第七十一話 第2ホームダンジョン計画
○6月12日水曜日午後0時30分、お昼休み、教室内○
モグモグ
今日のお昼はちょっとリッチにトリカツサンドとカフェラッチョ。
モンチャレ優勝者ともなれば、このくらいの見栄は張っておかねばなるまい。
チュ~
お~、イケるねカフェラッチョ・・・流石は200円。
「そういや賢斗っち~、もうすぐ夏の一大イベント、マジコンオールスターグランプリの季節がやって来るっしょ~?」
ん?
「あ~あのプロ探索者の魔石獲得祭りかぁ。」
「もしや貴様、参加するとか言い出すんじゃないだろうな。」
「そんな事ある訳ないだろぉ。あれは人気と実力を兼ね備えたプロ探索者達の祭典なんだし。」
「いや、分からんぞ。あの大会は表向き、純粋な人気投票で出場者が決まるって話だからな。」
「そうそう、投票期間がモンチャレ終了後と丸被りだから、実力と関係なくモンチャレ優勝者が選出される事も何度かあったっしょー。」
ああ、それで勘違いした過去の高校生パーティーは、惨めなビリっけつがお決まりコースだったけどな。
「それに優勝賞金も今年はなんと1億2000万円に上がったと聞くぞ。」
「ば~か、そんなのに目が眩んで、あんなAランクパーティーがゴロゴロしてる大会なんかに出てみろ?恥かくだけだっつの。」
「賢斗っち~、男はチャレンジ精神を忘れちゃいけないっしょ~?」
「まっ、貴様に期待した僕が馬鹿だったという事か。そんな弱腰では、出ても所詮無駄だろうからなっ。」
ん~、何か知らんが、やけに煽るじゃねぇか。
「あ~お前等あれか?俺に公衆の面前で大恥晒して来て欲しいのか?」
プイッ、プイッ
おいっ、顔をそらすなっ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○午後4時、クローバー拠点部屋○
今日は午後5時から『日刊探索者新聞』の取材予定。
1時間前のこの時間、既にこの拠点部屋にはみんなの姿があるのだが・・・
「どう?賢斗君、清川の様子は。」
「ダメっすね、先輩。何か朝より人が増えてる感じですし。」
「じゃあ今日も夕方はここにいるのぉ~?」
「まあ残念だけど、流石に取材の予定が控えているし、これから白山ダンジョンって訳にもいかないだろぉ?」
「もう、私は早く新しく取得したスキルを皆さんにお披露目したかったのにぃ。」
シュッシュシュッシュッ
「ん、あっ、あ~あれは何時でも良いからね。円ちゃん。アハハ~。」
「何ですか?賢斗さん、そのまるで見たく無いかの様な態度は。
もうっ、そんな事では見せてあげません。」
えっ、見なくて良いの?
と素直に答える訳にもいかないので、ここは話題を変えてしまおう。
「そういや円ちゃんって武器を新調するとか言ってなかったっけ?」
「ああ、あの件ならもう良いんです。
やはり私はかおるさんに作って頂いたグローブを使い続けることに決めましたから。」
「そっか。」
何だかんだと迷走して居た様だが、結局元の鞘に収まったか・・・
まあどんな経緯かは知らんが、それなら昨日取ったスキルを有効活用できるだろう。
と言っても現状依然として対スライム専用瀕死処理マシーンでしかない現実に変わりはないけど。
「実はあの日、桜と新たな武器をどれにしようかとインターネットで調べていたところ、ある事実が判明したのです。」
ほう・・・そりゃまたどんな?
「女の最大の武器は、この身体だとっ!」
いや、それきっと意味が違うからっ!
トントン、ガチャリ
「みなさん、お疲れさまですぅ。」
「あっ、水島さん。丁度いい所にっ♪」
「何でしょうか?多田さん。」
ゴト
「えっと、これが昨日取って来た魔鉄のインゴットなんですが、買取の方お願いします。」
「あっ、はい。分かりました。」
コロン
「あとこっちがジャイアントフロッグのカプセルモンスターで、これ今月のアイテムオークションに出したいと思ってるんですけど、手続とかってお願いできますか?」
「あっ、はい。お任せください。ちゃんとやっときますよぉ。
でもオークションに出す場合、契約上落札金の10%がうちに入っちゃいますけど、それでもよろしいですか?」
ああ、そういやオークションに出す場合の規定はそんな感じだったな。
「ちなみにここに買取に出すと幾らくらいになりますか?」
「そうですねぇ、あまり扱ってない品なので私も把握していませんが、オークションの入札開始価格程度になると思います。」
だとするとあの時の価格が確か・・・450万円か。
う~ん、やっぱりオークションに出すべきだな。
「それで構いませんから、お願いします。」
「はい、分かりました。」
「あともう一つお願いなんですけど、ショートソード用の保管ケースって有りませんか?
短剣が伸びてショートソードになったんで、今まで使っていたのがサイズ合わなくなっちゃったんですよ。」
「えっ、何言ってるんですか?多田さん。そんな事ある訳ないじゃないですか。」
・・・分かります。
「な~んて今のは冗談で・・・今まで使っていた短剣が壊れたところに、丁度このショートソードが宝箱から出てきたんですよ。」
う~ん、こっちもこっちで非常に嘘くさい・・・
「とまあそんな訳で、これからこいつを愛用していきたいので、これ用の保管ケースが欲しいんです。」
「えっ、そんな都合の良い話・・・と言っても、多田さん達ならそんな普通は有り得ないような幸運があっても、特に不思議じゃない気もしますね。」
うん、うちには先生が居るからね・・・まっ、今回は特に関与してないけど。
「分かりました、それなら在庫があったはずですので、そのショートソード、ちょっとお預かりしますね。後で保管ケースに入れてお持ちします。
それと武器登録の方も合わせてやっておきますので、そっちも安心して下さい。」
「あっ、はい。有難う御座います。」
「では今度はこっちから、多田さんにお渡しする物がありますよぉ。」
「んっ、渡すものってなんすか?水島さん。」
「これは先日、先生が多田さんに相談を受けた件に対する対策アイテムだそうです。」
おおっ、流石仕事が早いですなぁ、うちのボスは。
「何よ、賢斗君。対策アイテムって?」
「ああ、はい、うちのパーティーって結構人目に付いちゃ不味い秘密を持ってるでしょ?
それを何とか出来ないかって、この間中川さんに相談しておいたんですよ。」
「ふ~ん。」
「じゃあまず最初は、これをお渡ししますねぇ。」
と、水島さんが俺に差し出したのは、綺麗に加工された石。
「それは往還石というアイテムのレプリカです。」
往還石って確か・・・
「往還石は行った事のあるダンジョンの最深部と入口との間を行ったり来たり出来る転移アイテムなんです。」
そうそう。
「まあこれは店にあった見本サンプルなので、実際は使えませんけど。」
で、これを俺に渡してどうしろと?
「今回このレプリカを渡す理由は、多田さんがダンジョン内で転移を使う時、このアイテムを使った風に装えば、人に見られてもカモフラージュできるだろうって言ってました。」
あ~なるほどねぇ。
これが「秘密を守りつつ人前で転移出来る様にならないか?」と言う俺の相談に対する中川回答か。
確かにこれがあれば、ダンジョン内で転移を他人に見られても誤魔化せる。
でも出来ればダンジョン外でも、何とかして貰いたかったとこだけど・・・まあかなりの無茶振りだし、贅沢は言えないか。
「万一このレプリカが奪われても2万円くらいの安物なので、危ない相手だったら直ぐに渡しちゃて結構だそうです。」
へっ、それはどういう意味だろう?
偽装してるのに、まだ危ない奴に襲われちゃうの?
「ちなみに本物の往還石って幾らなんですか?」
「え~と、まあ時価なので変動しますが、大体500~700万円くらいの間ですねぇ。」
なるほど・・・
それ程の高額となれば、まあ高ランク探索者様から狙われるといった心配は無いだろうが、どこぞのチンピラ探索者様方からは十分に襲われかねない危険なお値段。
う~む、果たしてこれは対策と呼べるんですかね?ボス。
「次はこれ、この帽子とマントは蓬莱さん用ですねぇ。
これを装備していれば、猫人化しても外見上は問題ないって言ってました。」
ふむふむ、これが俺の2つ目の相談に対するうちのボスの回答か。
確かにこの大きな帽子とロングマントなら円ちゃんの猫耳と尻尾を隠せそう。
よしよし、こっちは一つ目と違って完璧な対策じゃないですか、ボス・・・流石できる女って感じです。
「ちなみにロングコートとそのキャップで145万円って言ってましたよ。」
それを早く言え。
「多田さんにお渡しするアイテムは以上です。」
あれっ?もう一つ相談してたはずだけど・・・
「水島さん。中川さんからハイテンションタイムの隠蔽方法については何か聞いてませんでしたか?」
「あ~、それに関しては特に問題ないそうです。
感度ビンビンでしたっけ?あれを使えば女性でも見た目上の変化はないし、今の皆さんなら見られたとしても平気だろうって。」
まあその点は確かに・・・
「あと手にキスをする点についても特に問題ないって言ってましたよ。
仮に襲って来るとしたら、頭に血が上った紺野さんファンの人達だから、狙いとなるのは多田さん一人。」
へっ?
「男の子だし大丈夫だろうって。」
男の子大丈夫理論はそこまで万能じゃねぇだろっ。
う~む、しかし対策を考えてくれたうちのボスを責めるのはお門違いか・・・
それだけ俺達の秘密を完璧に隠蔽しつつ自由に使えるようにするというのは、うちのボスをして、かなりの難題だったという事なのだろう。
そして今回の3つの対策、とても完璧なものとは言えないものばかりだが、改善はされてる。
今後は有効に活用させて頂くとしよう。
「ねぇねぇ、賢斗君。もし万が一私のファンに襲われた場合はどうするの?
「これは俺の女だぁ~」とか言って、君は皆の前で戦っちゃうのかなぁ。
でも人前でそんな事いきなり言われたら、私だってちょっと困っちゃうし、こういうのってやっぱり心の準備が必要だと思うの。」
そんな事態にはならんから安心しろ。
「それじゃあ試に賢斗君。「かおるは俺の女だぁ~」はい、続けて。」
よしっ、次の相談はこの人の頭を直す方法にしよう、うん。
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○午後5時30分、拠点部屋○
午後5時からの『日本探索者新聞』の取材。
「今日は宜しくお願いしますっ。」
何処か緊張した面持ちで、元気に挨拶をしていたのは、スラッとのっぽな桐生信彦さん。
いかにも入社したてのフレッシュ感漂わせる彼は、長身で真面目そうな好青年・・・社内じゃ大層おモテになるだろう。
そして肝心の取材の方はと言えば、さしたる問題も無く順調に進み30分程経過した今現在、早くも終盤といったところである。
「では次に、ナイスキャッチの良く行くダンジョンなんかも教えて貰って良いですか?」
「ああ、はい。良く行くのは白山ダンジョンとか清川ダンジョンあたりですかね。」
「それでは最後に今後の抱負を一つ、お願いします。」
「ああ、はい。まあ今後もマイペースで頑張って行きます。」
「どうも、今日は有難う御座いましたっ。」
ふぅ、終わった終わった。
「それにしてもホントにお綺麗ですねぇ、ナイスキャッチの女の子達は。
実際にお会いしてみてとてもビックリしてしまいましたよっ。」
う~ん、真面目評価は撤回だな・・・はよ帰れ、モテ男。
「まあ、お上手ですねぇ~。おほほほほ~。」
悪霊にでも憑依されたか?先輩。
「あっ、そう言えば、さっきの清川ダンジョンも今、結構人気になってるみたいですよねぇ。
これも単にナイスキャッチ効果ってやつなんでしょうけど。」
ん?清川人気が俺達効果?何それ?
「それじゃあまた、機会があれば、宜しくお願いします。」
バタン
う~ん、思わぬところで、清川に人が居た原因が分かってしまった様な・・・
○午後5時40分○
「まさか清川の人気の原因が私達にあったとはねぇ~。
そこまで人気になってるなんてちょっと信じられないけど。」
その”私達”に果たして俺は・・・まあ深くは考えまい。
「そ~だねぇ~。」
「でも何で私達のファンが清川ダンジョンに集まるのでしょうか?」
「それは多分クローバーのHPなんかにも載ってる内容だし、取材の時も答えちゃってたでしょ。」
「あっ、そうでした。でもかおるさん、それなら白山ダンジョンだってもっと込み合っていいはずではないですか?」
「あっ、それもそうねぇ。」
「そんなのどうでも良いんじゃないの?
大事なのは、清川人気という障害が今、俺達の前に立ち塞がっているという事。」
「確かにねぇ、ここのところ清川に行けてないし。」
「じゃあどうするの~?」
「よしっ、ならここで俺から一つ提案があります。」
清川の様に使える管轄外ダンジョンを増やしたいというのは、以前から考えていた事。
「みんなで探してみないか?清川以外のホームダンジョン。」
今なら長距離転移だってあるし、ここからの距離的問題は以前より大きな問題ではなくなってるしな。
「それって白山ダンジョンの事じゃないの~?」
「いやあそこは一々申請とか要るし、直接ダンジョン内に転移出来ない点で利便性に欠けるだろぉ?
睡眠習熟の為に結構お邪魔はしてるけど、ホームダンジョンとは言えないと思わないか?」
「ま~ね~。」
「だから俺が言うホームダンジョンってのは、不人気で管轄外ってのが最低条件であり、それを今度みんなで探しに行こうって話。」
「そっか~、それなら私は全然おっけ~だよぉ~。」
みんなで不人気な管轄外ダンジョンを探せば、きっと清川以上の好条件物件が見つかってくれるはず。
「そうねぇ、清川人気が落ち着くのを待つより、そっちの方が手っ取り早いかも。」
そろそろ進めていくべきだろ。
「それでしたら是非私の力が存分に発揮されるところを探しましょうね、賢斗さん。」
第2ホームダンジョン計画。
「じゃ、決まりだな。」
次回、第七十二話 『神界キュンキュン通信』。




