第九十三話 お祭りの夜と新時代の幕開け
○6月30日日曜日午後8時 緑山神社○
お祭りの日の夜。
集合時間である午後8時、俺は一人ここ緑山神社の駐車場に立っている。
一方うちの女性陣、今日に限ってはここまで水島さんの車で送って貰うそうである。
転移を使えば簡単な話だというのに、全く何を考えているのやら・・・
ブロロロロ・・・キィ
おっ、あの車だな。
車から降りた浴衣姿の3人の少女。
「おっまったせぇ~。」
白地に大きな赤い花柄の生地に赤い帯締め。
髪型は後ろに束ねた髪が綺麗に編み込んであり、少女の唇は淡いピンク色をしていた。
ゴクリ・・・おいおい、化粧までしてきたのか?こいつ。
しばし言葉を失う少年。
「浴衣似合ってるかなぁ~?」
「おっ、おう。あんまり可愛いからビックリしたぞ、桜。」
「そっかなぁ~♪えへへ~。」
にしても今日の先生はヤバいレベルの可愛さだな。
何もしなくても可愛い娘がおめかしすると、ここまで反則級の可愛さになっちまうのか。
「お待たせしました、賢斗さん。どうですか?私の浴衣姿は。」
白地に淡い色合いの花柄の生地とレモン色の帯締め。
こちらの少女の金髪もまた後に纏められ綺麗に編み込まれていた。
そして彼女の唇には少しオレンジがかった朱色の紅が塗られている。
ゴクリ・・・円ちゃんは只でさえ目立つってのに、こんな娘連れて歩いてたら、男は全員振り向くぞ。
「うっ、うん、円ちゃんの浴衣も良く似合ってる。
なんかホント天使様みたいだよ。」
「むふぅ♪そうですか。賢斗さんにしては中々の褒め言葉ですねぇ。
有難う御座います。」
「私はどうかしら?賢斗君。」
紺色に花火柄の生地に薄紫の帯締め。
口元の赤味の強い朱色の紅が少し大人びた雰囲気を感じさせる。
ドキッ
これはっちょっと大人っぽ過ぎやしませんか?先輩。
話し掛けられただけで、心拍数が上がっちまうだろっ!
とはいえ一つ言わせて貰えば、押え付けられたアルプス達が俺には不憫でなりません。
「先輩も良くお似合いですよ。
あんまり綺麗なんで、ちょっと真面に顔が見れないくらいです。」
「うふっ♡良いわよ、賢斗君。
今日は特別に私の顔に見蕩れちゃっても許してあげる。」
口の方はいつも通りだな。
にしても・・・マジでこの3人連れて祭りに繰り出すのか?
う~む、やはりここは潜伏&忍び足を使っておいた方が良さそうだな。うん。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○お祭り通り○
駐車場から出た神社の本殿へと向かう通路には多くの出店が立ち並ぶ。
少女達は水ヨーヨーすくいに興じた後、リンゴ飴をお買い上げ。
2人の少女が綿あめを頬張る中、もう一人の少女はフラッペを食べ、他愛も無い会話に笑みが絶えない。
楽しげで華やいだこの美少女達の光景、行き交う男性達は皆視線を奪われていた。
小一時間程掛け、ようやく本殿まで辿り着くと、彼女達は脇道に逸れたところでしばし休憩。
それを見計らったかの様に現れた3人の男性達。
彼らは彼女達の傍に一人の少年が潜伏している事等まるで気付いていない。
「ねぇねぇ君達、3人とも滅茶苦茶可愛いんだけど、お祭り巡りはもうおしまい?
なんかさっき出店でくじをやったら花火セットが当っちゃってさぁ。
野郎ばっかで花火ってのも何だし、もしよかったらこの後一緒に花火に付き合ってよ?」
一人の男性が花火セットを掲げながら優しい笑顔で話し掛ける。
すると少女達は傍で見守る少年の意に反した返答を始める。
「え~、ホントに花火持ってんのぉ~?」
おい、先生。何釣られちゃってんのっ。
「それは楽しそうですねぇ。」
ちょっと、お嬢様?
「良いわねぇ、花火。ここのお祭りは打ち上げ花火無いみたいだし。」
「うほっ、マジで俺達と花火に付き合ってくれるんすかぁ?」
「やぁりぃ~、お祭り最高ぉ~。」
「こんな可愛い子をゲットできるなんて、明日死ぬんじゃねぇかっ?」
盛り上がる3人の青年達。
(桜、花火は後で俺が幾らでも買ってやるから我慢しとけ。)
(あ~、やっぱり賢斗が見てたぁ~。)
(こんな見ず知らずの男達について行っちゃダメだろぉ?
この後ダンジョンにも入る予定なんだし。)
(だって賢斗がずっと潜伏で隠れちゃってるから全然楽しくなかったも~ん。)
いやメチャクチャ楽しそうでしたよ、先生。
(ああ、分かった分かった。この後は潜伏使わないからこんな奴等に着いて行くなよ?)
(わかったよぉ~。)
ふぅ。
(円ちゃん。花火は後で皆でやろう。
こんな見ず知らずの人間と花火するより楽しいだろぉ?)
(やっと出てきましたね、賢斗さん。
折角おめかしして来て上げたというのに、ほったらかしとはどういうおつもりですか?
これはもう賢斗さんのお背中で線香花火をさせてくれるまでは許しません。)
何気に面倒なオーダーを放り込んでくるな、このお嬢様。
(了解了解、幾らでも付き合うから、こんな奴らの誘いにホイホイついてっちゃダメ。)
(畏まりました。でも賢斗さんも約束を忘れては駄目ですよ。)
ふっ、お次は先輩。
にしてもこの人年上なんだから、こういう時ちゃんとして貰わなきゃ困る。
(先輩はどういうつもりですか?
先輩ならこいつ等が只良心的に花火に誘ってる輩じゃない事くらい分かるでしょ。
こういう時は先輩がちゃんと2人に教えてあげて下さいよ。)
(え~、だってこういう人達は一緒に居る男の子が追い払ってくれるものでしょ?
職務放棄は君の方だぞ、賢斗君。)
ちっ・・・まあその言い分も分かる。
(じゃあ俺が追い払っちゃって良いんですね?)
ったく、STRパラメータが残念な2人は別として、レベル14になった先輩なら幾らでもこんな一般人男性の対処は可能でしょうに。
精神洗浄っ!
「世の中こんな風に誘ってくる悪い男が沢山いるから、君達も気を付けて帰ったほうが良いよ、可愛いお嬢さん達。」
ふぅ、やっぱ凄ぇな、精神洗浄。
(ちょっと賢斗君、今何したの?
良く分かんないけど手抜きしてないでちゃんとかおるは俺の女だぁって取っ組み合いのケンカをしなさいよっ。)
それが狙いだったか・・・このアマ。
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○午後9時 本殿脇○
「ほら、お前等。この後はこれでも被っとけ。
ちっとは悪い虫が寄り付かなくなるから。」
少年は買って来たお面を少女達に差し出す。
「あっ、私これが良い~。」
真っ先に手を出した少女はひょっとこのお面を被った。
「では私はこれにしましょう。」
もう一人の少女はシンデレラのお面。
「ねぇ、ちょっと賢斗君。こんなの被っちゃったら、私のために戦う賢斗君イベントがもう発生しなくなっちゃうかもよ?」
だから発生させたくないんだよっ。
「いいから文句言わずに被っといて下さい、先輩。
その狐の面は他より高かったんですから。」
とそこに。
ピィ~ヒャララ~、ドンドン
お祭りの賑わいの中、本殿の方から笛と太鼓の音が鳴り始めた。
ん、何か始まんのか?
開かれた本殿内の中央には3人の巫女の姿。
真ん中の巫女の手には剣、その少し後ろに控えた2人の巫女の両手には神楽鈴。
シャンシャンシャン
3人の巫女はゆったりとした動きで舞を踊り始める。
「あっ、あれ茜ちゃんだぁ~。」
おっ、良く見りゃそうだな。
少年の見つめる先には額に金色の冠を付けた少女が厳かな動きで剣を手に舞を踊っていた。
「何かああいうのは憧れてしまいます。」
神楽舞なんて初めて見たな。
「あの娘も大変ねぇ。
高校に行って、家の手伝い。
祭りともなればこんな事までさせられて。
その上よくうちとの契約までしたもんだわ。」
確かに・・・この間も直ぐ帰っちまったしな。
不意にその舞を踊っていた巫女と少年の目が合う。
緊張した面持ちだった巫女の目は大きく開かれ、その後は満面の笑みで優雅な舞を披露していた。
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○午後11時30分○
神楽舞が終わるとお祭りの人だかりも随分と少なくなっていった。
そんな中お祭りを楽しみ続けた少年少女達に巫女少女との待ち合わせ時間が迫ってきていた。
頃合いを見計らい甘味茶屋へと向かった4人。
店が見えるともう既に巫女姿の少女が店先に立っていた。
「お待ちしてました、皆さん。今日は宜しくお願いします。」
「さっき踊ってたのって茜ちゃんでしょ~?」
「はい、見て頂けましたか?ちょっと照れちゃいます。」
ひとしきり挨拶を済ませると社務所内にある探索者協会で申請を済ませダンジョンに入った。
○緑山ダンジョン最下層、巨木の洞の中○
ダンジョン入口付近からダンジョンコアのある最下層の巨木の洞の中へと直接転移。
目の前には黒い球体を讃えた台座、以前と変わらぬこじんまりとした部屋の風景が広がった。
なぁ~んも変わってないけど、ホントに何か起こるのかね?
「どうやらお時間が来たようです。
それでは神様と交信してみましょう。」
巫女姿の少女はダンジョンコアへとゆっくりと歩み出ると、伸ばした右手でそっと黒色の球体に触れ瞼を閉じた。
固唾を飲んで見守る4人。
時刻は既に日付が変わり10分程経過していた。
やっぱ何もなしか・・・
まっ、神のお告げなんてもの、信じちゃいなかったけど。
球体に触れていた少女の瞼がゆっくりと開く。
「みなさんお待たせしました。
キュンキュンパワーが尽きちゃいましたが、何とか神様との通信が無事終わりましたよ。」
えっ、今通信なんてしてたの?
「神様は新時代の幕開けを告げられました。
今日はジョブ革命始まりの日。
現時刻を持ってこの星には新たな力、ジョブというものが導入されたそうです。」
なんかまた突拍子もない事言い出したな、この巫女さん。
「ジョブとは今迄のスキルシステムの発展形。
スキルの先にある力だとも仰っていましたよ。」
「う~ん、それじゃよく分からないわ。
もうちょっと具体的に説明して貰える?緑山さん。」
うんうん。
「はい、ジョブとはそのジョブに関連したスキルの力を強化するものだそうです。
例えば獲得したジョブに関連したスキルならば、そのスキルレベルの上限がジョブレベルに応じて解除されるといった恩恵。
またジョブを獲得する事で特別なスキルを取得する場合もあるそうです。
とはいえ今後ジョブの種類は増えて行き、その効果も多様化していくだろうとも仰ってましたよ。」
う~む、理解はできるがまるで雲を掴むような話だな。
果たしてこの話、信じられるのか?
「失礼ながら茜さん。
私にはあなたの言う話が信じられませんよ。」
「それでしたら、私のステータスをご確認下さい。
私は先ほど既にジョブという物を頂きましたから。」
えっ、ホント?
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名前:緑山茜 16歳(156cm 48kg B82 W56 H87)
種族:人間
レベル:8(4%)
HP 22/22
SM 17/17
MP 11/11
STR : 13
VIT : 12
INT : 10
MND : 16
AGI : 16
DEX : 13
LUK : 16
CHA : 21
【ジョブ】
『天神キュンキュン巫女LV1(0%)』
【スキル】
『護符LV2(29%)』
~~~~~~~~~~~~~~
ふむ、確かにジョブ項目が増えてる。
そしてスキル欄から神界キュンキュン通信が消え、天神キュンキュン巫女などというジョブが誕生。
う~ん・・・だから何?
「勇者さまでしたら、私のジョブの詳細もご覧になれませんか?」
ふむ、では早速。
~~~~~~~~~~~~~~
『天神キュンキュン巫女LV1(0%)』
ランク :SSR
種類 :パッシブ
ジョブ効果 :キュンキュンパワーが上昇すると、霊感、霊媒資質が上昇する。
【関連スキル】
『神界キュンキュン通信LV1(79%)』
種類 :パッシブ
効果 :キュンキュンパワーが貯まると、神様と交信可能状態になる。
【スペシャルスキル】
『神界パーフェクトジョブ診断』
種類 :アクティブ
効果 :キュンキュンパワーが貯まると、獲得可能なジョブを確認出来る。
『神界星域ジョブ通信』
種類 :アクティブ
効果 :キュンキュンパワーが貯まると、この星の全てのダンジョンコアの取扱ジョブの確認が可能。
~~~~~~~~~~~~~~
おや、ランクSSRってかなり偉いジョブなんじゃないか?これ。
がしかしこの詳細を見ても今一良く飲み込めん。
この内容を見た上で俺に残るこの不明瞭感を解決するには・・・
「ねぇ、緑山さん。
このジョブってどうやって獲得するの?」
この質問の答えが必要不可欠。
「それはダンジョンコアに触れることで獲得できます。
しかしジョブを獲得するには先ず関連スキルを取得している必要があります。
そしてスキル一つではジョブ獲得に至らないケースやまた対応ジョブが無い場合も有ります。
私の持つスペシャルスキル、神界パーフェクトジョブ診断というのは、皆さんが所持しているスキルから今現在獲得可能なジョブを診断する力だと仰っていました。」
なるほど、大分見えて来た。
「またそれぞれのダンジョンには、取扱ジョブというものがあるそうです。
お目当てのジョブを手に入れるには、それを取り扱っているダンジョンのコアに触れる必要があります。
そして私の持つスペシャルスキル、神界星域ジョブ通信はこの星全てのダンジョンの取扱いジョブ情報を検索する力だそうです。」
そうか・・・つまりこの緑山さんのジョブの力は、ジョブを取得しようとする者を導くことが出来る力って事か。
「勿論取り扱っているジョブについてはランクの低いジョブですと、ある程度取り扱っているダンジョンも多いそうですが、高ランクになるとそうもいかないそうです。
とはいえこの度のジョブ革命は現在進行形であり、発展途上段階。
今現在対応ジョブが無い場合でもこれから先もずっとそのままという訳でもないとも仰っていましたよ。」
ふむ、取り敢えず話は分かった。
しかしやはり自分でそのジョブというものを実際に獲得してみるまでは何とも言えないな。
「じゃあ取りあえず緑山さん。
その神界パーフェクトジョブ診断ってのを俺にやってみてよ。」
「分かりました、勇者さまぁ。
ですが私のキュンキュンパワーは今現在エンプティ。
少しご協力くださいませ。」
巫女少女は少年の手を取ると頬にスリスリ・・・
何やってんの?
「はぁ~幸せぇ~♪キュンキュンパワーの高まりを感じますぅ。もうちょっと、もうちょっと。」
チラッ
浴衣姿の少女三人が白い目で少年を見ていた。
「何だよっ?!」
次回、第九十四話 神界パーフェクトジョブ診断。