《スニーキング!》3
転校生、久遠 奏は不満だった。
せっかく話していた目的人物が、突然現れた男子生徒に連れて行かれてしまったからだ。
(もう、せっかく話してたのに……!)
内心腹を立てたような顔をして、奏は春樹達が出て行った教室の出入り口を見ていた。
そんな時だった。
「ねぇ、久遠さん大丈夫!」
先ほどまで、外野で心配そうに見つめていた女子生徒達がやって来た。
「大丈夫だけど……なにが?」
「だって恐いでしょ、佐久良君」
「そうそう、お金とか要求されなかった?」
「後で体育館裏に来いとか言われなかった?」
「行っちゃダメだよ。弄ばれるよ!」
本人がいないことをいいことに、好き放題言ってくれる。
実際、春樹はそんな事をしたことはないのだが、そのみてくれから、女子内部でならぬ話が錯綜しているのだ。
「そんな事、するような人には思わないよ」
奏の言葉に、女子生徒達は心底驚いたような表情をした。
「あの顔よ?チンピラそのものなのよ?」
うんうんと周りの女子生徒達が頷いた。
「人は見かけで判断出来ないよ。実際に、彼にそうされたって被害はあるの?」
「…………」
その言葉に、女子生徒達は言い返せず、沈黙するしかなかった。
「確かにそうね」
「ええ、佐久良君は何もしてません」
「ずーっと、外を見てボーっとしてるだけね」
「そういえば、なんか雰囲気あるよね。大人の余裕というか」
「確かに、他の男子みたいにがっつかないしね」
「飢えてない」
うんうんと女子生徒達は頷いた。
なかなか春樹の評価があがってきていた。
「考えてみれば、私達、佐久良君のこと見た目だけで決めつけていたわね」
「実際、冷静に見てみると怖い人じゃなさそうだし」
「何も知らないのに決めつけていたわね」
「うん、成瀬君にも悪いことしたね。連れ出すように頼んで……」
その女子生徒の発言に、奏はんっ?と眉を細めた。
さっきの発言が引っかかったのだ。
「ねぇ、成瀬君に頼んだってなに?」
「あ、うん。佐久良君を連れ出してもらうようにね。久遠さんを救うためと思ってやったんだけどね」
女子生徒は、はははっと苦笑いをした。
「無駄だったね……ってどうしたの久遠さん。怖い顔して」
「そ、そんなことないよ〜」
知らない間に顔が引きつっていたようだ。
いけないいけない、笑顔じゃないと。
『よくも余計なことをしてくれたな』って言いそうになったけど、何とか踏ん張ったんだ。
「やっぱ怖いよ、顔」
いけないいけない。
奏はくにくにと顔をマッサージする。
「ごめんね、なんでもないから」
「う、うん。別に私達が謝られることじゃないよ」
そんな時、チャイムが鳴った。
休憩時間の終了だ。
――ごめんね。
口々に女子生徒達はそう言って自らの席に戻っていく。
女子生徒達が去った後、気付けば奏は自分の机に拳を叩きつけて、盛大な音を立てていた。
●
ああ、どうしょうどうしょう……。
いつになく、成瀬 夏依は焦っていた。
「おい、用事ってなんだよ夏依」
その焦っている原因は、夏依の後ろをついてくる見た目チンピラのルームメートにあった。
クラスの女子達に頼まれて、連れ出したはいいが、どうすればいいかまで考えていなかった。
全く持って、とんでもない失態である。
いきなり連れ出してくれって頼むのが無理な話なんだけど。
第一、女子達は佐久良のことを勘違いしているんだ。確かに見た目はチンピラみたいな奴だけど、そう悪い奴ではないんだ。
むしろ、いい奴だと思う。
人が困っているとさり気なく助けてくれるし、結構勉強できるみたいだし……。
「おい、夏依?」
「――!」
い、今なにを考えていた……。
確かに、このルームメートは信頼出来る男だ。二ヶ月だが共同生活をおくって分かる。出来ることなら、隠している"秘密"を話してしまいたい。
「お〜い?」
春樹の声で、再び夏依は我に返った。
今まで考えていたことを思い返すと、顔が熱くなるのを感じた。
冷静に冷静に。ポーカーフェイスを保たなければ。
夏依は深く深呼吸をして、春樹のほうに振り向いた。
「さ、佐久良。あのだな……」
そんな時にチャイムがなった。
「あっ……」
「おっ、授業が始まるな。教室に戻るぞ」
春樹はくるりと身を翻し、教室に戻り始める。
それを追うように夏依はついていく。
「佐久良……用事というのはだな」
何かないかと頭を巡らせるがなにも思いつかない。
言ってみたはいいがどうしよう……。
「もう分かってるからいいぞ」
「えっ?」
「どうせ、女子に頼まれたんだろ?何とかして連れ出してくれって」
夏依は目を丸くして驚いた。
まさか、気付いていたとは思わなかった。
「その様子を見ると、そのようだな」
春樹がため息をついた。
その背中は、哀愁をたっぷり感じさせた。
「女子には嫌われてるみたいだしな」
「そ、そんなことは……」
「いや、夏依が気にすることない。分かり切ってることさ」
「そう言うが」
「気にするなって言ってるだろ。他人にどう思われようがオレは関係ないから」
「…………」
夏依はそれ以上なにも言わず、春樹の後ろをついていく。
それにしても、女子は何故みてくれだけで人を判断するのだろう。いい奴なのに……。
だけど、あの転校生は違った。
あの転校生は自ら話しかけにいっていた。まるで、昔から知っているように……。
それに、佐久良もあの転校生のことをなんだか知ってるみたいだった。
どんな関係なんだろう。
佐久良は記憶喪失のはずだから、知り合ったのは最近だろうか?
そう言えば、昨日の朝に女性と会っていたみたいだけど、彼女なのだろうか。
問い詰めてみたけど、何も得る者はなかった。
政治家みたいにのらりくらりと質問から逃れていくから、ついムキになってしまった。
でも、なんであんなにムキになったんだろ……?
やっぱり気になるんだろうな。
「………!」
途端、夏依は顔が熱くなるのを感じた。
いやいや、違う違う。気になるってのは、気にかかるっていうことで……って同じことじゃないか!そうじゃなくて、気になるのは気になるけど……そう、心配。なんだか心配になるってことなんだ。ルームメートとして。
「夏依、なんかお前……おかしいぞ?」
「えっ?そ、そんなことないと思うぞ?」
「そうか?まぁいい、早く戻ろう。先生が来る」
「うむ、そうだな」
春樹の後ろをついて歩いていく。
少し、顔に残った熱が妙に心地よかった。
……見事に授業に遅れたけれど。