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《スニーキング!》1

あの意味の分からない出来事から一日たった。

あの後、謎の少女は春樹の前から風のように去っていき、その後もなにもアクションはなかった。

 授業も普通に行われたし、昼休みの食堂もいつも通りの光景だった。週に一度の男子による女子対策会議たるものも行われた。寮に戻れば、いつもは無愛想で寡黙なルームメイトに鋭い視線をビシバシと受けながら、朝の出来事について根掘り葉掘り尋ねられた。

 当の春樹は、自身にもいまいち状況把握が出来ていなかったので、ルームメイトの刑事並みの追求に、ベテラン政治家のごとくのらりくらりと交わしていくしかなかった。しかし、それがルームメイトには気に入らなかったらしく、時間がたつにつれて追求は厳しさを増し、刑事ドラマさながらの取り調べとなっていったのだ。

深夜まで続いた取り調べのおかげで、若干寝不足気味だ。


「……ふぁ…」


隣から、可愛らしい声が聞こえた。

素直に隣に顔を向ければ、ルームメイトの成瀬 夏依ナルセカイが欠伸をしていた。

中性的で凛々しい顔つき、小柄で華奢な体格をしている。

何度か、こっそり牛乳をがぶ飲みしているのを見かけたことがあるので、コンプレックスとなっているのだろう。


「なんだ佐久良。人の顔をジロジロ見るな」


ふん、と鼻であしらった。

冷ややかな目が春樹に向けられていた。


「いや……なんかすまん」

「分かればいい」


すると、夏依はぷいっと前を向いてしまった。なんだか、不機嫌オーラが強くなった気がする。

クラスメイトであり、ルームメイトであるし仲良くしたいのは山々だけど、編入してから二ヶ月たった今も、心を開いていないようだ。

でも、こうやって一緒に登校するようになったのは、ある程度は心を開いているということだよな……?

とりあえず、春樹は自分の中でそう自己完結をした。


「ときに春樹」

「なんだ」

「なにか……視線を感じないか?」


それはお前のせいだろ。

なんて言ったって、夏依は俗にいう美少年だ。女子生徒からの人気は高く、上級生の女子生徒からの熱い視線はかなりのものだ。

それと対照に、春樹には殺気立った視線と、畏怖と恐怖の視線が突き刺さっていた。

佐久良 春樹、編入二ヶ月にして完全に孤立していた。

まあまあ顔立ちは整っているものの、猛禽類を彷彿とさせる鋭い目つき、そして僅かに見える犬歯が、すべてを悪いベクトルにしていた。

女子生徒には怖がられ、声をかけたら『ヒッ!』と悲鳴をあげて逃げ出す始末。

始めのうちはかなりヘコんでいたが、今になってはもう慣れた。いや、実際は諦めの境地に至ったのであるが。


「多分……気のせいだろ」

「そうか?全身を舐められているような感覚があるんだが……?」


それは、後ろを歩くお姉さま方の視線だろう。

まぁ、春樹には畏怖するような視線しか感じない。

畏怖だけでなく、敬意が欲しいものだ。実際に、敬意を示されても困るけど。

そんな視線も、たかが寮から学校までの数十メートルの距離を我慢すればいいだけだ。その後は、教室で自分の机に突っ伏してしまえばいい。そうすれば、春樹に注目がいくことはない。

何事も、目立たないことが一番だ。

しかし、教室に至るまでに一つ難所があった。そしてその難所が目前に迫ってきた。


「来たわね!」


校門付近から、甲高い声が響きわたった。朝の喧騒でもよく聞こえる透き通った声だ。

その声を聞いた春樹は、疲れたような顔をしてため息をつき、夏依は露骨に顔をしかめて不機嫌オーラを倍増させた。

声の発信元には、一人の女子生徒が仁王立ちしていた。

腕には『会長』という腕章をつけて、黄色のリボンで髪をツインテールしており、目はつり上がってキツい印象がある。


「あ〜〜、おはようございます生徒会長」

「とっとと帰りなさい!」

「会長、おはようございます」

「おはようございます成瀬君」


春樹が挨拶をしても、敵対心純度100%だったのに、夏依に対しては愛想100%の挨拶を返すのですか……。

夏依が春樹の方に顔を向け、『大変だなお前も、頑張れよ』といいたげな目をして、スタスタと先に行ってしまった。

見捨てるのか……何時ものことだけど。


「じゃ、急いでますんで」


特に急いでいないのだが、この場からサッサと去りたかったのだ。


「芽衣!」

「ハッ!」


その瞬間、春樹の首に竹刀が当てられた。


「すまないが、動かないでくれるな?」


有無を言わさぬ雰囲気を纏った口調だった。拒否しようならただでは済まさないと副音声で聞こえる気がした。

春樹は頭だけを動かし、竹刀を突き立てる女子生徒を伺う。

同じ様に腕には腕章、しかし書かれた文字は『風紀』となっている。長身で、尾を長く垂らしたポニーテール。凛々しい顔つきで、今は目が細められて春樹を捉えていた。


「何するんです、剣岳先輩」

「薫会長の指示を実行に移したまでだ」


あぁ、まったく。結局こうなってしまったか。

思わず、春樹は天を仰ぎそうになった。

『会長』という腕章をつけているツインテールは、二ノ宮 薫ニノミヤカオルという。生徒会長である。

そして『風紀』の腕章をつけているポニーテールは、剣岳 芽衣ツルギダケメイという。風紀委員長である。

春樹は心の中で彼女らを『三本尻尾』と言っている。無論、皮肉をこめてだ。


「で、何か用ですか会長?」


芽衣に竹刀を下ろしてもらい、渋々と言った様子で春樹は振り返った。

そこには、断崖絶壁の胸を張る薫が仁王立ちしていた。


「これ!」


突き出されたのは一枚の紙。

見事な達筆で文字が書かれているが、出来れば認識したくない。


「何です……これ」

「決まってるじゃない。退学届け」


さも、当たり前と言った表情を浮かべ、春樹に無理やり押し付けた。


「後、あなたの名前を書いて、校長に渡せばいいから」

「いや、書くつもりはない」

「書きなさい。というか書け。それが、世のため学校のため、そして生徒のためなの」


酷い言われようだが、春樹にとっては何時ものことだ。

何故か、この生徒会長様は登校するたびに退学を迫ってくる。

学力は高い方だし、これといった問題行動もしていない。至って普通の男子生徒だ。記憶喪失で仮名であること以外は。

何故、退学を迫られないといけないのだろうか。

無理やり持たされた退学届けを問答無用で引き裂き、更にそれを重ねて引き裂く。これで四等分。

それを見た薫が何やら騒いでいるが、春樹は気にしない。

何度も引き裂いて細かくしていく。

細かくなった退学届けは、風に舞って飛んでいく。


「ちょっと、何するのよ」

「まったく、やってられん。毎回同じネタをやって……飽きたぞ」

「ネタじゃないわよ!全く、いい加減に自主退学してくれないかしらね!」

「これから先も退学の予定はないな」


とまぁ、いつもこんなやりとりをしている。

平和そのものである。


「さて、今日も一日頑張ろー」


やる気ない棒読みで拳を上げ、スタスタと学校の敷地に入っていく。


「あ、コラ待ちなさい!」


薫が追いかけようとするが、女子生徒に挨拶され、持ち場から離れることが出来なかった。

生徒会長としての責務だろうか。


「くぅ、今度こそ退学に追い込んであげます……!」


この誓いも、昨日も一昨日もたてたものと同じだった。

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