第九十六話 Sランク探索者への依頼
○7月3日水曜日午前10時 クローバー執務室○
「ねぇ、光。小田さんを秋葉原ダンジョン最下層へ連れて行ってくれる探索者の方は誰か見つかった?
攻略認定を受けた探索者からしたら簡単なお仕事のはずだし、もしかして1000万円くらいじゃ足りなかったかしら?」
「いえそれなんですが、何処も只ダンジョンコアの部屋に少女一人を連れて行くという依頼内容を訝しまれまして。
こちらとしても詳しくお話出来ない以上、ちょっといいお返事を頂ける探索者さんが・・・」
ああ、そういう事。
往還石を持つレベルの探索者へのあまりにも簡単な依頼とそれに対する1000万円という破格な報酬。
Aランクという日本のトップクラスにまで上り詰めるような用心深い探索者達からすれば、その意図を理解せずにはいられないわよね。
といってもこちらからジョブに関する情報の開示は最小限に止めたいところなのだけど。
「それで一応Sランクの探索者さんにも連絡を取ってみたんですが、一人だけ興味を示して頂けた人が居ました。」
「えっ、Sランク?それホント?」
「はい、でもお金は要らないからその成功報酬として今回の依頼の目的と隠している情報の開示を条件として出されちゃいましたけど。」
ふ~ん、そんな条件を出してくるって事は、もしかするとそのSランクの探索者も既にジョブに関する情報を幾らか持っている可能性が高いわね。
でもそれならこの際そのSランク探索者と情報共有してみるのも有りかもしれない。
Sランク探索者との繋がりが持てるメリットもまた計り知れない程の価値があるもの。
でも中々悩ましいわねぇ・・・Sランクである事と信用出来る相手かどうかは別問題だし。
う~ん、先ずは会ってみるしかなさそうね。
「分かったわ、光。
そのSランク探索者の名前と連絡先を教えて頂戴。
あとの交渉は私がするから。」
「はい、先生。お相手は中山銀二という方で、連絡先はこちらになります。」
あら、ビックリ。
「良くあんな日本の重鎮と連絡が取れたわね、光。」
「えっ、そうなんですか?普通に携帯に電話しただけでしたけど、タイミングが良かったんですかね。」
ホ~ントこの娘ったら偶に私を驚かしてくれるのよねぇ。
一体どうやって調べたのかしら?この連絡先。
相変わらず知識が極端に偏ってるし。
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○午後0時20分 昼休憩 教室内○
「なぁ、賢斗っちぃ、あれは無いっしょ~?
何だよっ、白山ダンジョン完全攻略って。」
「そうだぞ多田。
折角我々が苦労して5階層のボスを倒したというのに、貴様はやってはいけない事をした。
その自覚はあるんだろうな?」
「ああ、御免御免。悪かったって。
にしてもいい加減その話題はもういいだろぉ?
俺の顔見りゃ直ぐその話を持ち出しやがって。
こっちも好きで攻略した訳じゃないっつの。」
「じゃあ賢斗っち。ご褒美くれっしょー。」
「うむ、我々にはその権利があるな。」
「何が欲しい?」
まっ、聞くだけ聞いてやる。
「あの空飛ぶスキルの取得方法を教えてくれっしょー。」
ほう、そんなモノで良いのか。
「あれはダンジョンで寝てると取れるぞ。
運よく空飛ぶ夢が見れたら成功だ。」
「うぉ~、サンキュー賢斗っちぃ。」
「ふふっ、今までの罵詈雑言を詫びよう多田。恩に着る。」
「ちょっとあんた達、そんなの根も葉もないウソに決まってるでしょ。もう。
多田君もこの2人を唆さないで。」
いえ半分くらいホントの部分をちゃんと混ぜときましたよ、委員長。
「あと多田君。土曜日は合同探索だから忘れない事。分かった?」
あ~、そういやそうだったな。
「また緑山ダンジョンでやるの?」
なんちゃって勇者を扱うダンジョンって聞いてから、イメージガタ落ちなんだよなぁ、あそこのダンジョン。
「そうよ。何かご不満でも?」
いえいえ、とんでも御座いません。
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○午後3時 クローバー執務室○
「わざわざ遠い所を良くお出で下さいました。」
「いやぁ、俺の場合、距離が遠いとか言う感覚はとうの昔に失くしてますよ。」
この部屋の主と中年紳士が挨拶を交わす。
その後若い女性がお茶と茶菓子をテーブルに置くとソファに腰を掛けた2人の交渉が始まった。
「それで今回の依頼なんですが、貴方程のSランク探索者が受けて下さるというのは本当ですか?」
「いやまあその前に一つこっちの質問に答えて貰って良いですかね、中川さん。
突拍子もない話なんですが、あなた神様ってホントに居ると思いますか?」
えっ、この質問って・・・ああ、そういう事ね。
やはりこの人はジョブ、そして神との交信に関する何らかの情報を既に持っている。
「はい、神様は私達にとても良い贈り物を授けて下さいますし。」
「ほう、例えばどんな?」
「それはスキルであったり、ダンジョンアイテム。ダンジョンは神様が御造りになったんじゃないかと私は思っていますわ。」
「へぇ、とても良い答えですね。
あんたは美人なだけでなく、頭の方も切れる様だ。」
「どう致しまして。」
「ではまどろっこ過ぎるのも面倒なんで、ここでもう一つ質問をさせてもらおうかな。
あなたはジョブというものを御存知ですか?」
ふふっ、今度は直球で来たわね。
まあこちらとしてもそれは望むことろ。
「ええ、ごく最近の話になりますがかなり詳しく耳にしましたわ。」
「ふっ、オーケー。
じゃあもしそちらが持ってるそのジョブというモノの情報。
それがこのSランク探索者の俺に対する妥当な依頼報酬だと貴方が思えるなら、今回の依頼を受けるとしましょう。
どうです?その情報に自信はありますか?中川さん。」
そう来たか・・・情報開示を渋ったら、今後の関係は無くなっちゃいそうね。
でもまあお望みの答えはこんな所かしら?
「それは価値観の相違も御座いますのでどうでしょうか。
でも我々は貴方がそのジョブというモノを得る道くらいは示す事が出来ると思いますわよ。」
「よし、なら正式にこの依頼を受けるとしましょう。
俺の欲しいのは正にその情報なんでね。」
ふぅ。
「有難う御座います。」
「でも依頼の内容は本当に高一のお嬢ちゃんを一人、秋葉原ダンジョンのコア部屋に連れて行くだけで良いのかい?」
「ええまあ。それと出来たら男の子も一人、こっちは富士ダンジョンのコアのある部屋に連れて行って欲しいのですけど。」
「ほほう、今度は日本の探索者の聖地か。
その坊主をあそこへ連れて行く事もジョブと何か関係があるのかな?
いやこれじゃあ仕事前に報酬を要求している様なものか。
オーケー、そっちも纏めて引き受けましょう。
でも依頼達成の折には、その辺の事情も含めて誠心誠意詳しく聞かせてくれるのが条件になりますが?」
「うふっ、わかりましたわ、中山さん。
でもこちらが開示する情報は貴方の個人利用に限らせて頂きますけどそれで良いかしら?」
「ああ、それで結構。
金儲けにはもう興味はないんでね。」
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○午後4時 クローバー執務室○
トントンガチャリ
「えっと中川さんが俺達を呼んでるって聞いて来たんですけど?」
「京子ちゃん、用事ってなにぃ~?」
「うふっ、ようやく2人とも来たわね。
じゃあ中山さん、この2人なんですけど宜しくお願いします。」
えっ、この人って・・・まさか本物か?
「じゃあまずは一応自己紹介でもしとくか。
俺が今回君達2人をダンジョンコアの部屋まで連れて行くという依頼を受けたSランク探索者の中山銀二という者だ。
まあ俺からしたら行って帰って来るだけの簡単な依頼だし、魔物と戦う事もないだろうから安心してついて来てくれ。」
チラッ
コクリ
マジか・・・日本探索者界の宝、本物の中山銀二さんが今ここにっ?!
「たっ、たっ、たっ、多田賢斗です。
よっ、よっ、宜しくお願いするでごじゃりました。」
「私は小田桜だよぉ~。
よろしくねぇ~、おじちゃん。」
バッ、桜ぁっ!日本の宝に叔父ちゃん呼ばわりはねぇだろっ!
「ああ、宜しくな、桜お嬢ちゃん。
でも俺を呼ぶときは銀二叔父ちゃんって言ってくれよ。
その方が仲良しさんな感じがするだろぉ?」
「うん、分かったぁ~。」
ったく桜の奴め・・・ヒヤヒヤさせるんじゃないっつの。
「あとそっちの平安京の少年も宜しくな。」
いや~、穏やかそうな人で良かった。
「はっ、はいっ。」
「じゃあ早速秋葉原ダンジョンから行ってみるか。
2人は取り敢えずこの如意棒に掴まってくれ。」
と中年紳士は何処からか棒の様なものを取り出すと、少年少女の前にその先を差し出す。
怪訝そうにしつつも2人がその棒に手を掛けると・・・
「よっ。」
中年紳士がその棒を上に傾げると2人は宙吊り状態。
もう一方の手で転移石を取り出した。
「それじゃあ中川さん、1時間もあれば戻って来ると思いますから。」
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○秋葉原ダンジョン○
移動したのはとあるビルの屋上。
通り沿いを見れば大きな看板が設置されたビルが立ち並んでいる。
ほえ~、ここの景色なんかの写真で見た事あるな。
電気街とか言うとこだっけ。
「ほらお前等、今回は観光じゃないんだから景色を楽しむのはまた今度にしてくれ。
それじゃあ早速行くぞ。」
歩き出した男性に慌ててついて行く2人。
「このビルの1階が秋葉原ダンジョン協会支部になっている。
侵入申請を済ませてからダンジョンに入り、そこから一気にダンジョンコアの部屋へこいつでもうひとっ飛びって感じだ。
全然危険なんてないだろう?」
1階フロアまで下り、探索者協会のテナントスペースに入ると大勢の探索者と思しき人々。
戦隊ヒーローの5人組やメイド姿の3人、アニメのコスプレをした若者の姿もチラホラ。
う~ん、あの人達も探索者なのだろうか?
ほどなく申請を済ませた3人はそのビルの地下へと繋がる階段を下りて行く。
そして階段の踊り場に着いたところで男性の足は止まる。
「丁度この踊り場がダンジョンの入り口だ。
転移するからまたこの棒に掴まってくれ。」
えっ、そうなの?
階段の壁には『ここから先秋葉原ダンジョン』の表示プレートが設置されていた。
ふ~ん、洞窟型なんて言っていたが、この秋葉原ダンジョンは建物の内部的構造のダンジョンって事か。
そしてそれを利用して上のビルが作られていたとは・・・なんと分かり辛い。
最下層まで転移すると白壁に覆われた部屋。
その中央には光沢のある大理石で作られた感じの台座と黒い球体。
おおっ、何かいつも見るやつより大分デカいな。
「ほら、桜のお嬢ちゃん、目的地に着いたよ。
ここで君は一体何をするんだい?」
「えっとねぇ~、ダンジョンコアに触れてジョブを貰うのぉ~。
魔法少女になれるんだよぉ~。」
「ほう、そいつは楽しみだな。」
う~ん、こんな話を中山さんとしてしまっても良いのだろうか?
いやでもうちのボスなら桜がこんな事言うのも想定済みか。
少女がダンジョンコアに触れている光景をしばし眺める2人。
しかし特にその少女に何かが起こった様子は無い。
まあ神様と交信してる緑山さんも見た目上は何も変わらんかったし・・・
「終わったぁ~。」
「上手く行ったのか?桜。」
「うん。魔法少女の他にも念話士と猫愛好家も貰えたよぉ~。」
それって・・・ああ、ここでも低ランクのジョブは取り扱っているって事か。
何もここのダンジョンが魔法少女だけを取り扱うダンジョンとは言っていなかったしな。
となると俺もここのダンジョンコアに触れとけば、少なくとも魔法少女以外の2つのジョブに関しては取得出来るという事に。
とはいえここは中山さんも居る事だし余計な行動は慎んでおくべきか?
いやでもここはBランクダンジョン。
長距離転移が使えるからと言って、また直ぐここに来れるかと言われれば・・・恐らく当分先になってしまうだろうな。
「そんじゃあここは一つ、俺も試してみようか。
それとも賢斗、お前から行くか?」
うぉ~、Sランク探索者の中山さんに名前呼ばれちゃったよぉ。
ってそれどころじゃないな。
この人当然の様に自分もここのダンジョンコアに触れようとしている。
となれば俺もこのチャンスを逃す手は無い。
「あっ、はい。お先に失礼します。」
「ふっ、そうだよなぁ。これに興味を示さない探索者なんて居る訳ない。」
少年は台座に歩み寄ると黒い球体に手を振れた。
『ピロリン、只今よりジョブ選択の自由を起動します。宜しいですか?』
少年の脳裏に響く声。
ジョブ選択の自由って・・・でもまあここは。
はいっ、起動します。
少年が肯定の意思を念ずるとその瞬間脳裏に画像イメージが広がる。
********************
≪選択可能ジョブ表示≫
【ランク HN】
『異端マッサージ師』 ☜
【ランク N】
『念話士』
『猫愛好家』
希望のジョブを選択してください。
********************
なるほど、こんな感じになってるのか。
下手に自動取得式じゃなくて良かった、うん。
にしても最初に取得するジョブが異端マッサージ師とは何とも気が進まない話だな。
まっ、そうも言ってられないけど。
『ピロリン。ジョブ『異端マッサージ師』を獲得しました。』
『ピロリン。ジョブ『念話士』を獲得しました。』
『ピロリン。ジョブ『猫愛好家』を獲得しました。』
よし、上手くいったみたいだな。
少年が場所を開けると中年紳士がダンジョンコアの前に立った。
「ふっ、これでようやく俺もジョブというモノにありつけるのか。
アイテムマスターなんてのに負けない奴を頼むぜっ、神様。」
勢い勇んで歩み出た男性の口から悲痛な呟きが漏れる。
「なっ、マジカルコスプレイヤーだと・・・」
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○富士ダンジョン21階層 ダンジョンコアの部屋○
秋葉原ダンジョンを早々に立ち去った3人。
その僅か10分後には富士ダンジョンの最深層、ダンジョンコアの部屋へとやって来ていた。
「ほら、賢斗。
ここはお前がトップバッターだ。
しっかり決めて来い。」
「はっ、はいっ!中山さん。」
ふふっ、来てしまった・・・本物の勇者になる時がっ!ニマァ。
う~ん、しかしこんな事で良いのだろうか?
ここまでおんぶに抱っこでこんな勇者なんつー大層なジョブを取得して。
我ながら他力本願にも程があるし、他人がこんな事をしていたらそれだけで嫌いになりそうだ。
がまあしかしそんなの今更か。
ここまで来ておいて何もせず帰るなどという選択肢は最早有り得ない。
それに行く行くはこうしてジョブ取得の為にプロ探索者に依頼するなんて事は当たり前の事になって行くだろうしな。
よしっ、心の整理はついた。
そして最早俺の心に一遍の迷いもない、うんうん。
それでは行ってみましょう、いざ勇者への道ぃっ♪
愉悦の表情を浮かべた少年はゆっくりとダンジョンコアへと歩を進める。
「なあ桜の嬢ちゃん。あいつのあの顔は平常運転か?」
「うん、あれは賢斗がエッチな事考えてる時の顔だよぉ~、銀二叔父ちゃん。」
しばらくするとダンジョンコアに手を触れていた少年は両手を振り上げ高笑い。
「フハハハハハッ、俺は遂に本物の勇者の力を手に入れたぞぉ!」
いやぁ~他力本願最高っ♪
父さん、母さん、見てますかぁ?
その光景を少し離れて見守る2人。
「おい、嬢ちゃん、あいつホントに大丈夫か?
どう見ても勇者っつーよりトチ狂った奴にしか見えんが。」
「う~ん、どっかなぁ~。あれはちょっとヤッバイかもねぇ~。」
次回、第九十七話 勇者と魔法少女。