「…偉そうに。
随分、自信ありげだな。
わかったよ、約束するよ。」
老人は年季のはいった小さな椅子を見て、
「そこに座って。
私の言った事に、いちいち怒らないでね。
腹立てたら図星って事ですよ。」
「なんだよ、早く教えろよ。
金持ちになれる方法。」
俯きながらボソッと小声で、
「無理だ。
何処の占い屋に行っても、今のまんまのお客さんなら、絶対に無理だ。」
「はぁ?
客に、喧嘩売ってんの?」
しっかりと俺を見て、
「本当の事を言ったまでです。
―――ただ。」
老人の目が、生き生きしている。
自信に満ちた目だ。
口元は、笑みを浮かべている。
「ムカつくな、早く言えよ。」
「聞きたい?」
「当たり前だろ!
勿体ぶるなよ!」
老人の口角がニィッと上がり、身を乗り出してきた。
「お客さん、独身だよねっ。
―――で、いくら欲しいんだい?」
(いくら―――リアルな金額の聞き方だな)
「そうだな。
一生、遊んで暮らせる位。
宝くじで、ドーンと一発当たらないか。」
「一生遊んで暮らせる金ねぇ。
…仕事は、どうすんの?」
「辞めるに決まってんじゃん。」
「だろうね。
でも、やっぱりお客さんは今の生活のままだと、ちょっとしか金は貯まらない。」
「こっちは、五千円払ってるんだ、どうすれば金持ちになれるか教えろよ!」
「―――ハァ。」
老人はため息をつき、話を続けた。
「それが、ダメなんだよ。
お客さんの欠点だね。
気前がいいっていうか、優柔不断っていうのか。」
その言葉を聞いた俺は、立ち上がって言った。
「優柔不断?
俺が?
聞き捨てならないな。」
老人は、ゆっくり俺の頭から足元を見て
「まず、お客さんの身なりね。
さすが、独身だけあって身なりはきちんとしてるね。」
「当たり前だ。
特に服には、こだわってるからな。
気に入ったら値段がどれだけ高くても、何枚でも買うよ。
大人買いってヤツ。」
「で、新作が発売されたら今着ている高い服もすぐにいらなくなるんだろ。」
俺は椅子に座り、話し始めた。
「あっても着ないし、たまるだけだろ。
そしたら、処分した方がいいじゃない。」
それを聞いた老人は、目を細めた。
「そういう考えの人は、服だけとっかえひっかえするわけじゃないよね。」
「まぁ、腕時計とか靴とか鞄とかね。
新しい物には、目がないんだよ。」
老人は目を細めたまま、
「良く言えば、先見の明があるって事だけど、単に流行物好き。
次々と新しい物に手を出すから、どんどん金が無くなるんだよ。
やめろとは言わない。
その頻度を減らせばお客さんの事だから、少しずつ変わっていくと思うがねぇ。
それと―――。」
「何だよ、言いかけたなら全部言えよ!」
老人は、目を大きく見開いた。
「新しいのは、物だけじゃないよね…人もだ。
大切にした方がいいよ。」
「どういう―――」
ニヤッと笑い、
「会社で浮いてるって気付いてるけど、どうしたらいいかわからない。
違うか?」
返答に困った。
うすうす感じては、…いる。
「きちんと真面目に働いてるのかい?
今の調子じゃないの?
仕事もプライベートも、周りは素っ気ない。」
(…当たってる!)
「どうすればいいんだ!!」
「知りたいか?
自分の事。
お客さんは身勝手なんだよ。
自分の事ばっかり、少しは相手の意見にも耳を傾けてやりな。
自分勝手な人間に、誰がついていきたいと思う?」
(自分勝手…俺が?)
「今日だってそう、相手の事も少しは考えろ!」
「人の事けなしやがって、偉そうに、ただの小言じゃねーか!!
俺のどこが、自分勝手だ!」
カアッとなり、声をあらげた。
腑に落ちない。
「一人で酒飲むのが寂しいからって、八つ当たりするのやめてくれる?
まだ、気付かないフリするの?
怒ってるって事は、自分でわかっているけれど認めたくないって否定してるんだ。
他人から指摘されると面白くない。
弱い所を隠す為、自分を守る為に怒るんだよ。
自分が思ってる程、万能じゃないんだよ、人間は。」
「黙って聞いてりゃ、言いたい放題!!」
「そーいう、お客さんはどうなんだい?
自分を見失ってるんじゃないの?」
「ああ?」
老人も一歩も引かない。
「人の言葉に飲まれて、行動して失敗した時に、責任転嫁しても後悔するのは、結局自分だよ。
そんな生き方を、ずっとしてきたんじゃないの。
人がどーこー言う前に、まずは自分だろ!
一番おざなりにしちゃいけない事だろうが!
お客さん、誰の為に生きてんの?」
「―――」
「どうして、すぐに答えられないのさ。
いやだねー、こういう大人にはなりたくないよ。」
「じじいに何がわかる!
半分以上、棺桶に入ったじじいとは違うんだよ!
とてもじゃないが、今日は誰かと飲める気分じゃないんだよ!!」
老人は驚く事もなく、
「原因は、それか。」
「…もしかして?
…初めからわかっていて!!!
…それじゃあ、助けてくれよ!!」
薄笑いを浮かべる老人の肩を掴んだ。
「断る。
お客さんも変わった人だよねぇ。
今、会ったばかりの人間に助けてくれって。」
「藁をもつかむってこのことなんだな。
頼む!!
助けてくれ!!」
老人に向かって、手を合わせて拝んだ。
老人はその手を振り払い、
「助ける?
お客さん、私神様じゃないんだよ。
私にお客さんを助けるなんて、出来ないね。
私だって人間だよ。
勘違いされても困るね。」
全身の力が抜けた。
何やってんだ、俺。
見ず知らずの老人に…笑えてきた。
「まあ、話位は聞いてやってもいいけどね。
お客さんが、少しでも楽になるなら。
…昔から、人の不幸は蜜の味っていうぐらいだから。」
「蜜の味ねぇ…。」
(この老人…人が良いんだか悪いんだか、わかんねぇ。
自由っていうか、楽しそう)
「あんたならいいか、話しても。」
「ほう、そこまで信用してもらっているのかい?
私も隅には置いてはおけないもんだねぇ。」
嬉しそうに、顎を撫でた。
「この前、会社で健康診断やって今日、その結果が出たんだ。
そこまで言えば、わかるだろ。」
「いいや、最後まで聞かなきゃわからないね。
話してごらんよ。」
「引っかかったんだ。
今度、精密検査しなきゃいけなくなったんだ。」
「どっか悪かったの?」
「ん、肺ね。」
「やっぱり。」
「わかるのか!」
思わず、身を乗り出した。
「お客さん、煙草の臭いプンプンしてる。」
「…そっか。
そういう事か。」
一瞬、この老人はマジで凄いかもっ!と思った自分が恥ずかしい。
再度、椅子に腰かける。
「そんな落ち込む程、最悪な結果だったの?」
「ん、…そこまでは。」
「言えないってかい?」
「いや、よくわからないんだ。
ただ、もう一回検査してくれって…。」
「プフッ。ンハハハハハハハッ。」
思い切り笑いだした。
一人で大笑いしている。
「人の不幸が、そんなに面白いのかよ。
あんたも、物好きだな。」
「バカバカしくて(笑)」
涙を流しながら笑っている。
「今までと違って随分テンション低いし、必死だし。
この世の終わりみたいな顔してるから、何かと思えば!
まだ、決まってもいない最悪の結果にしんみり浸ってるだけだって(笑)」
「人の不幸を笑っていられるうちが、ハナだよな。
今のあんたに、俺の気持ちがわかってたまるか。
話さなきゃ、よかったよ。」
腹を押さえ、涙を拭きながら俺を指さして、
「先のわからない事にこだわって、これから生活するのかい?
今のまま暗い性格で暮らしたら、本当に悪い結果が出るよ。」
「は?」
乱れた呼吸を整え、
「良い悪いの結果は検査してみなきゃ、わかんないでしょ。
今から落ち込んで、どうするのさ。
ひょっとしたら、悪くないかもしれないじゃない。
悪くもないのに落ち込んでたら、ただの笑い話じゃない。」
「でも…。」
不安な気持ちでいっぱいだった。
「最後の最後まで、悪あがきしてみれば?
今から禁煙して酒も控えるとか。
まだ死にたくないんでしょ。
少しでも長生きしたいなら、極力、体に悪い物は控えてごらんよ。」
「遅くない?」
老人は笑顔で、
「やってみなきゃ、わからないだろ?
あと、何事も気を落とさない方がいいと思うよ。
後悔しない様に毎日、真剣に生きてみな。
人生、前向きに…ね。」
「…出来るかなぁ。」
俺の目を真っ直ぐ見て、
「私の事は信じなくていいさ。
ただ、自分の事は信じてやりな。
結局、最後は自分を信じるか信じないか、それで決まる。
大丈夫。
お客さんなら。」
あれから何度か訪ねに行ったけど、会えなくていつの間にか捜すことも諦めた。
あの、老人のおかげかは分からないけど、生きている。
酒も煙草も止めた。
三十年振りに、路地裏を歩く。
「そういや、この辺で会ったんだよな。」
「ぶぇーくしょんっ!!っと。」
(まさか、まだ生きてる!?
嘘だろ!)
声のした方へ、走り出した。
「いた―――。」
あの時と全てが同じ。
変わったのは、私だけ。
「お久しぶりです。」
「んぬぁ?
珍しい事もあるもんだ。
しらふが近寄ってきたよ。
明日、雨になるんじゃない?
てか、誰?
私の知り合い?」
「一度に五千円も払って、金持ちになる方法を教えろと…
覚えていらっしゃいませんか。」
老人は、じっとこちらを見ている。
そして、
「…ぬぁ!!
あの時の、礼儀知らずの生意気で短気な若僧か!
随分と会ってなかったから、死んだと思ってたよ。
あら、そう。
生きてたの、良かったね、幽霊じゃないよね?」
「死んだと思われていたんですか…。」
あの同じ笑顔で、
「気を落とす事でもないじゃい。
生きてたんだから、良かったじゃない。
私も会えて嬉しいよ。
お客さんこそ、私がポックリ逝ったと思ってたんでしょ。
凄い形相だったもの。」
やはり、この人には嘘はつけない。
「あなたにお会いする迄は、こんなに生きる事に対して真剣ではなかった様な気がして、人生は長いと思っていました。」
「はあん。
お客さん、外見や口調だけじゃなく、どうやら内面も変わった様だね。
あれから、どの位経った?」
「かれこれ、三十年です。」
「お客さん。
老けたっていうか、貫禄出たね。」
「あの頃と全然、お変わりないですね。」
「お世辞、使える様になったんだ。
変わらないと言えば、お客さん。
そのベルト、おろしたてだね。
やっぱり、そう簡単に癖は直らんか。」
「どうして、それを…実は」
私のベルトを指さして、
「まずは艶。
その素材に対しては真新しいし、長く使えば傷が付き、光沢もだんだん薄くなる。
それと、ベルトの穴。
どの穴も全て同じ形。
そして何よりも、お客さんの体にまだ馴染んでない。
誰かからのプレゼント…だったりして。」
「凄い!
来月、嫁ぐ一人娘からのプレゼントなんです。
やっぱり、占い師って凄いですね。」
「占い師?
―――誰が?
お客さん、ずーっと勘違いしている様な気がするんですけど。
私、一言も占いしますなんて言ってないよ。」
「え!!!
だって、一回千円って…。」
「一回千円って書いてあるからって、占いとは限らないだろう。」
「えぇ?
じゃあ、ここで何されているんですか?」
「語らい。
この歳になると、誰も相手にしてくれなくて、ちょっと寂しいんだよね。
だから毎晩、風見鶏みたいに、気が向いた方角にある街へ繰り出して、知らない人と人生相談、みたいな。」
「…あなたは、暇潰しで話をしながら、相手から金を取ってたって事ですか!」
「そう。
時間の無い人の邪魔にならない様に、出来るだけ人目に付かない所に座ってたのよ。
一応、これでも気は使ってたんだよ、私。
…どうしたの?
鳩が豆鉄砲くらっちゃったみたいな顔して。」
「そんな話だとは、思わなかったので…。」
顎をぺんぺんと軽く叩きながら、
「私、あの時言ったよね?
『私の事は、信じなくていいからさ。
ただ、自分の事は信じてやりな』…って。」
「はい。おっしゃいました。」
「自分の事、信じて今までやってきたんでしょ。
生きてたんだし、終わり良ければ全て良しって事で、いいじゃない。」
戸惑っている私に、
「それでさ、一つ聞きたいことがあるんだけど。」
「はい?」
「結局、お金持ちになれたの?」
「え。あの…。」
「じじいの戯言は、当たったのかい?
気になるわあ。」
躊躇している私に笑顔で
「私にも、金持ちになる秘訣を教えて♡」
第2弾を読んでいただき、ありがとうございました。
第3弾「WARNING」もございますので、読んでいただけると幸いです。
第1弾は「黒子(くろこ/ほくろ)」
となっております。
よろしくお願いいたします。