第八十六話 白山ダンジョンイベント前哨戦
○6月22日土曜日午前1時30分 コーポ令和201号室○
アポートに帰り風呂から上がると、手早く着替えてベットイン。
ふぅ~、しっかし今日はヤバい奴に顔を覚えられちまったなぁ~。
何だ?あの戦闘狂は、ったく。
でもまあもう会う機会も無いか・・・奴はもう今回のイベントをクリアしたはずだしな。
まあそれはさて置き、俺のあの予想はやはり正解だったらしい。
おかしいと思ってたんだ。
俺が夢の競演そっちのけで、先輩と採掘していたとかまるで意味が分からんし。
あの明鏡止水スキルの精神洗浄という特技は、精神系状態異常回復効果だけでなく、その時抱いていた邪な欲望までも浄化してしまう恐ろしい効果を合わせ持っている。
そしてそれはなんと対人に於いても使用可能な鬼畜仕様・・・
まっ、先輩のセクシーボイス対策としては失敗作だが、これはこれで使い道があるだろう。
一方残されたそのセクシーボイス対策。
これ以上スキルを取得し更なる改善を図るというのは、あまり良い策とは言えない。
下手にマインドガードスキル等を取得すれば、先輩を必要以上に刺激してしまうのは火を見るより明らか。
今後の信頼関係にヒビが入りかねない事態を招く事になるだろう。
とはいえセクシーボイスなどその発動するタイミングさえ分かれば聴覚遮断で幾らでも回避可能。
今後は感度ビンビンを駆使し、出来る限りその防衛に努めていくとしよう。うん。
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○午前9時 クローバー拠点部屋○
ガチャリ
「おはよっす。」
「あ~、賢斗やっと来たぁ~。」
「いや集合は9時だったろぉ?」
「それで賢斗君。昨日は何階層まで辿り着けたの?」
「ええ、まあ、先行者が居たんで一度も戦闘せずに最下層まで行ってくることが出来ましたよ。」
「ホントにぃ?凄いわねぇ。」
「じゃあ今日はこれから白山ダンジョンでボス討伐ですね。腕が鳴ります。」
「それはそうなんだけど、椿さんは今日どうしたの?」
「ああ、お姉ちゃんだったら今お家で必死に勉強してるぅ~。」
ふ~ん、大学生も大変だな。
「何か明日の探索者資格試験を受けるとか言ってたよぉ~。」
あら、大学でのお勉強じゃなかったのね。
「えっ、でもそれはどういった風の吹き回し?」
「ああ、それは昨日中川さんに言われたからよ、賢斗君。
錬金の属性エンチャントの強さって、魔法スキルのレベルに影響されるものなんだって。
だから今後的には魔法スキルも上げなくちゃいけない。
でもそうなると今のレベル1の椿さんじゃMPが低すぎて話にならないし、探索者資格を取得して、ある程度身体レベルを上げる必要もあるって言われてたわよ。」
あ~、そういう事か。
しっかし錬金士が一人前になるのは、ホント険しい道のりだなぁ。
「あっ、じゃあ椿さんは昨日火魔法をちゃんと取得出来たんだ。」
「ええ勿論。それに加えて私も空中遊泳を取得したわよ。」
「はい、賢斗さん。これで皆で空のお散歩ができますね。」
「えっ、円ちゃんも取得したの?」
「いえ、私の席は賢斗さんのお背中にありますから。」
「いや、それはどうかな?ねぇ先輩。」
「うん、でも空中遊泳だと他の誰かを背中に乗せる様な芸当は無理そうなのよ。
非常に残念なんだけど、みんなで空を飛ぶときは幼女の円を賢斗君が背中に乗せてあげて。」
まああの出力じゃなぁ。
「ホント円も自分で空中遊泳取りなさいよ。」
「いいえ、幾らかおるさんのお言葉と言えど、そこは譲れません。」
ったく、このお嬢様は・・・
トントンガチャリ
「お早うございます、みなさん。
昨日のオークションの結果が出てますよぉ。
出品したカプセルモンスター(ジャイアントフロッグLV1)なんですが、1200万円での落札になったそうです。」
ん、1200万円?
前回は2100万円で落札されてたのに・・・ほぼ半分じゃねぇか。
「意外と安かったんですねぇ。」
「ええ、まあそれは仕方ありませんよ。
先月のオークションでも出品されてた品ですし、今回他にもカプセルモンスターの出品が有りましたから。」
あ~、そゆこと・・・出品する時期も考えるべきだったな。
「それと往還石のレプリカですが、小田さんと紺野さんにも渡しておきますね。
お2人も空間魔法を覚えたそうですから。」
「おお~。」
「ありがとう御座います。」
「最後に以前多田さんが訊ねてらした収納系アイテムなんですが、うちの店に今マジックバックが一つ入荷してますよ。
必要なら取り置きしますけど。」
「ああ、それだったらもう必要ないです。
桜も先輩も空間魔法を取得しちゃったんで、その辺のアイテムはそのうち不要になるでしょうから。」
「ああそうでしたか。わかりました。
では今日もみなさん頑張ってくださいね。」
バタン
「ちょっと賢斗君。それはどういう事かしら?」
へっ?
「ぶぅ~、ぶぅ~。」
あれ?俺、何か不味い事言ったかな?
「今のは賢斗さんが悪いですよ。
一度プレゼントするといった約束を勝手に撤回されたのでは、お2人が怒るのも当然です。」
「いやあれはプレゼントっていうか、パーティーとしての支給品的なものだろぉ?」
「そんな言い訳を吐く様では男が廃りますよ、賢斗さん。」
いやでも要らなくなるものをわざわざ買うのはどう考えても可笑しいだろ。
「じゃあ分かった分かった。
今回のオークションの収入から2人が好きなものを買って良いから。
でもまあ好きな物っつってもちゃんとパーティー活動に役立つ物にしてくれよ。」
「そういう事ではありませんよ、賢斗さん。
プレゼントというのは贈り手の気持ちが何より大事なのです。
お2人にプレゼントとしてお渡しする以上、賢斗さんがお選びになるのが筋です。」
「そうだそうだぁ~♪」
ちっ、楽しそっすね、先輩。
「はいはい。じゃあ俺が適当に2人に役立つアイテムを選んでやれば良いんだろぉ?」
「そうです。プレゼントとはそういう物ですよ、賢斗さん。」
ふぅ、にしても適当にと言ったが、パッとは思いつかないもんだな。
「ちなみに桜と先輩はどんなアイテムが欲しいんだ?」
「えっとねぇ~、私も円ちゃんみたいに婚約指輪が欲しい~。」
先生っ、妙なリクエストの仕方をするんじゃない。
「いや、円ちゃんにあげたあれは婚約指輪なんかじゃないからな、桜。」
「何を言っているのか分かりませんよ、賢斗さん。この指の輝きを見て下さい。」
ほら、話がややこしくなってきた。
「いや、だからそれは・・・」
「うふっ、賢斗くぅ~ん。私も婚約指輪が良い~♪
愛情がたっぷりな奴おねが~い♪」
何先輩まで乗っかって来てんだよっ!
あ~もうっ。
「分かったから落ち着けっ。
ちゃんと2人に合った指輪型アイテムを俺が選んでパーティー資金から買って渡すから。
これでいいだろぉ?」
「わぁ~い、婚約指輪だぁ~。」
「でも一人の男性が婚約指輪を3つもお買いになるというのは、一体どういった事になるのでしょう。」
「少なくとも2人とは婚約破棄をしなくちゃならないから、その際慰謝料という名のボーナスが入るのよ、円。」
「あっ、そういう事ですか、流石はかおるさんです。」
「やったぁ~。」
だから婚約指輪じゃねぇっつってんだろっ!
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○午前10時 白山ダンジョン5階層 大広間前○
ミーティングを終えた俺達が向かった先は本日も白山ダンジョン。
そしていざ来てみれば本日も大盛況といった感じの受付前。
30分程並ばされるのは勘弁願いたいところだったが、2日連続蛯名っちが居ないという幸運を見事にゲットしていた。
その後はまあ混み合う事が予想され、望み薄なのは分かっちゃいたが、一応5階層の大広間から様子を見に行く事にした。
う~ん、並びパーティーが5組も居る。
・・・こりゃやっぱり無理っぽいな。
「ナイスキャッチさんですよねっ。
もしかしてここのボスを攻略にきたんですか?」
先頭に並んでいた3人組の男子パーティーが話しかけてきた。
「ええ、まあそうだけどこの様子じゃ無理そうね。」
「いえ俺達のパーティー次なんすけど、良かったら代わりに戦っちゃって下さい。」
「えっ、良いの?」
「はい、是非。それと一緒の写真を一枚・・・ダメっすか?」
「どうする?賢斗君。こう言ってるけど。」
ほほう、写真一枚で順番を譲ってくれるのなら安いもんだろう。
とほどなく交渉成立。
しばし撮影会が開催されると、俺を除いた女性陣とのツーショット写真を代わる代わる・・・
結局10枚以上撮ってんじゃねぇかっ。
そんなこんなで15分程経過すると、大広間内に魔物の姿が出現した。
「それじゃあ悪いけど、代わりに戦わせて貰うわね。」
「「「はい、頑張ってくださいっ。」」」
まっ、ファンは大切にしないとな。
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○白山ダンジョン5階層 階層ボス戦○
5階層の階層ボス、出現したのはレベル6のハイゴブリン10体。
「一応作戦だけど、こいつ等程度なら今の俺達の敵じゃない。
この後また更に強い階層ボスと闘うんだし、ここは俺一人で先ずは行ってみようと思う。
まあ多分大丈夫だろうけど、ヤバそうだったら援護お願いってことで。」
対策済とはいえ下手に円ちゃんの猫人化を使うのも、これだけギャラリーが居ると何か不安だしな。
「おっけ~。」
「まあ、そうねぇ、消耗するのも勿体ないしね。」
「分かりました。」
戦闘が開始されるや否や飛び出した少年は稲妻の様な動きでハイゴブリン達の間を駆け抜け、一太刀の元に屠って行った。
チャキン
ふっ、決まった・・・流石にこれだけギャラリーがいると、張り切っちゃいますなぁ。
「何やってんだぁ―。」
「ひっこめ、多田ぁー。」
「そんなの誰も見たくねぇぞぉー。」
後方では何やらギャラリーからブーイングが起こっていた。
この腐れファン共がぁっ!
5階層でのボス討伐を終えると、4人はそのまま往還石を見せびらかせつつ転移した。
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○午前10時40分 白山ダンジョン10階層 大広間○
10階層までやって来ると大広間前には他のパーティーはまだ誰も来ていない御様子。
ここまで辿り着けるような探索者パーティーは、この地域の高校生探索者には決して多くないのだろう。
まっ、服部や樋口さん辺りは別格だからな。
はてさてここのレベル11のホワイトワイルドウルフ10体。
俺達的には、どうやって討伐するべきか・・・
流石に俺達と同レベルの魔物が倍以上居る訳だし、樋口さんのような真似はできない・・・う~ん。
「円ちゃんってレベル今幾つ?」
「あっ、はい、賢斗さん。私の今のレベルは10となっております。
もう賢斗さん達とひとつ違いですよ。」
う~ん、惜しい・・・もう一つレベルが上なら、キャットクイーンシステムの出番なんだが。
「如何されましたか?賢斗さん。
私がレベル10ではご不満ですか?」
「あっ、いやそういう訳じゃなくってさ、あの狼達のレベルが11だし、円ちゃんのレベルがあと一つ上だったら、例のコンボが使えたなぁって。」
「ああ、そういう事でしたか。
なら賢斗さん、これでイケますにゃん。」
少女は猫人姿に変わると、右手にブレスレットを嵌めて少年に掲げて見せた。
あっ、その手があったか。
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○白山ダンジョン10階層 階層ボス戦○
「・・・じゃあ作戦はこんな感じで宜しく。」
まあこの大広間は結構天井が高いし、流石に5mも高さがあれば、届かないだろ。
一人の少女が浮かびながら大広間の上空を移動して行く。
(あっ、先輩、その辺で良いと思います。)
(あらそう?じゃあ賢斗君。今から使うからちゃんと聴覚遮断しときなさいよ。)
(了解。)
「あっは~ん、うっふ~ん。狼さん達集まれぇ~。」
スタッ、スタッ、スタッ・・・・・・・
浮かんでいる翠の少女の元へ集う10体のホワイトワイルドウルフ。
お~、効いてる効いてる。
メス個体も居るのだろうが、群れる習性からか全個体が先輩の元に集まってくれている。
「じゃ、円ちゃん。そろそろ行くよぉ。」
「了解です、賢斗にゃん。」
スッ
フッ
シュッシュシュッシュッ
バタバタ
一瞬にして消滅して行くホワイトワイルドウルフ達。
おおっ、レベルアップブレスレットを使った場合でもちゃんとキャットクイーンシステムは作動してくれたみたいだな。
そして消費MPも少なく、武器の消耗もゼロ・・・やっぱこれ最強だなぁ。
まっ、戦ってる感もゼロだが・・・
とはいえ前哨戦はここで終了。
問題はこの作戦が使えなくなる次からだな。
「はい、円ちゃん。戦闘終わったよぉ~。」
少年は身体を屈ませ背中の少女に問いかける。
「いえまだ猫人化の時間は沢山残ってるにゃん。」
・・・だから何だよ。
次回、第八十七話 身になる実戦経験。