第六十九話 サイン色紙と朱色の落款
○6月11日、火曜日、午前6時30分、清川ダンジョン1階層大部屋○
久しぶりの清川でのハイテンションタイム朝の部。
今日からは、もうスライム育成を止め、レベルアップをさせずにそのまま殲滅する方向で行くことにした。
こうして方針転換した理由は、モンチャレに向けての対策も必要なくなり、焦って身体レベルを上げる必要もなくなった。
となれば、資金稼ぎを優先し、コバルトブルースライム討伐による水魔法のスキルスクロールをより多く獲得する方向に、シフトチェンジするのも当然という訳だ。
「賢斗~、スクロールドロップしたよ~。」
「おう、さっすが桜先生。」
「ホ~ント、桜には頭が下がるわねぇ。」
「ま~ね~。」
いやぁ~、桜と円ちゃんのゴールデンコンビが揃ったうちのパーティーは、金銭面では無敵だな。
この調子なら、桜と先輩の収納アイテムの購入も、そう遠くない内に実現できるだろう。
とここで、前途洋々なこの方針に、異を唱えるものが一人。
「賢斗さん、もうスライムをレベルアップさせるのは、お止めになるんですか?」
「うん、当面の間は、資金稼ぎ優先で行こうと思って。まあこんな手が使えるのも、円ちゃんと桜のお蔭だけど。」
低レベルスライムを倒して、コンスタントに魔法のスキルスクロールゲットなんて、普通有り得んし。
「それでは困ります、賢斗さん。私の活躍の場がなくなってしまうじゃないですか。」
いやまあ確かに瀕死作業は円ちゃんの活躍の場ではあったが・・・
「いや、円ちゃんの場合は居てくれるだけで、十分活躍して貰ってるって。」
俺のこの言葉を聞いても、円ちゃんは依然としてご機嫌斜め、頬を膨らませ、上目使いで俺を睨んだまま。
まあ確かに効果の特性上、こういったパッシブ効果では、彼女自身がお役に立ってる感を得難いというのもまた事実・・・
また育成作業以外の戦闘を考えてみた場合、彼女の運動音痴のお蔭で、折角の『クイーン猫パンチ&キック』コンボは封印されているに等しい。
魔法も覚えてはいるが、後発の彼女はMP量や威力といった面で、俺達の中に入ってしまうと、その活躍はどうしても霞んで見えてしまう。
そして装備武器が、先輩お手製の簡易グローブで、それ自体に攻撃力がまるで無い代物となれば・・・う~む、これは結構根が深い問題なのか?
拗ねた顔も可愛いから、俺としては、このままでも一向に構わないのであるが・・・はてさてどうしたものか。
と俺が次の言葉に迷っていると・・・
「何馬鹿な事言ってるの、円。そんなに活躍したいなら、もうちょっと実用的な自分にあった武器でも購入しなさい。」
「そっ、そんな、このグローブはかおるさんに折角作って頂いた大切な品。これを手放す訳には・・・」
「いいのよ円。あなたの気持ちは、もう十分伝わってる。それに私の作った武器があなたの足枷になるなんて、そっちの方が悲しいもの。」
「かっ、かおるさんっ!」
「円っ!。」
そして抱擁する2人の美少女・・・
「そうだな、円ちゃんには収納石の指輪もあるし、必要に応じて武器を使い分ければ良いんじゃない。」
「はい、その通りでした、賢斗さん。」
「円ちゃん、新しい武器買うの~?」
「はい♪、どれにするか、桜にも相談に乗って貰いますよ。」
「い~よ~。」
おおっ、丸く収まった・・・茶番最高。
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○午後12時30分、お昼休み○
昨日よりは少しマシになった学校生活。
このまま騒ぎがフェードアウトすることを願いつつ、お昼の菓子パンとコーヒー牛乳を平らげると、不意に校内放送が流れた。
『ピンポンパンポーン、お知らせします。3年A組、紺野かおるさん、1年C組、多田賢斗さんは、至急職員室まで来て下さい。繰り返します・・・』
・・・聞こえなかったことにしよう、うん。
「多田君、今の放送聞こえなかったの?職員室に呼ばれてたわよ。」
「えっ、嘘。よく聞こえなかったなぁ。いやぁ~ホントホント。」
「うん、そうじゃないかと思った。」
見逃してくれよぉ。
そんな訳で渋々教務員室へと足を運ぶと、そこには俺と先輩のサイン色紙&写真撮影が待っていた。
なんでも、学校側で今回の優勝記念として飾っておくらしい。
別に学校代表として出た大会でもないのに・・・とは思ったが、まあ悪い気はしないし、素直に応じておいた。
そして写真撮影で使った音楽室を出ると、先輩が俺に話しかけてくる。
「賢斗君もちっとはサインの練習しときなさいよ。もうプロ探索者に成ったんだし、モンチャレ優勝してこれからこういう機会が増えちゃうかもよ。」
まあ俺は普通に自分の名前を、大きく書いただけだったしな。
にしても事前にそんな芸能人みたいな格好いいサインを用意しておくかぁ?
「先輩は随分とサインがお上手でしたね。」
「そりゃあ、もう第3予選終わった頃から、結構頼まれることがあったし、昨日からは休憩時間の度に色紙を持った人が私の元にやって来るんだもの。」
・・・違う世界の住人か。
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○授業終了時、教室内○
キーンコーンカーンコーン
ふぅ~、ようやく俺のサインが完成した。
もう思い残すことは無い・・・素早く帰ろう。
とそこへ。
「賢斗っち隊長、少しお時間宜しいでしょうか?」
「ん、なんだ?鈴井。」
「はい、実は私の弟が賢斗っち隊長のファンでありまして、一つサインをお願いしたいのですが・・・」
お~、俺にもついにファンが出来たか・・・ちびっ子だろうが、悪い気はしない。
「おお良いぞ。サインくらい。」
ここは早速、新しく完成させた俺の格好いいサインのお披露目と行こうじゃないか。
「それではこちらに。」
・・・・・・・。
「どうしました、賢斗っち隊長。さぁ、何も気にせず一気にご自分のお名前を書き殴ってくださいっ!」
「うっせぇっ!パーティー申請用紙じゃねぇかっ!」
「またダメだったねぇ、真紀ちゃん。」
「ちっ、最早これまで。行きますよ雫。」
「ラジャ―。」
・・・引き際だけは良いよな、こいつ等。
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○午後5時、クローバー拠点部屋、雑誌取材中○
モンチャレ大会優勝を境に、クローバーに俺達ナイスキャッチに対するお仕事依頼も何件か入っているようである。
そしてサイドボードの上に、優勝楯が飾られたこの拠点部屋内では、今まさにその第1弾、探索者マガジンの取材として、前回同様丸石さんがやって来ていた。
「じゃあ最後に一つ、リーダーの多田君、次回のモンチャレに向けての抱負を一つお聞かせください。」
「あ~はい、次回もパーティー皆で全力を尽くして頑張るだけです。」
「どうもありがとうございました。それでは皆さん、予定時間が来ちゃいましたんで、これで雑誌取材の方は、終了します。」
ふぅ~、まあ今回の取材も、当たり障りのない質問ばっかだったな。
ポチッ
レコーダーのスイッチを切ると、丸石さんは砕けた感じになり、今度は雑談をするかのように話し始める。
「それにしても本当に今大会は驚かせて頂きましたぁ。
あの協力した魔法の使い方もそうですけど、あんな風に魔法を自在に操るなんてこと、高ランクのプロの中でも数える程度しかいませんよ。」
「いやぁ、あはは。」
「で、実際どうやったらあんなことが出来るんですか?ここはオフレコにしときますんで、少し教えて貰えませんかねぇ。」
「えっとねぇ~・・・」
バッ、桜っ!
ガチャリ
「丸石く~ん、いい度胸してるじゃな~い。」
「げっ、中川先輩。いらしたんですか。」
「まったく、油断も隙もないわねぇ。私が居ないと直ぐこれなんだから。
小田さんも気を付けてね。他のプロ探索者が秘密にしている様な事を簡単に喋っちゃったら、その人達から目をつけられちゃうのよ。」
「あ~、そっか~。」
うんうん、流石はボス。
にしても丸石さんが前回、当たり障りのないことしか聞いて来なかったのは、うちのボスの目が光っていたからだったんだな。
てっきりうちのボスに苛められる可哀相な人だと思ってたけど、そうと分かれば、最早俺の名推理をこいつに教えてやる必要は無い、うん。
「人聞きの悪い事言わないで下さいよぉ。僕の場合はその辺もちゃ~んと心得てますから。」
「どうだかねぇ。まあ今のは大目に見といてあげるから、さっさと私に耳寄り情報を教えなさいな。」
う~ん、この一気にマウントポジションに持っていくのは、最早名人芸だな。
「そんな事言ったって、毎度毎度そんな都合よく僕が中川先輩の喜びそうな情報なんて持ってるはずないでしょ~。」
いや、かなり喜んでたぞ、前回。
「本当?あんたのところの取材を一番に受けてあげてるのに、手土産も無しに来るなんて、偉くなったものねぇ、丸石君も。」
「もぉ~、そういう言い方止めて下さいよ~、その分良い記事書かせて貰いますから。」
「はいはい、今回は貸にしといてあげるから。用事が済んだら帰った帰った。」
「そんなぁ~。」
バタン
やっぱりちょっと可哀相かも・・・
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丸石さんが部屋から出て行くと、中川さんは振り返り、俺達に告げる。
「あなた達には、今週まだ取材が3件、サイン会&握手会のイベントのお仕事が1件入ってるわ。」
なんだ?そのサイン会&握手会って・・・なんかアイドル染みて来たな。
「あとそれとは別に、うちからの依頼として、取り敢えずナイスキャッチの直筆サインを100枚ほど書いてもらいたいの。」
まあ俺のサインに需要があるかはさて置き、うちの美少女達のサインも含まれているならそれなりに売れそう・・・
「あなたたちが学生で、期末試験前っていうのも重々承知してるんだけど、モンチャレ優勝効果で仕事がこんなに入ってくるのも、今週くらいだろうから、頑張ってみてくれないかしら。」
内容的には、学校もある俺達にとっては、かなりハードなスケジュール。
とはいえ、すでに学習用スキルも取得している俺達に、期末試験の事前準備など、大した問題ではない。
そして今までいろいろお世話になったにもかかわらず、碌に依頼を受けて来なかったことを鑑みれば、ここで嫌だと言えるはずもない。
「「「「はい。」」」」
にしても、これじゃあ将来、探索者アイドルみたいになりそうだな・・・
俺としては、実力派プロ探索者が希望なんだが・・・みんなと違って俺にアイドル稼業なんて無理だし。
「あっ、あの中川さん。俺的にはその、できればアイドル寄りじゃない路線のプロ探索者で行きたいんですけど。」
そういった途端、ボスは俺に鋭い視線を飛ばす。
ひぇ~、ボス怖ぇっす。
「おっ、俺はみんなみたいに、探索者アイドルなんてのに向いてないですし、俺だけでもそういう路線から外して貰えれば・・・」
うちの美少女軍団だけなら、探索者アイドルとして大成功間違いなし・・・
ボスも俺を除いた方が、旨く行くと思っておられるはず。
「そお?私はそうは思わないけど。
でもまあ、その辺は安心して頂戴。
私だってあなた達を実力の伴わないプロ探索者に育てるつもりわないわ。
学生の間は、探索者としての実力をつけて貰うことを第一に考えてる。
だから今後の方針としては、こういったイベントの仕事なんて、基本的に取るつもりは無いのよ。」
へぇ~ボス的にはそう言う方針な訳か・・・
「じゃあ何で今回は受けたんですか?」
「それは、今回はあなた達がいつもお世話になってる白山ダンジョン協会支部からの依頼だし、断っちゃったりしたら、今後あそこのダンジョンに行き辛くなるでしょ。」
いえ、別に。
「それに協会からの依頼なら、ランキングの金額にも反映されるし、一石二鳥。」
ああ、そういやそうだったな。
低レベルの魔物の魔石の買取なんてたかが知れてるし、よっぽど効率が良さそう・・・依頼料が幾らか知らんけど。
「だから、今回受けたイベントは、あくまでイレギュラー、モンチャレ優勝記念みたいに捉えておいてくれるかしら。」
「あっ、ああ、分かりました。余計な事言ってすいません。あはは。」
俺がペコリと頭を下げると、中川さんはニコリと微笑む。
「そういう事だから、みんなっ、どお、やってくれる?」
「「「「はい。」」」」
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○午後6時、拠点部屋○
取材が終わり、中川さんが部屋から出て行くと、既に時刻は午後6時。
水島さんが今し方持ってきた、100枚の色紙の山を眺めて溜息を一つ。
これを金曜日までってか・・・はぁ。
なんて愚痴っていても終わらないし、とっとと取り掛かりますか。
「じゃあ、この色紙のどこに誰のサインをするか、まずは決めないとな。
あっ、『ナイスキャッチ』ってサインも、格好いいやつ考えないと。
みんなは、どうしたらいいと思う?」
シーン
えっ・・・何この白けたムード。
「賢斗~、私達はお邪魔虫なの~。」
「なんだ?桜。そんなこと一言も言ってないだろう?」
「いいえ、言いました。あれは無いです。賢斗さん。」
う~ん、そう言われても、身に覚えがないのだが・・・
「もう、鈍いわね。賢斗君はさっき、勝手に私達だけ探索者アイドルの仕事をさせようとしたでしょっ。」
あ~、中川さんにさっき言った件か。
「いや、でもそれの何が不満なんだ?こんな美少女達の中に俺なんかが居ちゃ、足を引っ張るだけだろう。」
「え~、私は賢斗が居た方が楽しいよぉ~。」
「そうです。私の身体はもう賢斗さんから離れられないのです。」
「まあねぇ、こぉ~んな美少女達に囲まれていたら、賢斗君がそういう風に考えちゃうのも、少しは理解して上げるけどぉ・・・」
おお、先輩だけはそれほど怒ってないらしい・・・
「ああいう事を中川さんに言う前に、私達に相談するのが先でしょ。」
って、急に豹変するのかよっ。
にしても理解に苦しむところだな・・・彼女達の成功を願った俺の考えが、これほど批判の対象になるとは。
「いやまあそうだけど、女の子にはアイドル願望みたいなのって、普通にあるんじゃないの?」
「ぶぅ~ぶぅ~。」
「そういう事じゃありません、賢斗さん。」
「そうそう、確かに女の子だし、アイドル的なお仕事に興味も少しはあるけど、賢斗君を除外してまでそういう仕事をしたいとか、私達が考えてると思ったのっ!?」
彼女達にとっては、アイドル的なお仕事より、俺がその仕事で抜けてしまう方が嫌だ・・・ということで良いのか?
まあ先の事は分からんが、確かにさっきの俺の発言からは、将来的に彼女達の人気が高まった場合、俺一人がパーティーを脱退なんてビジョンも見えてくる気がする。
そしてそういった部分を彼女達は敏感に感じ取り、今怒ってくれていると・・・なんか皆に悪い事しちまったな。
「賢斗は直ぐ自分勝手に決めちゃうんだよね~。プンプン。」
「そうです、勝手な思い込みは間違いの元ですよ、賢斗さん。」
「メンバーの気持ちも考えずに、一人で物事を決めちゃうのはリーダーとしてどうかしら、賢斗君。」
にしても皆さんの不満度合が結構凄い事になってるでござる。
ここは早めに謝っとこう。
「あっ、ああ、そっ、そうだよな。あれは俺が悪かったって。ごめんごめん。」
「そうだよ~、ビックリ仰天!全国大魔法ショーツアーには、賢斗の力が必要なんだよ~。」
「賢斗さん、一方的な婚約破棄など私は絶対許しませんよ。」
「賢斗君には、私を楽しませるという大事な使命があるってことを忘れちゃいけないわ。」
あ~もう一々ツッコむのも面倒だ・・・
俺も自分勝手だが、お前らもいい加減にしろっ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺が折れる形で話がひと段落すると、皆のご機嫌も回復模様。
ようやくナイスキャッチのサイン色紙の作成に取り掛かることにする。
するとそこで先輩が、鞄から一冊のノートを取り出す。
パラパラパラ―
「『ナイスキャッチ』のサインなら、こんな感じでどうかしら?」
なんだ?このノート・・・自分とナイスキャッチのサインしか書いてねぇ。
この人授業中、何やってんだよ。
「お~、かっこいい~。」
「素敵ですね、かおるさん。」
「みんなもそう思う?じゃあ早速このサインを色紙の真ん中に書くわよぉ。」
サラサラサラ
先輩は色紙の中心に『ナイスキャッチ』と格好よく書き込む。
そして少し迷った素振りを見せながら、自分のサインもその右隣の余白に書き上げる。
「はい、次は桜ね。」
サラサラサラ
「ほい、次は円ちゃんだよ~。」
サラサラサラ
「では最後に賢斗さん、お願いします。」
俺は空いていた色紙の上側のスペースに自分のサインを書くと、ナイスキャッチの色紙第1号はめでたく完成。
うん、まあ無難な仕上がり・・・こんなもんで良いだろ。
あとはこれを量産していくとするか。
「じゃあ最初の一枚は賢斗の分だね~。」
「俺の分って、どういう事だ?桜。
勝手に自分達のものにしちゃ不味いだろ?この色紙は店から準備して貰ったやつだし。」
「だいじょう~ぶぅ~。最初の4枚は私達の分って、ちゃんと光ちゃんには言ってあるしぃ~。」
ふ~ん・・・こういうのに関しては、随分と準備が良いですね、桜先生。
「賢斗さん、最初にみんなで書いたサイン色紙を、記念としてメンバーみんなが一枚ずつ保管しておくなんて、とても素敵だと思いませんか?」
記念色紙ねぇ・・・女子はこういうのを喜びそうだな。
とはいえ確かに大好きなアイドルが最初に書いたサインとなれば、ファンにとってはそれなりに高付加価値がついてしまいそうな貴重な品。
そして俺にとってこのパーティーは最早かけがえのないものであり、俺自身がこのナイスキャッチの大ファンであると言っても過言ではない。
う~ん、何だろう。
この記念のサイン色紙・・・もう手放したくない。
「うん、まあ、そういうのも良いかもな。」
「この色紙に日付とか入れておけば、私達に人気が出たときプレミア価格に成ったりして。」
売るつもりかよっ。
それから3枚の色紙を書き上げると、メンバー全員の手にナイスキャッチのサイン色紙が行き渡る。
自分達が書いたサインを貰って嬉しくなるってのも、可笑しな話だが、まあこういうのも悪くない。
なんて思っていると、皆の満足げな表情を余所に、桜は何やら思案顔。
徐に立ち上がると、部屋から出て行き、またすぐ戻ってきた。
トイレだったのかな?
「小太郎~、おいで~。」
桜は小太郎を呼び寄せると、小太郎の右手を朱肉をつけて、色紙の隅にポンっと押し付けた。
そして出来上がったその仕上がりは、小太郎の朱色の足形により、まるでこのサイン色紙という作品に落款が押されたかの様に見える。
「おお~、これでやっと完成だよ~。
小太郎もナイスキャッチの一員だもんね~小太郎~。」
なるほど・・・店の方から朱肉を借りて来たのか。
「これが正真正銘、本物ってやつだね~。エヘヘ~。」
確かに、落款があると、本物っぽく見えるよな。
いや、小太郎もパーティー登録こそできないが、れっきとした俺達パーティーの一員。
そう考えれば、通常の色紙にまで、小太郎の足形を押してやるのは、一々面倒で無理だろうし、今まさに出来上がったこの色紙こそが本物という言葉に偽りはない気がする。
にしてもよくやるねぇ、桜の奴も。ハハハ。
桜は目を輝かせて、出来上がった色紙を満足そうに見つめる。
「さっ、桜、それはちょっと狡いですよ。小太郎、こっちに来なさい。」
そういうと円ちゃんも自分の色紙に小太郎の右前足をポンっと押し当てる。
「こっ、これは・・・素敵過ぎますっ!」
円ちゃんはにんまりした笑顔で大事そうに色紙を抱きしめた。
円ちゃんも大袈裟だな・・・
「ふ~ん、本物ねぇ~、そういう事なら私もお願いしちゃおうかしら。
小太郎~おいで~。」
円ちゃんから先輩へと小太郎が移動し、先輩の色紙にも足形をポンっ。
「あら、なんかホント良いわねぇ、これ。ウフ♡」
すると先輩がニタニタと色紙を眺めはじめた。
う~む、たかが子猫の足形一つで、何みんなしてそんなに喜んじゃってるの?
「小太郎、ちょっと。」
俺は小太郎を呼び寄せる。
「なんだにゃ?兄貴もおいらのサインが欲しくなったのかにゃ?」
「いやそういう訳じゃないんだが、お前の足形の効果の検証をだな・・・」
などと返しつつ、色紙の空いている右下スペースに、小太郎の足形をポンっ。
お~、確かに、しっくりくる・・・これでようやく全員揃った感があるな。
そしてメンバーにしか持つことが許されない優越感や特別感といったものが、心を満たして行くではないか・・・ニヤリ。
と、俺が色紙を眺めていると、不意に周りの不穏な空気を感じる。
視線だけ動かし、3人の顔を窺えば、全員俺を見てニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「なっ、なんだよっ。」
「「「べ~つにぃ~。」」」
「兄貴はツンデレだにゃ。」
違うわっ!
次回、第七十話 雷のショートソード。




