《メモリー!》2
「なんだ!急に目の前が真っ赤に――!」
眼球から出血したか……?
いや、これは……。
「世界が赤に染まったと言うべきか……」
今まで聞こえていた野球のかけ声が聞こえず、運動場を走る陸上部の姿が消えている。
いや……人の気配どころか、鳥とかの生物自体の気配もない。
まるで、形だけの世界のようだ。
「こいつは一体……」
何故こんな事に……。
いや、心あたりはある。
「驚きましたか? 隔離結界ですよ」
そう、彼女だ。
手紙を送り、屋上に誘った彼女。
罠とは思っていたが、ここまでとは思わなかった。
また、変な事に巻き込まれているらしい。
それより、彼女は何者だ?
「君は……一体何者だ」
すると、彼女は口端を上げて不敵に笑う。
「ふふふ、ある時はしがない高校生。そしてある時はやる気のないコンビニ店員……その正体は!」
彼女が光に包まれたと思うと、制服からローブと三角帽姿になっていた。
「なんとなんと、魔法使いなので〜す!」
「…………」
「…………」
「……ダウト」
「嘘じゃありません!」
「ダウト」
「だ〜か〜ら〜!」
「ダウト」
「まだ何も言ってません!」
「なら嘘つくな」
「嘘なんてついてません」
「ダウト」
「あぁ、もう!話が進まない!」
彼女は癇癪を引き起こしたように頭をかきむしった。
三角帽の形が少し崩れた。
「あなたはこの状況をみて何も思わないんですか!」
「……まあ、とりあえず赤いなぁと」
「それだけ!?世界が赤いんですよ!異常に思いませんか!?」
「……そりゃ、異常とは思うが」
「じゃあ何で慌てないんですか!少しは慌てなさい!」
どうやら、彼女はリアクションをお求めだったようだ。
だから、春樹は彼女のお求めのリアクションをとった。
「……わあ、びっくり」
「そんな感情のないリアクションなんて入りません!」
なんと贅沢な。
「じゃあ一体どうしろと?」
「驚くか、それとも……」
――死ね。
●
タイミングは完璧だった。
事前に魔力を形成。そして高速で展開し、さらに圧縮。
予想と筋道の展開は違うが、合図となるセリフを言う。
同時に、魔力を小さいながらも莫大な熱に変換する。
そして、放つ。
「いっけぇー!」
紅蓮の火炎が標的に向かう。
同時に、上空に潜む仲間の援護の風属性の魔法によってさらに火炎は勢いを増す。
その光景を間近で見る標的は、ただ突然の事に呆然としていた。
その様子では、状況を理解したところで体は動かないだろう。
完全な直撃コース。
想定よりもあまりにも呆気ない仕事に拍子抜けした。
そして、紅蓮の火炎が標的に迫り……爆ぜた。
爆音、そして爆風。
破壊されたコンクリート片が舞い、砂塵に辺りは包まれた。
標的はどうなった?
直撃していれば、瞬時に粒子となり、奇跡的に直撃を免れたとしても、衝撃と飛んでくる破片でダメージを覆っているだろう。
魔法攻撃を受けても、スプラッタな死に方をしないのは、魔法少女補正のおかげなのだ。
そして、時間の経過と共に砂塵が晴れる。
「―――!」
そこには、淡いオレンジ色の光のドームの中に守られるようにいる標的の健在な姿があった。
●
「……これは……?」
一体どういうことだ。
周りを囲むオレンジ色の光のドーム。
視界いっぱいに広がった業火に死んだと思ったが、直前に展開されたドームに助けられたみたいだ。
「大丈夫ですか!?」
「まったく、世話がかかるの」
「――久遠!それに……ナイン?」
気付けば屋上の入り口のドアが開かれ、奏とナインが立っていた。
急いできたらしく、奏は肩で息をしていた。
「あなた達……隔離結界にどうやって……!」
「これくらいで『結界』とは、ちゃんちゃらおかしいの。おかしくて笑っちゃうぐらいなの」
「何ですって」
「あまちゃん過ぎるの。甘々の結界で侵入するのも簡単だったの」
淡々と無表情で言うナイン。
小さい少女の言葉に、圧倒的な力が隠れている陽など気がした。
「あなた達……一体何者ですか?」
「それは言えないの。ただ…そう、例えるなら闇の者なの。到底、アナタ達には理解できないことなの、『古の魔女同盟』の魔女には」
「――何故それを!何故知っている!」
「当たり前なの。そういう機関に居れば全部分かるの」
フルフルとナインは首を振り、そして話がついていけずに呆然としている春樹を見上げた。
「彼を消すつもりみたいだけど、アナタ達には到底無理な話なの」
「……アナタ達が邪魔しなければイージーですが?」
「なら、やってみるの」
「ナインちゃん!?」
銃を構えていた奏が、ナインに詰め寄ろうとするが、ナインにまあまあとなだめられる。
「おい、ちょっと待て。勝手に話が進んでいるところ悪いが、本人の同意はなしか?」
「こっちは手を出さないの。思いっきりやればいいの」
「聞けよおい!」
春樹の叫びも虚しく、事態は春樹にとって最悪に思える方向に進んでいた。
「ではお構いなく思いっきり……薫さん!」
「――はい」
空から聞こえた薫の声。
「――会長!?」
「……何も言わないで」
「な、なんて痛い恰好を……」
そこには変わり果てた薫の姿があった。
煌びやかな飾りのつく蒼いワンピース型のコスチュームを身に纏い、先端に赤い宝石がついた杖を持って空に浮かんでいる。
いつもはヘアゴムで纏めているツインテールは、コスチュームと同じ蒼いリボンで纏められていた。
コスプレにしか見えなかった。
「好きでこんな恰好してないわよ。下っ端だから仕方ないのよ」
ハアとため息。
「薫さん、呑気に話している場合じゃありません」
「あ、はい。監察官」
二人は、杖を春樹に向ける。
ナインはただその様子を傍観し、奏は恐怖を感じているのか、手が震えながらも、真っ直ぐ銃を構えていた。
「……腕、疲れた」
いや、手が震えているのは疲れたからだった。
「では――二人で複合魔法を」
「はい」
「まてまて、ちょっと――」
「タイムはなしです」
話が通じない。
このままでは意味不明な内に殺れる。
恐怖に支配された春樹は屋上からの脱出を試みた。
とにかく、屋上のドアから――
「えいなの」
ドグシャ!
ナインがゲートボールスティックでドアをぶちのめした。
「何やってんだぁ!」
「見ての通り、素振りなの」
「素振りでドアがひしゃげるかぁ!」
するとナインは、フルフルと首を振った。
「分かってないの。今時のゲートボールはまさに格闘技なの」
「んなわけあるかぁ!」
その時、薫達の術が発動した。
「「フラッシュファイヤー!」」
「――なっ、しまっ――!」
さっきとは比べ物にならないくらい速く迫る業火。
そしてそれは春樹をすぐに呑み込む。
鉄をも溶かす業火。
人間など形が残るはずがない。
そのはずだった。
「……は?」
声を上げたのは春樹だった。
業火が目の前に迫り、死ぬと思った時、その業火が突然消えたのだ。
衝撃もなく、何もなかったように。
「……死んでない?」
驚いて春樹は呆然とする。
だが、驚いているのは春樹だけではなかった。
「なぜです……何故なぜです!何故魔法が消えた!術式、構成ともに完全!なのに……!」
「彼に魔法は無駄なの。だから魔法一極化しているアナタ達には彼は殺せないの」
「そんな訳が……あるかぁ!!」
発動した火炎。
しかしそれも春樹を前に消える。
次も……また次も……そのまた次も……。
彼女は自身の知る魔法を全てぶつけるが、その全てが無力化される。
「監察官、無理です。引き上げましょう」
「いえ、まだ大丈夫……。古代魔法すら使える気分よ」
「それはコンバットハイです。現状は明らかに分が悪いです。一度体勢を立て直すべきです」
「ダメです。彼をしとめない限り戻れません」
「しかし――」
「彼は、私達にとって危険です。今の内に排除しないと、危ないんですよ」
彼女は杖を掲げる。
「Version 2 ! レイピア!」
杖が光を纏って変形し、細身の剣となる。
そして空いていた距離を一気に詰める。
「――危ない!」
奏が春樹の前に出て――発砲。
彼女の腕をかする。
そんな事すら気にすることなく、彼女は奏に突っ込んでいく。
まずは、銃を持つ奏にターゲットを絞ったようだ。
「うおぉぉぉぉ!」
「――くっ」
発砲、発砲、発砲、発砲……。
連続して発砲するが、不規則にジグザグで接近してき、弾は当たらない。
「邪魔を……するなぁ!」
「きゃあ!」
彼女はレイピアを下から切り上げた。レイピアの先端が銃に当たり、銃を吹き飛ばす。
「restriction」
「――なっ、体が動きません」
魔法によって奏は体を拘束される。
指の先すら動かすことができない。
「はあぁぁぁ!」
彼女は一度レイピアを引き寄せ、突き刺す体勢に……。
そして、一気に突き刺す!
――ドス!
「――させないの」
レイピアが突き刺さったのはゲートボールスティックのハンマー部分。
ナインの突き出すゲートボールスティックに突き刺さっていた。
「私達に手を出すということは、65億の命を背負うことと同義と言っていいの。その覚悟があるの?」
「そんな見え透いた嘘を――!」
レイピアに電属性の魔法を付属させ、電撃を放つ。
電撃は、レイピアが突き刺さるゲートボールスティックからナインの体に流れ込む。
「はにゃ~!ばたんきゅ~……なの」
「ナインちゃん!」
彼女はレイピアを引き抜き、その刃先を奏に向ける。
「さぁ、答えなさい。あなた達は何者です?」
「…………」
「答えろ!」
「――くっ!」
レイピアの刃先が奏の首を撫でる。
「助けはない。まだ死にたくないでしょ?」
「監察官、いくらなんでもやりすぎでは――」
「薫さんは黙っててください」
奏の首にさらに強く押し付けられた。
「これ以上、コケにされるのは腹が立つんですよ!」
「ですが――」
「シャラップ!それ以上言うなら貴女も反逆者として……デリートですよ?」
「……!」
その剣幕に薫は口を閉じるしかなかった。
組織の中でも監察官という地位は高い。
若くしてその地位についた彼女の力量は天才的なものがあった。それ故、プライドも高かった。
そして、そのプライドが許さないのだろう。
彼女が、怒りに支配され、周りが見えていないのは。
彼女のとっている行動は、正義の味方とは程遠く、むしろ、悪の組織に近かった。
そんな彼女の姿に、薫は幻滅し、愕然とした。
信じた正義のその姿に。
「もう一度聞きます。あなた達は何者ですか?」
押し付けられるレイピア。
そして――奏は覚悟した。
「貴女に言うつもりはありません!」
「そうですか……なら、死ね!」
――その時だった。
「別にいいじゃないか」
そんな声が聞こえたのは。
「そんなに知りたいなら教えてやろう――」
ゆらりとした動きで近づく彼の姿の雰囲気は、薫にとってはいつも見る彼とは全く違うものに感じ、その雰囲気に足が勝手に震えた。
「――ッ!」
そして、以前を知る奏にとっては、彼が本来の彼に戻ってきたことに気付き、ホッと安堵しながらも心の中で少し残念にも思った。
「闇に住まう者というのを」
そこには、右手に銃を構えた佐久良 春樹の姿があった。