第10話「アクシデント」
視点 : 3人称
横たわったアルフレッドの傍らには、緊張の面持ちで寄り添う隻眼の男がいた。
ローランドだ。
吹き荒れていた魔力は徐々に収まり、今ではすっかり安定している。だが、そうなるまでローランドは自身の判断に確信が持てず、掌中に嫌な汗を掻いていた。
なにしろ、魔物の言葉に従い、主人の身体を明け渡したのだ。普通なら、執事として失格。どんな弁解もできない失態だ。
だがつい昨日、主人が連れて帰ってきた客人は中々不思議な雰囲気をもっていると、ローランドは感じていた。
そもそも、気難しい主人が傍に置く時点で普通ではない。
アルフレッドの身分に気後れもせず、ローランドら使用人にも分け隔てなく接する。何よりアルフレッドの異形やローランドの隻眼、ベスの異様な言動を全く気にする素振りが無い。
言うなれば、既成概念の枠に嵌っていないのだ。
その振る舞いは、人によっては不気味とさえ感じるだろう。
だが、ローランドは安堵していた。
これまで孤独に過ごしてきた主人にも、ようやく心許せる相手ができたのかと、胸をなでおろしていたのだ。
だから、客人――宵闇には感謝していた。
彼の“声”で黒い獣が「信じて」と言えば、動きを止めてしまうくらいに。
黒い獣が溶けるように主人の身体へ消えてから5分強。彼にとっては人生で最も長い5分強だった。
そんな中、書斎の扉がバタンッと乱暴に開け放たれ、第3王子ルドヴィグが姿を現した。髪は乱れ、全身に木の葉や枝が着いているのも構わず、焦燥を浮かべ荒い息をつく。
「アルフレッドは無事か!魔物がこっちに来たはずだ。」
「殿下、それが・・・。」
「!!」
ローランドが何事か答えようとしたその瞬間。
アルフレッドの影が滲むように動いた。
折しも視界にそれが入ったルドヴィグは目を見開き、ローランドもまたその変化に気づいて身を固くする。
まもなく、青年の影は実体をもってその大きさを増し、やがて黒い獣の姿を形作った。
そして2人の人間が緊迫して見守る中、獣は青年から完全に分離し、ゆっくりとその双眸を開く。
思わず震えが走るような膨大な魔力を揺らめかせ、1頭の優美な魔物がそこにいた。
重心が低く、しなやかな黒い体躯には鮮やかな銀の縦じまが走り、同色の瞳は煌めいて知性さえ感じさせる。
また、引き締まり美しい曲線を描く筋肉は力強さを併せ持ち、その躍動する様を見逃したくないと思わせる。
2人が我を忘れて見つめるなか、しかし黒い獣はそれを一顧だにせず、今だ意識不明の青年に向き直った。数秒、睨むようにアルフレッドの身体を見つめ、獣は唸る。
『おい、アル!起きろ、アル!・・・脈拍、体温、血圧ともに異常はねェ。魔力の循環率も、放出も・・・。俺じゃこれ以上打つ手ねえぞ。なんで目覚めない・・・!』
その獣が放った念話に、ルドヴィグもローランドもはっとする。
既に魔力の暴走は止まっている。青年の意識は戻ってもいいはずだ。それなのに――。
「おい魔物、その男に何をした。なぜ目覚め『うるせえな、元凶。今考えてんだ。』――っ!」
獣から放たれたにべもない返しに、さすがの王子殿下も言葉を失う。彼の人生において、これほどぞんざいに扱われたことなどないのだ。
一方、獣は思考に没頭し、もはや誰が何を言ったのかなんて、意識の端にものぼっていない。
『フィジカルじゃなきゃ、メンタルか・・・。』
迷ったのは一瞬。
獣は一言呟きを残し、再度青年と同化した。
第10話「アクシデント」




