3.ハンナの怒り
前話で誤字報告をいただき、修正しました。
報告ありがとうございます。
「お帰りなさいませ、レティシア様」
エイヴァリーノ邸に到着し、自分の部屋へ戻るとレティシアの側付きであるハンナが出迎えてくれた。
「ただいま、ハンナ」
ハンナに帰宅を告げるとソファーに腰を下ろす。沈み込む体をそのままソファーに預ける。いつもであれば行儀が悪いですよとお小言を言われるところだが、ハンナは心なしか眉根を少し寄せているだけだ。
もしかしたらもうすでに先ほどの一件が伝わったのだろうか。今日ぐらいはしょうがないと思ってくれているのかもしれない。それならば、と何も言われないことを良いことにそのままほっと一息ついていると、ハンナが紅茶を入れて持ってきてくれた。
「レティシア様、紅茶をどうぞ」
入れたての紅茶を机に置きながらハンナはレティシアの様子を見つめていた。婚約者であるアイザックの屋敷から帰ってくるなり様子がおかしい。
いつもであれば伯爵令嬢で未来の公爵夫人となるレティシアは常に行儀良く振る舞うのだが、今日はソファーに体を預け気を抜いているようである。心なしか顔色が悪い気もする。
そもそも今日は定期的に行われているアイザックとの茶会に向かったはず。お茶を楽しむにはあまりにも早すぎる帰宅に、一体どうしたのだろうと不思議で仕方がなかったのだ。
「ありがとう」
紅茶を飲みながらも思い出すのはブライアント邸での出来事ばかり。"婚約者がいない"などと、いくら婚約に不服があろうと婚約者がいる者がそう軽々と言っていいものではない。一体何を思って言っていたのか、考えても考えても答えは出てこない。
いくら面と向かって言われなかったとはいえ、自分以外の人も聞いてしまった状況である。これは父にも相談しなければならないかと逡巡する。
「…お父様はもう、いらっしゃるかしら?」
やはり聞いてしまったからには父に伝えるしかないだろう。レティシア1人が聞いただけなら聞かなかったことにできたかもしれないーーいや、聞かなかったことにしただろうーーが、ブライアント家の侍女も聞いてしまったわけで。
それに加えて茶会をするには早すぎる帰宅時間だ。
ハンナもそうだが、他の使用人たちも不思議そうにしていた。いつもとは違う様子だったことが父に伝わるのも時間の問題だろう。
(うん、人伝に聞くよりは先に本人から聞いた方がいいわよね)
「旦那様は本日早めに戻ってくるとおっしゃっておりましたが…。何かあったのですか?」
いつものレティシア様とは様子が違ったのでと心配そうに見つめるハンナに目を向ける。ブライアント邸でのことを聞いていたわけではなかったようだ。伝えるべきかどうか迷いながらも、誰かに聞いてもらいたい気持ちもあったレティシアはぽつりと話し始める。
ブライアント邸で起きた出来事を話し始めると、静かに時折頷きつつ話を聞いていたハンナから心配そうな表情が抜け落ち、どんどん無表情になっていく。
無表情なはずなのに背後からゆらりと立ち込める赤い気配は気のせいだろうか。
わずかに部屋の気温が上がっただろうか、たらりと冷や汗を流しながら話し終えた。
「…私は悔しいです」
望んでなったわけではない、公爵家嫡男の婚約者という立場。それでもレティシアが公爵家に嫁ぐに相応しくなろうと努力をしていたことを知っているだけに、いいようのない気持ちにもどかしさを感じる。レティシアのために何もできないと悔しげに呟くハンナを見てレティシアは苦笑を零す。
「きっと不服だったのよ。婚約者が伯爵令嬢、しかも両目で色が違う精霊の愛し子なんて」
滅多に見られない例外だものね、とぽつりと呟いた。
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