第35話「決着」
「・・・相変わらずえげつないよなア、お前のこの魔法――いや、魔術なのか?」
断末魔さえ残さず、魔物がザアッと崩れ去り塵となったのを見て宵闇が言う。
彼は先程まで虎と人が融合した獣人のような姿をさらしていたが、既にその状態は解かれている。瞳の色も銀から黒に戻り、多少の呆れを含みながらアルフレッドを見下ろしていた。
「どちらも含んでいますよ。」
一方、答えるアルフレッドの声には色濃い疲労があった。地に手をついた姿勢のまま、ゆっくり息を整えながら言う。
「――“術式”を土台にし、“力ある言葉”で顕現させる。詠唱魔術などと言われるものの1つです。」
その返答を聞きつつ、宵闇は片眉を上げて言った。
「おいおい、大丈夫かよ。」
「ええ。・・・少し休めば回復します。」
「そうかい。」
見た目に反し、アルフレッドの応答はいつも通り。
宵闇も深くは突っ込まず、話題を変える。
「しっかし、その詠唱魔術?ってのはすごいな。他にも色々あるんだろ?」
「ええ。しかし、どれも絶大な効果の代わりに欠点だらけ。実践には不向きだ。」
「そうなのか?俺的には、めっちゃカッコいいと思うけどな。」
このお気楽な感想に、アルフレッドは低い位置から宵闇を見やる。
「・・・余程でなければ、僕は使いません。」
「ええぇ。・・・まあ、確かに、お手軽には使えねえんだろうがな。」
いかにも残念そうに宵闇は言った。
そして視線を上げ、近づいてきていたハクを見やる。
「よぉ、ハクさん。危険なとこ任せちまって申しわけなかったな。でもその分、こっちに余裕があったよ。ありがとな。」
「・・・構わん。」
そのハクは、既に武器をただの金属塊へと戻したらしく手ぶらだ。相変わらず表情に乏しかったが、十分近づいたところで足を止め、宵闇を見た。
「だが、あれはなんだ。」
「・・・あれってのは、こいつが使った詠唱魔術のことか?」
「ああ。・・・私も詠唱魔術については知っているが、とても戦場で使えるものではなかったはずだ。」
その言に、宵闇が確かめるような視線をアルフレッドへ向ける。
「やっぱそうなんだ。」
「ええ。本来、詠唱魔術は複雑な事象を顕現させるために創られました。なので、必然的に術式は難解。大抵は構築するのに数時間から数日かかります。」
アルフレッドの返答に宵闇は目を見開いて驚いた。
なにせ、今まではアルフレッドが基準であると思っていたのだ。そしてその彼は、先程も術式の構築に数分を要した程度。
それがまさか、一般水準とそんなにも乖離していると、宵闇は思っていなかった。
「――更には、消費される魔力も膨大で、数人がかりで詠唱するのが普通でしょうね。とても実践には耐えません。」
対するアルフレッドは淡々と述べるだけ。
「・・・想定よりもお前が規格外だった件。」
思わず呆然と呟いた宵闇に、ハクもまた無言で同意する。
そんな2人を見上げ、アルフレッドはむしろ嫌がるように顔をしかめた。
「・・・ただ、他の詠唱魔術ならともかく、その僕でさえ、今回使ったモノはこのヒトがいなければ無理ですよ。」
そう言いながらアルフレッドは視線で宵闇を示す。その彼もまた首を縦に振った。
「まぁ、何しろ魔力消費がなぁ。今回はお前の魔力に適した媒体?を調達できたから多少マシだったけど。」
「・・・確かにそのようだ。」
ひとまずはハクも頷きを返す。
彼もまた、宵闇とアルフレッドが綱渡りのような連携のすえ、先の詠唱魔術を発現させたことは承知していた。
何しろ戦闘中であっても、ハクは2人の行動を把握していたし、更には、魔物や魔術の研究をシリンが行っていたために、ハクもその系統には理解がある。
ちなみに、宵闇の言う“魔力に適した媒体”ついてだが、この世界では人それぞれの魔力に“属性”があるとされている。媒体云々、というのはこの話が関係している。
とはいえ、どんな“物質”に魔力を通しやすいか、という単純な話だ。
更に言えば、属性は1つと決まっているわけでなく、大なり小なり魔力を作用させる中で最も扱いやすい物質がその人間に適した“媒体”だ。
そして媒体は、“力ある言葉”で操る対象にしたり、“術式”を刻んで魔術に使ったりなど、多様な使い方をされる。
例えば、アルフレッドの魔力は“植物”と親和性が高く、また、次点で“土”とも相性がいい。だからこそ、植物の生長を速めて盾にしたり、木の柵や土塁で“結界”を構築したりといったことができたのだし、また、今回の戦闘では木製の大扉に術式を刻み詠唱魔術の媒体とした。
一方、宵闇は“土”を操ることに高い適性がある。
以前、山小屋でウルフとやりあった際には、足元の撹乱や注意を引きつけるために使ったのがそれだ。
なんなら、魔力量がアルフレッドと並ぶ宵闇ならば、周囲の地形を変えるくらいは難しいことではなかった。
また、金属塊から武器を成形していたことから、ハクの魔力は恐らく“金属”との相性がいいのだろう。
このように、魔力をもつモノであれば、大概はその魔力に適した“物質”すなわち“媒体”があり、それをもとに魔法や魔術を扱うのがこの世界では常識だった。
しかし・・・。
宵闇からはぼそりとした呟きが漏れる。
「・・・この属性ってのを大真面目に考察しはじめると、俺は深い闇に突っ込みそうなんだよなぁ。」
そう零す表情には、なんとも言えない虚無がある。
彼のアイデンティティ的に、属性および媒体に関してはツッコミどころ満載なのだが・・・。ひとまずはスルーしかないようだった。
「――しかし、魔物の殺傷ではなく、消滅させる魔術など私は聞いたことがないな。」
意味不明な宵闇の言葉は脇に置き、ハクが記憶を探るような仕草をする。
それに答えたのは虚無から戻った宵闇だ。
「そりゃそうだ。こいつが自分で創ったらしいからな。」
この何気ない言葉に、ハクは目を見開いて驚きを示す。
あいにく宵闇は知らないことだったが、この世界において「新たな術式の創生」というのはそれだけ驚嘆に値するのだ。
例えば、シリンが行った“従魔術の改良”。これは、既存の術式を改変することで行われた。
この“既存の術式”というのも、長い歴史の中で人々が経験的に構築してきた観念的なものだ。イメージとしては、地球で言う陰陽術の“五芒星”や黒魔術の“魔法陣”といったところか。
そういった既存の術式の一部を改変したり、他の術式を組み込んだりすることで、大概の魔術は改良されてきた。シリンが祖国で行っていた研究も、そういった手法だ。
そんなシリンの傍らで過ごしていたハクもまた、門前の小僧程度には魔術に関して造詣がある。だが、そのハクが類似する魔術を知らない、かつ「アルフレッドが創った」となれば、根本の術式自体を新たに創造したということが示唆された。
生半可な才能では到底できないことだった。
「効果はなんだ?」
内心の動きは極力見せず、ハクがアルフレッドへと問いかける。しかし、その視線には多少警戒するような色が入り混じった。
そんなハクのわずかな警戒を見抜きつつ、アルフレッドは言葉を選ぶ。
「端的に言えば、多大な魔力負荷で対象を圧殺しています。」
しかし、この答えに釈然としない微妙な表情をしたのは宵闇だ。
「・・・まあ、これ以上なく端的に言うと・・・そう、なのか?」
彼はなにか言いたげに口元に触れるが、ひとまず黙ることにしたようだ。
代わってハクが言葉を継ぐ。
「私の眼には、あれの体内魔力がかき乱された・・・いや、切り刻まれたように見えたが。」
「ええ、それでほぼ合っています。・・・術式上に固定した対象を解析し、その構成要素を分断。並行してあちらの魔力に、こちらの魔力を宛がい対消滅させるのが先程の詠唱魔術の概要です。」
そこまで視られているなら、と、アルフレッドは案外あっさり全てを明かす。
元々、秘匿しようとしなかろうと、何かが変わる話でもないのだ。何しろ、術式の複雑性および要求魔力量ともに、アルフレッド以外が容易に扱えるモノではない。
「・・・なるほど。その魔術の対象に指定されれば、魔力が一瞬にして枯渇し、自己治癒も間に合わず消滅する、と。」
ハクはそこまで言い、そして感慨深げに独り言ちた。
「だからこそ、私のようなモノにも死を与えられるわけだ。」
「・・・いえ。」
しかし、アルフレッドはそれを否定する。
「先程の魔物程度とは違い、僕にも貴方を消滅させることは不可能です。」
「・・・魔力が不足するか。」
「ええ。」
ハクの言葉にアルフレッドは頷き、宵闇もまた言葉を足した。
「何しろ、俺に一度試して無理だったからな。その時こいつは死にかけた。」
「ほう。」
これにはハクも眉を上げる。
先の言葉はつまり、かつてアルフレッドは宵闇を消滅させるためにあの魔術を使った、ということだ。
他人に興味の薄いハクでさえ、ここ数日のアルフレッドと宵闇の様子から、彼らの間に確かな信頼関係があるというのは十分に分かっていた。
だが、どうやら彼らが出会った当初は関係性が違ったらしい。
「・・・おかげで制限が増えたので、もう二度と御免です。」
「それはお前がアン時、無茶したからだろうが。俺もボロボロになったし、お前は死にかけるし。・・・俺だって二度とごめんだよ。」
アルフレッドは顔を顰めて零したが、宵闇もまた同じように言い返す。
そう。
実を言えば、魔物である宵闇を討伐するため、アルフレッドがかつて創りだしたのがあの詠唱魔術だ。
もちろん、彼らが出会ったばかりの頃の話。
様々な経緯を挟みつつ、アルフレッドは宵闇を消滅させようとあの詠唱魔術を使用した。だが、結果としてそれは失敗に終わり、ほぼほぼ相打ちのような状況になったのだ。
・・・いや、むしろ宵闇が満身創痍でも動けたのに対し、魔力の暴走で死にかけたアルフレッドはまごうことなき自爆だろう。
そんなアルフレッドを助けるために、宵闇が構築したのが“リンク”だった。
その“様々な経緯”についてはひとまず割愛するが、以来、彼らに課された制限についてはもう何度か触れられてきた通り。
「ホント、初めは色々あったよなあ・・・。」
「そのようだな。」
感慨深げに宵闇が零し、珍しくハクが言葉を返す。対するアルフレッドは、当時を思い出してしかめっ面だ。
ともかくも話題が一段落し、宵闇は場を切り替えるように声音を変える。
「にしても、案外アルとハクさん、息が合ってたな。」
「・・・お互い、やるべきことを果たしていただけですよ。」
「まあ、そっか。むしろ、似た者同士だから気遣う必要もないのかね。」
軽い調子で宣う宵闇に対し、アルフレッドは対照的だ。
相変わらず憮然とした表情もさることながら、彼はいまだに片膝を突き座り込んだままだった。
そんな様を見やりつつ、今度はハクが口を開く。
「そろそろ私は行く。」
そう言いながら、何事か含んだ視線を向けるハクに、その相手である宵闇はすぐに微笑んで頷いた。
「ああ。先に行って村の人たちによろしく言っといてくれ。」
宵闇が明るく答え、アルフレッドもまた無言で頷く。
そうしてハクがその場を離れてしばらく――。
「それで?体力は回復したかよ、アル。」
「・・・。」
「少し、には十分な時間が経ったと思うけど?」
「・・・。」
自らの発言も混ぜっ返され問いかけられたが、アルフレッドは俯いて黙したままだ。
「おーい。」
「・・・まだ動けないので、あなたも先に行ってもらっていいですよ。」
「・・・んなことするかよ、バカ。いいから素直に片腕寄こせ。」
意地を張ったアルフレッドの返答に、宵闇は多少の怒気を見せつつ「ほれ」と手を差し伸べる。
未だ疲労で立つことさえできないアルフレッドに肩を貸すためだった。
「ここ数日間の無理も祟ってんだ。これに懲りたら、普段からもうちょっと自愛しろ。」
「・・・。」
さすがに腕を差し出したアルフレッドを支え、宵闇は肩を組む。そうやって共に立ち上がろうとしたのだが。
「くっ。」
「うわっと。」
想定よりもアルフレッドの身体に力が入らず、危うく2人で倒れこむのをなんとか防ぐ。
両者ともに体格は似通っており、当然アルフレッドの体重も戦闘に耐えうる成人男性のそれだ。本人の身体に力が入らない、となれば、肩を組む程度では移動は困難だった。
「・・・こりゃ、背負うしかねえな。」
そんな宵闇の呟きに、勿論、アルフレッドは素早く拒否を見せる。
「は?嫌ですよ。それくらいなら、ここに捨て置いて――。」
「だぁから今回の立役者に、ンなことするかっての。大人しく背負われろ!」
多少の抵抗を見せるアルフレッドを手早く抑え込み、宵闇はその身体を背負いあげた。上手く重心を移動させ、ほとんど脱力しているアルフレッドを背に乗せ立ち上がる。
「ッ。」
「落としたらごめんなー。」
他人に背負われる、という経験のないアルフレッドは、なされるがままという状況も合わさり息をのむ。
その緊張に気づきながらも、あえて宵闇は軽い口調で宣った。もちろん、冗談であり、落とすつもりは毛頭ない。
「はあ。・・・もう全て預けます。」
「りょーかい。あとは寝てろ。」
「それはありえません。」
「ハハッ。」
断固とした相棒の口調に笑声で応えつつ、宵闇はしっかりとした歩みで平穏の戻ったヘンネ村へと入っていった。
第35話「決着」




