《スニーキング!》4
「昼か……」
春樹はグイッと背中を伸ばした。
午前最後の50分授業が終わり、お昼休みになった。
「夏依、食堂に行くか」
「ん、そうだな」
「あ、春やん。俺も行く」
春樹と夏依、そして弘樹は三人揃って教室を出る。
目的地は食堂だ。
この泉稜学園高校は、山奥という立地条件から寮生活をする生徒が多い。
その事から、食堂を使用する生徒は多く、そして食堂の施設、規模が大きいのだ。
「……おい、佐久良」
夏依が、春樹の袖口をくいくいと引っ張った。
「……なんだ」
「一人、後ろをついてきている」
ちらりと後ろの様子をうかがった。
確かに、一人の女子生徒がいる。しかも、知った人間だった。
春樹につられて夏依も後ろを見ようとした。
「……振り向くな。気付かないふりしておけ」
「えっ――あ、おい!」
夏依の頭を掴み、無理やり前を向かせた。
不満そうな視線を向けてくる。
「春やん、どうかしたか?」
「いいや、なんでもない。早く食堂に行こう。腹が減った」
「お、おう」
いつもより心持ち早く、スタスタと歩いていた。
後ろでは、コソコソと奏がついてきている。
廊下の端に隠れたり、柱の隅に隠れたり、教室の中に入ったり……可哀想だが、あれで隠れているつもりなんだろう。
通り過ぎる生徒達に不審な目で見られているのに気付かずに。
●
食堂に入ると、既に人が混み合って賑わっていた。
「夏依、B定食だろ?」
「あぁ、頼む」
「よし弘樹、行くぞ」
夏依は席取り。春樹と弘樹は食料獲得という役割分担をしている。
夏依の分は春樹が買っている。ルームメートのよしみだ。
食券を二枚買うと、そのまま受け渡し場所に行く。
「おばちゃん、きつねうどんとB定食」
「それとカツ定食!」
「あいよ」
しばらくして、きつねうどんとB定食が出てくる。
春樹はそれを受け取ると、食堂全体を見渡した。
人が沢山で、なかなか夏依を見つけることが出来ない。
小さいから見えないのだろうか……。
「佐久良、ここだ」
「……おっ」
やっと見つけた。
どうやらちゃんと席を確保できているみたいだ。
「いや、待たせた……な?」
そこには、夏依の他に一人の女子生徒の姿があった。
こっちの驚く顔を見て、笑顔で手なんか振っている。
隣に座る夏依に視線をやると、バツが悪そうに思いっ切り視線を逸らされた。
「あれ〜、奏ちゃんじゃないか。俺達と一緒に食べるの?」
「はい、お知り合いになりたくて」
そこで、なぜコッチを見る……!
春樹は奏に対して、小さな恐怖感を抱き始めていた。
何故か付きまとうこの少女。休み時間のたびにこちらに話しかけ、喉が渇いたと思って自販機に向かえばついてくる。男子トイレの前で待っている姿を見たときなんか背筋凍ってしまった。
そしてやはりというか、昼食にも現れた。
これが『ストーカー』という奴なのだろうか……。
「佐久良、なに突っ立っている」
「ん、あぁ……」
春樹は夏依の向かいに座る。弘樹は奏の向かいだ。
夏依にB定食を渡し、自分のきつねうどんにかける七味を取る。
「おい佐久良、なんかやらかしたのか?」
「あ?なにを?」
夏依が小声で話しかけてきたが、どういう意味だ?
すると、夏依は小さく自分の隣を座る人物を指差した。
視線をそちらに向けると、じ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っとこちらを見てくる奏の姿があった。心なしか怒っているようだ。
……そんなに見るな、穴が開く。
チクチクと視線を感じつつ、うどんをすする。
「ところで久遠さんはお昼どうするの?なにも買ってないみたいだけど」
「あ、お気になさらず。私はこれですから」
そう言って机に出したのは、可愛らしいお弁当箱………なわけもなく、ただのバナナが一房置かれていた。
「えっと……バナナ?」
「はい、好きなんです」
「へぇ……そう……」
この少女が少し分かったのだろう。弘樹はただ引きつった笑いを浮かべていた。
「食べます?」
「え、遠慮するよ」
「春樹君は?」
「いらん」
「そう……え〜〜と、アナタは――」
「成瀬 夏依だ」
「そう!成瀬君はどうですか?」
「……間に合っている」
「そうですか……」
ションボリしょげてしまった。
俯いて淋しくバナナの皮を剥いていた。
「おい佐久良」
向かいに座る夏依が小声で話しかけてきた。
「彼女……一体何なんだ?」
「何なんだって言われてもな……。分からんとしか言いようがない」
「そうなのか?彼女、佐久良のこと知ってるみたいだが?」
「だとしても、俺には覚えがないからな……」
まぁ、記憶自体がないから仕方がないことかもしれない。
ズルズルとうどんをすすり、最後に残しておいた油揚げにかぶりつく。
「お前が忘れているだけじゃないのか?」
「ふぁふん、そーふぁほは」
「なに言ってるか分からん。ちゃんと喰ってから言え」
春樹はもごもごと口を動かし、そして油揚げを飲み込んだ。
「多分、そうだろな。俺が忘れているんだろう」
「おいおい、思い出さないのか?」
「無理だな」
記憶喪失で一向になにも思い出さない。
昔会ったのであろう一人物を思い出せというのが無理な話だ。
記憶を思い出すキッカケになるだろうけど。
「じゃ、俺は先に教室に戻るから」
「お、おい――」
そう春樹は言うと、丼鉢を持って行ってしまった。
「……あ、待ってください」
後を追うように、奏もバナナを持って去っていく。
残った弘樹は呆然とし、夏依は不機嫌そうに頭を傾げていた。