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ユリアンヌは未来を変える  作者: 亀れおん
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狂気


 切り飛ばされ、宙に舞った右腕をしげしげと眺める。

 思えば彼の人とは、ついぞ手を繋いだ事すらなかった、気がする。そんな事をぼんやり考えていると、くるくると回転した後に、細腕がぼとりと地面に落ちた。

 数度瞬きをした後、ようやくそれが自分の右肩から下の部位だと気付いた。


「……あら?」


 ゆっくり、傷口を確認する。

 綺麗な切断面だな、などと場違いな感想が頭に浮かぶ。我ながらどうかしているとは思うけれど、もはや痛みなど感じないのだから仕方ない。

 鮮血が、赤い……。

 流れ落ちるそれが地を濡らす様を見ている内、気付けば、にやりと口角が歪んでいた。


「クダン、貴方ね? 乙女の華奢な体に、なんて酷い仕打ちをするのでしょうか。無粋な殿方……」


「っ……!」


 ぐるりと首を回し、背後から斬りつけてきた男を見つめる。

 私が周囲に張った魔力の障壁をものともせず、見事右腕を切った黒髪の剣士。多量の魔力を放出した後だったとはいえ、私に一太刀入れるとは、さすがは王国随一の剣の使い手、と言ったところかしら。……たしか、そうだった、はず。

 誉めてあげようかとも思ったが、向こうは楽しくお喋りする気など毛頭無いのか、彼は閉口したまま、殺気を孕んだ視線を私に向けている。つまらない方。いや、彼は平時から寡黙な男、だった、ような……。

 頭に、靄がかかっているような感じがする。気持ち、悪い。

 気持ち悪さを振り払うべく、残った左の掌から、クダン目掛けて漆黒の魔力弾を放つ。……私の魔力は、こんな色だったかしら。覚えていないけれど……こんな色、よね?

 軽やかな身のこなしでそれを避けた彼は、再び私に斬撃を放とうとし──だがしかし、何かを認め、私との距離を広げた。

 彼の視線は、私の、さらに後方。


「ユリアンヌッ!」


 地に触れ炸裂した魔力弾の爆発音などものともせず、よく通る声。……私の名を呼ぶ、あの、愛しい声は。


「ラルエース様ッ……!」


 嬉しい。嬉しい嬉しい嬉しい嬉しいッ!

 彼が、私の名を口にしてくださった!

 彼の声が、私の心に染み入る。先程の気持ち悪さなど、あっという間に吹き飛んでしまった。さすが私のラルエース様!

 鬱陶しい剣士など捨て置き、麗しい声のした方向を見る。


「ラルエース様ぁ……!」


 あの長身に、すらりと伸びた四肢の、なんと美しいことだろうか。華麗にして美麗。幾度目にしても見惚れてしまう。

 学園指定の深紅の制服を着こなしておられるその様は、筆舌に尽くしがたい。未だかつて、ここまでこの制服を着こなした者がいただろうか。いや、きっといない。

 収穫期を迎えた小麦畑のごとき美麗さを持った、目映き黄金の頭髪。翡翠を想起させる、高貴な瞳。それらを備えた、凛々しきお顔……。まるで神の寵愛を余すことなく受けたかのように、非の打ち所がない。

 生まれつき御身に宿していらっしゃる、王者の風格とでも呼ぶべきものが、その佇まいから、五体から、御尊顔から、全てから放たれている。この方が王位を継げば、我が国の未来は輝かしいものになる……万人にそう思わせる、力強さがある。

 嗚呼、嗚呼、嗚呼ッ、我が婚約者の、なんと素晴らしいことか!


「ユリアンヌ……。何故、このような事を!」


 怒りに染まった表情も、怒気に震えるお声も、私を射抜く鋭い眼光も、素敵……。


「こんな事? 何の事をおっしゃっていらっしゃるのですか?」


 昂る気持ちを抑えながら、小首を傾げてみる。


「とぼけるな! サレナや皆のいる闘技場を吹き飛ばした事だ!」


「サレナ? ……ああ、あの羽虫ですか」


 高揚していた気分が、一気に急降下する。

 ひどく不快だ。愛しきラルエース様の口から、その名前が出るだけで不愉快極まる。


「少々疲れはしましたが、ご覧くださいませ! ラルエース様を誑かした売女は、この通り、跡形も無く!」


 瓦礫の山と化し、あちらこちらから火の手が上がっている闘技場跡を指差す。

 巨大な闘技場を、観客席含めて全て破壊するのは、少しばかり骨が折れた。かなりの魔力を消費した上、ほんの少しの隙を突かれ、忌々しい黒髪の剣士に右腕の切断を許した……が、あの女狐を葬れたのだ。片腕など、安い。


「サレナを侮辱するんじゃないッ! サレナは、お前の再三の嫌がらせにもめげずに笑顔を絶やさなかった……気丈な、心の清い娘だ!」


 やめて!

 あの女を良く言わないで……他ならぬ貴方が!

 ずきずきと、心が痛みを訴える。身体的な痛覚は毛ほども感じないのに。


「あの女の名を口にするのはお止めくださいませ! 貴方様は、あの女に騙されていたのですよ! ですから、私が手ずから消し飛ばして差し上げたのです!」


「っ……! 他の者も、大勢いたのだぞ……!」


 お優しい、ラルエース様。あのような者達を気にかけておいででしたか。私など、もう顔も名前も覚えていないというのに。……大切な友達など、誰も、いなかった、はず……。


「とるに足らぬ者が、たかだか数百消えただけでございます。貴方様にとっては些事ですわ。どうか、お気になさらず」


「貴様ッ!」


 ラルエース様の心労を軽減して差し上げようと、努めて柔らかい声音でお伝えしたのだけれど、何故か剣士が吠えた。煩わしい。私とラルエース様の間に入ってくるんじゃない。

 三発ばかり魔力弾を撃ち込むが、ちょろちょろと動き回られ避けられた。腹立たしい。


「やめろ、ユリアンヌッ! クダンも!」


 再び私に斬りかかろうと構えた剣士を、ラルエース様が制した。

 剣士は歯噛みし、憎しみに顔を歪ませている。


「ですが王子……! 事ここに至っては、最早斬り捨てるしか!」


「待ってくれ! ……ユリアンヌ。君は、こんな酷いことが出来る女性ではなかったはずだ! 昔の、優しいユリアンヌに戻ってくれ!」


「?」


 はて、とラルエース様との馴れ初めを思い返そうとする。が、


「昔……優しい……?」


 ぼんやりとしか思い出せない。何故だろうか。

 再度靄のかかった頭を、二度三度と振る。

 大丈夫だ。ラルエース様をお慕いしているという、この気持ちだけあれば、何の問題もない。


「ラルエース様、私は何も変わっていませんわ。今も昔も、私は、ただただ貴方様を──」


「ラルエース様っ!」


 愛しております。

 そう伝えようとした私の言葉は、何者かによって遮られた。


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[一言] >ユリアンヌ……。何故、このような事を! 婚約者が居るのに他の女に手を出したお前のせいだろう なぜ平気な顔して責任転嫁するのか
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