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鎌倉の雄

目が覚める。

まだ開ききっていない瞼に透過する光が少し痛い。

ふと、奇妙な感覚に襲われる。

ここはどこだろうか。身体が少し痛い。

床の上ではない、硬い土の上。


思わず飛び起き、反射的にいつも刀を置いていた

枕元の場所に手を伸ばしたが土の地面があるだけで、そこには何もなかった。


人の気配はない。一度ゆっくりとあたりを見回した。

これまで見たことがない大きさの大樹の根元。

木漏れ日が差し込む森で、まるでこの大樹に守られるように無防備で寝ていたのだろう。

状況が全く理解出来ずに混乱している。


着物はそのままだが、刀だけでなく部屋にあったものは何一つ見当たらない。

そもそも今いる場所は外なのだ。

だが、ここで目覚める前最後に記憶しているのは確かに、寺で用意された部屋で床に横たわったところだ。

鎌倉への書状をしたためていたが一度筆をおいて休息をとろうとしていた。


夢にしては、あまりにもはっきりとした感覚だ。

取りあえずほっぺをつねってみたが、痛みは現実で夢とは思えない。


「一体何なのだ。」


目が覚めて気づいたら森の中にいた。

なんとも馬鹿馬鹿しいが、一切記憶がない、そういうほかないのだ。

もう一度きょろきょろと辺りを見回すが道のようなものはなく、木々の中に所々朽ちた木、

見たことがない植物、不気味な生き物の鳴き声があちらこちらから聞こえていた

どこでもいい、取りあえずどこかに進んでみるしかない。


どこに向かおうか頭を悩ませながら、大樹の根をぐるりと一周している途中で足が止まる。

ボロボロの石碑。墓だろうか。

何かが刻まれているが読めない。

少なくとも日ノ本言葉ではない自分が知らない文字。

だが最も目を惹いたのは石碑ではなく、その手前に添えられていたもの。


「日本刀、か?」


不思議な気を漂わせる刀に思わず手が伸びるが、

我に返りつかみかけた手を慌ててひっこめた。

どことも知れぬ森の奥で祀られている刀に触れるのは少し気が引けたからだ。


瞬間、少し遠くから耳をつんざく叫び声が聞こえた。人か、動物かはわからない。

ただ周囲で聞こえていた鳴き声とは全く異質の声であることは確かだ。

ハッと声したほうを振り返るがもう声は聞こえなくなっていた。


とはいえ声が聞こえる距離だ。そう遠くはないはず。

少なくともこの森には何かがいる。危険を犯してでも状況を少しでも打破したい。

ただ、流石に丸腰で向かう訳にもいかない。


「すまぬが、護身用にお借りする」


刀を手に取り、石碑に一礼をした後、声がしたと思われる方向へ道なき道を走る。

刀は普段自分が使っている刀より若干重かった。

まっすぐに駆け続けてこの道は正しいのかと不安に思ってきたところでようやく、何かが通ったであろう痕跡を見つけた。


少し泥のようになっていた地面に2種類の足跡。

一つは履物の足跡が見て取れる。

もう1つは複数の裸足の足跡がくっきりと残っていた。

その足跡は一見人間のもの見える。


「小さいな。だが、子供の足跡にしては」


履物の足跡より不自然にくっきりと残っているのだ。

刀をグッと握りしめ再度足跡が示す先へ走り始める。

足跡はもう見つからなかったが、駆けながら意識して周りを見てみると向かうべき方向がわかった。


踏まれた雑草、人為的についたであろう樹木の傷、

先に何が待ち受けているか予想がつかないが

向かうべき導があるだけ不思議と希望が湧く。


跡を追いかけて少しすると木々が開けた小さな広間のような場所に出た。

眼前に食い荒らされたようなボロボロの死体。

その少し奥で大きな木を背中に女性が剣を構え、3匹の異形と対峙していた。


「グギャア」


肌全体が緑色の小さい鬼。自分の半分程の身の丈ではあるがその体は遠目でもわかる程その肉体は筋肉で覆われている。

ボコボコと凹凸が目立つ頭にぎょろぎょろとした大きな目。瞳色も新緑である。

顔の下半分すべてが口と思わせる程大きな口と牙。

口は血で真っ赤に染まっている。

御伽話に出てくるような化け物がダラダラと涎を垂らし今にも次の獲物に襲い掛かろうとしていた。


とっさに刀を抜き気を放つ。

刃先を小鬼に向け、鞘を逆手に構える。

黒い刀身に真っ青な刃紋。

敵に意識は向けていたつもりであったが刀が放つ気配に思わず敵から目を離し刀に目を向けてしまった。

瞬間ふっと何か体から抜け出すような感覚に襲われた。

何かはわからないが確実に自分の中の何かがこの刀に吸われている。


死角からの殺気に小鬼達は一瞬驚いてこちらを振り返ったが、

新しい遊び道具が来たとばかりに緑の小鬼達はわかりやすい、薄気味悪い笑みを浮かべて笑いあっていた。

まともに殴り合いなどになれば体格差など関係なしに酷い目を見るだろう。


対話するべきかどうか迷ったが、声をかける間もなく、最も自分に近かった小鬼の1匹が手に持った小刀を振りかぶりながら、新しい玩具で遊ぼうと恐ろしい勢いで自分に向かって襲い掛かってくる。


自分を殺そうとする殺意は明確に伝わってきた。

動きは何も考えていない獣そのもの。あまりに単調。

誘いかと疑ってしまう程大振りで振り下ろされた小刀を躱し、文字通り返す刀で小鬼の首を薙いだ。

殺すことに躊躇はしなかった。そうやって生きてきた。


仲間を殺された残りの小鬼2匹が目をカッと見開き、恐らく激高しているであろう獣のような叫び声とともにそれぞれが持つ獲物を振りかぶりながら切りかかってくる。

自分に襲い掛かってくるそれらを、まるで他人事のように見ていた。


すばしこいとも思わなかった。

小刀が振り下ろされたタイミングでほんの少し後ろに飛ぶ。

着地と同時に再度前方に飛ぶため地面を蹴りつつ刀を振り下ろす。蹴鞠の玉のようにまた一つ小鬼の首が飛んだ。

一刀に切り伏せ、その勢いのまま3匹目の眼前迄飛び、今度は刀を振り上げる。

小鬼は慌てて小刀を振り下ろそうとしたようだが、全てが遅い。

小鬼の凶刃は振り下ろされる前に、高く小刀を振りかぶったままの緑色の上半身だけが空を舞った。


いい刀だ。違和感なく手に馴染んだ。

黒と青の刃に目を向けると返り血が一切ついてないことに気が付いた。

よく見るとポタポタと不自然に刃先から水が滴り落ちていた。

不思議に思いつつも逆手に構えていた鞘に刀を収め、自分が切った小鬼達に目を向けた。


そもそもこの小鬼は一体何なのだ。

ほとんど反射的に切り捨ててしまったが大丈夫だろうか。

伝承、御伽話ではよく耳にするが実際に目にしたのは当然初めて。

小鬼の姿を見たときは地獄にでも来たかと一瞬思ったがそういう訳でもなさそうだ。

この小鬼達の首を持ち帰り鎌倉に献上すれば褒賞が出そうだなと変な考えを巡らせている時だった。


「助かったよ、ありがとう」


小鬼の脅威がなくなったあとも自分に向けて剣を向け気を放っていたが

辺りをきょろきょろと見て考えごとをしている自分を見て

ボロボロの甲冑をまとっていた女性は少なくとも敵ではないと判断したようで、声をかけてきた。


「ゴブリンを殺していた時とはまるで別人のようだな」


ごぶりん、聞き馴染みのない言葉だがこの小鬼を差しているのだろう

屈託ない笑顔で微笑みを向けられるとどう反応していいのかわからなくなる。

状況が状況なだけになんといえばいいのか少し返事に困り返答はしなかったが

女性は更に、名前を聞いてもいいか と言葉を続けた。


「源九郎判官義經」


まだ混乱している中だったが、絞り出すようにようやく言葉を発した。







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