第八十二話 『フライ(ノーリミットカスタム)』
○6月18日火曜日午後0時20分、お昼休み○
モグモグ
「賢斗っち、賢斗っち達も白山ダンジョンのイベントには参加するっしょ~?」
「ん、何だ?モリショー、そのイベントって?」
「多田、貴様ともあろう者がそんな情弱でどうする。
ふっ、仕方ない。このイベント案内をお前にも特別に見せてやろう。」
ん、どれどれ。
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『~白山ダンジョン期間限定高校生チャレンジイベントのご案内~』
趣旨 初心者である高校生探索者の健全な育成と支援
イベント内容 白山ダンジョンの指定階層到達で探索者協会より賞金が授与されます。
参加資格 高校生探索者
イベント期間 6月17~6月30日まで
指定階層及び賞金
5階層 1万円
10階層 5万円
15階層 10万円
17階層(最下層)30万円
特記事項 あくまでイベント趣旨に則り、参加する高校生探索者の方々は、自己の実力を十分把握し無理のない目標での参加を宜しくお願いします。
※階層到達証明には、指定階層に出現する階層ボスの魔石買取時に申告して下さい。鑑定により確認を行います。
※攻略証明の場合、別途ダンジョンコアの写真撮影が必要となります。
※クリア賞金の重複は禁止、お1人様、また1パーティーに付き各階層1回のみ有効です。
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「地元のダンジョンの大事なイベントだ。
ここは5階層くらいの賞金は確実に貰っておかねばなるまい。
何でもこの賞金はランキングにも加算されるらしいからな。」
「そりゃ当り前っしょー義則っち。
俺達のパーティーだって平均レベル5にあと少しって感じだし、1万円支給はデカいっしょ―。」
へぇ~、こいつ等もうそんなレベルに・・・この時期の高校一年としては結構凄いな。
にしても何かもう俺、こいつ等と金銭感覚がズレちまって来てるなぁ。
賞金が1万円と聞いても大した額に思えんし。
ゴブリンの落とす短剣を先輩に修復して貰って買取にまわせば、それだけで1万5千円の買取額、この間の魔銀のフォークなんてあの2本で50万円近くになってたからなぁ。
まっ、浪費時の貧乏性は全く変わらんが。
でもこれはあれか・・・
この賞金がランキングに反映されるって点では、こいつ等が飛びついちまうのも分かる気がするな。
通常魔石の買取だけで1万円稼ぐとなれば、俺達でもそれなりに苦労する。
この間のカラスも確か、Dランクの中魔石1個7000円だったし。
例の高校生ランキング辺りに興味津々な奴らにとっては、このイベントは絶対にはずせないものなのかもしれない。
まっ、何にせよ・・・
「こんなイベント始めたんなら、白山ダンジョンは今大盛況だろ?」
「そりゃ当り前っしょー。
昨日は受付の並びも行列出来てたし。」
だろうな。
「まっ、まあモンチャレ優勝者様はこんな地方ダンジョンのチンケなイベントに興味はないだろぉ?参加するなよ、多田。」
はいはい、こっちも新天地の探索に忙しいし、多くの探索者で混雑するダンジョンなんて真っ平御免。
「分かったよ。」
こんなイベント俺達に出ろなんて言えるのは、うちのボスくらいだろうな。
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○午後0時30分、クローバー執務室○
「ハーックション」
あらやだ、風邪かしら?
トゥルルルルル
「はい、ダンジョンショップクローバーです。」
「あっ、中川先生ですかぁ~。御無沙汰してますぅ~、パチパチ~。」
もう確認して貰えましたかねぇ?今回のイベント内容。
蛯名っちちょっと頑張っちゃいましたぁ~。」
「ええ、無理言って悪かったわね。ありがとう。」
「いえいえ、ホントは高校生イベントに15階層と17階層にまで賞金つけるなんて色々問題有なんて言われちゃいましたけどぉ。
そこは自分達の実力を見極める力の育成という事で、押し切っちゃいましよぉ~。」
「そうねぇ、探索者は自己責任なんて言われてるけど、高校生対象のイベントとなるとそういう問題はどうしてもついて回っちゃうのよねぇ。
うん、助かったわ、蛯名さん。」
「それでそのぉ~、あっちの件についてはぁ~。」
「あっ、うん。そっちは勿論うちとしてはOKよ。
あとは多田さんにでも直接確認して頂戴。」
「わっかりましたぁ~。」
ガチャ
ふふっ、これであの子達の高校生ランキング順位も少しは上がるかしら。
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○午後4時30分、白山ダンジョン協会支部○
ウィーン
「たっださぁ~ん。会いたかったぁ~。やっほ~う。」
自動ドアが開くなり、両手に色紙を掲げた女性が体操選手の着地後姿勢でお出迎え。
一方受付の方を窺えば、かなりの大混雑なのだが・・・
「おい、蛯名っち。他の職員さん達大変そうだぞ。
お前も受付に入って仕事しろよ。」
「何言ってるんですか、多田さん。
私だってさっきまで汗水たらして働いてましたよぉ~。
今は休憩時間にもかかわらずこうして多田さんのお出迎えに馳せ参じたのではありませんかぁ。」
何故わざわざお前が俺達の出迎えなんかするんだよっ。
「あっそ。まあいいや、丁度いいから蛯名っち、侵入申請済ませてくれ。」
「ううん、他ならぬ多田さんの頼みとあらば喜んで・・・と言いたいところですが、今日はそうもいきません。
聞いたところによると、緑山ダンジョンの攻略認定をされたそうじゃないですかっ。
こう見えて蛯名っち、今日は怒ってるんですよぉ~、ほらほら逆鱗こぉ~。」
「ああ、うん。それでどうしてお前が怒るんだよ?」
「どうしてじゃありませんよぉ~これはぁっ!
ナイスキャッチのホームダンジョンは白山ダンジョンです。
ここの攻略認定を受けずして他のダンジョンを攻略するなど、かぁー、これはもう浮気される妻の気持ちっ!来てるぅ~っ!」
来てねぇよっ。
「それに何ですか?
第三種特別許可まで取ったそうじゃないですかぁ~。
こんな事では、もう白山ダンジョンへは来ないと言ってるようなものです。」
うん、まあ出来ればそうしたいとこだが・・・
「そこで蛯名っち、閃きました。
今後的に私の方からクローバー探索事務所へ魔石の出張買取に出向こうかと思うのですが、如何ですかぁ?
これなら多田さん達も大助かり。
そちらの中川先生には、多田さんの許可があればOKだとお許しも頂いております。」
魔石の出張買取?
協会にそんなサービスあったかな?
いやねぇだろうな・・・そんな事しても協会には一銭の特にもならんし。
とするとこいつの趣味で只俺達の拠点部屋に来てみたいといった辺りが、この話の本旨。
う~ん、にしてもどうする?
内容的にはこちらにメリットのあるいいお話なんだが・・・
いや悩むまでも無かったな・・・来るのがこいつじゃ話にならん。
「賢斗ぉ~、助かるねぇ~。一々魔石の買取に来なくて良いんだってぇ~。」
むぅ、先生は乗り気か?・・・まあそりゃそうか。
うちの管轄外ダンジョンで取得した魔石買取は、単に桜の帰り道が一番この協会に近いという理由で、毎回お願いしている状態が続いている。
となれば当然、ここでのイエスノー権限があるのは、俺ではなく桜・・・
俺が幾ら乗り気じゃないとしても、ここでこの申し出を断ってしまったら、リーダー失格の様な気がする。
「ああ、それは助かるよ、蛯名っち。
特に困る事もないし、お前の好きにしてくれて良いよ。」
「いやぁ~、これで中川先生も納得ですねぇ~。パチパチ~。」
女性は胸ポケットからレコーダーを取り出す。
ポチッ
『ああ、それは助かるよ、蛯名っち。
特に困る事もないし、お前の好きにしてくれて良いよ。』
こっ、こいつ、録音までしてたのか。
そんな事しなくても、後から言ってないなんて言わねぇよ。
「いやぁ~、良い台詞頂きましたぁ~っ!
特にこの「お前の好きにしてくれて良いよ」って部分が最高ですねぇ。
あとで編集しちゃいましょう。」
「ん、おまえそれ、何に使うつもりだ?」
「毎晩寝る前に聞くだけですけど、何か?」
いや・・・ちょっと待て。
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○午後5時、白山ダンジョン1階層 右ルート宝箱部屋○
ダンジョン内、宝箱の置かれた小部屋。
その宝箱の前には3人の少年少女達が眠っている。
さて、今回は監視役という大事なお仕事頂いちゃいましたね。
そんな大役、私に勤まるでしょうか。
とはいえここは精一杯頑張るしかありませんね。
「小太郎、お前は桜とかおるさんを頼みましたよ。」
「分かったにゃ。」
少女は傍らに眠る少年を見つめる。
じ~~~
「よいしょ。」
ゴロン
少女は少年の身体をうつ伏せに引っくり返すと、再度隣に腰を下ろす。
ふぅ、やはりこの背中が見えている方が落ち着きます。
じ~~~サワサワ
あ~やはり我慢できませんね、この衝動は。
クンクン、スリスリ
あ~堪りません、賢斗さんの臭いがします。
凄く久しぶりです。
やはりこの背中は私の物。
「おい、こっちのメスが浮いちまってるにゃ。」
あら、飛ぶスキルの取得に成功すると体が浮いてしまうのでしょうか。
「小太郎、ではこのダメ人間クッションを桜の身体の真下に置いて下さい。
でも安心しては駄目ですよ、ちゃんと桜の身体を見守って居てあげて下さいね。」
「わかったにゃ。」
でもどうしましょう。
ダメ人間クッションは一つしかありません。
ここで賢斗さんまで浮いてしまったら・・・
○睡眠習熟中の少年○
さて、空飛ぶスキルの習熟、早速行ってみますか。
ドキドキジェット、発動っ!
ドッドッドッキィィィィィィィィ・・・・・・・・・・・・・・
よし、俺は飛べる飛べる飛べる飛べる・・・
浮力をその身に纏い、地球の中心へと向かう引力を上に反射するイメージ。
このイメージをこの潜在意識下で増幅、後は繰り返していくだけ・・・
そのイメージは、星の瞬きの・・・
うっ。
ん、妙だな、急に何か柔らかいものが腰の上に乗った様な・・・
う~ん、これは何だろう・・・飛ぶスキル取得への壁みたいなものか?
くそっ、流石に飛ぶスキルは難易度高いな・・・スキル取得の一歩手前で、こんな負荷が掛かるとは。
しかしこれで諦める訳にもいくまい。
習熟方法はこれで合っているはず・・・となれば問題はイメージ力不足っ。
こうなりゃ限界まで、このイメージ集中を高めてやろうじゃないかっ。
ぬぉおおおお~、飛べる飛べる飛べる飛べる・・・
○少年の背中に乗る少女○
少女は少年の背に腰を下ろし、満足そうに笑みを浮かべる。
むふぅ~、こうして居れば安心ですね。
皆さんが寝ている間ならば、おチビ猫さんにならなくても恥ずかしくありません。
ついでに今日は思う存分賢斗さんのお背中を独り占めさせて貰いましょう。
グラ
おや、賢斗さんの身体から浮力を感じてきましたよ。
私のお尻が持ち上がっちゃいます。
やはり飛ぶスキルの取得に成功する時は浮き上がるものなのですね。
ふんっ。ふりふり。
あはっ、賢斗さんを私のお尻で押さえつけちゃいました。
なんか気分が良いですねぇ。
グラグラ
ふんふんっ。ふりふり。
なんかちょっと変な気分・・・
グラグラグラ
ふんふんふんっ。ふりふりふり。
あっ、これ・・・癖になっちゃいそうですぅ。
ふりふりふりふり・・・ビクンッ
あんっ・・・
『ピロリン。スキル『ヒッププッシュ』を獲得しました。』
グラグラグラグラァァァァ―――
「きゃあ。」
浮き上がろうとする力に少女が押し退けられると、少年の身体は凄い勢いで上昇して行った。
ひゅぅ~~ドンッ
背面から天井に打ち付けられる少年の身体。
この強い浮力は何でしょう。
桜の場合はゆっくりと浮かび上がっただけでしたのに。
・・・これはどうやら考えてはいけない事の様ですね。
「クリエイトゴーレム。」
ゴゴゴゴゴー
現れたのは身の丈こそ2mは有るが、何とも脆弱なゴーレム。
「ゴーレムさん、落下に備えて賢斗さんの身体を支えておいて下さい。」
ちょっと弱そうなゴーレムさんですが、まあ賢斗さんの身体を支えるくらいはできそうです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○睡眠習熟後○
ムクッ
「痛つつつぅ~。」
後頭部に手をやり起き上がる少年。
いやぁ~、飛ぶスキルが取得出来たは良いが、偉い苦労しちまったな。
何か知らんが、後頭部が痛いし。
「桜ぁ~、飛ぶスキルは取れたか?」
「うん、バッチリぃ~。『空中遊泳』って言うのが取れたよぉ~。」
「ふっ、そりゃよかったな。」
ってあれ?可笑しいな・・・俺が取ったのとスキル名が違うんだが・・・
「賢斗はぁ~?」
「ああ、俺も取得したぞ。『フライ(ノーリミットカスタム)』とか言うの。」
う~ん・・・どうして違うんだろ?
チラッ
プイッ
ん、円ちゃん?
次回、第八十三話 採掘のお誘いと『明鏡止水』。