第39話「思惑」
ルドヴィグの問いに対し、主に話したのは勿論アルだ。
イルドアに着いてからの調査、軍との協力を得られなくなった経緯、シリンさん達との遭遇やイサナが行った“従魔の改良”に至るまで、ほとんどすべてのことをルドヴィグに話した。
体感で20分程度かかっただろうか。途中でルドヴィグからも質問が飛び、特に“従魔の改良”に関しては、イサナは勿論、俺にも状況確認と意見を求められた。
この話題に関しては話が込み入ってるんで、結局のところ詳しくは後でってことになったんだが。
俺がこの時、ルドヴィグに対して思ったのは「こいつ優秀だな」っていう感想だ。
なぜなら、「普通の生物が魔力を得ることで魔物になる」、というイサナの仮説を、多少戸惑ったものの最終的には受け入れたからだ。
どうやら、この世界の人々にとってこの手の話は常識をぶち壊すようなことなんだそうだ。だが、それを聞かされたルドヴィグは拒絶したり全否定したりせず、一旦受け入れるような反応を見せた。
あるいは、「ヒト」もその範疇に入りかねない、という可能性を無意識に除外したからかもしれないが――。
それでも前回、王都でアルが魔力暴走させて死にかけた時にも、最初の内は俺の存在を拒絶するような態度だったのが、最終的には受け入れてくれたしな。思考が柔軟なのは間違いない。
今回のことも、事実は事実としてひとまず受け止めるって感じだった。
そんなやり取りを挟みつつ、要点を押さえたアルの説明を聞き終えたルドヴィグは嘆息しながら呟く。
「――そうか。」
馬車に揺られながらでもあったし、話の内容もヘヴィーだったんで多少疲労したのかもな。そんな調子が声音ににじみ出ていた。
そうしてルドヴィグは数秒沈黙したのち、再び口を開いた。
「お前たちはまだ知らないだろうが、此度の件、最終的な死者数は17だ。ほとんどが農民や猟師。・・・軍は何をやっていたのかと、非難の声が上がりつつある。」
その言葉にアルはピクリと肩を震わせる。
そうか・・・。やっぱ山間に住むような猟師や木こりへの被害は、報告が遅れていたんだろう。集計してみればそれだけの人数になった、と。
「そうでしたか。・・・力及ばず、申し訳ありません。」
ほとんど表情を変えず、淡々とアルは頭を下げていたが、内心では相当気に病んでいるのは明白だな。
「なに、責を負うべきは消極的な判断をしたイルドア騎士団の長であり、感嘆すべきは見事にその行動を誘発させたそこの者の知恵だろう。」
一方のルドヴィグはそう言って、俺の隣――イサナに視線をやる。
因みに、多少現状に慣れてきたのか緊張が解けてきているイサナは、既に俺の膝から降りて自分で座席に座っていた。
だけども、今しがた王子殿下に褒められたのか責められたのか分からない複雑なことを言われ、再度硬直しちまった。
ああ、ああ、大丈夫だよ。
もうちょっとリラックス・・・は、この状況じゃ無理だな。
せめてこいつの頭、撫でとこう。
何しろ、こんな子供に罪を問うても意味はない。これからしっかり教育して、まずは自分の犯した事を、ちゃんと理解することから始めないとな。
償いやなんかはそれからだ。
「それを生け捕りにし、あまつさえ例の者も確保したお前は、今回も手柄十分だ。」
「ありがたいお言葉ですね。」
固まっちまったイサナのことは完全にアウトオブ眼中のまま、ルドヴィグがアルに向かって言う。一方、仮にも王子殿下からお褒めの言葉をもらったってのに、相変わらずアルは淡々とした返答だった。
ルドヴィグは口端を上げる。
「フン。・・・ひとまず、イルドア騎士団は頭を入れ替える。国境に接するこの要衝を任せられるのは即断力のある者だ。・・・それを。・・・なぜ、アディトンの次男ごときが配されていたのか、俺には理解しかねるな。」
へえ。
確か、ウルフの件について最初に担当していた砦の騎士団長がアディトン何某と名乗ってたはずだ。
・・・そっか、あの無責任な野郎、クビになんの。
ウルフが国境沿いを移動してるってわかった途端、軍による調査を打ち切り、すべてをアルに丸投げした張本人がそいつなわけだから、この人事は気分が良いな。
だが、アルは眉を顰めて別の事に反応した。
「・・・国王陛下より人事権も賜ってきているのですか。」
「ああ。今回のもっとも大きなお題目がそれだ。お前からの知らせを受け、一体どこの馬鹿が放置を決めたのかと調べてみれば案の定、特に才気のない凡愚だったからな。」
「・・・。」
おおう、俺も良い印象もってないけど、“才気のない凡愚”だなんて、そこまで言っちゃう?
「魔物に対し、徹底した対処ができなければ民からの信用に影が差す。そうして、商人が我が国に寄り付かなくなれば、ひいては国家の土台が揺らぐ。それを認識できていない時点で騎士団の長など任せておけるか。」
・・・まあ、確かにそうだな。
「イルドアの被害状況が公に広まり次第、俺がすぐに陛下へ奏上し、首のすげ替えに直接出向く許しを得た。その結果がこの状況だ。」
・・・うわあ。
この王子様、マジ行動力あるし有能だな。
確かに、第三王子殿下が直接やってきて責任者の処断にあたったとなれば、国がこの事態をどれだけ重く見ているのか、それを民衆に示すことができる。
それに――。
「・・・ついでに各地を慰問すれば、失墜した王家に対する信用もほとんど回復、というわけですか。・・・相変わらず抜け目のない。」
「ハッ、これぐらい当然の思考だろう。」
・・・いやいやいや。
それみんなついでなわけだろ?
継承権争い面倒!王都から出たい!っていう本命の。
だってのに、どっちが主目的かわからないレベルで建前も完璧じゃねえか。
・・・やっぱこの人が次期国王へ推されるのも当然だな。
本人はどうやら継承権をさっさと放棄したいらしいが、こんな調子じゃあ、国王に惜しまれるのも納得だ。
「・・・それで。・・・少し話は変わりますが。僕から1つご相談があるのですが、よろしいでしょうか。」
「ほう、お前がそんなことを言うとは珍しいな。言ってみろ。」
話もひと区切れになったんで、ふとアルが切りだす。
というのも――。
「実は、例の家族とそこの元間者を、我が邸にて雇いたいと考えています。もちろん、表向きの話であり、実質的には保護および監視です。お許し願えますか。」
そうそう。
この点がまだルドヴィグの了承をとれてなかったんだ。
本来、アルはルドヴィグの部下ってわけじゃないから、シリンさんやイサナの事は国に報告――つまり国王陛下に直接報告するのが筋なんだが、そちらに話をもっていくと、彼らがどんな扱いを受けるかまったく読めなくなっちまう。
それに、この件の対応責任者が十中八九アルになっちまうしな。
名目上、アルの立場は公爵並みの高位と定義されているが、とはいえ、こいつに権力なんてあってないようなもんだ。
権力っていうのはつまるところ“人を動かす力”だからな。アルに従って動いてくれる人は、残念ながら俺を含め数人しかいない現状、アルに隣国とのいざこざを投げられてもまともに対応できるはずがない。
実際その状況になれば、こいつもこいつで上手くやるんだろうが、最悪の場合、アルの役不足をツッコまれ、名誉欲しさに手を挙げた適当な貴族に権限を持っていかれる、なんてこともありうる。
そうなれば、シリンさんやイサナの身柄はどうなることかわかったもんじゃないからな。
そんなことになるくらいなら、多少つながりのあるルドヴィグにまず話を通し、便宜を図ってもらった方がよっぽどマシだ。
そのうえで、シリンさん達家族とイサナの身柄をこちらで保護したい、と俺たちは考えていたわけだが――。
「・・・ふむ。悪くない話ではある、が。・・・人手は足りるのか?」
「むしろ足りないからこそ、傍目から見れば彼らが突然やってこようと不自然ではありません。ましてや、その内実に気づけるとは思えない。」
予想通り、ルドヴィグからの反応は悪くないな。
既に理論武装は終わっているので、アルは淡々とそれを口にするだけだ。
「そもそも、例の人間たちも望んでいることです。彼らにとっても益は大きい。そちらに関しては少なくとも監視の必要性は低く、また保護に関して我が邸に不足はない。」
そう言ってアルはイサナへと視線をやる。
「そして、この子供に関しては、今のところ任務に連れ歩こうかと考えています。それで監視の役は果たせます。」
・・・まあ、細かいこと言うと、国から命じられた任務に隣国の元間者を連れ歩くのは機密漏洩も甚だしいんだが。
実質的にイサナが逃亡できる可能性はほとんどないので大丈夫だろう。
「・・・まあ、お前なら上手くやるのだろうな。・・・よかろう。そちらの“草”に俺はもう用がない。お前の好きに扱え。」
よっしゃ。1番の懸念事項をクリアした。
それに――。
「それに、イスタニアの学者に関しては、現状、俺の胸1つに収めている。国に報告するつもりもない。グスターヴの動きが読めぬ以上、要らぬ憶測が加わり、事態が更にややこしくなるだけだ。
そちらも、しばらくはお前に預けることを良しとしよう。」
よしよし。
これで、シリンさんたち家族も無事にアルの屋敷で雇えることになったな。
「承知いたしました。我が提案を呑んでいただき、感謝いたします。」
俺もアルに合わせ、ルドヴィグ殿下に頭を下げさせてもらった。
いやあ、良かった。
これで多少アルの屋敷の人手不足が緩和するな。
第39話「思惑」




