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第九十一話 貰った指輪はそう簡単には返せない

○6月25日火曜日午前10時 クローバー商談スペース○


 納品に訪れた一人の青年は、出されたアイスコーヒーを飲みつつ検品作業を待っていた。


「お待たせしちゃったかしら?御免なさいね。」


「いえいえ全然。それよりうちみたいな無名の武器工房にご発注頂き、ありがとう御座いました。」


「いやだって今一番人気の有名探索者アイドルの武器をそちらの工房で手掛けられたでしょ。

 そのモデルの武器が欲しいなんて言うこだわり派のお客さんは結構居るし、うちの店にも既に問い合わせが入っちゃってるの。

 そちらの工房もこれから忙しくなると思うわよ。」


「そっ、そうっすかねぇ。」


「でも確かに持って来て頂いたレイピア、今まで無名の工房が手掛けたとは思えないくらい素晴らしいものだったわ。

 最初は有名探索者アイドルが気まぐれで武器を買い替えたのかと思ってたのだけど。」


「いやぁ、恐縮です。実はそれ私が作ったんです。」


「あら、そうなの?お若いのにとても優秀な武器職人さんだったんですね。

 これ程の腕をお持ちなら、きっと将来有名な武器職人になるんじゃないかしら。お会いできて光栄よ。」


「いやぁ、この業界で有名な美人鑑定士でもある中川さんにそう言って頂けるなんてこちらこそ光栄です。」


「まあ、お口も上手いのね。」


「えっと、それで実は今回自ら足を運んだのにはちょっとした訳が御座いまして、これなんですが・・・」


 青年はテーブルに指輪型のマジックアイテムを置いた。


「あら、売り込み?何かしら?」


「えっとこれはですね、あらゆる言語に対応した翻訳機能が付いてる指輪なんです。

 こいつがあれば店にどこの国の外国人さんが訪れたとしても対応に困る事も無くなりますよ。

 仮に相手が異世界人だったとしてもその会話に苦労しない事をお約束します。」


「あら、異世界人なんて冗談も上手いわね。

 と言っても言語系はスキルの取得が割と簡単って言われてるし、ああ、でも探索者以外の方だったら、結構需要があるかもしれないわね。

 まあお値段にも寄るでしょうけど。

 でも何かしら?これマジックアイテムとしてみるとかなり珍しいわよね。

 あらゆる言語に対応する翻訳指輪なんて今まで聞いた事無いわ。」


「ええ、実はこれ、ダンジョン産ではなく私が作ったオリジナルのマジックアイテムでして。」


「・・・えっと霧島さん。

 ここじゃなんだから、少し奥の部屋でお話して行かれませんか?

 絶対損はさせませんから。うふっ。」


「ええ、そういって頂けると思ってました。」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


○午後1時 クローバー拠点部屋○


 期末試験2日目が終わり、特に勉強をするつもりのない俺と先輩は、椿さんとの約束もあり拠点部屋へと立ち寄る。


ガチャリ


「あっ、かおるちゃんに賢斗君。待ってたわよぉ。

 悪いけど早速私を北山崎ダンジョンに連れてってね。」


「はいはい、分かってますって。

 でも今日は椿さん、ちゃんと念話スキル取得してくださいよぉ。」


 と早速北山崎ダンジョンへと3人で向かう。


○10分後 北山崎ダンジョン1階層○


 島山の頂上付近の空、そこでは鳥型の魔物を相手に少年が一人戦闘を繰り広げていた。


 いやぁ最近また新しいスキルが増えて来たからなぁ。

 アクティブスキルは意識して練習しないとスキル取得にレベリングが追い付かなくなる。

 こうして一人の時にレベリングに勤しんでおかねば。


キィィ――ン


シュピンッ・・・ビリッ


『ピロリン。スキル『フライ(ノーリミットカスタム)』がレベル2になりました。』


 おっ、飛行スキルが上がったか。


キュィィ――ン、パシッ。


 うわっ!


 体勢を崩しながらも、何とか魔石を空中で回収し地上に降り立つ少年。


シュタ


 ふぅ、何だ今の加速・・・フライ(ノーリミットカスタム)のレベルが上がったら急にスピードが増しやがった。

 これって基本性能が上がったって事かぁ?

 折角上手く飛べる様になって来てたってのに、また慣れるまで時間が掛かっちまうだろぉ、ったく。

 おっ、でも飛行時間が劇的に改善されてるな。

 クールタイムはそのままに飛行時間が10分から1時間とは・・・よしよし。


 にしても短剣の時から感じちゃいたが、他のスキルに比べて武器系スキルの上りが今一だよなぁ。

 まあアクティブスキルだし、弱い魔物相手に一撃でけりをつける戦闘じゃ大して習熟値が貯まらないのも分かるけど。

 しかし服部や伊集院の剣捌きを思い返すと、あいつ等は只スキルレベルが俺より高いってだけでなく、その武器に対する練度みたいなものが俺とはかなり隔たりがある気がする。

 仮に同じスキルレベルだったとしても、まるであいつ等に剣術で勝てる気しねぇもんなぁ。


 う~ん、どうしたもんだか・・・


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


○午後2時 クローバー拠点部屋○


 ハイテンションタイムを終えて戻ってくると、先輩と椿さんは帰って行った。

 俺はコーヒー片手に水島さんに持って来て貰ったダンジョンアイテムカタログをパラパラと捲る。


 にしても指輪型アイテムかぁ。

 どうすっかなぁ・・・あの2人に必要なものとなると、はてさて・・・


「水島さん。女性が喜びそうな指輪型アイテムって何が良いと思います?」


 少年はパソコンデスクに座る女性に問いかける。


「何ですか?多田さん。あの彼女さんにプレゼントですか?」


「いや緑山さんは彼女じゃないですからね。

 桜と先輩に指輪型アイテムを選んでやる事になったんで、水島さんの意見を聞いてみようかと思っただけです。」


「はいはい。お付き合いしてる事を秘密にしたいお年頃ですもんねぇ。

 いやぁ、私も高校時代はそうでしたよぉ。」


 いやだから違うっつってるだろっ、つかもうワザとだな、これ。


「で、女性の喜ぶ指輪型アイテムっていったら、やっぱりダイエットリングとシェイプアップリングですかねぇ。」


 う~ん、違いが分からん・・・が、確かにそれは女性が喜びそうだな。


「ダイエットリングはつければカロリーの燃焼効果が高まる優れものです。

 一方シェイプアップリングはそれに加えて、理想的な体型にまでしてくれる女性の憧れのアイテムです。」


 ほほう、そゆこと。


「ちなみにダイエットリングは300万円。シェイプアップリングは800万円くらいですね。」


 高ぇな、おいっ!


「でもうちにも今は在庫がないですよ。

 予約まで入ってる人気商品ですから。」


 さいですか・・・いやでも桜と先輩には必要ないか。

 つかそんなもの着けて貰ってもパーティー活動に何の役にも立たないしな。


「う~ん、じゃあ他にはどんなのがあるんですか?

 女性が喜ぶとかはもうあまり気にしなくて良いんで、探索に役立つ感じの奴。」


「それなら女性の非力さをカバーできるパワーリング辺りはどうですか?

 これなら安いのは50万円くらいからありますけど。」


「値段って同じじゃないんですか?」


「それは勿論違いますよ。

 パワーリングと言ってもどの程度強化されるのかはマチマチですから。

 まあでももっと強力なアイテムになると剛力の指輪とかって名前まで変わっちゃったりしますけど。」


 ああ、そっか。強化される程度は一律じゃないしな。

 にしてもパワーリングかぁ・・・うちの女性陣にパワフルになられても、それはそれで俺的にあまり気が進まん。


パラパラ


 おっ、このMPチャージリングってのは桜に良いかもなぁ。

 これがあれば桜のマキシマムの威力が上がるかも?


「水島さん、このMPチャージリングってどういうアイテムなんですか?」


「はい、そのアイテムはMPを消費した状態で使用すれば、その分のMPを直ぐ回復してくれる優れものです。

 チャージしたMPを直接魔法に使える訳ではありませんけど、魔法スキル所持者の方にはそれなりに重宝がられてますね。」


 ふ~ん、そういう効果かぁ。

 それだとマキシマムの威力増大ってのは無理そうだな。


「チャージは装備者のMP全回復状態での余剰時間にチャージされる仕様になってますので、寝てる間でも貯められる楽ちん仕様。

 チャージする速度も装備者のMP回復速度と同じといった感じです。

 うちの店には今、MP10をチャージできるタイプから何とMP100のタイプまで揃ってますよ。」


 へぇ~、結構貯められるんだな。

 それなら俺的にいつも移動に使う長距離転移分のMPを賄えそう。

 MPポーションを椿さんに作って貰える環境ではあるが、消費アイテムを使うってのはやっぱり気兼ねしちまうし、この指輪があれば普段使えるMPが一気に増える感覚だ。

 それにMP高速回復スキルの効果もそこまで劇的じゃないし・・・う~む、こいつは買いかも。


「ちなみにその指輪に貯めたMPって、他の人がその指輪を装備しても使えるんですかね?」


「あっ、はい。そう言った使い方もできるって、以前お買い求めになられた探索者さんが言ってましたから、多分出来ると思いますよ。」


 なるほど・・・桜の指輪はこいつに決まりだな、うん。

 先生にはこれから俺達パーティーのMPタンク役になって頂こう。

 まっ、安ければ先輩の分もこれで良いし、出来れば俺の分も・・・


「ちなみにそのMP100タイプの指輪って幾らですか?」


「はい、店頭価格は600万円ですよ。

 勿論多田さんがお買い上げになる場合は、ここから10%お値引しますけど。」


「結構高いっすねぇ~。」


 2人分買ったらこの間のオークションでの儲けがそっくり持ってかれる感じじゃねぇか。


「うふっ、MP10タイプだったら30万円くらいなんですけどねぇ。

 でも容量の大きいタイプは貴重ですし、人気も高くなっちゃいますから。」


 う~む、しかし2人分でピッタリなら寧ろ丁度いいか。

 下手に2人に差をつけて後で文句言われちゃ敵わんし。


「あっ、そうだ、指輪型アイテムと言えば、多田さんに一つお勧めのアイテムがあるんですけど、ちょっと左手を出してみて下さい。」


 ほい。


 少年が何の気なしに左手を女性の前に突き出すと、彼女は少年の左手を掴み、胸ポケットから出した指輪を至極当然であるかの様に薬指へと・・・


スッ


「ちょっと、動かさないで下さいよぉ。」


 女性は苛立ちの声を上げる。


 いやだって左手の薬指に指輪を嵌められるのって、何かヤダし。


 女性はしっかり少年の手を掴み直し、今度は有無を言わせずその輪っかを薬指に差し込んだ。

 すると少年の指のサイズにピッタリと嵌る指輪。


「うふふ、一度やってみたかったんですよぉ。男性の薬指に指輪を嵌めるのぉ。」


 う~ん、何と気分の悪い。


「へぇ、自動調節機能付の指輪ですか?」


「はい、これは今朝うちの店に来たちょっとかっこいいお兄さんが持ち込んだマジックアイテムなんですよぉ。

 機能的にはバイリンガーリングって言う翻訳指輪なんですけど、これをお試しで多田さんに使ってみて頂けないかと。」


「お試しって、俺にくれるんですか?この指輪。」


「ええ、何でもこの指輪、職人さんの作ったオリジナルアイテムらしいんです。

 だからその販売に関しては品質保証が結構厳しくて、アイテム鑑定や性能試験が必要とされちゃう訳です。

 そして今回この面倒な依頼をうちの先生が引き受けたので、多田さんにも少し協力して頂こうかと。」


 ふ~ん、ダンジョン産アイテムの場合そんなのないと思ったけど・・・まあ誰かが手を加えたマジックアイテムを信用しろって言われても確かに。


「別にいいっすけど・・・一度貰った物はもう返しませんよ?」


 このアイテムは俺的に意外と有り難い。

 外国語のスキルを取得する方法は結構簡単等と言われている。

 がしかし外国人探索者の侵入はSランク探索者くらいしか認められていないし、外国人の引率も日本じゃ認められちゃいない。

 実際外国語スキルを取得するには、日本人のプロバイリンガル探索者さんにわざわざ依頼しなくちゃ、その取得するチャンスすら無かったりするのである。


「はい、どうぞどうぞ。

 そのかわり指輪のお試しモニターの方、しっかりお願いしますね。

 あとその指輪、他の指に嵌め直したらメッですからね。」


 何でだよっ。


「あっ、水島さん。

 それよりさっき話してたMPチャージリングの件なんすけど・・・」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


○午後3時 クローバー拠点部屋○


 ダンジョン活動の予定が無いにもかかわらず、先ほど帰ったばかりの先輩を含めナイスキャッチ全員集合となっている拠点部屋内。


 う~む、10分前に桜に念話しただけなんだが、更にスクランブル性能が上がってるな、うちのパーティー。


「賢斗ぉ~、指輪のプレゼントってそれぇ~?」


 少女はテーブルの上に置かれた2つの指輪ケースを指さす。


「ああ、これはMPチャージリングっていうマジックアイテムだ。

 性能は斯く斯く云々・・・って感じだな。」


 少年は2つの指輪のケースを開けて見せる。

 するとその中にはゼロという数字が浮かび上がった水晶石が埋め込まれた指輪が入っていた。


「2つとも同じものって、賢斗君も芸が無いわねぇ。」


 うっさい・・・選んで貰って文句言うなっ。


「あっ、安心して下さい、紺野さん。

 そのMPチャージリングは魔力が貯まると人によって色が変わるんですよ。

 何でもその装着者の魔力の色が現れるなんて言われてますけど。」


 へぇ~、そうだったの?っつか水島さんナイスフォロー。


「じゃあ賢斗ぉ~。それ私の指に嵌めてぇ~。」


 はいはい、先生にはいつもお世話になってますからねぇ。


「おうっ、じゃあ手ぇ出してくれ。」


 少女は少年の前に左手を突きだす。


 う~ん、何で左手を出すかな・・・まあここは無難に人差し指にでも嵌めとくか。


スッ


 少女は咄嗟に手をずらし、薬指を指輪に入れた。


「やったぁ~。婚約指輪だぁ~。」


「桜、狡いです。そのイベントは私の時にはありませんでした。」


 今自分から薬指を指輪に突っ込みましたよね?先生。

 そしてその指輪は何度も言っている様に、婚約指輪では決してない。


「じゃあ賢斗くぅん。次は私にも嵌めて。」


 う~ん、文句ばっかり言う先輩には・・・


チラッ


 はいはい、分かりましたよったく、ここぞとばかりにそんな甘えた顔しやがって。


「じゃあ手を出して下さい、先輩。」


「うん、賢斗君。はいっ!」


 う~ん、これは何だろう?

 最早突き出された左手には薬指しか立っていないんだが・・・

 そしてこれを拒否れば当然文句の雨あられ。

 はたまた嵌めてしまえばまた婚約指輪だと大はしゃぎされる未来しか見えない。


 少年は震える手で少女の薬指に指輪を嵌めた。


「やったぁ~。賢斗君から婚約指輪を貰っちゃったぁ~♪」


 ・・・ほらね。


「あ~、私の指輪、ちょっとピンク色になってきたぁ~。」


 おっ、ホントだ。

 桜だけに魔力の色も桜色ってか。


「綺麗な色で良かったですね、桜。」


「うんっ!」


「あら、私のも何だか翠色になって来てるわ。」


「かおるさんの色も落ち着いた感じで素敵です。」


「ありがとう、円。」


 へぇ、意外と2人のイメージにピッタリの色に落ち着いたな。

 まっ、それはそれとしてだ・・・


「あ~、一応声を大にして言っとくけど、それ決して婚約指輪じゃないからなぁ。

 それに俺のMPが足りなくなった時とか、ちょくちょくその指輪から2人の貯めたMPを分けて欲しい。」


「「絶対やだっ!」」


「いやでもパーティー資金から買ったんだし、少しはパーティーの共有財産として使うくらいの事は許されて然るべきだろぉ?」


「多田さんも女心が分かってませんねぇ。

 女性が男性から貰った指輪はそう簡単には返せません。

 だってそれは婚約破棄を意味しますから。」


 いや水島さん?

 俺は婚約指輪じゃないと声を大にして言った筈だが?

次回、第九十二話 剣術修行。

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