第九十二話 剣術修行
○6月26日水曜日午後1時 クローバー拠点部屋○
期末試験3日目の放課後。
暇な俺は今日もまたクローバーへと立ち寄る。
拠点部屋のソファに腰を下ろし、テーブルには探索者マガジン。
クーラーの効いたお部屋で優雅なコーヒータイムを満喫中といったところである。
パラパラ
ほう、これは面白そう。
『新企画、全国ダンジョン紹介
刀剣系スキルの聖地~躑躅ヶ崎ダンジョン~』
え~っと、武田信玄所縁の躑躅ヶ崎の館跡に出来たダンジョン。
ダンジョン内には剣術に優れたスケルトンが数多く徘徊し、剣術の高みを目指す探索者達の聖地となっているか。
なるほどねぇ・・・相手に恵まれれば、刀剣系スキルの練習にはなりそうだよな。
こういうダンジョンで片手剣スキルのレベリングでもしてりゃ、俺も服部や伊集院の様な動きが身に付くかな?
う~ん、よしっ。
今週は単独行動できる期間だし、ちょっと覗きに行ってみるか。
○店舗スペース○
少年が店舗スペースへとやって来ると・・・
水島さんは何処行ったかなぁ・・・あっ。
「たっださぁ~ん。会いたかったよぉ~。」
商談スペースから、聞き覚えのある女性の声がした。
また、後にするか・・・
「ちょっと多田さぁ~ん。
何処行っちゃうんですかぁ~。
こっちこっち。あなたの蛯名っちが来てますよぉ~。」
ちっ、相変わらず察知能力だけは高ぇなあいつ。
「ああ、蛯名っち。
魔石の買取に来てくれてたのか?
どうもありがとな。」
「いやぁ、多田さんから優しい言葉を頂く日が来るとは、今日は何だか気持ち悪いですねぇ。
でもお礼を言うのは私の方だったりぃ!
なんとうちの白山ダンジョンを早速攻略してくれたそうじゃないですかぁ。
期待に応えてくれて蛯名っち超感激です。」
いや別にお前の為にやった訳じゃないけどな。
「丁度白山ダンジョンでイベントやってたしな。」
「イベントと言えば多田さん。
ナイスキャッチにはマジコンオールスターグランプリが次に待っていますよぉ。
蛯名っち超楽しみですぅ。」
「いや蛯名っち、お前が楽しみにするのは勝手だが、あれって人気投票で出場者が決まる大会だろぉ?
恐らく俺達が出場するのは無理なんじゃないか?」
「ふっふっふ、ナイスキャッチファンの力を甘く見ない方が良いですよぉ、多田さん。
今日現在53位のナイスキャッチですが、私には最終的にナイスキャッチが人気投票で48位に選ばれていると確信しています。
是非大船に乗った気持ちでお待ちください。」
お前一人がどうにか出来るもんでもないだろっ。
まっ、それはそれとして・・・
「出場できるかどうかはさて置き、相手がお前でもファンの応援には素直に感謝しとかないとな。」
俺としては選ばれない方が良いくらいだが・・・
出場するつもりはまるで無いが、出場させられるリスクという物もまた存在している訳だし、うん。
「う~ん、今日は何だか多田さんがいつもより優しい気がしますぅ。
偽物ですか?」
本物だっつの、失敬なっ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○午後3時30分 武田神社○
躑躅ヶ崎ダンジョンまでの道のり、水島さんに車を出して貰おうとお願いしてみれば、今日は生憎無理だそう・・・
そんなところに丁度椿さんがやって来るとは、いやぁ、今日の俺はついてる。
ブロロロロ・・・キィ
「着いたわよ、賢斗君。」
随分大きな神社だな。
緑山神社の5倍くらいか?
結構神社の敷地内にダンジョンがあるタイプってあるもんだな。
「いやぁ、助かりました、椿さん。」
「いえいえ、どうせ暇人ですからねぇ、私は。」
う~む、ちょっと車中で椿さんが暇で良かったと連呼し過ぎた様だ。
「それじゃあえっと、俺はこれからこの神社内にある躑躅ヶ崎ダンジョンに入るつもりですけど、椿さんはどうします?」
「私の事は気にしなくて良いわよ、賢斗君。
ここのダンジョンに興味なんて無いし、ここの神社の観光を済ませた後は適当に一人で帰っちゃうから。」
まっ、ここは全国的な有名観光地、神社内を見て周るだけでもきっと楽しめるしな。
「了解です。じゃあまた、椿さん。」
赤く塗られた高欄の橋を渡り、その先の鳥居をくぐると少年は女性と別れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○躑躅ヶ崎ダンジョン1階層○
武田神社の敷地内、背の短い雑草の生えた平坦な一角。
そこにポッカリと空いた直径2m程の穴。
その脇には杭が打たれ、縄梯子が付けられていた。
どうやらこれを下りて中に入るらしいな。
20mほど下り、床に下り立つと横方向に明かりに満ちた空間の入り口があった。
ここのダンジョンはDランクのフィールド型。
1階層は城下町フィールドが広がってるって話だけど・・・
ほう、城下町ってのは確かだが、相当寂れた・・・いや最早これは廃墟だな、うん。
前方の道沿いには朽ちた長屋風の建物。
通路にはボロを着込み、腰に刀を差したスケルトン達がチラホラと歩いている。
~~~~~~~~~~~~~~
名前:スケルトン浪人
種族:魔物
レベル:5(6%)
HP 20/20
SM 15/15
MP 5/5
STR : 10
VIT : 10
INT : 7
MND : 8
AGI : 12
DEX : 13
LUK : 5
CHA : 6
【スキル】
『長刀LV4(9%)』
【強属性】
なし
【弱属性】
なし
【ドロップ】
『なまくら刀(ドロップ率(10.0%)』
【レアドロップ】
なし
~~~~~~~~~~~~~~
ふ~ん、確かにこんな1階層から長刀スキルを持ってるスケルトンが出て来るなら、剣を使った修行には持って来いかもな。
スキルレベルもそれなりに高いし。
それじゃあ早速実践練習と行きますか。
ドキドキジェット、発動っ!
ドッドッドッキィィィィィィィィ・・・・・・・・・・・・・・
シュタッ
せいっ!
少年は駆け出すとスケルトン浪人の背後から切り付けた。
ガシャァァァ
少年の剣戟により、一撃のもとに消滅するスケルトン浪人。
あれ・・・いかんいかん。
ついついいつもの癖で、潜伏&忍び足で先制攻撃をしてしまった。
次はしばらく敵の攻撃を観察してみるとしよう・・・これじゃまるで剣術の練習になっとらんし。
タッ、タッ、タッ、タッ
今度はわざと足音を立てながら標的へと接近していく少年。
すると魔物は接近する少年に気付き、刀を抜いて臨戦態勢。
上段の構えから切りかかる魔物。
その振り下される斬撃を横に移動して避ける少年。
しかし魔物の動きは止まらず、空を切った刀をそのまま斜め上に切り上げてくる。
っと、バックバック。
う~ん、AGI値の差があるというのに、大した余裕も無く攻撃されるこの感じ。
何が違うんだ?
もっとよく観察せねば・・・
思考する少年の隙に更に攻撃を仕掛ける魔物。
シュパッ
おっと。
その袈裟切りの一撃は寸でのところで(既のところで)避けられた。
ふぅ、あっぶねぇなぁ、おい。
その後も少年はスケルトン浪人の攻撃を躱しつつ、観察と思考を繰り返す。
○1時間後○
そろそろ倒しておくか。
せいっ!
ガシャァァァ
まっ、ようやく少し分かって来たな。
このスケルトン浪人、総じた動作はステータス差ほど俺に劣っていない。
足さばき一つとってみても、踏込む事自体は俺の方が断然上だが、引き足の速さでは遜色なかった。
これは多分あまり俺が殆ど意識しない動作において、この骸骨は己の身体を使いこなしている。
まあ魔物であるスケルトンが意識的にこれを行っているかは知らんけど。
しかし俺がこれを身につけるには、最初は意識的にその動作を反復し、無意識に動かせるまで練習を重ねるしかないのだろう。
そしてこれが俺の感じていた服部や伊集院に対する練度の差という奴なのかもしれない。
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○6月28日金曜日午後1時 クローバー拠点部屋○
あれから2日経ち、連日午後からは躑躅ヶ崎ダンジョンで剣の修行に行っていた。
そのお蔭で片手剣スキルもレベル3になり『スラッシュ』という剣戟を飛ばす飛び道具まで得ることが出来た。
とはいえ動作への意識というのは、繰り返し続けてその意識を体に染み込ませる類のものであり、剣術の練度を上げるには、もっとあそこに通う必要がありそうである。
まあそれはさて置き、今日はようやく期末試験の最終日を無事終了。
久しぶりとなる北山崎ダンジョンでは、メンバーそれぞれ思い思いのハイテンションタイムを消化した。
そして今現在、既に北山崎ダンジョンから帰還した椿さんを交え俺達ナイスキャッチメンバーは、ここ拠点部屋にて寛ぎの時間を過ごしている。
「賢斗君、私の火魔法、もうレベル4よ。凄いでしょ?」
「えっ、ホントっすか?」
レベル8になって最大MPが増えたことを合わせても、一気にそこまで上がるとは・・・
「桜のMP分けて貰っちゃったし、この調子でガンガン行くわよぉ。」
ああ、そゆこと。
「なあ桜。今度俺にもMPわけてくれよ。」
「絶対やだぁ~。」
何でだよっ。
「じゃあ、先輩。わけて?」
「じゃあってなにかしら?賢斗君。
まっ、あげない事には変わりはないけど・・・ニコリ。
でもこのMPチャージリングってホント凄いわよ。
今日のハイテンションタイムで風魔法のレベルが一気に2つも上がったし。」
まあそういう効果も見込めるわな。
ハイテンションタイムの効果時間を最大限魔法を放ち続ける事が出来る訳だし。
しかしそうなると、魔法スキルを上げたいってのは俺だって先輩と同じ。
こうなったらMP30タイプくらいの奴を自腹購入でもしてみるか?う~ん。
「まあまあ賢斗君にはこれあげるから。」
と女性はMP回復ポーションを5本ほど少年に渡す。
「あっ、ありがとう御座います、椿さん。」
いやまあこうしてMP回復ポーションを提供して貰えるんだし、しばらくこの不味いMP回復ポーションのがぶ飲み作戦で行くしかないか。
「椿さん、このMP回復ポーションの味ってもっと美味しく出来たりしません?」
「ああ、それなら丁度今日レベル8で『アレンジレシピ解読』っていうのを覚えたわ。
お好みの味に変えるくらいならできるかもよ。」
「ホントっすか?」
「それにしても彼女、全く顔見せないわね。」
「ん、緑山さんですか?先輩。」
「うん。久しぶりにたい焼き食べたいんだけど。」
「あっ、私もぉ~。」
「いや、今週は彼女、かなり忙しいと思いますよ。
期末試験中だったし、今週末はあそこの神社お祭りでしょ?
多分今日の夕方辺りからはもう出店なんかもあるでしょうし、ここに来ている暇なんて・・・」
ガチャリ
「お久しぶりです、勇者さまぁ。
差し入れをお持ちしましたぁ。」
えっ、嘘?
何という完璧なタイミング。
「わぁ~い、たい焼きだぁ~。」
「いやぁ、緑山さん悪いねぇ。忙しかったんじゃないの?」
「いいえ、勇者さまのお顔が見れれば元気100倍です。
それにこのままだと日曜日の夜までお会い出来なそうでしたので。」
ああ、そういやそうだった・・・日曜日はいよいよ神のお告げの真偽が試される時。
まっ、余り期待せずに付きあってやるとしますか。
「ねぇ~賢斗ぉ~。日曜日は浴衣着て行って良い~?」
「いや、浴衣は不味いだろ。
いくらお祭りも楽しむ予定だからって、その後ダンジョン入る訳だし。」
「そっかなぁ~?」
「何を言っているのか分かりませんよ、賢斗さん。
お祭りの正装と言えば浴衣です。」
いや、お嬢様。問題はそこじゃないからね。
「良いじゃないの、賢斗君。
ダンジョンに入ると言っても、魔物と戦う訳でもないんだし。
それに美少女の浴衣姿が拝めるんだから、君としてもそこは喜ぶところでしょ?」
まあそれはそうなんだが・・・
浴衣姿のこんな美少女がお祭りで歩いてたら、間違いなく羽目を外した狼さん達のお目にとまる事だろう。
う~ん、嫌な予感しかしない。
次回、第九十三話 お祭りの夜と新時代の幕開け。




