第七十五話 『クイーン猫エボリューション』
○6月15日土曜日午後2時40分、緑山ダンジョン1階層○
第2ホームダンジョン計画の実地調査から帰って来ると、時間的にまだ余裕があった。
そこで少しは通常のダンジョン活動をしておこうと、ここ緑山ダンジョン1階層までやって来ている。
「じゃあみんなはあの湖の辺りにでも行って、ハイテンションタイムなり採取なり各自自由に活動してくれ。
俺はちょっと例のお膳立てを一人で進めて来るから。
皆の移動の方は桜、頼めるか?」
「おっけ~。」
「じゃ、何かあったら念話で連絡ってことで、あとよろしく。」
スキル共有を終えると・・・
ドキドキジェット、発動っ!
俺は一人緑山ダンジョン2階層スタート地点まで転移した。
スッ
「じゃあ私達はどうしようか?」
「私はね~、空間魔法を上げたいから、あっちこっち転移してみるぅ~。」
「私はこの辺でお花の魔物相手に自分の技を磨きたいと思っています。」
「なら桜、まず最初に私をあの湖のほとりまで転移で連れて行ってくれる?
私はあの辺で魔法スキルのレべリングでもするから。」
「い~よ~。」
○緑山ダンジョン2階層○
フッ
2階層の湿地帯フィールド、その遥か遠くに見える巨木へとさらに短距離転移。
スッ
フッ
『ピロリン。スキル『空間魔法』がレベル9になりました。特技『セーフティルーム』を取得しました。』
ふっ、やっぱりこの階層、抜けるだけなら楽勝だったな。
俺は直ぐ様巨木の根元にある大きな洞へと入って行く。
中の様子は1~2階層の時と変わらず、湿った螺旋階段が下へと伸びていた。
シュタシュタシュタシュタ
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○緑山ダンジョン1階層、湖のほとり○
フッ
「桜、どうもありがと。」
「えへへ~。じゃあまったあっとで~。」
スッ
「それじゃあ始めましょっかぁ・・・ウィンドブレス・アンリミテッド。」
彼女が湖に向かい魔法を放つと、湖面から飛び出してくる魚の影。
ピチピチピチ・・・
「やっぱり湖に魔法を撃つと危ないわねぇ、ここ。」
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン
うふっ、な~んか漁師さんになった気分ね。
「おーい、紺野ぉ~。」
20mほど先から声が掛かる。
あら、珍しい。
「何やってるの?みんな揃って。」
「ああ、今日はスキル研のみんなでダッシュスキルのトレーニングをしてたんだよ。
そしたら初心者侵入禁止区域で、大層な魔法をぶっ放なしてる奴が見えたんでな。」
「ふ~ん。で、そのダッシュスキルはもう取得出来たの?」
「ああ、俺と岩下はもう取得してる。
まっ、トレーニング初めて一週間くらい経ってるしな。」
「古谷先輩、僕もさっき取得しましたよ。」
「おっ、そうだったな。悪ぃ、悪ぃ。」
「えっ、じゃあ取得出来てないのって、綺羅ちゃんだけなのぉ?」
「何よ、あんた、その言い方。いい加減にしなさいよ。」
「あっ、そうだぁ。私もそのトレーニングにちょっと参加しちゃおっかなぁ~♪」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○緑山ダンジョン1階層湖の浮島○
フッ
次は何処に転移しよっかなぁ~。
あっちとこっちとそっちと向こう・・・
う~ん、困ったときは、ちちんぷいぷい~。
スッ
フッフッフッフッ
「「「「あっ!」」」」
超ビックリぃ~・・・
私が4人になっちゃったぁっ!
でも困ったなぁ~、これちゃんと戻れるのかなぁ~?
う~ん・・・まっ、いっかぁ~。
こっちの方が薬草一杯採れそうだしぃ~♪
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○緑山ダンジョン3階層○
3階層に下り立つと、水のせせらぎが聞こえてくる。
目の前には、どこぞの山奥の渓流スポットといった景色が広がっている。
川の両岸は大岩に囲まれ、川面にも良く滑りそうな岩が点在。
川から離れようとすれば、それを妨げるかの様に鬱蒼とした森林地帯が取り囲み、普通なら何処へ向かえば良いかも分からない状況。
といってもハイテンションタイムがまだ残っていた俺は、迷うことなくこの渓流の上流へと移動を始めた。
にしてもこの岩場ではダッシュは流石に使えない。
遠くまで見通しの利かないこの状況では、短距離転移も効率が悪いだろう。
ふぅ~む、普通に時間が掛かっちまいそうだな、このフロアは・・・
特に名案も浮かばず、そのまま30分ほど渓流の上流へと岩場を移動。
すると目の前を体長2mは有りそうなオオサンショウウオ型の魔物が、ノソリノソリと川伝いに移動していく。
デカいなっ、そんでもってレベル5かぁ。
まっ、今日は戦う気はないからな。
そこからまたしばらく川の上流を目指し進んで行くと・・・
ザザザザザー
小さな滝に辿り着いた。
う~ん、あの滝裏に宝箱があんのかぁ。
まっ、復活までまだ45時間になってるけど・・・
「おーい、そっち頼む。」
「任せろっ!」
グサァッ!
バシャバシャバシャ
滝壺の傍らでは、平均レベル6といった感じの3人パーティ―が先ほど見たオオサンショウウオ型の魔物と戦闘を繰り広げている。
とはいえ潜伏&忍び足の効果により、魔物も含め俺の存在に気付いた様子はなさそう。
先を急ぎますか。
俺は勢いをつけ5mほどの崖を駆け上がる。
ふぅ、この辺で大体3分の1くらいかな。
にしてもかれこれ1時間。
あの巨木でも見えりゃ、短距離転移を使えるってのに・・・
あっ、折角川が流れてんだし、水面ダッシュなら使えるかも?
シュタシュタシュタシュタ
おっ、流れがあっても使えるねぇ。
まあ流れに逆らってる分、多少いつもよりスピードが遅い気がするが、それでも滑り易い岩場の移動と比べりゃ雲泥の差だ。
と10分ほど水面を音速でダッシュしてると・・・
おっ、見えたっ!あの巨木だな。
転移っ。
フッ
ハァ~、やっと着いた。
っとに、始めっからこうすりゃ良かった。
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○午後3時30分、緑山ダンジョン1階層入り口付近○
10体以上のアタックフラワーの群れに取り囲まれた少女。
「そろそろおいらの助けが必要かにゃ?
あんまり無理しない方が良いと思うにゃ。」
首から下げた巾着から顔を出した子猫が、少女に話しかける。
「余計な心配は無用ですよ、小太郎。これくらい朝飯前です。」
すると取り囲んでいた花の魔物は一斉に距離を詰めて来た。
シュッシュシュッシュッ
「とうっ。」
バタバタ
花の魔物はあっけなく全滅した。
「どう見てもおかしいにゃ。
これ攻撃回数と撃破数があってないにゃ。」
「それは違いますよ、小太郎。
私のパンチとキックを放つ速度が速過ぎて、あなたの目には見えなかっただけの話です。」
「しっかり見えてたにゃ。」
「いいですか?小太郎。そんな細かい事を気にしていては、立派な忍者猫には成れませんよ。」
「わっ、わかったにゃっ。」
でも何でしょう・・・今度のこのクイーン猫エボリューションとは。
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○緑山ダンジョン1階層湖のほとり○
「紺野、お前ホントはダッシュスキルをもう取得しちまってたんだろぉ?
俺なんて一週間も死に物狂いで頑張って、ようやく取得できたんだぞ。」
う~ん、これはちょっとやり過ぎちゃったかなぁ~。
ハイテンションタイムでダッシュスキルのトレーニングに付き合ってたら、あら不思議。
こ~んな簡単に取得出来ちゃうなんて、ウフ♡
でもここは馬鹿正直に答えちゃ不味いわよねぇ~、やっぱり。
「あはは~、ばれちゃったかぁ。私、賢斗君から秘密の特訓受けてたのよぉ。」
「ああ、やっぱりか。
お前って奴は全く、あいつに直接教えを乞えるんだからホント羨ましいぜ。」
「かおる、あんただけ狡いわよっ、私にもその秘密の特訓内容教えなさいよぉ。」
「あらやだっ、綺羅ちゃんはまだ取得出来てなかったのぉ~?
どうしよっかなぁ~♪」
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○午後4時、緑山ダンジョン4階層スタート地点○
4階層に下り立てば、そこは眩しいほどの銀世界。
ブズ、ブズ
一歩二歩と進み出ると地を踏みしめる度、足元から鈍い音がする。
葉を失い雪化粧した木々が散在し、起伏に富んだ平原。
景色に溶け込み視認し辛いが、四足歩行の白い獣型の魔物が歩く姿もちらほら。
う~ん、何か冷えるねぇ。
吐く息も白くなっちゃってるし・・・あ~さぶ。
でもまあ、ふふっ、ここもかなり遠いが5階層へと繋がる巨木が見えちまってるな。
(お~い、桜ぁ~。そっちは今どんな感じ?)
(あっ、賢斗ぉ、えっとねぇ~私は今薬草採取してるよぉ~。
もう10袋も貯まっちゃったぁ~。)
(そっか。そりゃ凄ぇな。他のみんなは?)
(かおるちゃんはお友達とお話してるみたぁ~い。
円ちゃんは小太郎と入口近くで特訓してるよぉ~。)
(じゃあそっちに戻るのもう少しくらい後でも大丈夫かなぁ?)
(多分だいじょぶぅ~。私がみんなに伝えておくよ~。)
(サンキュ、桜。じゃ、よろしくな。)
よし、これなら今日中に5階層の階層ボスのとこまで行けるかも知れないな。
スッ
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○午後4時15分、緑山ダンジョン5階層○
石質の岩肌が露出し、所々背丈の短い草が生い茂る。
道幅はそれほど広くなく、下を覗けば落ちたら無事では済まないであろう一本道。
その2kmほど先には、この景色に似つかわしくない1本の枯れた巨木が見えた。
あそこか。
スッ
フッ
一瞬で巨木の手前50mほどへ転移。
意外と早くここまで辿り着けたな。
この時間なら今からみんなとボス戦しておくのも有りか?
いやそれは不味いか・・・みんなきっとハイテンションタイムでMP消費しちゃってるだろうしな。
スッ
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○午後4時30分、緑山ダンジョン1階層入り口付近○
フッ
あ~、あれ、円ちゃんと小太郎だな。
「お~い、円ちゃ~ん。」
俺が遠くから声を掛けると、首から巾着を下げた金髪の美少女はこちらに振り向き、笑顔でテケテケ走法を始めた。
あの走法、頭が水平移動してるし、意外と理論上優れていたりして・・・
っといかんいかん、今の内に桜と連絡を取っておこう。
(桜ぁ~、そろそろ帰ろうかと今1階層の入口付近に来たんだが、そっちはどんな感じだぁ?)
(あっ、うん、だいじょぶぅ~。かおるちゃんとこに寄って、そっちに戻るくらいのMPは何とか回復したよぉ~。)
(んじゃ、先輩の回収、宜しくな。)
(ほ~い。)
とそこへようやく・・・
「賢斗さん、今日はもうお帰りですか?」
「ああ、一応5階層の階層ボスの手前まで辿り着けたからな。
今みんなを呼んだから、合流したら直ぐに帰るよ。」
「そうですか、ではこちらの巾着を少し預かって居て貰えますか?
これより本日の私の成果をとくとご覧にいれます。」
ふっ、はいはい、まっ、そのくらいは付き合ってあげますよぉ。
俺は小太郎を受け取ると首から掛け、円ちゃんの様子を窺う。
すると円ちゃんはアタックフラワーの居る草むらへと駆けて行く。
そして草むらからは、10を超えるアタックフラワーが出現した。
う~ん、そういやあれだなぁ・・・
円ちゃんの前にアタックフラワーが10体以上出現してるのに、レアが現れてない。
って事は全ての魔物に於いて必ずしもレア種が存在しているとは、言えないのかもしれないな。
いや寧ろこれまで清川以外でレア種を見ていない事を鑑みれば、レア種が存在する魔物の方が珍しいのかも・・・
「あにきぃ、あのメスの攻撃絶対おかしいにゃ。
攻撃回数と撃破数が合わないにゃ。」
「ん、何だ小太郎、そんな事ある訳ないだろぉ?」
シュッシュシュッシュッ
「とうっ。」
バタバタ
あっ、ホントだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○6月16日日曜日午前8時45分、緑山ダンジョン1階層○
あくる日、午前9時から始まる第三種特別許可の実技試験を受ける為、ここ緑山ダンジョンまでやって来ている。
そして今回、この実技試験への申込は俺達だけだった模様。
試験官となる職員さん、今回の試験に協力してくださる魔物召喚士さん等に連れられ、俺達は緑山ダンジョン1階層の通路を進む。
昨日の内に特別許可の申請をして貰ったのだが、鑑定士による身体レベル証明書の作成料を4人分で3万2000円。
それに加えて今回の実技試験料が5万円、締めて8万2000円という結構な出費である。
はてさて、こんな出費を無駄にしない為にも、召喚されるレベル15の魔物を討伐し、必ず合格せねばなるまい。
フィールドフロアに出ると、職員さんが声を掛けて来る。
「この先にあまり人の来ない、何時も実技試験で使ってるポイントがあるので、そこまで少し歩きましょう。」
と10分ほど歩かされると・・・
「じゃあこの辺でやりましょうか。」
やって来たのは、このフロアでは珍しい植物のまるで生えていない平坦な一角。
「合格基準は召喚された魔物を5分以内に討伐できれば合格です。
皆さんの準備ができ次第、始めたいと思いますので、早速準備の方宜しくお願いします。」
「あっ、はい。」
4人で円陣を組み、こっそりスキル共有を済ませると、しばし作戦会議。
「作戦っつっても、今回はモンチャレ決勝の時と同じで良いだろう。
ウォーターバルーンピンポイントアタックで行けば、MPも全部使っていい訳だし、レベル15の魔物1体くらい問題なく倒せるはずだからな。」
「おっけ~。」
「分かったわ。」
「賢斗さん、私は如何致しましょう。
私には水魔法も有りませんし、それではお役に立てません。」
う~ん、どうしよう。
ここは何とかこのお嬢様を旨い事言いくるめねば・・・
「円ちゃんの場合は、ほっ、ほら、昨日見せてくれた凄い技があっただろぉ?あれで行こう、うんうん。」
「ふふっ、承知しました、賢斗さん。
それでは私の持てる力の全てを尽くし、必ずや皆さんのお役に立って見せます。」
ほっ、無理しなくて良いからね~、何なら見学だけでも。
「あっ、あと小太郎は大人しく巾着の中で待機な。」
「元からそのつもりだにゃ。」
あっそ。
「済みませ~ん、もう始めて貰って大丈夫で~す。」
「じゃあ私がカウントダウンをしますので、早速始めましょう。
魔物召喚士の方も宜しくお願いします。」
「分かりました。」
「・・・5、4、3、2、1、スタートッ。」
召喚されたのは、レッドバッファローという大きな角を持った牛型の魔物。
右前足をしきりに前後に掻いて土煙を上げ、今にもこちらに突進して来ようとしている。
「先輩、あいつの弱点は頭みたいですよ。」
「了解。」
「ウォーターバルーン・アンリミテッド・トリプル。」
ポヨポヨポヨン、プカプカプカーー
「ウォーターバルーン・アンリミテッド・トリプル。」
ポヨポヨポヨン、プカプカプカーー
レッドバッファローはこちらに向かって突進開始。
「「ロックオン。」」
水球が魔物の頭部を包み込むが・・・
ジュワ―
その水球は湯気を上げ、一瞬で蒸発。
「ファイアーボール・アンリミテッドッ!・・・ロックオンッ。」
ドォ~ン
ブゥン
そして急停止した魔物は、桜の放ったファイアーボールを角で薙ぎ払い打ち消してしまった。
なっ。
レッドバッファローの角は高熱を発し、真っ赤に変色している。
ちっ、これが『ヒートホーン』とか言うスキルの正体か。
不味いな・・・こいつにウォーターバルーンアタックは効かない。
う~む、こっからどう立て直す?
魔物は俺達に悩む隙等与える事なく、再度突進を開始した。
くそっ、よりによって狙いは桜かっ?
シュタッ
俺は咄嗟に飛び出し、魔物の突進に立ちはだかる。
ガチーン、ズリズリズリィィィー
うわっ、止まらねぇ。
どうすりゃいいんだ?
こんな奴相手に・・・相性悪過ぎだろっ。
「クイーン猫エボリューションっ。」
ちょっ、こんな時に・・・円ちゃんは頼むから下がっててくれ。
シュッシュシュッシュッ
「とうっ。」
バタバタ
その瞬間、突進していた魔物の足が止まった・・・
えっ?
バタ―――ンッ!
真横に倒れ込んだ魔物の身体は今、ゆっくりと消滅していく。
「はい、1分58秒。いやぁ~、流石はモンチャレ優勝のナイスキャッチさんですね。第三種特別許可の実技試験、一発合格です。」
う~む・・・
「いかがですか?賢斗にゃん。
私はお役に立てましたかにゃん?」
おやまあ、随分毛深くなられて。
次回、第七十六話 キャットクイーンシステム。