第27話「差異」
それにしても。
イサナを襲った魔物だが、まるで俺たちが追っていたあのウルフが、突如二足歩行に変態したかのような奴だったな。
体毛がウルフと同じ灰色で、俺の知ってる表現で言えば体長2 mちょいの狼男。
結構な迫力だったが、俺が全力で蹴り入れたら吹っ飛んだんで、体重はそれほどじゃないらしい。
ただ、まさかアルから逃げきるとは思わなかった。
もうちょっとでイサナにトドメを刺せるって時に割り込まれれば、普通の獣なら激高するだろう。
少なくとも、今まで俺たちが討伐してきた魔物はそうだった。
なのに、今回の狼男はそんなこともなく、アルとの力量差を正しく推し量り、片腕を飛ばされながら逃げに徹したんだ。
・・・すなわち、相当な理性がある。
いっそ、本能で動いてくれる方が対応はしやすいんだがな。今後、一体どんな面倒事になるか分かったもんじゃねえ。
やっぱ俺が獣型になってでも、あそこで追跡しとくべきだったかも・・・。いや、イサナを早く安全なところに移さないといけなかったし、無理だったな。
――注目すべき点はまだある。
狼男とウルフに共通点が見られたことだ。
俺がどっちも「オオカミ」と表現している通り、両者の間には姿形の特徴とか体毛の色とか共通している部分が多々あった。
――そしてもう一点。
・・・恐らくは、イサナは一連の事象と無関係じゃない。
そもそも、こんな山の中に子供が1人なのが変な話だ。
百歩譲って、たまたま運悪く1人でいた子供が魔物に襲われたのだとしても、その魔物にケガを負わされながら、あまつさえ死ぬこともなく、こんなところまで逃げてこられるはずがない。
この情報だけでも、イサナが普通の子供でないことは明白だ。
そして、「なぜそんな特殊な子供がこんな山の中にいたのか?」「なぜ異常な魔物に襲われていたのか?」そんなことをつらつらと考え、ついでにシリンさんが懸念してたことも考慮すれば。
“イサナが隣国の工作員かも”と考えるのはわりと自然な思考だろう。
例えば、イサナが隣国からウルフやあの狼男を従魔として連れてきたはいいが、制御しきれずに牙を剥かれた、とか・・・?
ひとまず何も証拠はないが、全然関係ない事象が同時進行している可能性より、すべてに関連がある可能性の方が圧倒的に高い。
であれば、ウルフによる一連の被害から原因不明の魔力現象、そして今さっき遭遇した狼男やイサナの存在まで、すべて関連付けて考えておく方がいい。
・・・因みに、今の論理展開は俺の個人的な経験則なので、真に受けないでくれよ。更には理系的経験則じゃなく、数々の創作物を見てきた末のオタク的経験則だ (ここ重要)。
まあ、そんなことはどうだっていいんだが・・・。
「――やはり来たか。」
「ハクさん!」
意識のないイサナを背負い、引き続きアルとともに小屋の方へと向かっていれば、その途中にハクさんが1人で佇んでいた。
場所は、小屋の屋根が木々の合間からようやっと見えるようになったあたり。
ハクさんはいつものごとく、彼の魔物姿を想起させるような白髪を後ろで束ね、切れ長の目元から明るい黄色の瞳が接近する俺たちを見つめていた。
多分だけど、ハクさんも山頂付近の現象を感知して、その方向をメインに警戒していたんだろう。彼の口調からは俺たちが来ることもあらかじめ予想してたって感じだ。
ひとまずはハクさんに近づきつつ、俺たちは呼びかける。
「詳しくは後で説明するけど、この近くで異常な魔物が出た。ハクさんの魔物姿並みにデカい奴だ。」
「急な話ですが、よろしければしばらくヘンネ村へ移っていただけませんか。そちらの方がまだ安全です。」
だが、ハクさんは特にそれに反応することもなく、俺の背負っているモノを見て目を眇めた。
「・・・その子供はなんだ。」
「こいつは――。」
「道中、魔物に追われているところを助けました。それが、何か。」
俺が答えるよりも先に、アルが答えた。
けど、ハクさんは益々不審げだ。
「魔物に追われていた――。・・・同行者は。」
「いえ。1人だと。」
「・・・。」
それを聞いた瞬間――。
突然、ハクさんの姿がぶれ、俺に迫ってきた。
「ハクさん!なにを――。」
俺がイサナを抱えたまま咄嗟に避けて距離をとれば、俺と入れ替わるような位置に立ったハクさんが、何もなかったような顔で言う。
「その子供の腕を見せろ。」
そして再度、俺に迫ってくるので俺も再び跳んだ。
「ちょ、やめろって!」
こいつは今、貧血なんだぞ。意識が無いとはいえ、あんまり振り回したくねえってのに!
「・・・何事です。」
アル、助かる!そのまま壁になってくれ。
少し遅れて動いたアルを挟み、俺たちはひとまずイサナを守るようにハクさんへ警戒の目を向ける。
一体、何だってんだ。
「それの腕を見せろ、と言っている。」
「腕・・・。」
「なぜですか。」
ようやっと動きを止めてくれたハクさんだが、話す言葉が要領を得ないのは相変わらずだ。
この間まではシリンさんが隣にいたから、あまり不便を感じなかったが、どうやらハクさん単独だとコミュニケーションに難がでるらしいな。
説明も無しに突然実力行使とか、こりゃアルより会話に向いてねえぞ。
「・・・むしろなぜ、理由を問う。」
・・・ほら。
このヒト、端から円滑なコミュニケーションをとる気が無い。むしろ、「何それおいしいのか」レベルだ・・・。
シリンさーん、貴女の従魔が暴走してます!
現状、魔物が出歩いてるから危ないけどちょっと出てきて通訳してくれませんかねえ・・・!
さすがの俺たちも二の句が継げずにいれば、ハクさんが譲歩したような溜息をついて言ってきた。
「・・・では、お前でいい。その子供の腕を確認しろ。“刻印”がないならそれでいい。」
「・・・アル、いいか。」
俺は念のため、ハクさんから視線をそらさずアルに確認するよう頼む。
ハクさんがちゃんと説明さえしてくれれば、こんな余計な警戒しなくていいんだがな―――。
「っ!!」
だが、イサナの身体を腕に抱えなおし、その腕が露わになった瞬間。
俺は目を見開いた。
「――刻印とは、この8つの数字ですか。」
「そうだ。」
ハクさんには頷きとともに肯定される。
それがあったのは俺がさっき応急処置したのとは別の方――左腕の上腕。
そこに。
明らかに後天的で人工的な“模様”があった。
アルによるとそれは“数字”。
地球で使われているどのそれとも異なりながら、どこか共通性を感じさせる、この世界発祥の数字だ。ちなみに言えば10進法。
俺も最近見慣れてきたので大体わかる。
そんな、本来であれば人類が誇るべき最古の発明の1つ、それが――そんなものが人の肌の上にある、という光景に俺は存外ショックを受けた。
「・・・アル、これ焼き印か。」
「でしょうね。しかも相当古い。少なくとも数年たってます。」
その言葉に、俺の頭は瞬間的に沸騰する。
「数年って!こいつ、いくつだと思って、っ―――」
そして反射でアルに食って掛かってしまい、俺は無理やりに口を閉じた。
・・・こいつに訴えたってなんの意味もねえ。
突然、情緒不安定になった俺に対し、ハクさんは心底不思議だ、とでもいうように首を傾げた。
「お前は何に憤っている?」
そのハクさんの態度に、俺はイヤでもこの世界の“基準”を突き付けられ、再度頭に血が上った。
感情の矛先は勿論、ハクさんなんかではない。
こんな幼い子供が焼き鏝充てられるようなことがまかり通る、この世界の理不尽さに対してだ。
「あぁあぁ、そうなんだろうな、こんなことがありふれてんだろ、この世界ではな!」
「クロ。」
「・・・わかってるよ。」
淡々としたアルの声に、俺は再び荒れ狂う感情をねじ伏せることにする。
俺だって、この感情が正義漢ぶった青臭いものだとは重々自覚してるんだ。それに、こんなことは今の話題において重要じゃない。
「それで?この数字には何の意味が?」
アルが話を戻して問いかければ、ハクさんから返ってきたのはほぼ俺の予想を裏切らない言葉。
「私たちを追う者たちの共通点がそれだ。」
「・・・なるほど。」
「チッ。・・・こうも手っ取り早く確信できなくてもいいんだけどな。」
つまり、少なくともイサナはイスタニアからオルシニアに侵入して来た工作員の1人、とこれで断定されたようなものだ。
しかも、スパイとして活用するならこんな焼き印は致命的な欠点だ。もし、潜入中に身体検査されれば言い逃れできない証拠になってしまうからな。
にも拘わらず、まるで家畜のように管理ナンバーをつけているということは――。
十中八九、使い捨てが前提ということだ。
それに、普段においては逃走防止にも役立つだろう。こんな焼き印が入っていれば、普通の生活はとてもでないが送れない。
そもそも、こんな子供のうちから使い捨ての駒扱いを受けているなら、それ以外の生活なんて知りようもないだろう。
考えれば考えるほど、俺はたった十数歳の少年に関わる理不尽に胸がムカついてしょうがなかった。
・・・だが、俺にとっては至って自然なこの感情の動きは、あいにく異世界じゃあ、だいぶ異端なのはよくわかってるつもりだ。
「お前はそれをどうするつもりだ。」
「・・・まさか殺せとでも?」
俺は内心の苛立ちのままに、ハクさんに突っかかる。
・・・自分でも引きそうなくらい低い声だ。
「それこそまさかだ。私はそれから情報を吐かせたい。シリンの懸念が正しければ、それが一連の騒ぎの元凶だろう。その確証を得たい。」
あくまでも淡々とハクさんは言う。
「クロ。」
「っ。」
すまんな、アル。
どうにも感情を制御できない。頭ではわかってるつもりなんだがな。
俺は握っていた拳をゆっくり開く。
「・・・どうにもわからないな、お前は。それと今日初めて遭遇したのは事実だろう。ならば、どうなろうと関係はないはずだ。どうしてそこまで敵意を見せる。」
相変わらず、心底不思議そうな表情でハクさんは言う。
まあ、彼からすれば、イサナは彼の大事な存在を脅かす可能性があるんだ。当然の対応だろう。
・・・こんな簡単に他人に同情しちまう俺も悪いしな。
「ッハアァ・・・。―――申し訳ねえな。気にしないでくれ。」
俺は、今度こそいろんな感情を抑え込みながら、2人に向かって微笑んで見せるしかなかった。
恐らくはひどい表情をさらしちまっただろうが・・・。
しょうがねえな。
第27話「差異」
どうでもいい話ですが、仮に両手で8本指の地球外知的生命体がいるのだとしたら、その宇宙人は8進法、もしくは8の倍数――16進法とかを使っていると思うんですよね。
数学で初めてn進法を教わった時に、「そうか!地球人は両手で10本指だから、10進法を使うんだ!」と納得したのを覚えています。




