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《シークレット!》2

時間は少しさかのぼる。

辺りは真っ暗闇で、そろそろ新聞屋さんが各家庭に新聞を投函しにいこうとする時間。

成瀬 夏依は疲れた顔をして楠木寮に帰ってきた。


「はぁ……」


夏依から自然とため息が出た。


「なんでこんなことしなきゃいけないんだ……」


夏依は頭の上に乗るモモンガを指でつついた。

するとそのモモンガは夏依の頭を叩き始めた。


「君は一族の自覚があるのかい!?誇りある怪盗一族の!」

「……盗っ人に誇りなんてあるのかなぁ」

「なにを言う!盗っ人と一緒にするんじゃない!ちゃんと一般人を守るために活動しているんだ!」

「と言われてもな……」


ぶっちゃけ、その理由があまりにぶっ飛んでおり、信じるに値しないものだった。


「美術品に溜まった"スペル"を放出する……ね」


説明はこうだった。

スペルとは、人間が感じた感情のことで、人が美術品を見て何か感じることで、美術品にスペルが溜まり、蓄積されていく。

蓄積されてたスペルは、美術品の許容量を超えると溢れ出し、人間に悪影響をある……らしい。このモモンガが言うには。

そのため、我が一族は美術品を回収してスペルを解放するために、代々怪盗を営んでいるそうな。

無論、夏依も例外でなく、恥ずかしながらも『怪盗ベル』となったのだった。


「母様もいきなりだ。『私、明日から出掛けるから、かわりに怪盗になってね☆』なんていうんだから。兄様に言ってよ」

「仕方ないよ。怪盗は代々"女"であることって決められてるんだから」


そう、なにを隠そう成瀬 夏依は、正真正銘生物学上立派な"女"である。♀である。

胸だって微かに膨らんでいるし、行為さえすればしっかり子供だって出来る。無論、したことはないのだが。


「女……ね。じゃあなんで僕はこの学校に"男子生徒"として登録されてるんだろうね!男子生徒として!」


大事だから二度言いました。


「しかたがないよ。もし怪盗ベルの素顔を見られた時の保険のようなものだし。怪盗ベルが男の訳ないからね」

「僕、女ですけど!身体検査とかされたら一発でしょ!」

「……そこは気合いでなんとか」

「なるか!」


まったくもって、なにを考えているのだろうかあの親は!

既に決まっていた地元の高校を無断で断り、しかもこの高校に忍び込んで関係書類一式とデータを捏造。結果、試験もせずに裏口入学という形で入学させられた。

何故だか男子生徒という形で。

始めは直ぐにバレるだろうと思っていた。

バレたら元に戻ればいいだけの話だ。

夏依はそう高をくくって楽観した。

だが、入学して3ヶ月位の今まで立っても、ルームメートにすら気づかれていない。

夏依の技術が高いのか、それとも女としての魅力が皆無なのか……。

どちらにせよ、夏依にとっては悲しい現実だった。


「ほら、明日も学校だろ。早く寝なよ。オイラはこれからだけどね」

「あ、モガって夜行性か」

「そうだよ、これから食事さ!いやっほー!」


夏依の頭から飛び降り、近くの木に登っていった。

きっと、そこから飛んで移動するんだろう。

モガの姿が見えなくなると、夏依は可愛らしい欠伸をして、楠木寮の中に入っていった。



昨日、いや厳密には今日なのだが、いつもより寝るのが遅かったからであろう、夏依は見事に寝過ごしてしまった。

いつもならまだ眠っているはずのルームメートの姿もなく、一人いる部屋は何故か無性に寂しさを感じた。


「……起こしてくれてもいいじゃないか」


朝は低血圧で寝ぼけ気味の夏依は、空になっているベットを眺め、ぽつりと呟いた。

そして、暫くするとモヤモヤした頭の中がすっきりし、無意識のうちに呟いた言葉が無性に恥ずかしくなった。


「……着替えよ」


頬に赤みがさしたまま、のろのろと着替え出す。

あぁ、なんであんな事を言ったんだろ。寝ぼけていたからってあんまりだ。別に置いて行かれて寂しかったわけでない。でも、出来れば起こして欲しかった。


「……!って違う!」


ブンブンと頭を振る。

そうじゃない、そうじゃないだろ。

ルームメートでクラスメートなんだし、たまには気を利かしてくれてもいいじゃないかって言う意味で、別に他意はない。あくまでルームメートとしてだ。

そう自分に言い聞かせ、夏依は寝間着の上を脱いだ。

胸に巻き付けているサラシが露わになる。

ふと、姿見に映る自分を見た。


「……」


平面だ。フラットだ。

女ならあるべき立体がない。

サラシをしているから当たり前か。

そういえば、入学前に母様が……


――あら、夏依ちゃんサラシ?意味ないわよ。


そんなことない。そんなはずはない。

ちゃんと膨らみはある。……微かだけど。

まだ成長するはずだし、そのために毎日牛乳だって飲んでいる。

きっとそのうち大きくなるはずだ。

いや、大きくなると流石にバレるか。

となると、ルームメートにもバレるということで、も、もしかしたら情欲を持て余して襲いかかってくるかもしれん。

夏依は頭の中で想像してしまい、再び赤面した。

ダメだ。それはダメだ。なんとしても隠し通さなければ。

と、とにかく着替えよう。もしかしたら、起こしにくるかもしれない。

夏依はワタワタと着替え出した。



夏依が食事をとり、ロビーに行くと、春樹がソファーに座って新聞を読んでいた。

軽く挨拶をして、夏依もソファーに身を沈めた。

ソファーのクッションは柔らかく、まだ眠気があった夏依は欠伸をしてしまう。


「眠そうだな。朝飯喰ったか?」

「あぁ食べた。だが眠い。夜更かししてしまったからな」


あんな恥ずかしい格好して、『怪盗ベル』とか名乗って……なにやってるんだろ。

夏依は、昨日の自分を思い出す。


「それだから身長が伸びないんだ」

「……何のことだ?」


身長なら女子平均のちょっと小さいくらいだが。

春樹はバツが悪そうに視線を新聞に戻していった。

訝しむようにしばらく春樹を見るが、とりあえず気にしないことにしてテレビを付けた。


「……」


どのチャンネルも、昨日の怪盗ベルの報道ばかりだった。

あんな自分の姿、見たくない。


「なんだ、観ないのか」

「同じ内容ばっかりみたいだしな……。それに個人的に観たくない」

「怪盗ベルがどうとかっていうニュースか?」


春樹の言葉に、体が勝手にピクンと反応してしまった。

落ち着け、落ち着け……。


「というか、この怪盗ベルって何なんだ?」

「佐久良、知らないのか?」


まさか、知らないとは思わなかった。

結構マスコミにも取り上げられているし、熱狂的ファンの人もいる。ほとんどの人が知っているのに、このルームメートが知らなかったのが驚きだった。

夏依はとりあえず、噛み砕いて説明した。

といっても、テレビで言っていたことだけど。

すると、春樹は驚いたように目を少し見開いた。


「詳しいな」


……しまった。喋りすぎたか。

頭の中がごっちゃになりワタワタとパニック状況に陥った。


「はや!やや、別に詳しくないぞ」

「……何故涙目?」


ああ、しっかりするんだ!

怪盗ベルの話題なんかで動揺するんじゃない。

正体がバレるっていう訳じゃないんだ。いや、もしかしたらってこともあるし……。今思えば、マスコミにも取り上げられていない事を言ったかもしれない。

夏依の中で不安がドンドンと膨れ上がってきて、胸が爆発しそうなくらいだった。

ああ、バレても佐久良なら理由を話せば分かってくれるかもしれない。だけど、そうなると女だってこともバレる訳で……もしかしたら、今までの関係が崩れてしまうかもしれない。それはいやだ。だけど、二人だけの秘密……あぁ、なんて甘美な響き。

……って、何を考えてるんだ!?そうじゃないだろ、そうじゃないだろ成瀬 夏依!しっかりするんだ成瀬 夏依!

……よし、もう大丈夫。さあどうとでもこい。


「なんだ、ファンなのか?隠すことでもないだろうに」

「あ、いや……そういうことにしてくれ」


一気に脱力感が支配した。

さっき悶々と考えていたのは何だったんだろう。

とにかく、バレるようなことがなくって助かった。

……まぁ、少し残念でもあるけれど。


「しかし、恥ずかしくないんだろうかな?」

「ハ?なにがだ?」

「これだよ……」


そういって春樹が出してきたのは怪盗ベルの記事だった。

自分の写真が掲載されるのは、やはりというか恥ずかしい。

だが、別に可笑しい所はないはずだ。


「これがどうかしたか?」

「いやぁ、ただでさえスカートがギリギリなのに、こんな高いところに立っていたら……なぁ?」

「なぁと言われても分からない」


一体なにが言いたいんだ。

春樹は言いにくいのか、少しばかり唸って、そして口を開いた。


「ただ……警察の位置とかなら、下からスカート中が丸見えだっただろうなぁと思ってな」

「なっ――!」


夏依は春樹の言葉に絶句した。

それと同時に羞恥心が湧き上がる。

そういえば、鼻の下がのびていた警官がいたような気がする。もしかしたら、見られていたのかもしれない。

不幸中の幸いなのが公共電波にのらなかったことだろう。


「ななな、何かと思えばお前、そそそ、そんな事を考えてたのか!」

「いや、そうふと思っただけで、別に――」

「ウルサい!ムッツリスケベ!!」


顔を真っ赤に染め、夏依は自分のカバンを持って早足でロビーを去っていく。

後ろで春樹が何か言っていたが足を止めない。

怒っているわけではない。ただ、恥ずかしいだけだ。

恥ずかしすぎて、この場にいることができなかった。

楠木寮を飛び出すように出た夏依は、一人で学校に向かうことにした。

寝坊した割には、いつもより早くに出たので、まだちらほらと人がいるだけだった。


「あら、夏依君。おはようございます」


いきなり声をかけられたので少し驚く。

いつも朝に門柱のところに立ち、ルームメートといつも言い合っている生徒会長だった。

正直、この人は苦手だ。


「おはようございます会長」


にしても、生徒会長はいつもどのくらいに立っているのだろう。


「夏依君、今日は一人ですか?」

「はい」

「その……どうかしたの?」

「いえ、別に」


言えない。恥ずかしさのあまり飛び出してきましたなんて言えない。

それに、なんで飛び出したんだろう。佐久良は怪盗ベルの正体を知らないのだから、別に恥ずかしがることじゃない。むしろ、あんなリアクションをすれば、不審に思われるじゃないか。

なにも考えず飛び出してしまった自分が恥ずかしい。

思わずうつむいてしまった夏依を、薫はキョトンとした目で見ていた。


「えっと……なにかあったら私に言ってね。なんとかしてあげるから」

「はい……」


夏依は軽くうなずくと、うつむいたまま学校の中に入っていく。途中、足をもつれさせて転んだ。


「夏依君、どうしたのかしら?」


夏依のおかしな様子に、薫は頭を傾げるばかりだった。


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