第八十三話 採掘のお誘いと『明鏡止水』
○6月19日水曜日午前6時30分 北山崎ダンジョン1階層 島山の頂上○
新天地の起点ポイント、島山の頂上までやって来ると、先ずは昨日取得した空飛ぶスキルのお披露目が始まった。
「わ~い。」
テケテケテケ
「えいっ。」
フワ―――
駆け出した少女がジャンプすると見事に空中に浮かび上がる。
おおっ、ホントに飛んでるよ。
スイスイ―
手足をバタつかせ、まるで空中を泳ぐかのように飛行する少女。
「桜、凄いです。本当にお空を飛ぶなんて。」
「ホ~ント気持ちよさそうねぇ。」
「あはは~♪ま~ねぇ~。」
ふっ、桜の奴はしゃぎやがって。
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『空中遊泳LV1(7%)』
種類 :アクティブ
効果 :空中に体を浮かせ自由自在に飛び回ることが出来る。効果時間1時間。クールタイム30分。
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ふ~ん、これが空中遊泳ねぇ。
「お~い、桜ぁ~。最高速で飛んでみてくれぇ~。」
「え~、これが最高だよぉ~。」
あれまあ・・・2m/sほどのゆったりとしたこの飛行速度が最高速度なのか?
となると今みたいに飛ぶのを楽しむ分には良いが、羽化登仙の様な飛行戦闘はちょっと厳しい気がする。
まっ、当の桜はこのスキルで大満足みたいだけど。
はてさて、そうなると俺の取得したこいつはどうなんだろう?
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『フライ(ノーリミットカスタム)LV1(0%)』
種類 :アクティブ
効果 :空中を飛翔する効果。飛行速度限定解除。取得特技の使用が可能。通常効果時間10分。クールタイム30分。
【特技】
『ロケット噴射スタート』
種類 :アクティブ
効果 :スタート時の超加速を実現する。使用時効果時間3分減少。
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スキル説明を見る限りではかなり尖がった仕様に感じるんだが、同じ習熟方法な筈なのに何故にこうなった?
チラッ
プイッ
う~ん、実に怪しい。
が、まあいい・・・
重要なのは、この桜とは違うフライ(ノーリミットカスタム)なるスキルがどんなスキルなのかって事だからな。
よしっ、そろそろ俺も試してみるか。
シュタッ
キィィ―――ン
少年が大地を蹴るとその身体は見る見るうちに上昇、そのスピードは際限なく加速して行く。
なっ、ちょっとタンマタンマ。
シュッ
ぐおっ!
空中で何かにぶち当たったかのように停止した少年。
何だ何だ?このド偉い加速力。
あの一瞬でこんな高さまで上がっちまったのか。
軽く飛び上がったつもりが、俺の想像の遥か上を行っちまってる。
一方、停止時の荒っぽさも酷いもんだな。
あんな事故った様な衝撃が来るなんて聞いてないぞ。
羽化登仙での飛行が市販オートマの高級車だとすれば、こっちはまるでマニュアルでF1マシンでも運転してるようなものか?
一気に加速するし、止まるときはブレーキを思いっきり踏み込んだように停止。
これじゃスキルを使うんじゃなく、スキルの力に振り回されちまってるし、いつ大怪我しても可笑しくない。
う~ん、どうすっかなぁ。
また飛ぶスキルを取得し直す?
いや、俺が求めるのは戦闘時に対応できる飛行型スキルであり、この加速力自体は大きな武器になる気がする。
問題はあまりのスピードに俺のイメージ操作が追い付かない点と停止時の身体への負担なんだが・・・
これはハイテンションタイムになって調べた方が早そうだな。
ドキドキジェット、発動っ!
ドッドッドッキィィィィィィィィ・・・・・・・・・・・・・・
よし、取り敢えず今度は真横に飛んでみるか。
キィィ―――ン
おお、流石にハイテンションタイム中なら、この高速飛行中でも思考に余裕があるし、このスピード感覚について行ける。
しかし音速ダッシュの時には、スピード感に悩まされる事等なかったのに・・・
なるほど、風圧調整による呼吸保護等の仕組みは同じだが、飛ぶ事に関するイメージの自動調節がかなりマニュアル操作的仕様になっている為か。
あとこのスキルはどうやら飛行能力に最大限極振りされた仕様みたいだな。
浮力による初速の速さもさることながら、飛ぶとイメージしただけで、際限なく加速して行く。
定速飛行を行うには、常時ブレーキをかけ続けるイメージ・・・なるほど、常時加速なだけにこういうイメージ操作が必要になる訳か。
そしてこの大出力の所為で、桜の『空中遊泳』より随分短めの効果時間になっちまってる訳ね。
一方停止時の衝撃の方は・・・
なるほど、こっちは単純に止まるイメージではなく、しっかり減速し速度を下げてから停止するイメージか。
はてさて、こうして飛ぶために必要なイメージ操作が分かってしまえば、通常時でも全神経を集中すれば、何とかなるかもしれない。
しかし飛行中に戦闘出来るかと言われれば・・・
う~ん、事故った時の保険くらいは欲しい所だな。
シュッ
キィィ―――ン、シュッ
キィィ―――ン、シュッ
キィィ―――ン、シュッ
『ピロリン。スキル『衝撃耐性』を獲得しました。』
おっ、感度ビンビンを使った場合の飛行検証で思わぬ副産物が・・・
ちっとも痛くなかったし、らっき~。
う~ん、もしかして耐性スキルを取得しようとする場合、感度ビンビンは凄い効果を発揮するのではないだろうか?
まっ、それは今は良いか。
取り敢えず回復魔法を掛けとこう。
「ヒール。」
○5分後○
少年はダンジョンの空を駆ける。
キィィ―――ン、シュッ
うっ。
衝撃耐性スキルを取得したから大丈夫かと思ったが、全てを殺し切れてないなぁ。
それに多少は思い通りに飛べるようになって来たつもりだが、まだ減速イメージが遅れている。
しばらく練習が必要そうだな。
にしても基本性能でこれだと、あのロケット噴射スタートとかいう特技を使ったらどうなっちまうんだ?
・・・ハハ、使わん方が身の為だな。
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○午後4時、クローバー拠点部屋○
夕方、拠点部屋の集合時間。
もう既に桜を除いた面々が、部屋の中で寛ぎ、俺はA4サイズの一枚の紙を眺め、溜息を一つ。
はぁ~、これじゃ今回のオークションへの参加は無理っぽいなぁ。
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『アイテムオークション出品リスト(出品順)』
1 ミスリルのインゴット
2 ラッキーコンパス
3 『マインドガード』のスキルスクロール
4 至極の湯飲み茶碗
5 カプセルモンスター(ブラックオオサンショウウオLV1)
6 円月輪 風月
7 大容量収納カード
8 マジックカーペット
9 カプセルモンスター(ジャイアントフロッグLV1)
10 高級鑑定めがね
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大容量収納カードなんつー良さ気な出品アイテムもあるのに、俺達の落札価格が決まる頃にはもう出品が終わっちまってる。
まっ、今回は会場にも行かず、結果だけ受け取る形にしとくか。
やりたい事色々てんこ盛りだし。
ガチャリ
「おっ待ったせ~。お姉ちゃん連れて来たぁ~。」
「ふふ、お久しぶりね、賢斗君にかおるちゃん。」
現れたのは大きなリュックを背負った椿さんと桜。
本来この部屋はクローバーという店の奥にあり、関係者以外入室禁止となっている。
そして俺達的には身内感覚の椿さんであっても、こうしてお招きするには店側の許可が一々必要だったりする。
とはいえその辺も水島さんに昨日事情を話し、今日初めて椿さんはこの部屋に足を踏み入れる事となった。
「ああ、どもっす。」
「ご無沙汰してます、椿さん。」
「うわっ、何この部屋。
テレビにパソコン、高そうなソファまで・・・
プロ探索者になると、こんな豪華なお部屋を用意して貰えるの?」
「ハハ、他はどうか知りませんけど・・・まあはい。」
「お姉ちゃん、ここのテレビ、探索者チャンネルも見れるんだよぉ~。」
「ふ~ん、私的にはそれほど興味湧かないけど、CS放送まで契約してくれるなんていい事務所に入ってるじゃない、桜。」
「ま~ね~。」
そういやモンチャレ優勝記念のお祝いで、契約して貰ってたな。
確認の為に一回つけてそれっきりだけど。
「でもでもホ~ント、今日は助かっちゃったわぁ。
最近は清川のあの入口付近に結構人の出入りがあるから、錬金の練習どころじゃないのよねぇ~。
それにあそこの静かで優雅な雰囲気が台無し。」
「アハハ、行ってみたんですか?」
「うん、2、3回足を運んだけど、通る人達が邪魔そうな目でみるし・・・ホ~ントやんなっちゃう。」
あらら。
「で、賢斗君。人が居ない安全なダンジョンに連れてってくれるってホント?」
「ええ、一応Dランクのダンジョンなんですけど、スタート地点は安全だと思うんで、椿さんをお連れしても大丈夫だと思います。」
「うふっ、やっぱり賢斗君は優秀ねぇ~。
お返しに腕に縒りを掛けてMPポーションを作ってあげないとね。」
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○午後4時20分 北山崎ダンジョン1階層 島山の頂上○
今回のハイテンションタイムでは、椿さんもスキル共有に加わっている。
まあ何にせよ、このダンジョンで俺達と別行動をとる椿さん。
緊急時の連絡用に念話スキルくらいは取得してもらわねばなるまい。
といっても念話スキルは協力者がいれば比較的簡単に取得出来てしまうスキル。
ハイテンションタイムにならずとも10分も有ればその取得が可能だろう。
そしてその辺の事情にも詳しい先輩が・・・
「椿さん、ドキドキジェットは使っちゃダメですよ。
あれを使わなくても念話スキルは協力者がいれば10分ほどで取得できますから。」
さも当たり前の様に余計な事を仰る。
「あら、そう。でもどうして?かおるちゃん。」
ごにょごにょごにょ
う~ん、実に腹立たしい。
「ふ~ん、でも大人の女性なら大丈夫ってこと?」
「えっ、ええまあ。」
おや・・・これはまさか。
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○散開後 島山の頂上○
スキル共有を終えると、桜の転移で姿を消す円ちゃんと椿さん。
島山の山頂には、俺と先輩が残っているのだが・・・
「先輩はまた採掘ですか?」
「うん、今日は採掘用のハンマー持ってきたから、試してみないとぉ。賢斗君はぁ?」
「俺はほら、今朝見せた空飛ぶスキル、あれの練習を。」
「へぇ~、悪いけどその予定は変更してくれないかなぁ~。
今日は賢斗君と二人っきりで、採掘したい気分なの。」
「どうしたんですか?先輩。俺が居ないと寂しいんですか?」
「うう~ん、分かってるくせにぃ~。」
「分かってませんよぉ~。」
ふっ、今日の俺は忙しい・・・
そんな見え透いた採掘のお誘いなんかに乗ってたまるかっ。
「「アハハハハハハ。」」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○北山崎ダンジョンスタート地点から5km程沖、最寄りの小島○
「ストーンウォール・アンリミテッド・トリプル。」
ズシーン、ズシーン、ズシーン
海岸線に3つの土壁が出来上がる。
さて準備は出来ました。
「小太郎、またお魚さんが貯まったら教えて下さい。」
「分かったにゃ。」
そう言い残すと少女は小島の中央にあるヤシの木の1本に近づく。
「えいっ。」
ミシッ・・・ボトボトボト
少女の突き出したお尻がヤシの木に当たると、その実はすべて地面に落とされた。
うふっ、これは中々使えるスキルの様ですねぇ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○北山崎ダンジョン1階層 スタート地点○
「へぇ~、確かにここなら安全そうね。
あそこの穴が外に繋がってるのかしら?」
「うん、そぉ~。でも外は断崖絶壁なんだってぇ~。」
「ふ~ん、ダンジョン内のこの景色も結構良いけど、後でそっちも見てこようかしら。」
「それでお姉ちゃん、今日はどうするのぉ~?
感度ビンビンを取得してみるぅ~?」
「そうねぇ、今後的にはそっちの方が良さそうだし、試してみようかしら。
かおるちゃんにあんな事言われたら、逆にハイテンションタイムってのにも興味が出ちゃうしね。」
「そっかぁ~、じゃあ私がお手伝いしてあげるぅ~。」
「うん、お願いね、桜。」
「おっけ~。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○島山の頂上○
遥か遠く、島山の頂上からスタート地点の断崖の上を眺める男女。
ほほう・・・ニヤリ。
やはり椿さんはハイテンションタイムにチャレンジするおつもりの様だ。
にしても美人姉妹による夢の競演ですかぁ・・・これは見逃せませんよぉ♪
あらら、椿さんにも困ったものね。
あれは中川さんが凄いだけなんだから、もう。
そしてあの会話はきっと、私同様聴覚強化を持ったお隣さんには筒抜けね。
となれば悪いけど・・・ここは切り札を使わせて貰うわよ、賢斗君。
「「アハハハハハハ。」」
「さぁ~てそろそろ、空の散歩にでも行ってこよっかなぁ~。」
ぐぁしっ!
少女は少年の腕を掴むとくるりと方向転換。
「逃がさないわよ、賢斗君。今日は私と採掘しましょ。」
「逃げる、とは?何を言ってるか分かりませんよ、先輩。」
「ふふっ、もう化かし合いの時間は終わりよ、賢斗君。
絶対逃がさないんだから。」
くそっ、もう夢の競演の開演時間が迫っているというのにっ!
こうなったら・・・転移っ。
少年は2mほど横に短距離転移。
「先輩、採掘には今度また付き合いますから。」
そう言い残すと、走り出す少年。
よしっ、このままとんずらだ・・・
待ってろっ、夢の競演っ!
「あっは~ん、うっふ~ん。」
ああ?何か先輩が後ろで妙な声出してんなぁ。
まっ、そんなの今は構っちゃいられないが・・・
「賢斗く~ん、もどってらっしゃ~い。」
ピタッ
なっ、足が勝手に・・・まっ、まさかこれはっ!
「お呼びで御座いますか?かおる様。」
「うんうん、そんな泣いてないで、今日は私と二人で採掘しましょ?」
「御意。」
くっそぉ~、先輩はジャイアントフロッグ戦の時、俺がセクシーボイスの効力に掛かっていたのに気が付いていたのか?
まあそれはどうあれ、これを先輩が躊躇なく俺に使い始めたというのは、今後余りにも危険すぎる。
それに何より、このままでは夢の競演が終わってしまうではないかっ。
何としてもこの呪縛から抜け出す方法を見つけ出さねば。
う~ん、でもどうやって?
ええいっ、ドキドキジェット、発動っ!
ドッドッドッキィィィィィィィィ・・・・・・・・・・・・・・
まあこういった精神汚染を引き起こす状態異常を防ぐには、オークションに出品されてたマインドガードスキル辺りが必要だろう。
しかし今の俺はもう既に状態異常に掛かっちまってる。
この状況を打破するには、予防だけでなく自浄作用まである強力な精神異常対策スキルが必要。
となるとそのスキルの習熟方法は・・・限りなく心を無にし、精神を自浄するイメージっ!
よしっ、早速取り掛かろう・・・このままでは夢の競演が、いや、早るな。落ち着けぇ、落ち着けぇ、ふぅ。
よし、もう一度、いざ、落ち着けぇ、落ち着けぇ・・・後はこの心を鎮める作業を繰り返すだけ。
その反復はまるで星の瞬きの様に加速して行く。
『ピロリン。スキル『明鏡止水』を獲得しました。特技『精神洗浄』を獲得しました。』
よしっ、精神洗浄っ!
「賢斗く~ん、ほらっ、ここにしましょ。
きっと魔鉄鉱石が取れちゃうわよぉ~。」
「分かりましたよ、先輩。今日はとことん付き合ってあげます。」
少年は澄んだ瞳で応えると、少女の元へと駆け寄って行った。
次回、第八十四話 ギルド制度の導入。




