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プロローグ2《月夜の怪盗》

夜。

空には大きな満月が浮かび、月明かりを照らす。

ここは、日本でも有数な美術館であった。

昼間は老若男女たくさんの人達が見学にくる。なかでも、印象派の画家クロード・ロネの作品『鈴蘭』は、たくさんの人だかりがいつも出来た。

だが、今は夜。もうすぐ日付が変わろうかというころだ。

美術館は静まり返り、月明かりで幻想的に浮かび上がっていた。


――本来ならば


「おい、人員の配置はどうなっている!」

「あ〜〜もう!本来なら休暇だってのに」

「しょうがないだろ。人出がいるんだ」

「明日旅行だったんだ。あぁ、家族に後でどやされる」


赤色灯の赤い光と照明灯が照らす中、せわしなく沢山の人が動き回っていた。

そのほとんどが警察官で、無線で連絡をとったり、マスコミの対応をしたりと大忙しだ。

その警察官のなかに、少し制服が違う人達がいた。この美術館を警備する警備員の方々だ。


「いいか、二ノ宮総合警備保障の威信にかけて、『鈴蘭』は守るぞ」

『はい!』


一人の少女を中心に円陣を組んでいる警備員達が吼える。


「よし、各班配置につけ!」

『了解!』


ビシッと敬礼をし、警備員達は散っていった。

その様子を確認した少女は、傍らに持つ木刀を握り締め、煌々と辺りを照らす満月を見上げた。


「……今度こそ、捕まえてやる」


――怪盗ベル


少女――剣岳 芽依はそう呟いた。



「う〜〜ん、警備は厳重だね」


美術館から少し離れた高圧電線の鉄塔。そのてっぺんに立つ少女がいた。

セーラー服のような衣装を身にまとい、とても際どいミニスカート。頭には大きな赤いリボンがくっついて、顔の上半分の目元辺りに仮面を着けていた。

彼女こそ、今巷を騒がしている自称美少女怪盗ベルである。


「どうやって侵入するの?」

「そうだね……。通気口があるはずだから、そこから侵入だね」


怪盗ベルは何者かと作戦会議をしている。

だが、この場には怪盗ベルの姿しか見受けれない。携帯や無線機を使っている様子もない。


「――ひゃ!」


もぞもぞと、怪盗ベルの胸元がうごめき始めた。

怪盗ベルは艶めかしい声を上げ、頬を染める。

ぴょこんと小動物が顔を出した。


「ちょっとモガ!暴れるからブラ取れちゃったじゃない!」

「フン、ないのにブラなんかつけるからだ」

「な、なにを〜〜〜!」


ベルの怒りをよそに、そのモガと呼ばれた小動物は、せかせかとベルの頭の上によじ登った。


「ほらほら、もうすぐ予告状の時間だ。急いだ急いだ」


バシバシとモガは頭を叩く。


「糞モモンガが、分かってるよ!」

「糞とはなんだ!僕はただのモモンガじゃないんだからな!」

「あ〜〜!うるさいよもう!」

「うるさいとはなんだ!大体君が――うわぁ!」


いきなりベルが鉄塔から飛び降りた。頭に乗っかっていたモガも宙に放り出される。

その瞬間、ベルの背中に青白い光を帯びた羽が生えた。ファンタジーに出てくる妖精のような翼だ。その羽を広げ、暗闇の空を滑空する。


「ビックリしたじゃないか!」


モガはベルに並び、膜を広げて滑空していた。

そして、ベルの頭に着地して髪にしがみついた。


「胸がないとか言うからだ!」

「事実を言ったまでじゃないか」

「違う!胸がないんじゃない!控えめで目立たないだけだ!」

「それをないって言うんだ!」


そんな不毛な言い争いをしていると、突然下から強烈な光が照らされた。


「怪盗ベルだ!」

「空を飛んでる!」

「『鈴蘭』の周囲を固めろ!」


どうやら、警察に見つかってしまったようだ。

あんなに大声で言い争っていたら当たり前である。


「どうすんのさ?見つかっちゃったよ?」

「フフッ、大丈夫」


ベルは不適な笑みを浮かべた。なんだか少し楽しそうである。

ベルはそのまま空を滑空し、美術館の屋上に着地する。同時に、背中の羽は光の粒となって消え去った。

サーチライトが一斉にベルに向けられる。


「怪盗ベル!貴様は完全に包囲された。ここの警備は万全である!直ちに投降せよ」

「いやいや、警察の皆さん。お勤めごくろー様です」


ベルは、下の警官達に向かって可愛らしく敬礼した。

マスコミのカメラのフラッシュがバシバシと焚かれる。

このときの写真が、明日の新聞一面に大きく貼り出されることになる。


「怪盗ベル!お前は完全に包囲された!大人しく投降しろ!」


長く使われたのであろうくたびれたスーツを着込み、同じくくたびれた縁のある帽子を被った中年男性が、拡声器を使って叫んだ。

ベルはその男性に目をやると、まるで知り合いに出会ったように手を挙げた。


「やあやあやあ、誰かと思えば警視庁の銭村刑事じゃないか。お子さんとは仲良くしてるかね?」

「うるさい!最近『パパ、臭い』って言って近付いてくれないよ!」

「まだ小四でしょ?かわいそー」

「そうだ。可愛い盛りの娘は近付いてくれないんだ……」

「いや、娘さんが可哀想。父親が臭いなんて」

「……………」


銭村刑事の持つ拡声器からメキメキと悲鳴が上がり始めた。


「投降せよ!さもなくば発砲する!猶予はない!」

「銭村刑事、それはやりすぎです」

「うるさい!娘をたぶらかした罪は万死に値する!最近、『ベルちゃん可愛い〜〜。真奈、大きくなったら怪盗になる!』なんて言い出したんだよ!」


隣にいる部下の警官に、銭村刑事は拡声器で怒鳴りつけた。


「ここでお前を捕まえて、娘に『パパ、カッコイイ』って言ってもらうんだ!」


銭村刑事は、持っていた拡声器を部下に無理やり押しつけると、ホルスターから銃を抜いてベルに向けた。

周囲の警官は、銭村刑事の行動に動揺していたが、銃を向けられたベルは冷静だった。

ニヤリと口端を上げる。


――チャンス!


ベルはかかとを二回鳴らした。

途端、ブーツから白煙が舞い上がり、ベルの姿を覆い隠すだけでなく、周辺の視界を奪った。


「クソ、煙幕か!」


突然のことに、警官達は更に動揺した。


「落ち着け!大型扇風機を起動させろ」


しばらくして、大型扇風機が回りだし、その強風で煙幕を晴らした。

その時には、既にベルの姿はなかった。



ベルはまんまと美術館への侵入を成功させていた。

銭村刑事が銃を取り出して、警官達が動揺しているところに、煙幕を張ることによって更に動揺させる。煙幕と動揺により生まれたその隙に、正面入り口から堂々と侵入したのだ。


「いたぞ!かい――あふっ」

「おいどうした――かふっ」


突然、警官二人が倒れた。ただ眠っているようだ。


「いえぃ、ビンゴ!」


ベルはパチンと指を鳴らした。逆の手には、玩具のような銃が握られている。


「麻酔銃はあまり使わない方がいいよ」

「分かってるって」

「ホントかなぁ」


モガの心配をよそに、ベルは美術館を音もなく駆ける。

そして角を曲がり、『鈴蘭』の展示場所に来たときだった。


「来たな……」


ベルの前に、総勢十名の警備員が現れた。

その奥から、木刀を持った剣岳 芽依が歩いてくる。


「残念だが、『鈴蘭』は我々二ノ宮総合警備保障が守っている。お帰り願おう」

「それは無理なお話。今回もキッチリ頂くよ」


ベルと芽依の視線がバチバチと火花を散らす。


「53戦15勝28敗10引き分け。負け越しているからな……。今度は勝たしていただく!」


芽依が、一気に距離を詰めてベルに切迫しようとする。


「ていっ☆」


ベルは芽依に可愛らしく何かを投げつける。

それはプラスチックボトルだった。


「そんなもの……!」


飛んでくるボトルを、木刀で一刀両断する。

もちろん、プラスチックボトルは破裂した。


――バシャン


中身の液体を芽依はもろに被った。

そして、妙にヌルヌルする液体に足をとられ、ツルンと盛大に転けた。


「ハッハッハ!どうだ、ローションの威力は!」

「な、ローションだと!」


芽依は顔を真っ赤にした。


「なんてエロエロな……!」

「フフフ、残念ながらお笑いに使うはずだったテレビ局からパチってきた業務用ローションだ。想像しているのと違うよ」


ベルの言葉を聞いて、更に顔を真っ赤にした。

怒りからもあるが、大半が羞恥からであった。


「お前たち、早く取り押さえろ!」


背後にいる部下に指示を飛ばす。

ヌルヌルして立ち上がることはおろか、背後を見ることすらできない。


「駄目です!こちらにもローションの被害が……!」

「なにぃ!」


何とか悪あがきをして方向転換した芽依が見たのは、ローションに足をとられて立ち上がれない部下達の姿だった。


「さて、邪魔はなくなった」


ベルは華麗に跳躍し、ローションに捕らわれている芽依達を飛び越え、『鈴蘭』の前に着地する。

恨みがましい視線と声を受け流しながら、『鈴蘭』を取り外す。

そして、丁寧に布に包むと、それを脇にはさんで持つ。


「それじゃあねぇ〜〜」

「くっ、待て怪盗ベル!」


ベルは来たときと違う方向に駆けていった。



ベルは再び美術館の屋上に現れた。


「ハッハッハ!」


ベルの笑い声が響き渡った。

サーチライトの明かりがベルの姿を照らし出す。


「警察、二ノ宮総合警備保障の諸君!君達の負けだ」


そして、ベルは『鈴蘭』包む布を取って掲げた。


「『鈴蘭』はこの怪盗ベルが頂いた!」


ハッハッハとベルの高笑いが響き渡った。


「くそ……怪盗ベルめ……!」

「フッフッフ。銭村刑事。これは娘さんにお土産だ」


そういうと、ベルは銭村刑事に正方形の物体を飛ばした。

銭村刑事はとっさにその物体を受け止めた。


「これは……」


色紙だった。

黒いマジックで崩された文字が書かれており、可愛らしい丸文字だった。


「サ・イ・ン。娘さんによろしくね」


語尾にハートがついているように甘ったるい口調でいい、ウインクしながら投げキッスをよこした。

ボンと音をたてて、再び白煙が周囲を包む。

その白煙が晴れた頃には、既に怪盗ベルと『鈴蘭』の姿は消えてしまった後だった。



「お父さん、お帰りー」


銭村刑事が帰宅すると、近頃めっきり近づいてくれなかった愛娘が駆け寄ってきた。

その姿に思わず頬が緩む。

事後処理で朝帰りになってしまったが、今までの疲れが吹き飛ぶようだった。


「ねぇお父さん」


そう言って、愛娘は手を差し出してきた。


「お土産」

「えっ?」

「だからお土産!」


ぷくっと頬を膨らます。


「真奈、知ってるんだから!朝にテレビでやってたもん!」


そこにきて、銭村刑事は全て理解した。

昨夜のことがテレビのニュースになっていたのだろう。そしてあのやり取りも……。


「お土産お土産〜〜」


ポカポカと銭村刑事の胸を叩く。

ついに観念したのか、銭村刑事は鞄の中をガサガサと漁ると、


「……はい」


怪盗ベルのサイン色紙を手渡した。


「わぁ〜〜〜い!ベルちゃんのサインだぁ〜〜」


クルクル回り喜びを爆発させ、そのままリビングのほうに走り去ってしまった。


「はぁ……」


なんともやるせない気分になる。


「怪盗ベルめ……。娘の心まで盗りやがって」


――今度こそは


そう自分に言い聞かせ、銭村刑事は愛娘の心を取り返し、怪盗ベルを捕まえてやると心に誓うのだった。

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