第33話「戦闘」
視点:1人称
さて。
今さっき、イサナから衝撃のカミングアウトを俺たちは受けたわけだが、それに関してゆっくり考える時間もなく・・・。
まったく、次から次へと息吐く暇もねえもんだ。
「遅いぞ。」
「すまん!」
場所は村の外れ。
異変を察した俺たち同様、先に来ていたハクさんの苦言に、俺は反射的に謝った。
村長さんに緊急事態を伝えるとか、その他諸々、多少手間取ってたら遅くなっちまった。
そもそも、侵入者を村の中に入れるつもりもないが、村の人たちへの情報伝達は大事だろう。
その結果、念のためということで村人のうち、女性や子供たちは比較的造りが丈夫な水車小屋とか倉庫とかに避難してもらうことになった。
他の人は周辺で持てる武器もって待機だ。
勿論、シリンさん、セリンちゃん、アラン君もそっちに行ってる。
というか、むしろシリンさんが率先して村の人たちを先導したおかげで、特に混乱もなく迅速に避難が済みそうだ。さすが元特権階級者、人の扱いが上手い。
イサナに関しては迷ったが、この事態の重要参考人だし、そのまま移動させずに軟禁状態だ。監視もないが、あの様子だと大丈夫だろう、たぶん。
ちなみに、村の人たちを誘導してたのは俺だけで、アルには村はずれに直行してもらってた。今回はこいつの魔術で村を守らなくちゃいけないから、当然だ。
とはいえ、準備は既に終えている。
今はただ不自然に揺れ動く山の斜面を見据えているだけだ。
結構な魔力を振りまきながら、現在山を降ってくるそれは魔物以外の何物でもない。さっきの今で暴れだしたからには、十中八九あの狼男だろう。
麓に達するまであと数分、ってところだ。
・・・思ったより時間かかってんな。
イサナに事情を聴いてる最中、俺たちは異様なオオカミの雄叫び聞いて外に飛び出した。その時から既に10分は経過してる。
おかげでこっちは避難の猶予も充分だったが・・・。
どこかに寄り道でもしたのかね。
因みに、これから使う魔術には、ここ数日村の周りを囲うように作ってた柵とか土塁を利用する。
アルの説明を聞く限り、名づけるなら“結界”だろうが、俺もまだよくわかってない。ひとまず、発動させるところを様子見だ。
俺たちの間に大して緊張感はない。
この中で最も戦闘経験少ないのは俺だろうが、ぶっちゃけて言うとその俺も、そして恐らくハクさんも、実質的に「死」というものとは無縁な存在だ。
だからって自分を粗末に扱う気はないが、平和な世界で育った俺でもあんまり恐怖とか、そういった感情に振り回されないのはそういった部分もある。
他の2人については言うに及ばずだろう。
百戦錬磨のアルフレッドが慣れてるのは勿論だし、ハクさんも視た感じ場数は踏んでいるようだ。
そんな感じで、唯々、魔物がここに到達するまでのカウントダウン的な空気が流れる中。
アルがおもむろにハクさんの方を見やって言った。
「・・・ところで、その姿の時には何を得物にするんです?無手ですか。」
確かに。
そこ聞いとかないとだな。
ハクさんの本来の姿は鳥型で、その時には魔法も使ってんのは見たが、人型になれば結構勝手が違くなる (これは俺の経験談)。
今のところハクさんは手ぶらだが、例えば、戦闘になった途端に暗器とか突然持ち出されるとこっちも困る。
特にハクさんの場合、そういった可能性がなきにしもあらずだから、事前に確認しておくのは大事だ。
因みに、俺に関して先に触れておくと――。
前世、特に何か武術やってたとか、そういう特殊設定のない俺は、いわば戦闘のド素人だ。精々、今の身体能力に任せた肉弾戦――殴るか蹴るかの二択。
もう馴染みきった獣姿なら話は違うが、人型しか許されない現状では俺にまともな攻撃手段はないと言っていい。
更には、人型の状態だと魔力の扱い方がどうも違うらしく、途端にやりにくくなるのも難点だ。
俺にとって人型をとるということは、自己と外界の間に一枚の膜を作ることと言っていい。
その膜越しに魔力を操るわけだから、獣型の時との違和感がひどい。
イサナの治療はなんとかできたが、なるべくこの状態で魔力を使いたくない、というのが俺の現状だ。
それに対し、果たしてハクさんどうなんだろうかと思ったが――。
「・・・今のは私に言ったのか?」
そんなことを言いながら、ハクさんが取り出したのは拳大で銀色の金属塊。
何かと思って俺たちが見ていれば、ハクさんはそれに魔力を流す。
すると、それはたちまち棒状に伸び、特徴的な形状の“武器”に変わった。
「!!」
・・・え、渋っ!片鎌槍じゃん・・・!
“突けば槍、払えば薙刀、引けば鎌”と評されるそれは、クセの強い、熟練の技が必要な武器だ。勿論、日本で生まれたモノとはちょっとずつ細部が違うが、使い方は同じだろう。
ハクさん、そんなん扱えんのかい。
俺はこの瞬間、地味にテンション爆上がりだった。上がり過ぎて、表面上、目を見開いた程度のリアクションでしかなかったが。
「地響きからするに、随分な巨体のようだからな。私が扱える中ではこれくらいが適当だろう。」
「・・・確かに長物が有利でしょうね。」
俺以外の二人は淡々と会話してるが、おいおいおい。俺的にはツッコミどころ満載なんだが・・・!
この世界では普通のことなのか?!
とりあえず推測するに、ハクさんは魔力を操作して金属を変形できるんだろう。そうして、いろんな形状の武器を生成できると思われる。
詳細がめっちゃ気になるが、今はそれどころじゃないんであとで聞き出そう。デカい地響きとともに木々をなぎ倒しつつ、魔物がすぐそこまで近づいてきてるからな!
ところで。
その肝心の魔物の移動速度はといえば、およそ40 km/hってところ。悪路を考慮するとだいぶ速い。
ついでにズシン、ズシンッという地響きから察するに、少なくとも500 kgは超えてそうな印象だ。
これらの数値から運動エネルギーを算出してもいいが・・・、あんまピンとこないな。
とりあえず、ぶっとい木々がなぎ倒されてるのを見ると結構な脅威だが、例えば歩道に突っ込んでくる際の自動車 (50 km/h以上かつ700 kg以上)よりは全然マシって感じだな。
・・・自分で比較しといてなんだが、こういう時に「自動車」という文明の利器を使うと情緒の欠片もねえな。
俺がそんなしょうもないことを考えているさなか、ハクさんが呟く。
「来たか。」
その瞬間。
バキバキッと山際の木が数本まとめてなぎ倒され、遂にその魔物の姿が月光の下に露わになった。
・・・やっぱ、予想にたがわず昼間の狼男だ。
灰色の毛皮が禍々しく光を返す。
次いで、向こうも俺たちを視認し、威嚇の声をあげながらこっちに突っ込んできた。
うわぁお、自動車に劣るとはいえ、結構な迫力。
平地になったから当然、速度も上がってるし。
ただ、アルもハクさんも平然とその場を動かない。
俺は内心、腰が退けてるんだが・・・ホント、すげえな。
そんなことを思っていれば。
――バチィッ。
――グガァ!!
アルの“魔術”が発動し、まるで害獣防護柵に触れちまったイノシシのように、狼男が魔力に弾かれもんどりうってひっくり返った。
おい、今あいつ、頭打たなかったか?
敵ながら哀れな様を披露してくれた魔物に思わず同情しつつ、俺は呟く。
「ホントに効果あったんだな、あれ。」
対して、なんの感慨もなく自分の術の発動を見ていたアルは、俺の感想に眉をひそめた。
「むしろ、疑ってたんですか。・・・“境界を引く”というのは最も簡易な魔術ですよ。」
大真面目に淡々とアルは言ってくれたが、俺からすればなんとも・・・。
実際に狼男を弾いたのを見れば納得するしかないが、考えてもみてほしい。
木で作った柵や人のくるぶしが隠れる程度の土塁で村を囲っただけの光景を見て、「完璧な防御だ!」と思う人間が一体どれだけいるのだろうか。
いくら不思議エネルギーの存在する異世界とはいえ、実際に目にするまでそれが魔術として役目を果たすものだと、俺は信じ切れなかった。
・・・いや、アルのことはこれ以上なく信頼してるけども。
それとこれとは話が別だ。
とはいえ、もうその効果を見たからには受け入れるしかない。
アル曰く、“最も簡単な魔術”もとい“結界”とは、境界線を引く行為のことを指すそうだ。
確かに、日本の陰陽術にも似たようなのあったけど・・・。
・・・ちなみに、ちょっと想像してほしい。
数日前、俺はアルから「結界を構築するための準備をします」と大真面目に言われたわけだ。何にも知らないオタクとしては当然、「どんなスゴイことやるんだ」と期待したのは当然だろう。
だが、実際始まったのはひたすら続く、柵作りと土塁造り。
・・・異世界に転生しながら、「現実ってこんなもんなんだな」と落胆した俺をどうか笑ってやってくれ。
いや、これはマジで思った。
・・・でもまあ仮に、ゲームでよくある“光り輝く魔法陣”がアルの頭上に浮かび上がろうもんなら、今度は頭を抱えただろうがな。
「何が発光してんの?」って。
結局のところどっちもどっちだ。純粋にオタクとしてファンタジーを楽しめればいいんだが・・・。
話を戻す。
とはいえ、さすがにただの柵と土塁で魔物が防げるわけじゃなく。
仕上げとしてアルが各境界を魔力でつないで“結界の術式”として完成させた。
俺の眼にはアルが柵や土塁に触れてるだけに見えたが、恐らくは魔力で物質の内部構造に干渉してたんだろう(適当)。俺のイメージで言えば、配電盤上に電気回路を組む感じ。
たぶんそれによって、魔力が流れやすくなったり、一定の作用を現わしたりするようになるんだろうな・・・おそらく。
実際、作動させるとあれだけの運動体をはじき返すんだからすげえもんだ。
魔力過多なアルだからこその効果だろうが、原理的には電気ショックで害獣を追い払うのと同じなんだと思う・・・たぶん。
一方、見事それに引っかかってくれた狼男の方だが――。
まったく懲りずに起き上がり、何度も結界に突っ込んでいた。
その度にバチバチと結界が反応し、かなりの巨体が弾き返されている。
狼男もただ無策に暴れているわけじゃなく、どうやら結界の切れ目がないか探しているようだが、そんなものはどこにもない。
おかげでその間、俺たちは十分に敵の様子を観察することができた。直接攻撃する前に可能な限り情報収集は大事だからな――。
・・・だが、それによって俺は正直気づきたくない事実に気づいてしまう。
「アル・・・つかぬことを訊くが、昼間見っけた時より奴が大きくなってるのは、俺の眼の錯覚じゃないよな・・・。しかも両腕あるし。」
「そうですね。腕の方は自分で治癒したんでしょう。身長の方は・・・およそ1.7倍ってところでしょうかね。」
さすがアル。至極冷静に返してくれやがった。
現在進行形で結界介して狼男を弾き返してんのはこいつだが、そんなことを微塵も感じさせない平淡さだ。
「・・・・・・いやいやいや。さすがにおかしいだろ・・・!
あいつの細胞、分裂速度どうなってんだよ。明らかに骨格もちげえし、頭部も異常にデカくなってんじゃねえか。あれから数時間しか経ってねえってのに。大腸菌かよ、こわっ。」
しかもあっちは単細胞だからこそ。多細胞生物とはわけが違う。
・・・魔力ってのはこんなことも可能にすんのかよ。
「・・・言ってる言葉がよくわかりませんが、おそらく今気にすべき事じゃないですよね、それ。」
「いや、重大事項だろうが。・・・あれたぶん、俺たちみたいな特殊な魔物に変わりかけてるぞ。」
これには、さすがのアルも眉をしかめる。
「・・・あなたの言う、形態変化だと?」
「ああ、少なくとも似たようなもんだ。生物の枠から外れてる。」
「なら、あれを使うしかありませんか。」
「・・・そうだろうな。」
「であれば――。」
簡潔にやり取りしつつ、俺たちは揃って駆けだそうとして――。
「――その首、刈り取ってくれる。」
気づけばもう、ハクさんが先に肉薄してた。
うーん、俺たちも悪かったが、事前に一声かけてほしかったな・・・。
諦めたのか動きの大人しくなった狼男に向かい、ハクさんは駆け寄った勢いそのまま、その手に握った武器を振りかぶる。
狙うはその首元だ。
・・・うわあ。ハクさん、殺意タケぇ。
凄いスピードで降りぬかれた刃を狼男はしゃがんで躱す。
けど、元からそれを読んでいたのか、ハクさんは引いた穂先で今度は突いた。
狼男は跳んで下がるが、傷は負ったようだ。
苦鳴をもらし、次いで威嚇の声をあげる。
ハクさんがあの武器に相当慣れてるのは明白だな。
何しろ、動きにムダも躊躇もない。一見、大振りになりかねないところを、ハクさんはその遠心力を完全に制御し威力に上乗せしてる。
敵は激高して腕を突き出すが、ハクさんはそれを槍で跳ね上げ肉薄する。
そして一回転しながらまわりこみ、背後から首を刈ろうとするも、再びすんでのところで躱され肩を切り裂くにとどまった。
もう一歩ってところだが、実に巧みな身体裁きだ。
本性が魔物なハクさんがなんであんなものを扱いなれてるのかと思うが、恐らくこれまでもシリンさん達を守るのに人型で戦う必要とかがあったんだろう。
因みに、日本の武将で言えば片鎌槍を使ったのは加藤清正が有名だが、彼が使ったとされる遺品と比べ、ハクさんの武器は槍の枝部分がちょっと大きく、持ち手側に反っている。
引いた時に肉を断つ仕様、つまり鎌として使うことをより意識した造りってことだ。
・・・ああいうバランス悪い武器は、ゲームの中でしか使えないと思ってたんだがな。清正公のスリムな片鎌槍とか真田信繁さんや森長可さんの左右対称な十文字槍ならまだしも。
ハクさんの片鎌槍は刃の枝が大きい分、重心が偏って使い勝手が悪そうだ。それを、楽々扱ってるのはホント凄い。総金属製なわけだし。
ただ、ハクさんと狼男との攻防は、全体的に言えば競り合っていた。ハクさんが徐々に傷を負わせて追い込んでいるのは確かだが、相手の図体がデカい分、中々致命傷にはなっていないようだ。
しかも、推測通りあいつが生物の枠から外れてるのであれば、俺やハクさん同様、あいつに傷を負わせてもあんまり意味はないかもしれない。
俺たちもそろそろ傍観せず、早いとこ支援に入った方がいいが――。
「アル、俺じゃ間合いが近すぎる。誘導頼んだ。」
無手の俺じゃあ、ハクさんの槍の間合いと相性が悪い。
ハクさんが武器を振り回すのに、俺が巻き込まれかねないからな。
一方、剣を扱うアルであれば連携して戦える。
「ええ。僕が前にでます。クロはひとまず結界の維持を。」
「任された。他の準備もなるたけやっとく。」
俺とアルの間の“リンク”を伝い、“結界”の維持権者をアルから俺に切り替える。普通なら不可能だが俺たちなら簡単だ。
そうしてフリーになったあいつは、剣を抜き、悠然と敵にかかっていった。
第33話「戦闘」




