第29話「変異」
視点:3人称
――美しい月が昇る、その晩のことだった。
夜の静寂に、悲痛な獣の声が響く。
続いて、肉を断ち、鮮血がこぼれ、生命がただの肉塊となっていく、そんな生々しい音が暗闇に伝わった。
その音の発生源には異常に大きな“魔物”。
二足歩行可能な後ろ脚、獲物を器用に掴み引き裂く前脚、そして一心不乱に肉塊にかぶりつくその大きな頭部。
灰色の毛皮に覆われたその体躯は、全身が血に汚れ、禍々しさが際立っていた。
ただ、魔物は片腕だった。
右の肩口から先がなく、その鋭利な断面から、刃物に切り落とされたのだとわかる。
昼間、とある人間にやられたのだ。
そして、その魔物が今、何を喰らっているのかと言えば――。
悍ましいことに、かつて同族だったモノだ。
月下でも、血に汚れたその肉塊もまた灰色の毛皮を纏っていたと辛うじて窺える。
その遺体からは血だけではなく、不可視の魔力も垂れ流され、その残滓が周辺に凝っていた。
やがて魔物は食事を終え、ググッと身体を緊張させる。
背を丸め、毛を逆立て、何かを漲らせるようにその巨躯を震わせた。
そして、周辺に凝っていた魔力が渦を巻き、魔物の方へと収束し――。
遂にその時が訪れる。
ボコボコと変形する魔物の身体、凶悪さを増す気配。
やがて、欠損していた右腕が新しく生えた。
しかしそれでも変化はとまらず、その体躯はより大きく、放つ魔力もより強く変わっていく。
――遂にその変化が終わりを迎えた頃。
1頭の悍ましい魔物が、月夜に向かって吠え声をあげていた。
第29話「変異」




