第八十五話 攻略イベントとナビゲーター
○6月21日金曜日午後4時 白山ダンジョン協会支部受付○
今現在俺達が居るのは、白山ダンジョン受付前に出来上がった行列の最後尾。
昨日あれだけ明確な釘を刺されては、参加しない訳にもいくまい。
とはいえ今日のところは俺が単独行動で下層への探索エリアを広げておくという例のお膳立てを進めるつもり。
残りの女性陣は同行している椿さんの魔法スキル取得の為の睡眠習熟に付き合う予定となっている。
にしても・・・
ヒソヒソヒソ・・・
予想通りとはいえ、結構な注目度だな、おい。
「よぉ、多田。やっと姿を現しやがったな。
少し見ねぇ間にそんな剣までぶら下げやがって・・・まっ、俺に憧れちまうのも仕方ないか。あっはっは。」
あん?
「ん、ったく、何そんな仏頂面してやがんだよっ。
モンチャレ優勝者ってのはもっと周囲のイメージってもんを大切にした方が良いぞ。」
お前の顔見たから、こんな顔になってんだよっ。
「で、何で地元でもない服部さんがここに居るんですか?
まさか地方ダンジョンのこんなチンケなイベントに参加するつもりじゃないっすよね?」
「バ~カ、参加するに決まってるだろっ。
お前は気付いてなさそうだが、高校生対象イベントに30万円なんて賞金が付くのはかなり珍しい事だぞ。
そして当然こんなイベントを開催されちゃ、これに参加するか否かで、ランキングにも大きな影響が出る。
となれば探プロ契約してる高校生探索者としちゃあ、所属事務所の方から参加して来いってな具合に言われちまう訳だ。
お前等だってそうだろ?」
・・・確かに。
「じゃあ他のパーティーメンバーは?」
「ふっ、この程度のダンジョン攻略、俺一人で十分・・・
と言いたいとこだが、まあ実際は最近公開され始めた高校生ランキングの為だな。
あれを見たうちの社長があーだこーだ煩くてよぉ。
お前は個人ではこの伊集院とかいう奴より弱いのか?とか言いやがって。
だから魔石の買取を等分から個人別方式に変えたり、学校を早引けまでしてこういうイベントにソロで参加させられる羽目になってんだよ。」
「誰だ?伊集院って。」
「ん、ほら、あそこに居るオールバック長髪になっげぇ刀を背中に差してる奴がいるだろぉ。
あいつが今の高校生ランキングの個人1位、伊集院信長だ。」
うわっ、何か目がイっちゃてるな・・・半径5m以内には近づかないようにしよう、うん。
「昨日あたりガンマニアの樋口の姿も見かけたぞ。
あいつも一人でここまで来てたみたいだが、今日はもうダンジョンに入っちまってるかもな。」
ふ~ん、ちょっとビックリ。
今この地方のチンケな白山ダンジョンに、現高校生探索者のトップレベル達が少なからず集結してるってのか?
このイベント、意外とレベル高いかも。
「ふ~ん、で、探索はどの辺まで進んでんの?」
「俺は昨日でようやく10階層のボスを攻略したところだな。
今回はうちの奴等に往還石を預けて来たし、平日遠征で攻略時間も制限される。
でもまあ帰還石だけでも少しづつなら攻略が進められるって寸法だ。」
そっか、こいつでその程度となると今このイベントの最前線は10階層辺りという認識でいいのかな。
にしても帰還石や往還石まで持ってるとか、流石高校生といえどもトップクラスのパーティーは違いますなぁ。
「お前等も色々欲しいアイテムとかあるだろうが、帰還石は早めに手に入れた方が良いぞ。
これがあれば、時間効率が格段に上がるからな。ハッハッハ。」
へいへい、俺達はもう既に往還石を持ってるけどね・・・レプリカだけど。
とはいえこいつが今日帰還石しか持って来ていないという事は・・・
結構楽できるかもしれない、うん。
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○午後5時 白山ダンジョン1階層 右ルート宝箱部屋○
30分ほど受付の行列に時間を取られた俺達が先ず最初に向かった先は睡眠習熟の聖地。
「じゃあ椿さん、火魔法スキルの取得、頑張ってください。」
「ええ、有難う、賢斗君。
上手くいくか分からないけど、先ずはやってみるわね。」
「じゃあみんな、椿さんの事よろしく頼むな。」
「ほ~い。賢斗ぉ~、いってらっしゃ~い。」
「あら、桜。生意気言うじゃない。」
「ま~ね~。」
「賢斗さんも気を付けて行って来て下さい。」
「ちゃんとボス戦になる様なら連絡よこしなさいよ。」
「はいはい。5階層のボス前に着いたら一度連絡します。
まあ今日あたりこの時間だと恐らく討伐済だろうけど。
あっ、その場合はみんなは本当に俺を置いて帰還して構わないから。」
まあこの為に帰還予定を俺だけ午前0時に申請しておいたんだし。
「りょ~かい。
でも賢斗君も絶対一人で無理するんじゃないわよ。」
「分かってますって。それじゃ。」
スッ
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○午後5時15分 下層へと探索エリアを広げていく少年○
3階層の探索最前ポイントに転移した少年は4階層のスタート地点に下り立つ。
そしてその脳裏にはマップイメージが一気に広がり、その地形と生体反応を確認して行く。
ニヤリ
やっぱり5階層を目指す探索者達の反応が沢山ありますなぁ。
この状況なら、どっちへ行けば良いかは一目瞭然。
いやぁ~、助かる助かるぅ~♪
シュタシュタシュタシュタ
おお~、敵との遭遇も無いとは・・・いやはやご苦労様であります。
ん、何か立ち往生してるパーティーが前方に・・・
あ~、罠があるみたいだな、あそこ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○とある4人組パーティー○
ツルッ
ドシンッ
「痛ってぇ~、この床メチャクチャ滑るっしょー。」
「ふがいない奴だなモリショー。お前は凍った路面も歩いた事が無いのか?」
ツルッ
ドシンッ
「うわっ。」
「もう、しょうがないわね、あなた達は。
じゃあ丁度いいから2人とも、そのままうつ伏せになってみて。」
「何する気っしょ~?委員長。」
「良いから良いから。
じゃあ行くわよ、多恵。それっ。」
「ぐへっ。」
ツル―――
少女が勢いをつけ少年の背に飛び乗ると、そのまま床を滑り出した。
「結構日向も可哀相な作戦立てるわねぇ。えいっ。」
「ぐおっ。」
ツル―――
「はい、ゴメンね~、こんな作戦しか思いつかなくって。」
「良いっていって、帰りもこれでお願いするっしょー。」
「そうだな、実に良い作戦だったぞ。」
「嘘っ・・・」
キィィィ―――ン
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○午後5時50分 快調に進む少年○
シュタ
ん、何遊んでんだ?あいつ等。
まっ、そんなのどうでもいいか。
おっ、5階層への階段みっけ。
シュタシュタシュタシュタ
快調に進む少年は、ほどなく白山ダンジョン5階層の階層ボスの居る大広間まで辿り着く。
この階層は一本道の突き当りにこの大広間があるだけ。
そして今現在このもぬけの殻の大広間前にはリスポーン待ちと思しき探索者パーティーが2組か。
恐らく本来ここが階層ボスの出現ポイントなのだろう。
にしてもここのボスを倒しに来るときは、時間を考えないとダメそうだな。
(賢斗ぉ~、今どの辺~?)
おっ、桜か。ナイスタイミング。
(ああ今丁度5階層のボス前まで来たとこだな。
予想通り他の探索者さんがここを攻略済だったから、お前達はもう帰って良いぞ。)
(わかったぁ~、じゃあもうみんなお家に帰るね~。)
さて、今日で何処まで探索エリアを進められっかな。
○6階層○
その後大広間の奥にあった下層への階段から6階層へと下り立つと、探索者と思しき反応は激減。
しかしそんな中、明らかに他より速く移動する反応が1つ。
おっ、ようやく見つけましたよ、服部さん。
こっから先のナビゲーション、宜しくお願いします。
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○午後8時30分 白山ダンジョン10階層 大広間○
「服部さん、今日は俺にここのボス討伐は譲って貰いますからね。」
「ああ、好きにしろ、樋口。
俺はここのボスはもう討伐済だし、大人しく見学しといてやるよ。
その代り、5分で片付けろ。
時間過ぎたら、俺がやっちまうからな。」
「ふふっ、レベル11のホワイトワイルドウルフ10体を5分で討伐ですかぁ。
中々無茶を言ってくれますねぇ。」
「ああっ、出来ないんだったら、止めとくか?」
「いいえ、5分も有れば十分です。」
いやぁ~一度も戦わずしてここまで辿り着けてしまった。
これは作戦勝ちですなぁ、うんうん。
にしても途中で2人目のナビさんが登場して誰か分からなかったけど、こうなってましたか。
さあ、樋口さん。
ちゃちゃっとやっつけちゃって下さい。
「おら、多田ぁ。お前もいい加減出てこいよ。
ったく、俺達の後を金魚のフンみたいについてきやがって。
見たかったら堂々とこっち来て見てろっ。」
おや、何時からお気づきで?
ううん、潜伏使ってたのにぃ・・・
仕方なく隣に胡坐をかいて座る少年。
目の前には、魔法銃を2丁抱えた少年の戦闘が繰り広げられている。
ドゥ―――ン、ドゥドゥ―――ン、カシャ
へぇ~、弾幕でも張るのかと思いきや、急所攻撃で的確に1体づつ倒して行く作戦。
いやぁ~、なんか危なげないですなぁ。
ドゥドゥ―――ン
とぼんやり戦闘を眺めていると・・・
「そういや多田、お前神様って居ると思うか?」
藪から棒に何言ってんだ?こいつ。
「そんなの現実に居る訳ないでしょ。
服部さんがそんな事言い出す奴だとは夢にも思いませんでしたよ。」
「いっ、いやな、俺は別に神様が実際に居るなんて信じてる訳じゃないぞぉ。
ガキじゃあるまいし。
でもなぁ、実は俺には今年高一になる霊感の強い従妹がいてよ。
先日そいつを恩恵取得させる為にダンジョンに連れてったら、『神界通信』何つー訳の分からんスキルを取得したんだよ。」
へぇ~神界通信ねぇ・・・ってあれ?
キュンキュンが付いちゃってる奴なら知ってますけど・・・
「まっ、お前にいきなり神のお告げだぁ~なんて言われた俺の気持ちが分かる筈ないか。」
・・・残念ながら、分かります。
「そのあとダンジョンコアの部屋まで連れて行けとか言われなかったか?」
「おう、お前良く分かったなっ。」
・・・マジか。
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○午後10時30分 白山ダンジョン15階層○
樋口さんが10階層のボスを討伐すると、その後は2人と共に15階層を目指して最短ルートを進んで行った。
「何か気持ち悪いほど、魔物の姿が有りませんでしたけど・・・まさか先行者が居たんですかね。」
「まあ俺の追跡スキルで、伊集院の奴の後を追ってる形だからな。
今そいつがこの先の大広間で・・・っと、勝っちまいやがった。
流石に個人ランキング1位様の実力は本物だな。」
ははぁ、どうりで・・・そんなスキル使ってたのか。
「仕方ねぇ、今日はこの辺で引き上げるか。
多田ぁ、お前も上まで送ってってやっから、俺の肩にしがみ付け。」
「ああ、心配ご無用ですよ、服部さん。
俺はこれを持ってますから。」
「なっ、お前それ往還石じゃねぇかっ。
これだから成金パーティーってのは、好きになれねぇんだよ、ったく。
じゃあお前は勝手にしろ。行くぞ、樋口。」
スッ
はてさて、頼りのお二人がここでお帰りですかぁ。
とはいえ新たなナビゲーターをゲット・・・ふっふっふっ。
ここまで来たら最下層までご案内して頂きましょ~♪
シュタシュタシュタシュタ
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○午後11時30分 白山ダンジョン17階層 大広間○
燃え盛る炎を纏った長刀と流れるような足さばき。
ハイオーガの持つ巨斧が横薙ぎに振るわれるとその少年は何食わぬ顔で斧刃の上にひらりと飛び乗る。
振り切った斧が動きを止めた瞬間、少年の持つ長刀はその手首から先を切断した。
グオォォォー――
叫びを上げる魔物、それと同時に膂力に任せた右拳が少年に振われるとフワリと身体を反転させ、紙一重で避けて見せる。
地面に打ち付けられた魔物の拳、それはまた刀の一振りで身体と分断された。
グオォォォー――
叫びを上げ、後退し距離を取る魔物。
それを余裕の笑みを浮かべながら、少年はゆっくりとした足取りで歩み寄って行く。
「なぁ~んだ、もう終わりか?
もっと楽しませたらどうだ?」
グルァァァァグォォォォ
魔物が苦しそうな声を上げると、切り落とされた腕の先から新しい拳が生えて行く。
グッヘッヘッヘ
「ちっ、それの何処が凄いんだ?燎原之火っ!」
袈裟切りに振り下した長刀、その太刀筋から炎が燃え上がると、ハイオーガの身体全体を一瞬のうちに覆い尽くす。
チャキン
「全く歯ごたえのない奴だ。」
あれまあ、レベル19のハイオーガをあっさりと・・・こいつも服部クラスのバケモノだな。
「ふぅ、まあ所詮17階層の階層ボスなどこんなモノか。」
このまるで底を見せてない感じ・・・下手するとあいつ以上か?
「ところでそこのねずみ。
顔くらい見せたらどうだ?」
あらら・・・またみつかっちった。
う~ん今日は潜伏さん、調子悪いなぁ。
大広間の入り口で隠れていた少年は中へ入って行く。
「ん?お前のその顔・・・何処かで・・・」
「あはは~、気のせいじゃないですかぁ?
こんな顔した奴は良く居ますから。」
「いや、思い出した。
お前は確か前回のパーティー部門で優勝した多田とかいう雷剣使いだろう?
高校生対象イベント中であるダンジョンの最下層で鉢合わせしているこの状況から見ても間違いない。」
う~ん、見事な推理力・・・これは予想外の賢さでござる。
「あ~、知っておいででしたかぁ。恐縮ですぅ。」
「ふむ、なら丁度いい。
こんな魔物程度じゃ少し物足りなかったところだ。
お前今ここで俺と少し剣の手合せしろ。」
「いやそれはちょっと・・・」
「断るなよ、多田。
ここまでの道先案内料、対価は十分払ってある筈だが?」
う~ん、痛い所を突かれてしまった。
いやいや、こんなバケモノと剣の手合わせとか・・・
軽く死ねるんですけど。
「いやぁ~確かに伊集院さんの仰る通りなんですが、武器を使った対人戦闘は禁止じゃないですかぁ。もう冗談キツイんだからぁ~。アハハ~。」
「ふむ、まあそう堅い事を言うな。
ここなら誰も見ちゃいない。
腕一本くらい飛んだところで、俺が後でくっつけてやるぞ。」
「いやいや、そういう訳にもいか・・・」
「御託はもう良い。参るっ!」
嘘ぉ~ん、本当に刀を抜いて向かって来ちゃったよっ。
何この短気でしつこい戦闘狂。
もうヤダっ・・・届けっ、精神洗浄っ!
「多田君、ここは危ないから気を付けて帰りたまえ。」
「はいっ♪」
次回、第八十六話 白山ダンジョンイベント前哨戦。




