第14話「イルドアの悪夢」
――オルシニア西部、イルドア地方。
山脈によって隣国と隔てられ、その山々からの豊かな水源が土壌を育むこの土地は、食料の一大生産地として、国を支える要衝だ。
何しろ、国の農地の5割近くがこの西部地方に集中し、農作物の生産量では7割を占める。まさに国の食糧事情を左右しているのだ。
そのため、統治は必ず公爵位に任せられ、また、適任がいなければ国の直轄地として国王自ら統治に携わる。
それだけ戦略的にも重要な土地だ。
また秋には、冠雪を頂く山並みを背景に、麦穂のさざ波が果てしなく続く絶景が見られる。風光明媚な地でもある。
とはいえ今は初夏。
青々と競い合うように植物たちが成長し、昆虫たちも有限の生を伸び伸びと謳歌する季節だ。
それは鳥も獣も同じ。あらゆる命の躍動が始まる。
そんな麗らかな地において――。
――惨劇が起こった。
それは、闇夜に獣の遠吠えがやたらと響くとある晩のことだった。
獣の吠え声は山麓の村では珍しくもなかったが、その夜はしきりに耳について、誰もが言いしれない不安を抱えて床に就いた。
そして、明けて翌日。
嫌な予感に駆られたとある村の者らは、朝一で山際に住む夫婦の家に向かった。
彼らは狩猟を生業としており、血の穢れを村から遠ざけるために、少し離れた場所に居を構えていたのだ。
人々が足早に向かえば、夫婦が住むはずの小屋は遠目にも壁の一部が壊れているのが見てとれた。緊張が高まり、2人の名前を半ば叫びながら駆けつければ、そこにあったのは筆舌に尽くしがたい凄惨な現場。
一面に広がった赤とむせ返るような異臭の中に、独特の獣臭さと濃密な魔力が残っていたことから、やったのは相当力ある魔物とわかった。それも複数体。
とても農民たちが束でかかって敵う相手ではなく、すぐにも砦へ被害が届けられた。
これは後の話だが。
この魔物の群れは“イルドアの悪夢”と呼称され、その名の通りこの地方で大きな被害を出した。
加えて、この“イルドアの悪夢”は非公認ながら全く予想外の火種も呼び起こし――。
あらゆる意味で、記憶にも、記録にも残る事件となったのだった。
第14話「イルドアの悪夢」




