エルフのセーブ係
--------
冒険者ギルドにおける仕事は、最低でも三名の人間によって成り立っている。依頼をする人、依頼をこなす人、そしてそれを証明する人だ。ギルドはそれらを調整して、依頼の確実な発行と、依頼達成の報酬を保証する役割を担っている。
そして私は、その中では証明する人に当たる。通称記録係と呼ばれる存在だ。
「シルヴィ、先日君が同行したパーティー……えーっと」
「ブリズバグスですか?ゴブリンの巣窟を潰したパーティーですが」
「そう、それが隣国で傷害事件を起こしたらしい。活動履歴の提出を求められているから、まとめておいてくれ」
「わかりました」
記録係は兎角軽視されがちな仕事だが、荒事に接する機会の多い冒険者の身元や人間性を保証する重要な役目を持つ。そして何よりも、依頼を達成した冒険者の不正が無いことを証明し、正当な実績と報酬を保証する、地味だが無くてはならない役割を持つのだ。
「おや、また彼らか。すっかり常連だね」
そして今日も冒険者ギルドに登録された腕自慢達が、自分達の力を使って解決できる問題を求めてやってきた。問題解決こそ経済の基本であり、原点でもある。実力者でないと解決できない問題と、解決を望む人間がこの世に存在する限り、この手の仕事が廃れることは無い。
彼らが前日に受注申請していたクエストを、老齢の先輩事務員が読み上げていく。
「クレイジーウルフの群れ、計32体の殲滅。及び討伐を試みて失敗した村人3名の遺品回収。ボス級モンスター有り。依頼の難易度はBランクです。危険度は低くありませんが、貴方達なら問題ないでしょう。シルヴィ、記録係として彼らに同行してくれるかな?例の件は新人に回すから」
「承知しました」
引き受けた私は改めてパーティーを観察する。依頼を受けたのはリーダーを含めた前衛3人、後衛3人で構成されたバランスのいいパーティーだ。つい先日やってきたばかりのパーティーだが、その仕事ぶりは十分信頼できるレベルだ。まずルーキーではない。何かを探して旅をしていて、ここではその活動資金を稼いでいるらしい。
この手の冒険者は文字通り外で修羅場を潜ってきているので、実年齢に違わぬ落ち着きや覇気を有している事が多い。このパーティーも例外ではない。
「今回担当させて頂きます、記録係のシルヴィです。よろしくおねがいします」
「おや?あんたとは初対面だよな。いつものおっさんはどうした」
「彼は別件で外出しております。ご希望でしたら彼が帰ってくるまでお待ち頂くことも可能ですが」
「いいや、不服は無いよ。ここの職員さんのことは信頼している。俺は"鷹の爪"のリーダー、リグルだ。よろしくな」
それって南方だと赤くて辛い実のことなんだけどな。わかってて名付けたのだろうか。まあ、それはいいとして。
……なんで鑑定士がここにいるんです?確かに後衛と言えば後衛ですけども。
「まさかユリウスさんも同行されるのですか?」
彼はこの街を拠点してギルドの依頼をこなしている職人で、ある意味有名人だ。普段ならギルドの方から声を掛けるか、彼の店に冒険者の方から出向いて鑑定をお願いするので、パーティーに編入される機会はそうそう無いはずなんだけど。
「うん。今回は持ち去られた遺品を分別するために、現地で僕の鑑定術が必要なんだ。全部持ち帰れない時には、確実に遺品だと分かるものだけ持ち帰りたいからね」
そういう事か。確かにそういったケースは今までもあったけども、よりにもよってこの人が受けることになってしまうとは。早くも頭が痛くなってきた。
「鑑定士をパーティー入りさせるのは初めてだ。そのぶん慎重に動く予定だが、よろしく頼む」
「はい!鑑定のことなら任せてください!」
自称鑑定士のユリウスさんが絡むと、どんなパーティーでも円満には終わらず、大抵の場合はトラブルが起こる。そして無関係の誰かしらが巻き込まれるのだ。
「くれぐれも鑑定だけしててくださいね……」
「え?何か言ったかい?」
しまった、つい口から出てしまった。記録係は非常時を除いてパーティーへの干渉は固く禁じられている。油断せず気を引き締めないと。
「いえ、独り言です。では記録を開始します」
さあ、誰と一緒だろうと、とにかく私は自分の仕事をしなくては。記録こそが私の存在意義であり、お給料の源なのだから。
「……シルヴィさんと一緒に働けて嬉しいよ」
そうですか。気が合いませんね。
--------
明らかに不機嫌なシルヴィを見送った私は、年齢のせいか重くなった腰を伸ばしながら、次の依頼を用意し始めた。どうにもあの子はユリウス君と相性が悪い。ユリウス君の方はそう思っていないみたいだが。
「クレスさん」
話しかけてきたのは、まだこのギルドに着任したばかりの女の子、エリンだ。元冒険者が務めることが殆どの中、彼女は学園卒業と同時にギルドへの就職を希望した変わり種である。
「うん?」
「シルヴィ先輩とクレスさんって、どういった関係なのですか?」
意味の質問がわからず、私は小首を傾げた。
「上司と部下だけど」
「ええっと、そうではなく。シルヴィ先輩って、すごく近寄り難い雰囲気があるんですけど、クレスさんの前だと表情が柔らかくなるというか……どこか優しいというか……なんでなのかなって。父娘とかではないんですよね?」
「ははっ!そりゃあ違うね。私はエルフではないし」
そういう意味か。納得した私は作業の手を再び動かしつつ、差し支えない範囲で彼女に説明した。
「私達は元々、同じパーティーを組んでた時期があるんだよ。私が高齢を理由に先に引退したんだけど、彼女もパーティーで色々あって引退してね。私が縁故採用したってわけさ」
「それだけですか……?」
「後は信頼できる仕事仲間ってところかな。こんな年寄りとエルフが持てる接点なんて、それくらいだよ」
苦笑いを浮かべて答えると、彼女も多少納得できたのか、あるいはそれ以上聞きにくくなったのか、一礼して次の仕事を求めてきた。私はシルヴィに頼む予定だった記録集めを任せると、本来の業務に専念する。
「さて、無事に帰ってきてくれると良いんだが」
思わず浮かべた苦笑いには、今度こそ強い苦味を含んでいた。
--------
「目撃されたのはこの先の丘だな」
整備されなくなって久しい薄明るい森を抜けると、拓けた平野に出た。以前は貴族のピクニックに長年使われていた穏やかな平野だったが、先々代の領主が亡くなったと同時に管理を指示する人間が居なくなり、今や荒れ放題になっている。与えられなくなった仕事を、無給で続ける余裕のある人間はそう多くないのだ。
「シルヴィさん、到達時刻は?」
「はい。まず、ここは"トランシュナイルの平野"と記録されます。到達時間は11時6分、メンバーは全員無事です」
「出発したのは何時だった?」
「冒険者ギルドを出たのは9時43分、正門を出たのは9時50分です」
「ありがとう。ならば丘には15時まで駐屯して周辺の偵察を行うことにしよう。クレイジーウルフはウルフ系には珍しく夜行性だから、有利に戦える日中のみで狙う。テリトリーも厳密だから、遺品もこの周辺にあるはずだ。各員、専門職アレクの指示に従って動いてくれ」
「リーダー。最優先目標は狼と遺品、どっちだー?」
ガラの悪い男がだらしなく手を上げて質問した。身軽そうな装備から見て、彼がアレクらしい。確かアレクと言えば、窃盗で捕まった過去を持つ男だったはずだ。見るからに癖者っぽいが……?
「遺品の方だ。まずは遺族の気持ちを優先する。それにクレイジーウルフの方は、今日一日で倒しきれなくても適当な餌で罠を仕掛けておけば、警戒して村の方角には向かわなくなるはずだ」
「はっ!相変わらずの甘ちゃんだなぁ。だがその処理方法に異論はないぜー?むしろ初めから罠を仕掛けておこう。その方が楽できるだろー」
「その辺は全て一任する。もし罠で半分以上仕留めきれたら、今回の酒代は全部俺持ちにしてやってもいい」
「おー?……へへへっ、そうこなくっちゃなー!おいお前ら、干し肉持ってたら俺に全部寄越せ。とりあえず仕掛けられるだけ仕掛けるぞ。経験者は俺を手伝え。周囲の偵察はその後だ」
これは驚いた、見事な手綱の握りっぷりじゃないか。それにアレクという男もだらしないように見えて中々優秀だ。リーダーの期待を受けてか、それともタダ酒が嬉しいのか、やる気に満ちた表情で次々と罠を完成させていく。遠目からでもわかる素晴らしい手際だ。私が記録してきた中でも有数の罠師だろう。
「アレクさんったらほんと現金なんだから」
「そう言うなよ、ああ見えて結構仲間思いなやつなんだ。多分、罠のことだって……まあそれはいい。俺達もいつでも飛び出せるようにしておくぞ。狼さんたちが罠の設置を最後まで見守ってくれるとは限らないからな」
「そうね、アレクにタダ酒飲ませるのも癪だし」
アフターフォローも考慮できるか。仕事の割り振りも的確で、理想を追いつつも現実を軽視しないとは、若さに見合わぬ落ち着きぶりだ。実際この鷹の爪パーティーは戦果こそ凡庸だが、なんと過去に死者を出したことが一度もないという。
私が新人冒険者として所属したパーティーでは、初陣で8名中5名が死んで、5名中3名の遺体は回収出来なかった。私もどうせ冒険者を始めるなら、まず彼のようなリーダーの下で働きたかったものだ。
罠の設置を見守りつつ、それでもやや手持ち無沙汰になった他のメンバーの視線が、改めて私の耳に集中した。
「なあ、シルヴィさんって、エルフだよな?ちょっと珍しいよな、エルフの記録係って」
「私もそれは思いました。すごい魔力を感じますし、立ち振る舞いを見る限り元冒険者のはず。どうしてギルド職員に?」
エルフは人間と比べて長命で、かつ魔力が豊富であることが多いので、パーティーの軸として長年スペルユーザーを担うことが多い。私もその例に漏れず長命で魔力が豊富なのだが……この辺を詳しく説明すると大抵ろくなことにならない。
その辺の事情を全部引っ括めて一言でまとめるとしたら。
「まあ、色々ありまして」
これかな。もう随分同じ文句を使い続けている、とても便利な言葉だ。これを言えば大抵の人は勝手に想像を膨らませて満足してくれる。
「そりゃギルド職員になってるんだから、色々あったんだろうけどよ。もったいないなと思ってさ。よかったらうちでもう一度――」
「リーダー!丘の向こうにクレイジーウルフがいます!数、およそ30!」
叫んだのはユリウスさんだ。ああ、またやってしまったのか、この人は……。
「なんだと!?どうしてわかる!?」
「ずっと地形を鑑定していたからです!こちらに向かっています!皆さん、構えてください!アレクさん達とも合流しましょう!」
そう叫ぶと、ユリウスさんは護身用のショートソードを勇ましく抜き、さらに詳細な情報をメンバーに知らせていく。丘で罠を張っていたメンバーも、こちらの異変に気付いて駆け戻ってきた。
「いきなり騒ぐんじゃねえ!気付かれただろうが!」
「その前から気付かれてましたよ!それより気をつけてください、番が多いみたいです!いつもより凶暴だと思います!昼間に狩りを試みるなんて、よほど飢えているのか……!?」
「すごい情報の精度だな……剣も使えるのか?」
「ソロ経験が長いですからね!」
張り切ってるな。久しぶりのパーティーだから、ちょっと興奮してるのかもしれない。やる気が無いよりは良いけど、この後を思うとそれも却って憂鬱だ。
「素人が……!あいつが叫ばなきゃ、すぐには襲ってこなかったはずだぞ……!余計な仕事を増やしやがって……!」
「……私は記録に専念します」
その過程すら、私は逃さずに記録しなくちゃいけないのだから。
「ああ、よろしく頼む!俺らは迎え撃つぞ!ユリウスは気付いたことをどんどん言ってくれ!」
「はい!」
次々と襲い来る狼達を、ベテラン冒険者達は淡々と片付けていく。ユリウスさんも完全に敵の動きを見切っているのか、傷一つ負わないまま狼を数匹斬り伏せていた。
「結構やるじゃないか!」
この後に続く言葉はもちろん。
「敵の動きを鑑定すれば、これくらいは!」
「へえ、鑑定士ってのは結構やるもんなんだな!見直したぜ!」
私の方へ突進してくるクレイジーウルフを避けつつ、そのやり取りも記録していく。とにかく無事に任務が終わってくれますように。
--------
ユリウスさんは初め、鷹の爪と比較的良い関係を築いていた。鑑定士でありながら前衛をある程度以上務められて、しかも斥候のような仕事まで出来る。その情報もリーダーの傍でリアルタイムに報告できるとあっては、重宝されない方が難しいだろう。
最初の任務で大戦果を挙げた彼は、その後も鷹の爪と行動を共にしていた。
「南の洞穴にいますね。ゴブリン15体です。……生きている女性はいません。既に餌にされたみたいです」
「ならば遠慮なく殲滅できるな。ユリウスは俺の横につけ。アレク、お前は先んじて洞穴の入り口に罠を……アレク?」
「んー?了解だ。んじゃ、リーダーのことは頼んだぜ、無敵の鑑定士様よ」
「ああ、こっちは任せてくれ!」
「……チッ」
「アレク、お前……」
でもユリウスさん本人がリーダーにならない限り、ユリウスさんがレギュラーメンバーのままでいることは出来ない。
それは優秀な鷹の爪パーティーでも例外ではなかった。
私が彼らの記録係から外れて数ヶ月した頃、事件は起きた。
「ユリウス!君とは今日限りでお別れだ!二度と俺のパーティーには加えない!!」
冒険者ギルド内で響き渡っているのは、鷹の爪のリーダーリグルの怒声だ。比較的温厚だったはずの彼は、まさにドラゴンの逆鱗を10枚は剥がされたような激怒っぷりを見せている。
「え!?で、でも僕がいないと敵の弱点を見破る役がいなくなるじゃないか!?地形の特徴だって――」
「それはアレクがいれば事足りたし、地形調査だって地属性魔法使いにやらせりゃいい!お前は鑑定だけやってりゃよかったのに、でしゃばりやがって!!」
「そ、そんな!?でも僕がいないと、今のパーティー構成では――」
「うるさい!もう追放したお前に言われる筋合いはない!!……おい、お前らいくぞ。もうこの街の用は済んだ」
「ま、待ってください、リグルさん!」
「もうっ、置いていかないでよね!」
その鷹の爪のパーティー構成が大きく変わっている。あの柄の悪い男が居なくなり、若い女性の後衛ばかりで構成されたややバランスに欠いた構成だ。ハーレムと言えば聞こえは良いが、準前衛も張れるユリウスさんがいなくなってしまえば、前衛の負担がリーダーに集中してしまうだろう。
あのリーダーが少女を侍らす為に編成を強引に切り替えたとは考えにくい。だけど何も知らない人からは、ハーレム形成のためにユリウスさんが追放されたように見えなくもないだろう。
「……やれやれ、縁の下の力持ちに徹してきたつもりだったんだけどな。僕がいなくなった後、大丈夫かな……?」
そう肩をすくめながら呟くユリウスさんの声には、彼らに対して心配する気持ちしかなかった。それほど大きなショックを受けた様子が無いのは、これが初めてでは無いからだろう。
そう、彼はいつも鑑定スキルで大暴れをし、パーティーに貢献しては追放沙汰を繰り返してきたのだ。だからこそ彼は有名人であり、古参のパーティーは彼を誘おうとしない。彼を誘えば、確実にパーティーの和が乱されるから。
「やっぱり僕自身がパーティーを作るしかないか……このまま無能な鑑定士扱いで終わるのも癪だしな」
違う。貴方が煙たがられているのは無能だからではない。勤務中の私は、そう言いたい気持ちを握り締めた両手で無理矢理抑え込んだ。
--------
ユリウス君が帰っていくのを拳を握りながら見送るシルヴィの背中は、無力感に苛まれているかのように寂しげだった。だが、彼女はこのギルドの記録係に過ぎない。誰に対しても中立に徹しなくてはならない彼女には、パーティーの構成に口を出す事はもちろん、仲を取り持つ権限も資格も持っていない。
新人のエリンは呆然と、そして顔を青くしてそれを見つめている。無理からぬことだが、慣れろというのも酷だろう。蜜月の日々が崩れ去る瞬間に立ち会うのに慣れるには、彼女が生きてきた年月と同じだけの経験年数と、精神的な老化が必要だ。
若さがある内は、決して慣れる事はない。ある程度鈍くはなるだろうけども。
「エリン」
「……は、はい!?」
「鷹の爪が街を出たと、しっかり記録しておくれ。当時のパーティー構成、先程のやり取りも。もちろん年月日と、ギルドを出た時間も分単位でね。時間はあるから、ゆっくりでいいよ」
「えっ!?あ、あの!でも!?」
「ほら、落ち着いて。もう全部終わったんだ。我々にできることは、彼らとの出会いと別れを記録することだけなんだよ」
私が軽く肩に手を置くと、ビクリと体を震わせたエリンは、しかし業務へ戻ることを決心できたようだ。
「……っ、はい」
いい子だ。上手に分別出来るならば、あの子もきっといい記録係になれるだろう。しかし……私は早足で事務所の奥に戻っていく新人ギルド員のことが、少しだけ羨ましかった。
優秀なパーティーが些細ないざこざやミスによって瓦解する様子を、私はこの受付から何度も見てきた。いや、現役の冒険者だった頃も含めれば両手足の指では足りないほどだ。私は年齢を積み重ねる事で、他人事として片付けきれなくとも、無常感をその日の酒と共に飲み流すことを学んだ。
だが人間、慣れていいことと、そうではないことがあるのではないか。仲違いをよくあることだと区別できるようになってしまった私よりも、他人の事で心痛めることが出来るエリンやシルヴィの方が、人としては余程立派なのではないか。
「……そう、記録するだけでいいんだ。記憶するには余りにも重く、長すぎるからね」
諦めと憧憬が入り混じる中、誰にでもなく独り言ちた。
シルヴィはこちらに背を向けたまま、悔しげに俯き続けている。辛いだろうが、あの子は冒険者から必要とされている人材だ。新人を差し置いて俯き続けることは許されない。
「シルヴィ。いつまでそこに立っているんだい?さあ、君も仕事に戻りなさい」
「……クレス。今夜は、私に付き合ってよ」
「もうあの頃よりも酒に弱くなっているんだがね」
「だったら、水でもお湯でも良いから。……お願い」
こういう所はあの頃から全然変わらないな。嫌なことがあると、誰かと共有しなくては気が済まない。
「わかったから、定時までは職務に精励しなさい。ちょうどルーキーが薬草集めに行くところだ。森に詳しい君に同行してもらいたい」
「……承知しました。すぐに準備します」
シルヴィ。君はきっと、ユリウス君を見ているとたまらなく辛いのだろう。彼は君のトラウマそのものと言ってもいい存在だから。でもそれを全て記録して残すのが私達の仕事なのだ。……それにしても。
「は、は、はじめまして、綺麗なおねえさん!薬草を取りに行くんですけど!」
「記録係のシルヴィです。依頼を不正なく、そして過不足なく達成したかを記録させて頂きます。例外事項を除いて依頼のお手伝いは出来かねますので、くれぐれも安全に配慮願います」
「は、はい!はいわかりました!」
君は何故、辛いと分かっていて記録係になろうとしたんだい?
--------
鷹の爪を追放されたユリウスさんは、その一年後に自分をリーダーとした冒険者パーティーを結成した。パーティー名は「強肉弱食」。過去に助けたことのある女の子や、彼の幼馴染だという冒険者の女の子を中心とした、これまたハーレムパーティーだ。やや前衛が不足しているようにも見えるけど、そこはユリウスさんが鑑定士らしからぬ戦闘力でカバーしている。
何故そこまで分かるのかと言えば、何故か毎回記録係に私が指名されるからである。しかも私が他のパーティーの記録をしている時は、私が終わるのを待つ徹底ぶりだ。別にそれは冒険者の権利なので構わないのだが、彼が相手となると正直ちょっと気が滅入る。
「ユリウス様、ありがとうございます!あなたのお陰で村は救われました!」
「いえいえ、僕は鑑定しただけで、正面で戦ったのは彼女達ですから。お礼ならば彼女達にお願いします」
「か、鑑定?」
「ええ、ドラゴンでも鑑定すれば弱点はすぐにわかりますし、環境を鑑定すれば次に何が起こるのかはすぐに判明します。僕はその結果から、最適な戦い方を導き出しているだけです。どんなスキルも使い方次第ですよ」
「敵や環境を鑑定するですって!?そ、そんな使い方があるなんて!?」
またやってるよこの人。最初にパーティーを結成した時から「貴方の動きは鑑定済みだから当たらない」とか、「魔法陣を鑑定すればファイアボールの軌道くらいすぐに読める」とか、「どんな堅牢な敵でも弱点を見切れば問題無い」とか言って、従来の価値観を覆しては勝利を収めている。それで人から尊敬されて、最後には「これが当たり前じゃないんですか?」みたいな態度をとる。これの繰り返し。
そんな彼は鑑定士でありながら討伐任務ばかりをこなす反面、薬草の剪定といった本職の仕事はあまり行わなくなっていった。まるでこっちこそが自分の天職だと言わんばかりだが、実際にそう感じているのだろう。自分のパーティーを結成してからの表情はいつだって自信に満ち、そして晴れやかだった。
「やっぱりユリウスさんはすごいです!鑑定士でこんなに強い人は見たことありません!」
かつて鷹の爪に所属していた頃に助けた少女が、頬を赤らめながら絶賛する。彼女は新人のヒーラーだが、ユリウスさんが怪我の状態を鑑定してから処置をしているためか、今の所は問題なく担えている。
「ふふーん、ユー君が鑑定すればどんな敵でもイチコロだもんね!ねえ、もうそろそろSランク依頼もこなせるんじゃない?」
彼の幼馴染だったという少女が得意気に褒め称える。彼女は槍を使って牽制しつつ、複数属性の攻撃魔法でフォローしている中衛だ。この中では大分まともな戦力なのだが、ユリウスさんの鑑定スキルに甘えている印象が強い。
「ユリウス……最強ニャ……」
そして奴隷商から鞭打たれていたところをユリウスさんに買われた猫耳少女が、疑いの無い目で彼を見上げる。まだ未熟かつ色々未成熟もいいところだが、獣人特有の身体能力で敵を撹乱している。布面積が少ないのは動きやすいかららしいが、被弾リスクとの等価交換が出来ているかは不明だ。
なお彼女達が仲間になる場面を記録したのは全部私である。
「買いかぶり過ぎだよ。僕は弱点を見つけたり、人とはちょっと違う使い方を編み出すのが得意なだけだ。やり方がわかれば誰でも出来る」
まだ任務中なので、このイチャイチャも記録し続けなくちゃいけないのが辛いところだ。参加しなくてもいいことだけが救いかな。
「シルヴィ。記録してくれ」
「ご心配なく。言われなくとも任務中のことは全て記録してあります」
「ふっ……流石だな」
記録係として当たり前のことをしてるだけなのだから、変な相棒感を出さないで欲しい。……まあいいか、私は自分の仕事をするだけだ。
ドラゴン退治から帰還した私は、上長であるクレスに顛末を簡潔に報告すると、報告用の台帳に詳細を記入していった。鑑定士ユリウスがわずか4人のパーティーで下級ドラゴンに挑み、討伐に成功。使ったスキルや、どのように倒したのか、そしてその後の茶番……もといやり取りも事細かに記載し、最後に私専用の証明判子で押印をした。
「5人パーティーだろう?」
「私はパーティーメンバーではありません」
まったく何度言えばわかる。私は冒険者じゃなくて、貴方達がちゃんと依頼を過不足なくクリアしたかどうかを記録するだけのギルド職員だっての。
「そうか。君が正式にパーティーメンバー入りしてくれれば百人力なんだけどな」
魔法使いがパーティーにいないから、手近なエルフである私を抱き込みたいだけだろうに。いや、もしかしたら私が加わることを既定路線にして、敢えて空席にしているのかもしれない。フリーのおっさん魔法使い冒険者なら今もそこに何人かいる訳だし、そちらで穴埋めして頂きたいものだ。
「既に引退した身ですので、他を当たってください」
「しかし――」
「ユリウスさん、そろそろ宿に戻った方がよろしいのでは?」
「そうよ、明日も依頼を受けるんでしょ?早めに休んだ方が良いと思うわ」
「もうすぐ日が暮れるニャ……お腹すいたニャー……」
「む……それもそうだな。それじゃシルヴィ、また明日」
最高のパートナー呼ばわりされている少女達が、ユリウスさんの横に並んで帰り道を歩いていく。両手に花、猫耳少女は肩車……っと、これは記録しなくていいか。
「クレス」
「今日も飲むのかい?あまり飲むと体に良くないよ。先日もワインを20本は空けてたじゃないか」
「樽一つ分飲み干してもピンピンしてる貴方に言われたくないわね」
「お、お二人共、すごい飲まれるんですね……」
とにかくこれで今日の仕事は終わりだ。早く帰ってシャワーを浴びて、クレスと一緒に果実酒でも飲もう。
--------
「やあ、シルヴィ。お酒を飲んでいたのかい?」
だがその晩、クレスとの酒飲み勝負にいつもどおり負けて帰宅する私の前に、不快な男が立ちはだかった。偶然ではないだろう。多分彼のことだから、私の位置を無敵の鑑定スキルで探し出したに違いない。恐らく、仲間にしてきた女の子達もそうなのだろう。そうでなくては仲間を増やす場面に毎回私が立ち会えるはずがない。
「ええ、帰るところです。明日も仕事ですので失礼します」
「待ってよ、たまには僕とも付き合って欲しいな。どうやら飲み過ぎてるみたいだし、お酒を抜くためにもあそこで果実水でも飲もう。あの店はレモン水が美味しいんだよ」
誰のおかげで酒が進んだと思っているのやら。
「自宅で水を飲むのでご心配なく」
そう言って彼の横を通り過ぎようとしたところで、私の腕が掴まれた。帰す気は無い……腕に込められた力が、鑑定スキルを使うまでもなく如実にそう物語っている。
「冷たいな。僕らの関係も随分長いだろ?本当に少しでいいから付き合ってよ。僕が奢るからさ」
どんな関係だと思っているんだ。ただの冒険者と事務員の関係だ。ビジネスとプライベートの区別くらいは付けてほしい。
「しつこいですね。嫌だと言ってるのがわからないんですか?その程度のことも分からないなんて、ご自慢の鑑定スキルも大したことありませんね」
酒が入った勢いで口が軽くなったのか、普段なら絶対に言わない嫌味が飛び出した。薄暗い快感でほんの少しだけ溜飲が下がったものの、ユリウスさんの口が皮肉げに吊り上がったのを見て、また少し苛立ちが積もる。
「うん、僕の鑑定スキルはまだ大したことないよ。まだまだ進化途中なんだ。例えば今も、シルヴィがどうして僕にそうも冷たいのかが何となくでしかわからない」
ユリウスさんの不用意な言葉が、酒によって弱められた理性を揺さぶった。待て、落ち着け。そう自分に言い聞かせ、思わず本能的に手が出そうになるのをかろうじて抑えこむ。
「……本当に大したことありませんね。もういいですか?私は帰りたいんです」
「君は現役の頃、すごい相棒と組んでいたんだろ?まだボンヤリとしか見えてこないが、その人からも僕と同じ匂いを感じる。そう、スキルの応用が得意なタイプだ。……どうやら昔の相棒は魔法が使えないはずなのに、魔術めいたスキルを使えたみたいだね。君に触れていると、段々と当時の様子が見えてくるよ」
「勝手に私の思い出を覗き込まないでください。いいから手を離して――」
「君が現役を引退したのも、信頼できる優秀な相棒がいなくなったからだろう?卓越した魔法使いだった君は、完璧な前衛だった彼がいなくなったことで引退せざるを得なかったんだ」
「離してッ!!」
「僕なら君の元相棒よりも強力なパートナーになれると思う。僕の鑑定スキルは万能だ。治療、攻撃、偵察、諜報、全てに応用できる。君という偉大な魔法使いが横につけば、今すぐにでもSランクにぎぁっ!?」
気が付けば、彼の顔面を空いていた左拳で殴り潰していた。完全に油断していたところを、身体強化の魔法を全開にした拳で殴りつけたせいで、彼の意識と下顎は完全に失われている。
いや、それどころではない。陥没した顎部が気道を塞いでしまっている。間違いなくこのままでは死んでしまうだろう。
「……はあ」
私は残っていた魔力を回復魔法に変換して、彼の肉体を修復した。酔った勢いで、しかもユリウスさんを殴り殺して監獄行きだなんて冗談じゃない。
「はっ!?はあ……はあ……!い、今のは……!?」
「おかえりなさい」
私の一言で体を震わせた彼は、殴られた顎を何度もさすっていた。心配しなくとも、完全に治癒されているのだからそう確かめる必要もない。殴る前と変わらない優男面だ。
「他人の記憶を鑑定するのは楽しいですか?……楽しいのでしょうね。自分の持つ能力が、今まで無能だ厄介者だと言ってきた連中よりも強力だと証明できて、きっと楽しくて仕方ないはずです。いずれ貴方は鑑定スキルで直接傷を癒やし、鑑定スキルで全属性魔法を発動させ、鑑定スキルで収容魔法じみた能力を発動させるのでしょうね」
「シルヴィ!誤解しないでくれ!ぼ、僕は純粋に君のことを――」
「ですが。貴方が鑑定士を名乗ったまま英雄気取りで戦い続ける限り、貴方は不幸を撒き続ける。貴方の武勇伝が、より多くの犠牲者を生むんです。鑑定士を名乗りながら、本業を疎かにして武勇を誇る貴方は、鑑定士としてプロ失格です」
そして勘違いしているようだが、私が引退したのは前衛が不在になったからではない。そちらは訂正する気も起きないが。
「えっ!?ど、どういう……?」
「……失礼、言葉が過ぎました。申し訳ありません。また明日、ギルドで会いましょう。……おやすみなさい」
今度こそ彼は私を止めなかった。月明かりの無駄な眩しさに激しい不快感を覚えつつ、私は自宅へと走り、シャワーも浴びずにそのままベッドへと飛び込む。
なんて日だ。酒を飲みすぎた時よりも酷い胸焼けがする。今日はきっとまともに眠れないだろう。こんなことなら、クレスとの酒飲み勝負で完全に潰れておくんだった。
--------
「どうも。今日もよろしくおねがいします」
「……っ」
翌朝。挨拶する私に対して、ユリウスさんは明らかに怯えていた。それはそうだろう、非戦闘員の元魔法使いだと思っていた私に、直接打撃で殺されかけたのだから。
「ユリウスさん、どうしました?」
「ユー君、なんか朝から元気無いね。今日はいよいよSランク依頼に初挑戦するんだから、シャキッとしてよね!」
「大丈夫……?ペロペロする……?ギュッてするニャ……?」
「い、いや大丈夫だ。そうだな、リーダーなんだからしっかりしないと。皆、今日はよろしく頼む」
今回、ユリウスさんのパーティーはSランク依頼に初挑戦する。Sランクと言っても、実際はAランクに毛が生えた程度の難易度だ。ただドラゴンよりも少々厄介そうな相手で、実際に騎士と王都の魔道士達が返り討ちにされて犠牲者が出たから、難易度が過大評価されているに過ぎない。現役のSランカー冒険者からすれば物足りなさを感じる強さだろう。
だが恐らく、このパーティーではあのモンスターには勝てない。ユリウスさんは自分の能力とパーティーに自信を持っているけども、どんな能力でも完全無欠にはなり得ない。幼馴染に乗せられて受注したようだが、手痛い授業になることだろう。
「すみません、出発の前に数分だけお待ちいただけますか?依頼内容について再度確認したいことがありまして」
「え?あ、ああ。珍しいね、君がパーティーを待たせるなんて」
ユリウスさんの軽口と、突き刺さる少女たちの嫉妬の目線を無視して、事務室へと戻った。そして依頼内容と受注人数を再確認する。
「クレス。この人数と場所で間違いありませんね?」
「ああ、間違いない。少人数なのだから、無理はしてはいけないよ。いざとなれば君が手助けしてあげなさい」
例外規定として、Sランク以上のモンスターを相手にする際、記録係は自衛の範囲で敵を直接攻撃、あるいはパーティーを援護しても良いことになっている。Sランクモンスターは人類の敵と見做されているので、パーティー不干渉が徹底される記録係でさえも戦力として数えられるのだ。本来AとSにはそれほどまでに歴然とした差があるのだ。
「業務に差し支えない範囲であればそうします」
あるいは過信の報いを思い知るのも勉強だろうか。ハーレム要員から戦闘不能者なり欠員が出るなりすれば、いくら彼でも――
「シルヴィ」
クレスの手が私に触れる。いつも通りの温かな瞳と冷たい手が、私に冷静さを取り戻させてくれた。……そうだ、犠牲者が出ていいはずが無い。犠牲者が生み出すのはいつだって心の傷と後悔だけだ。そんなことは私が一番よくわかってたはずなのに。
「落ち着いて、いつも通りやりなさい。君がいつも通りに動けば、ちゃんと結果は返ってくる。彼らのこと、頼んだよ」
「……はい、大丈夫です。ありがとうございます」
大丈夫だ。まだ過ちが繰り返された訳じゃない。もしも無事に帰ってこれたなら、ユリウスさんには私の方からちゃんと説明しよう。
今のやり方では、いずれパーティーから確実に犠牲者が生まれるということを。
--------
シルヴィの目から昏さが消えたのを確認した私は、事務室から彼女を見送った。恐らく強肉弱食では手に負えない相手だろうが、シルヴィが加勢すれば少なくとも死人は出ないだろう。それに少しすれば彼らも到着する。きっと討伐自体は問題なく達成できるはずだ。
「クレスさん……シルヴィ先輩、心からクレスさんを信頼されているんですね」
入社2年目となり、新人とは言えなくなったエリンが黒茶を私に出してくれた。まだまだそそっかしい部分は残っているが、現場での記録作業も先日独り立ち出来たことだし、順調に育っていると言えるだろう。
「これも年の功ってやつだよ」
「そろそろ話してくれても良いんじゃないですか?仕事終わりによく先輩と飲み比べしてますけど、単にパーティーで一緒だっただけでそこまで仲良しになれるものなんですか?」
「そこはほら、同僚としての期間もそれなりにあるから」
「クレスさん、私は尊敬するシルヴィ先輩ともっと仲良くなりたいんです。だけど未だに先輩は私を避けてるみたいで……私に原因があるなら正したいんです。お願いします、どうやったらお二人のような関係になれるのか、教えてもらえませんか?」
うーん、いろんな人間模様を見てきたからか、観察力と洞察力が付いてきたみたいだな。
「先に言っておくけど、シルヴィは君のことを大切に思ってると思うよ。君の初任務でも、一番に無事を確認したのはシルヴィだ」
「そ、そうなんですか?でも……」
そろそろこの子になら話してあげても良い頃だろうか。だが、もう一人の当事者抜きで全部話すのもな……やはり今は触りだけにしておこう。
「わかった。恐らく今日も飲むだろうから、君も飲み会に参加しなさい。……詳しい背景はその時に話すが、君の想像通り私達はただの冒険者仲間だった訳ではない。ヨチヨチ歩きだった頃からの付き合いだから、君が思っているよりも知り合った期間は長いんだよ」
「シルヴィ先輩にも赤ちゃんだった頃があったんですね……」
「ははっ、そりゃそうさ。だが出会った時、赤ん坊だったのは彼女ではない」
「…………どういう意味……ですか……!?」
「森に捨てられていた赤ん坊だった私をシルヴィが育ててくれたんだ。シルヴィは私にとって、お母さんのような存在だったんだよ。あるいは今もそうなのかもしれない」
--------
ユリウスさんとその御一行は、討伐対象が最後に発見された村まで勇ましく、そしてお気楽な様子で向かっていた。どんな敵でも鑑定すれば勝てるという思いが、パーティー全体を包んでいる。
「間もなく最後の記録が残された地点です」
「最後?」
「私が所属するギルドではありませんが、前回騎士団に同行していた記録係の一人が犠牲になっています。確か元Bランク冒険者で前衛職だったはずです」
Bランクの前衛と聞いたメンバー全員が、一瞬顔色を悪くした。新進気鋭のドラゴンキラーだと持て囃されている彼女達だが、まさしく彼女達のランクがまだBそこそこ。任務失敗が死に直結しているという現実に、今になってようやく追い付いてきたらしい。
「わ、私達、大丈夫でしょうか……?」
「ユー君を信じよう。ドラゴンだって一撃で倒せたんだから、今回の敵だって倒せるよ!」
「必ず……勝つニャ……!」
「皆……よし、やるぞ!僕らなら勝てる!僕を信じてついてきてくれ!」
そう鼓舞しているユリウスさんの表情は、どこか不安そうだ。一応前衛、中衛、後衛二人とバランスは悪くないが、いずれも経験不足は否めない。何より属性攻撃持ちが明らかに足りていない。準前衛と言える幼馴染が魔法に専念したら、自分一人で前線を支えないといけないのだ。
思わずだろうが、縋るような目線が私に集まった。だが私は敢えて何も言わない。身の丈を間違えて受注した依頼であっても、受けた以上は達成する責任が冒険者にはある。そして私は記録係に過ぎず、必要以上の干渉は出来ない。
「もし私が危険に晒されたとしても、救援は不要です。戦いに専念なさってください」
邪魔だけはしない。それが私に出来る最大の援護なのだ。
「シルヴィ、万が一の時は――」
「ユ、ユー君!あれ!」
何か言おうとしたユリウスさんを遮った幼馴染さんは、完全に崩壊した村の中心を指差した。燃えているような、しかし水のような、渦巻く風のような……何度目を凝らしても確たる正体を掴みきれない、魔力の塊のような異様な物体。
「いた……!あ、あれが……Sランクモンスター……!」
「はい。討伐対象である、エレメンタルスライムです」
さあ、万能と謳う鑑定スキルで倒せるか見せてもらおうじゃないか。
--------
「向こうからは動かないのか……よし。皆、ここで待機しててくれ」
ユリウスさん達はドラゴンと相対する時と同じく、極めて慎重に対応した。まずユリウスさんが時間を掛けてじっくりと敵と地形を鑑定する。使えそうなものや地形があれば利用するのだろうが、今回は属性が不定形な上、周辺に瓦礫しか無いのでそれは難しいだろう。
ユリウスさんは突然虚空に手を突っ込んだかと思えば、指輪をいくつか取り出した。あれは確か、収容魔法ではないだろうか?恐らく「空間を鑑定してウンタラカンタラ」といったところだろうが、これほどまでに鑑定スキルを使いこなしているなら、増長するのもある程度理解できてしまうというものだ。
「皆、これを装備してくれ。各属性の攻撃魔法を放つマジックリングだ」
「人数分あるの?よく買えたわね」
「ああ。骨董品市場を広域鑑定して、値段設定を間違えている物を高価転売したんだ」
それは下手すれば犯罪スレスレですよとは、ここでは言わないでおこう。そうやって手に入れた指輪が無くては、確かに攻略は立ち行かないだろうから。
「鑑定してみたけど、スライムというだけあって弱点のコアがあちこちに移動してる上、大気中の魔力も利用して属性魔法を展開し続けているみたいなんだ。倒す方法は唯一つ、弱点属性を適宜打ち込んでスライム自身の魔力を削っていって、コアが露出したところを一気に砕く」
そう、現状の戦力ではそれしかないだろう。こういうところの分析眼は流石だ。
「でもすまない、シルヴィの分の指輪は……」
「自衛能力に不足はありませんので、ご心配なく。皆さんは攻略に集中してください」
「……わかった。よし、やるぞ!皆僕の言う属性魔法を放ってくれ!」
戦いは初め、ユリウスさんの作戦通りに進んだ。どれだけスライムが属性を変化させようとも、ユリウスさんが瞬時に鑑定して弱点属性を看破する。時々フェイントのような動作も混ぜてくるが、地形や記憶ですら鑑定するユリウスさんの力の前には無駄な足掻きだった。
恐らく騎士や魔道士達は、急に変化する属性に対応しきれなかったのだろう。弱点属性以外の魔力をぶつけてしまうと、スライムは逆に魔力を吸収してしまうから。
スライムの大きさがどんどん小さくなっていく。このままいけば本当に勝てるかも知れない。ユリウスさん達はそう思ったのか、表情に余裕が出てきた。
「いけますよ!」
「ユー君!このまま押し切ろう!」
「消えて……ニャ!」
だが、エレメンタルスライムの本当の恐ろしさは、属性が変化する事ではない。ユリウスさん達の敗因は、明らかに下調べが足りていなかったことだ。どんな敵でも現地で調べればどうとでもなると、高をくくってしまっていた。
「なっ!?こ、これは!?」
彼らは知らなかったのだ。エレメンタルスライムは死に瀕した時、コアを無数に分解させて体を爆散させることを。
--------
「馬鹿な!?か、鑑定!うわっ!」
無駄だ。かなり小さくなったとはいえ、余りにも数が多い。一体一体潰していくしかないだろうが、ひとつひとつ弱点属性を調べていてはそれ以外のスライムに襲われるし、複数同時に鑑定しても弱点属性を教えきれないだろう。
マジックリングで逐次対応するしかない彼女達では、もはや収拾は不可能だ。
「きゃあ!あ、熱い!いやあ!」
「くっそー!こいつら物理攻撃が通じないの!?」
「い、痛いニャあ!!見えない風で体が切れるニャ!?」
「こ、こんな……!?逃げようにも、もう完全に囲まれて……!?全滅!?ぼ、ぼくらが、ここで全滅するのか!?」
この辺りが限界だろう。私は一旦記録する手を止めて、猫耳少女に飛び掛かろうとしたスライムに弱点属性の魔法を叩きつけた。複数体同時に飛びかかってきた個体にも、適宜属性を変更して魔法弾を当てていく。その様子を、パーティーメンバー達は唖然としたまま眺めていた。
「嘘でしょ……無詠唱で、属性を切り替えての精密射撃……!?」
特に唯一攻撃魔法をまともに使える幼馴染さんには、ショックが大きかったらしい。
「ユリウスさん、これ以上の戦闘は私の身にも危険が及びますので加勢いたします。私が加勢した時点で報酬は減額となりますが、ご了承ください」
私は返事を待たずに次々と襲い来るスライムを討ち取っていく。
「そんな……!?鑑定せずにどうやって弱点を看破しているんだ!?燃えてるように見せかけて火属性弱点だったりもするのに!?」
「ユリウスさんは鑑定スキルと目に頼りすぎています。魔力とは目ではなく、肌で感じるもの。目を閉じてても魔力属性を感じ取れるようになれば、鑑定スキルが無くてもこのように対応可能です」
「そこまでしないと倒せないモンスターなのか!?こ、これが……Sランク……!!」
「いえ、もっと簡単な方法もあります。……どうやら彼らが到着したみたいですね」
増援……いや、もはや救援と呼ぶべき戦力が到着したのを感じた私は、魔法を繰る手を止めて、再び記録へと戻った。先程のやり取りを記録する私の真横を、次々と矢が通り過ぎていく。物理攻撃を通さないはずのスライムたちが、光り輝く矢を受けて次々と消滅していった。
「シルヴィさん、無事かー!?」
あの頃よりもさらに凛々しくなった顔立ちと、新たに作られた顔の傷が潜ってきた修羅場の数を物語っている。
リグル。あの優秀なパーティーリーダーが、助けに来てくれていた。
「あ、あれは……鷹の爪……!?まさか、シルヴィさんが!?」
「はい。たまたま隣国にいた彼らに、ギルド経由で連絡を入れておいたんです。貴方がエレメンタルスライムに挑むから、いざという時は助けてあげて欲しいと。彼は快諾してくれましたよ。貴方達だけで倒せたなら、報酬もいらないと言ってね」
「リグルさんが……僕らのために……!?」
鷹の爪の編成は、最後に見たときと一切変わっていない。だがその頃と違い少女たちの顔は大人びていて、かつ油断が無い。どうやらリーダーは、彼女達をただパーティーの花にするのではなく、立派に育て上げたらしい。
「ユリウス!お前は後ろに下がれ!俺達のやり方をよく見てろ!」
言われるままに交代した彼らは、鷹の爪の戦い方をまじまじと観察し、ただただ驚くばかりだった。
ドラゴンすら屈した鑑定スキルを駆使しても全く歯が立たなかった相手に、鷹の爪は完全に圧倒してみせている。
「馬鹿な……スライムの魔力が、武器に触れたそばから消えている!?どうして!?」
「彼らはこれを使っているんですよ」
私は対魔法用防具の素材にも使われている、光る石を見せた。感応石と呼ばれるその水晶は、持ち主や空気中の魔力を勝手に吸収して光る厄介な代物だ。だが魔力に依存するモンスターと相対するとき、これほど頼もしいものはない。
「矢じりや武器の表面に感応石の粉末を塗布しているのでしょう。魔力に依存しているあのスライムからすれば、乾燥剤を大量にかけられたようなものです」
流石に本当に乾燥剤をかけても通用しないだろうが。
「そんな簡単な方法で……!?」
「ええ。だから本来ならあのモンスターは、環境次第では難易度Bクラス相当なんです。例えば洞窟に篭っている個体なら、感応石の粉末を噴霧するだけで終わりますから」
もはや驚愕が過ぎて「B……」とだけ呟く彼の手は、力無く震えていた。僅かに滲む涙は悔しさによるものか、それとも。
「ユリウスさん、彼らをよく見てください。彼らは鑑定スキルのように突出した超能力はありません。しかし入念に下準備をして、勉強して、それぞれがプロに徹して戦いに臨んでいます。特別な力が無くても、力を合わせればあんな怪物相手でも負けないんです」
貴方が一人で成し遂げていたことを、彼らは全員で成し遂げているのだ。貴方がもっと早く気付いていれば、今も貴方は鷹の爪の一員だったかもしれないのに。
「……っ!」
ヒーラーの娘が一所懸命治療に努めていることにも気付かないまま、彼は戦いが終わるのを最後まで眺めていた。
--------
「よお、立派になったな」
依頼達成を報告後、リグルさんの誘いで私とユリウスさんは酒場の個室に集まっていた。結局、私の加勢とリグルさんの増援が無ければ確実に全滅していたと判定され、報酬金の大半は鷹の爪のものとなった。尤も鷹の爪の方も「後始末しただけだ」と主張したので、ほぼ全額ギルド預かりということになってしまったのだが。
「お前の活躍は遠くの国にも聞こえていたぜ。やたら強い鑑定士がいるってな。まあ悔しかったし、腹も立ったが、ユリウスなら仕方ないかって納得もしてたわ」
「……嫌味ですか?」
「いや、これは本音だ。お前を鷹の爪に入れてたのは、俺の誇りだよ。一人でよく頑張ったな」
「……リグルさん」
ユリウスさんの表情は浮かない。これまでここまで挫折感を味わった事は無かったのだろう。能力が正当に評価されなかったのではなく、能力不足で依頼を達成できなかったのは、これが初めてだったのだから。
「なあ。アレク達がどうして鷹の爪を抜けたか、分かってるか?」
アレクという名前を聞いて、ユリウスさんの肩が跳ねる。
「……僕が、彼らの仕事を奪ったからです」
「そうだ。だが俺もお前の鑑定スキルに甘えて、あいつらの能力をちゃんと見てやれなかった。罠を張るのも、地形の状態から天候を予測するのも、あいつらにしか出来なかったのにな」
「あの……アレクさん達は、今どうしてるんですか?」
「知らないな。腕利きだし、生きていると信じたいが」
「……っ」
「気にすんな。選んだのはあいつらだ。それが冒険者ってやつだろ?」
やはり、パーティーメンバーが入れ替わったのはそういう事だったのか。ユリウスさんの鑑定スキルは、かなりの応用が利く。それこそ空間魔法じみた使い方まで出来るほどだ。でも、それは出来るというだけの話であって、完璧に使いこなせるかどうかは別の話。
ユリウスさんは、それを生業としている人たちのプライドを傷付けて、しかもその事に一切気付いていなかった。だから誇り高い専門家になるほど、ユリウスさんの傍にいる事はできないのだ。
そしてユリウスさんに合わせてパーティーを編成すると、どうしても専門分野に特化しない者、つまりよく言えば器用だが悪く言えば特色のない人間で固めるしかない。リグルさんほどの人でも、そんなパーティーで生き残ることは出来ないと悟ったに違いない。
だけどもっと深刻なのは、人望の無さではない。リグルさんは、その事にもう気付いている。
「なあ、ユリウス。もうお前は鑑定士の看板を外して、剣士を名乗った方がいい。いや、今すぐそうすべきだ」
「え……で、でも、僕には鑑定スキルしか……」
「お前が最強の鑑定士とやらを宣伝してるせいで、近隣諸国で鑑定士に対する誤解が広がっている。敵の鑑定や地形の鑑定が出来て当たり前で、前衛にしても問題無いという誤解がな」
「……?」
「わからないのか?お前以外の鑑定士が、無理矢理前線に立たされては次々と死んでるんだよ。そのせいで国単位で鑑定士の数が不足し始めただけじゃなく、弱すぎる前衛職という間違った認識が広がってるんだ。元々非戦闘員だったのにな」
「っ!?」
「優秀過ぎるんだよ、お前は。ただし鑑定士としてではなく、戦士としてな」
そのとおり。確かにユリウスさんは優秀だ。事実彼がリーダーを務めたパーティー強肉弱食は、Cランクも怪しいようなメンバーでもドラゴンを討伐できている。だけどそれはあくまでユリウスさん個人の能力が異常なだけであって、パーティーとして強い訳ではない。当然、そうなればリーダーである鑑定士が過大に評価されてしまうのだ。
命を賭けて戦う仕事だからこそ、誤ったネームプレートを付けたまま戦ってはいけないんだ。同業他者が迷惑するばかりでなく、命の危険すら孕むから。
「……ぼ、僕は……そんなつもりじゃ……」
「まあどうするかはお前の自由だ。もう同業者としてお前と会うことも無いだろうしな」
「え……?」
「アイシャが……ああ、いつも俺の隣にいる女な。あいつが妊娠4ヶ月なんだ。もちろん、俺の子だ。だから俺もそろそろ冒険者を辞めて、農夫にでもなろうと思っててな」
なんと!妊婦なのに戦っていたのか!?そんな非常識な……いや、もしかしたら、私が声を掛けた時から、もう彼らは引退に向けて準備していたのかも知れない。
「冒険者辞める前に、お前と一緒に戦いたかった。最後のバディがお前のパーティーで良かったよ」
最後にユリウスさんに先輩冒険者の背中を見せてやろうと、わざわざ夫婦と仲間たちがここまで来てくれたのだとしたら。
「……ああ……リ、リーダー……!僕は……僕が間違っていました……!あの時、調子に乗らずに、アレクさんを信じて待っていれば……!僕が、鑑定スキルを過信したばかりに……!もっと仲間を信じていれば……!」
ユリウスさんもその事に気付いたらしい。リグルさんはユリウスさんの頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でると、ユリウスさんを迎えた時と同じ優しい笑みを浮かべた。
「馬鹿。俺はもうお前のリーダーじゃない。お前にはお前の仲間がいる。そいつらを大事にしてやってくれ。そしてもっとちゃんと今の仲間を育ててやるんだ。お前だけ強くても、パーティーは強くならないぞ?」
「……は、はい……!」
「わかればいい。……俺は隣国ザウラーンで農業を学ぶつもりだ。もう俺はこの国には来ないつもりだが、気が向いたら遊びに来てくれ。子供の遊び相手にしてやるよ」
「はい……!必ず一人前の剣士になって、リグルさんに会いに行きます!必ず!」
どうやら私からユリウスさんに言うことは何も残っていないらしい。冒険者同士の親睦を邪魔するのも悪いので、自分の飲食代をこっそり座席に残して、お手洗いに行くとうそぶいたまま、帰路についた。
今日は、いつもより美味しいお酒が飲めそうな気がする。
--------
「でね!?リグルさんがコンコンとお説教して、ようやく気付いたみたいなの!胸がスーッとしたわよ!リグルさんがいなかったら私が説教するところだったわ!肉体言語でね!」
シルヴィの愚痴は、かれこれもう5回はループしただろうか。親睦を深めたいと言って飲み会に参加したエリンだったが、余りにも普段と様子が違うシルヴィにタジタジだ。
「あの、クレスさん!?シルヴィ先輩って飲むといつもこうなんですか!?」
「いつもではないよ。今日はとびきり機嫌が良いみたいだね。ユリウス君が一歩大人になれたのが、よほど嬉しいんだろう」
「クーレースー!エリンちゃんに変なこと言わないで!誤解されるでしょー!」
「ちゃん!?あ、先輩、そのワインまだ未開封です!?ああ!振らないでください!?」
これはいかんな。普段の2倍は早く飲み進んでいるぞ。
「シルヴィ」
「んー?」
これはまた、だらしない格好だ。絶対明日後悔するんだろうなぁ……。
「酔い潰れる前に、エリンの話を聞いてやりなさい。可愛い後輩なんだから」
「それもそうねー!で、どうしたのよ?」
「いや、あの……私、先輩から嫌われてるのかなって思ってたんです。いつもちょっと壁を感じてたというか、その……」
「えー!?うそー!?わたしはエリンちゃんのことだいすきよー!?」
「……へ?」
「ごめんねーわかいこ相手だとてれくさくってさー!でもえりんちゃん、いつもがんばってるでしょ?がんばりやさんはだいすきよ!だからえりんちゃんもすき!これからもよろしくねー!」
「せ……先輩……!」
「こりぇ……からもー……」
限界か。ワイン46本……新記録だな。力尽きて笑ったままいびきをかいて眠るシルヴィに毛布を掛けた私は、握りしめたまま開封しなかったワインを開けて、自分のグラスに注いだ。
「不器用なだけなんだよ。ユリウス君にだって、もっと自分の意見を言っていいのに、記録係だからと必要以上に抑え込んで。真面目過ぎるのも困ったものだね」
「……あの、シルヴィさんがユリウスさんをあそこまで意識してるのはどうしてなんでしょうか」
おやおや、そこまでお見通しか。君は本当に優秀な記録係になれそうだね。
「まあ、半分は私が原因かな」
「クレスさんが?」
「……私は15歳になってすぐに、シルヴィママの背中を追うように冒険者になったんだ。当時現役の魔法使いだったママに追いつきたくて、私も一所懸命魔法の勉強をしたものだ。でも、どうしても魔法だけは使えなくてね」
甘い記憶と苦い記憶が混ざり合い、既にだいぶ進んでいた酒酔いをさらに加速させる。そのせいだろうか、私は誰にも話したことのない昔話を、出会って2年目に過ぎないエリンに話してしまっていた。シルヴィのことを無意識にママと呼んでしまっていることすら、この時は気付かなかった。
「そこで私は剣士としての道を志しつつ、感応石を応用した魔法剣もどきを開発したんだ。ママもママで、魔法使いでありながら前衛の私を守れるように身体強化の魔法を進化させてね。おかげで私達は前衛でありながら魔法を使えて、後衛でありながら前衛を担える複合職として一時期有名になった。でも、それが良くなかったんだよねぇ」
手の中のワインは、全く減っていない。赤いせいで私の表情は写らなかったけど、きっとかなり苦いものになっていたことだろう。
「その時期に冒険者を目指していたルーキー達が、こぞって複合職を目指してしまったんだよ。当然半端な冒険者ばかりになってしまって……ギルドの依頼達成率は急降下。冒険者の生存率も低下して、大騒ぎになったんだ。街の全員が私達を責め立てていたと思うよ。私の子供を返せ!ってね」
「そんな……お二人とも、やれることをやってきただけなのに」
「ああ。私もそう思う。でもママは……真面目過ぎた。まだ若かった私の頭に石がぶつかった時から、ママは今のシルヴィになったんだ。プロはプロらしく、専門分野は専門家に任せるべき。万能なんて幻想だってさ」
今考えても極論だ。だけどシルヴィにとっては……ママにとっては、息子を守るために必要な思想転換だったのだろう。その日から魔法剣を禁じて、剣技だけで戦うように懇願された。全ては私を世間の風評から守るため……だが、皮肉にもそれが私の冒険者人生を縮める結果となった。
あの時のモンスターは、頑強な殻を持ちながらも体内は魔力で満たされていた。私の魔法剣を使えば一撃で仕留められたのだが、ママは私の攻撃と連携して剣撃と同時に魔法を撃ち込むことに拘った。だけど長期戦が過ぎて、体力が保たなかった私は……。
「……まあ、とにかくユリウス君を見ると、当時の苦い経験が蘇るんだろう。だけど自分の思想が正しいとも信じきれていない……だからこそ、彼女はただ記録係に徹しているのかもしれない。今回、ユリウス君がちゃんと前に進めたのを見て、ある意味で希望を見出したのかもしれないよ」
もしもユリウス君が、私達とは違った方法で英雄になれたとしたら。その時こそシルヴィは呪縛から解放されるのかもしれないな。
私と違ってママはまだ若い。きっともう一度冒険者にもなれるだろう。将来、ママがまたSランク依頼を受けて、エリンがその記録係になってくれたら……なんてな。
その頃にはもう私も生きてはいないだろうさ。夢見るのは若い連中に任せて、私はただシルヴィの先輩事務員として支えるとしよう。
「少し飲みすぎたみたいだ。ちょっと頭がフワフワするよ。エリン、外の空気を吸いに行かないかい?シルヴィもまだ起きないだろうから」
「……そうですね。ご一緒させてください」
恐らく私の飲酒量もまた、過去最高記録だったに違いない。
「喋りすぎよ、馬鹿息子……」
眠っているはずのシルヴィが、寝言でもそんなことを言うはずが無いのだ。今後は幻覚を覚えるほど飲むのは止めておこう。
さあ、明日もまた腕利きの冒険者達が依頼を求めてギルドにやってくる。先輩事務員として……そして息子として恥ずかしくないように、たっぷりと水を飲んで酒精を抜いておくとしよう。
記録係を抜きにして、冒険者という職業は成り立たないのだから。
--------