8.ロイドの想い
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「レティシア、こんなところにいたの」
ロイドは草むらからちょこんと飛び出す頭を見つけ、草むらをかき分ける。
「もうすぐアイザックさまとの茶会があるんでしょう。はやく準備しないと遅れちゃうよ」
「お兄さま…」
レティシアは小さい体をさらに小さくして膝を抱えた。
ロイドはレティシアの体に付いた草を手で払う。
「いやです。おちゃかいもおべんきょうも」
レティシアの水色と琥珀色の目がうるうると潤み、目から大粒の涙が溢れる。ロイドの手を小さな手でぎゅと握りしめて言った。
「アイザックさまとけっこんなんてしたくない」
ロイドはこの小さな手を守りたいと思った。
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ロイドはレティシアの部屋を出ると、玄関へ向かい歩き出した。
(一体アイザック殿は何を考えているんだ)
レティシアが小さい頃から公爵家の婚約者に相応しいように、並々ならぬ努力をしてきたことをずっと近くで見てきた。
幼い頃、レティシアは礼儀作法や勉強が嫌になると決まって庭に逃げ込んでいた。ロイドはその度に小さな体を探すことが日課となっていたーーしかし、家庭教師の授業から逃げ出さなくなったのはいつだったか。
伯爵家の令嬢でありながら公爵家の婚約者という立場のためやっかみを受けたり、特異な精霊の愛し子ということもあり周囲から心地良いとは言えない視線を向けられてきたレティシアは、いつしか必要最低限の外出しかしなくなってしまった。そして、一切の泣き言を言うこともなくなった。
公爵家に嫁ぐために数々の礼儀作法や勉強のため好きな読書をすることも叶わず、その目から輝きが消えたのはいつだったか。
『これは運命なのです。生まれる前から決まっていたことを変えられるはずないのですから』
だいぶ礼儀作法等も身についた頃、目の輝きがなくなったレティシアに思わず『大丈夫か』と言ってしまったとき、レティシアはそう言って悲しげに笑ったのだ。
あの時小さな手でロイドの手を握ったレティシアの手を、この手で守ろうと誓ったのに。これほど自らの無力さを嘆いたことはなかった。
公爵家と伯爵家の身分差は大きく、婚約を辞めてくれなど言えなかった。国の筆頭公爵家を前に一伯爵家など潰そうと思えば簡単に潰せてしまう。せめて同じ位の家であれば、何を言われようと婚約解消のために動いたというのに。
それでも、せめて側にいようと。居心地の悪い視線から遮ることはできるのだと。
思っていたーー思っていたのに。
肝心の傷付いた時に側に居れなかった。遠いメレディス領地から心配することしかできず、歯痒かった。
歩きながら先ほどのレティシアの様子を思い出す。
ロイドがメレディス領地に視察に行く前よりかは少し痩せたようだったが、見るからに体調を崩しているようでもなかった。アイザックからの婚約破棄で心を痛め、ずっと泣いているのではないか、寝れていないのではないかと心配していたが杞憂だったようだ。今日のレティシアは目の下に少しクマがあったものの、目には輝きが戻っていた。
部屋の机に乗っていた本を見るからに、自由な時間を全て読書に注ぎ込んでいるらしい。
祖父の願いで婚約を結んでくれとか、記憶喪失になったから、待たせるのは忍びないからと婚約破棄するなど全く勝手だとしか思えないが、そのおかげでレティシアは幸せそうだった。
これからは側でレティシアを守ろう。これからは婚約破棄された令嬢として、また嫌な視線を向けられることも多いだろう。だが、今度はそんな視線から守ってやろう。辛い時は側に居よう。気を紛らわせたいのなら街へと繰り出しても良い。
あまり女性の行きたいような店がなんなのか分からないが、幸い婚約者のマリアーヌは昔から妹が欲しかったのだとレティシアを可愛がってくれていた。マリアーヌにお願いしても良いだろう。
今度こそはレティシアを守るのだ、ロイドは強く誓った。
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