第七十六話 キャットクイーンシステム
○6月16日日曜日午前9時30分、緑山ダンジョン協会待合席○
実技試験後、探索者証の更新に30分ほど時間が掛かるそうである。
俺達は受付前の待合席に座り、しばし先ほどの試験を振り返る。
「ねぇねぇ、賢斗君。さっきの円、試験官さんに見られてないわよね?」
「ええ、まあ一応俺が死角になる様に立ってましたし、大丈夫だったと思いますけど。」
それにしてもさっきはヒヤヒヤもんだったなぁ~。
あれはもうコスプレどころの騒ぎじゃなかったし、映画の特殊メイクさながら・・・
あんな猫女王様のご尊顔を試験官に見られてたら、どんな言い訳したって通用しそうにない。
今度先輩に円ちゃんのロングマントに、フェイスガード付きフードでも付けて貰おう。
「円ちゃん、さっきは凄かったねぇ~。」
「うふっ、ありがとう、桜。」
「そうそう、円、あんた一体何したのよ?」
「はい、かおるさん。私も先ほど初めて使いましたが、あの特技はクイーン猫エボリューション。
一時的にスーパー猫ちゃんに変身する特技だと思います。」
ふ~ん、お嬢様的にはそういう解釈か・・・
しかしまあレベル15の魔物を倒しちまうほどの特技だし、満更的外れって訳でもないかもな。
「じゃあ円ちゃん、その新しい特技、解析しちゃって良いかな?」
「はい、賢斗さん。宜しくお願いします。」
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『クイーン猫エボリューション』
種類 :アクティブ
効果 :野生の本能が解き放たれ、一時的にレベルが2倍に跳ね上がる。効果時間3分。クールタイム72時間。満月の日のみ発動可能。
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なっ、なるほどな・・・こう来たか。
キャットクイーンスキルの最後にこんな隠し玉があったとは・・・
確かにこれならレベル15の魔物を簡単に屠れる訳だ。
この特技で重要なのは、単純な能力上昇効果ではなく、”レベル”が2倍となっている点。
つまりこのクイーン猫エボリューションという特技は、紛れも無くあのクイーン猫パンチの封印を解く鍵の役割をしている。
そして彼女がこの封印を解いた時、自身の倍レベルの敵を瞬殺できる能力が目覚める・・・
そう、恐らくこれが真のキャットクイーンシステムの完成形。
しかし問題はこの発動条件のシビアさか・・・
効果時間が3分ってのはまあ良いとして、クールタイムが72時間。
つまり3日に1回・・・いや、満月の日のみ発動可能?
これはどういう意味だ?
確か満月の日は月に3日しかなかったはずだ。
という事は・・・う~ん、つまりあの猫女王様が降臨できるのは、その月の満月日3日のうち一回のみ・・・
なるほど、実質的には月1回という長いクールタイムに加え、使う期間まで制限されてしまうのか。
しかしそれでも尚、この破壊力を秘めたキャットクイーンシステムが一度炸裂すれば・・・
「・・・って感じの特技だよ、円ちゃん。」
「そうでしたか。でも今日がたまたまその満月の日で良かったです。
こうして皆さんのお役に立てましたから。」
「でもそれならこんな経験値にもならない試験で使っちゃって、何か勿体なかった気になっちゃうわねぇ~。」
ですなぁ。
「じゃあさぁ~、次にあの円ちゃんに会えるのは、来月になっちゃうのぉ~?」
「まっ、そういうことだな。」
「ふふっ、では次の満月の日を楽しみに待つとしましょう。」
・・・それまるで狼男の台詞だな。
とここでようやく・・・
「ナイスキャッチさ~ん、お待たせしましたぁ。
こちらが更新された探索者証になりま~す。」
新しく更新された探索者証を受け取ると、備考欄には『第三種特別許可』と記載されている。
「今後は第三種に指定された管轄外ダンジョンの侵入が許可されますが、その際はこの新しい探索者証を必ず携帯して下さいね。」
はいはい。
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○午前10時40分、緑山ダンジョン5階層、巨木50m手前○
第三種侵入許可が下りたのだが、先ほどの暇な待ち時間には今日これからの予定も話し合われていた。
その内容といえば、折角ここまで来ているのだし、ついでにこの緑山ダンジョンで5階層の階層ボスの討伐。
その後は6階層に下り、俺はまた単独行動で最終ボスを目指し、他のみんなはのんびりハイテンションタイムを消化なんて計画が決定している。
はてさて、そんな訳で今現在、再び侵入申請を済ませた俺達は5階層のボスが出現するであろう巨木の手前までやって来た。
「ここの5階層の階層ボスの情報は、一応調べてみたんだけど、レベル9の植物系の魔物らしい。」
「ふ~ん、じゃあきっと、桜の火魔法の出番ね。」
「えへへ~、まっかせっなさぁ~い。」
「油断は駄目ですよ、桜。」
「だいじょぶだって、円ちゃん。へいきへいき~。」
まっ、桜がこう言うのも無理はない。
俺だってここのボスくらいなら、俺一人で事足りるだろうと思っちまっているしな。
とお気楽モードで近づいて行くと・・・
バサッ!
枯れた巨木の幹に突然1mを超える紫檀色の巨大な花が咲き誇った。
バサバサバサバサ
そして次々と30cmほどの赤い花が、巨木全体に咲き乱れて行く。
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名前:ポイズンラフレシア
種族:魔物
レベル:9(12%)
HP 36/36
SM 14/14
MP 22/22
STR : 6
VIT : 14
INT : 12
MND : 31
AGI : 6
DEX : 20
LUK : 10
CHA : 18
【スキル】
『毒霧LV5(42%)』
『毒手LV3(31%)』
『毒耐性LV6(49%)』
【強属性】
水・毒属性
【弱属性】
火属性
【ドロップ】
『ポイズンシード(ドロップ率(35.0%)』
【レアドロップ】
なし
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ほう、こいつが親玉か。
そして普通の奴らは、レベル7のラフレシア・・・毒なし個体って訳ね。
出現と同時にポイズンラフレシアは毒霧を周囲に放ち始める。
ふむ、これでは近接戦闘は厳しいと・・・がしかし。
「いっくよぉ~。ファイアーストーム・アンリミテッドッ!」
ボォファボォファボォファボォファ・・・・
大きな火嵐が巨木全体を包み込むと、それはより一層大きな火柱となって燃え上がり、咲き乱れた魔物すべてを消滅させていった。
よしよし、今回は実に簡単簡単。
ってあれ?
何か巨木まで燃え盛ってますけど・・・
気が付けば魔物達だけでなく、6階層への架け橋である巨木をも消失し始めていた。
う~ん、これってつまり・・・この下へは行けなくなったって事でOK?
「おい、桜。これどうすんだ?」
「あはは~、どんまい賢斗ぉ~。」
いやお前がやったんだろっ。
○戦闘終了後○
階層ボスの復活時間は、ダンジョンによりまちまちではあるが、ここのダンジョンに関しては1時間程。
そんな前情報を頼りに俺達は、少し離れてのんびりとその時を待つことにした。
一方先ほどの戦闘で得たドロップ品と言えば・・・
大量の魔石とプラントシードが16個、ポイズンシードが1個、強力プラントシードが1個の収穫。
桜が言うには、あの花の中に一体だけ黄色い個体が居たそうで、この強力プラントシードなるアイテムは、レア種であるそいつの置き土産といったところらしい。
「桜、このシード系アイテム、椿さんに全部持って行ってやってくれ。」
「えっ、いいの~?」
「ああ、これは調合とか錬金とかでポーション類を作成する時の強化アイテムみたいだし、いっつも世話になってるしな。
まっ、本音を言えば、今度はこれ使って質の良いMP回復ポーションでも差し入れて貰いたいってとこだけど。アハハ。」
「わかった~。凄いの作ってねって頼んでみるねぇ~。」
これだけありゃ、中級のMP回復ポーションくらいなら作って貰えるかもなぁ。
○1時間経過○
各自ハイテンションタイムを消化し、しばらくのんびり休んでいると、ようやく巨木復活のお時間。
キラキラキラキラ・・・
先ほど巨木が立っていた空間に光が満ち、朽ちた巨木が再現されていく。
「うわぁ~、なんか綺麗だねぇ~。」
へぇ~、初めて見た。
にしても成長過程も何もあったもんじゃねぇな。
「で、賢斗君。今度はどうするの?」
う~ん、さっきの戦闘からして、あの巨木まで消失させてしまうのはNGだろう。
しかし各個撃破となると、出来ない事も無いのだが、結構面倒臭い。
となれば一番安全かつ効率的にあの花の魔物を排除できるのは・・・あっ。
「ねぇ円ちゃん。円ちゃんってさっきの戦闘でレベル9に上がったんじゃない?」
「あっ、はい、賢斗さん。仰る通り、この円はすくすくと成長しております。」
「ちなみに現在のシャドーボクシングスキルのレベルは?」
「そちらはもう既にレベル3となっていますよ、賢斗さん。」
よし・・・イケる。
○戦闘開始○
「ねぇ、賢斗君。何で今度は幼女の猫ちゃん円をおんぶしてるのよ。」
「ふっ、まあ今回、先輩と桜はちょっと黙って見てて下さい。
あっと驚く展開をお見せしますから。
じゃあ、行くよ、円ちゃん。」
「了解しました、賢斗さん。」
スッ
フッ
猫耳幼女を背負い、巨木の手前2mほどに転移すると・・・
バサッ!
再び枯れた巨木の幹に突然、紫檀色の巨大な花。
バサバサ・・・
そしてまた通常個体のラフレシアもその数を増やしていくが・・・
その瞬間、背中の幼女がジタバタと動いた。
シュッシュシュッシュッ
バタバタ
すると花たちの姿は消滅していく。
ふっ、作戦通り。
「やりましたね、賢斗さん。」
「ああ、巨木も残っているし、これが完勝ってやつだな。」
「今のどうなってるのぉ~?」
「ああ、これは円ちゃんのシャドーボクシングとクイーン猫パンチ&キックのコラボだな。
まっ、今回は安全を期すため、俺が転移で瞬間的に円ちゃんをその攻撃可能範囲に移動させてみたけど、上手く行ってくれたみたいだ。」
「そっか~、急に全滅したからビックリしたよぉ~。」
「そうねぇ、何か物理による範囲攻撃みたいに見えたし。」
確かになぁ・・・俺も昨日アレを見て無きゃ、こんな作戦思いつかなかっただろうな。
つまりこのシャドーボクシングというスキルの遠隔攻撃性能・・・
これは恐らく、仮想相手を複数イメージすれば、一つの攻撃がその全てに対する同時攻撃となる破天荒な代物なのだ。
っとに、ふふっ、ふざけた性能だわな・・・
いや待てよ・・・これは恐らくそれどころの話じゃない。
この遠隔複数攻撃性能は間違いなくあのキャットクイーンシステム発動時にも連動するはず。
となれば、状況さえ整えば自己レベルの2倍となる強敵の大量撃破も夢ではない。
しかも仮にそれが成功すれば、いよいよ小太郎の持つジャイアントキリングの真価が目を覚ますだろう。
まあ問題は、その状況を作り出すだけでもかなりハードルが高いって事なんだが・・・
ふふっ・・・ちょっと鳥肌立ってきたぞ。
「賢斗ぉ~、もう次の階に行くよぉ~。」
「何やってんのよ、賢斗君。ボーっとしてるとおいて行くわよ。」
「おっ、おう。」
俺達パーティーは、これまでの高校生探索者の常識を覆すほどの高みへと昇りつめてしまうかもしれない。
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○5階層~6階層、螺旋階段○
「ねぇ、円ちゃん・・・」
俺は未だ俺の背から降りようとしない猫耳幼女に話しかける。
あとこのお嬢様に足りないのは機動性・・・
レベル2倍でAGIも上がっているだろうが、倍レベルの敵を相手取る訳だし、そこに優位性は生まれない・・・つか、このお嬢様だと劣っちまうだろうな。
「円ちゃんも空間魔法を取得したらどうかな?」
今回はその穴埋め役を俺がやったが、彼女自身が空間魔法を取得してしまえば・・・
「それはどういう意味ですか?賢斗にゃん。」
「ああ、ほら、さっきの技だけど、円ちゃん自身が転移を使えたら、俺がおんぶする必要もなくなるだろぉ?」
「何を言っているのか分かりませんよ、賢斗にゃん。
それでは数少ないおんぶチャンスが台無しになるではないですかにゃん。」
「おっ、おう。」
う~む・・・アプローチの仕方を間違ったか?
次回、第七十七話 羽化登仙の誓い。




