第六十三話 釈然としない夜
○6月8日土曜日午後8時、コテージリビング○
協会の宿泊施設で出された夕食は、予想通りのバーベキュー。
予想できていたにもかかわらず、昼間は屋台で牛串や伊勢海老串といったもので済ませた事を少し後悔しつつも、終わってみれば、大変美味しゅう御座いました。
その後は、一番風呂の栄誉を与り、風呂上りにはスポーツドリンクを飲みながら、今しがた出てきた扉をじ~っと見つめて、リビングに5脚あるロッキングチェアの1脚でしばし寛いでいる。
今あの扉の向こうでは、桜と円ちゃんが仲良く2人で入浴中。
つまり2人が一糸まとわぬ姿を晒しているのである。
いや、タオルを使って大事な部分くらいは隠しているのか?
まあそれはさて置き・・・これはもうどう考えても人生における大チャンス。
もし拝見できるとするならば、俺のお宝メモリーに生涯記憶されることになるだろう。
でもやっぱ入浴シーン拝見作戦は流石に・・・
ならば、入浴音拝聴作戦の方ならどうだろうか?
と俺が一人葛藤の大海原で溺れていると・・・
ニタァ~
いつの間にか、真向いのロッキングチェアに先輩が座っていらっしゃる。
・・・不味い。
どうやら既に俺は、彼女にロックオンされてしまっていたようだ。
くそっ、先輩では流石に相手が悪すぎる。
ここは潔く撤退するしか・・・
いや、そう判断するにはまだ早い。
入浴シーン拝見作戦は流石に無理でも、入浴音拝聴作戦ならイケるかも知れない。
俺は獲物を見つけた悪魔のような微笑みを浮かべる先輩に、今気付いたと言わんばかりに声を掛ける。
「せっ、先輩。いつからそこに?」
「いつからかなぁ~。気になる?」
くっ、やはり・・・
「いえ、別に。」
「そうよねぇ。賢斗君はあの扉の向こう側が、気になってしょうがないご様子だったもんねぇ~。」
ダメだ・・・やはり全く歯が立たない。
ここはもう白旗を上げるしか・・・
・・・否、こんな大チャンスは二度と訪れない。
それから睨みあう事30分。
ガチャリ
「あ~気持ち良かった~。」
「本当良いお湯でした~。」
防戦一方だったこの戦いは、敢え無くゲームセットを迎えた。
「ほらぁ、賢斗く~ん。湯上りの美少女が出て来たよぉ~。」
あ~くそっ・・・
「2人に大事な用事があったみたいだけど、なんだったのかなぁ~♪」
もう終わったんだから、そのくらいにしとけっ!
「かおるちゃん、上がったよぉ~。」
「うん、わかったわ、ありがと、桜。」
「なら私もこれから早速入っちゃおっかなぁ~。」
なぬっ!
「あはっ♡」
何でその台詞、俺の方を見ながら言ってるんですかっ。
「じゃあ桜に円、猛獣君の監視役をお願いね。もう大分弱ってるけど。」
ぐぬっ、勝ち誇った顔しやがって・・・俺を猛獣君扱いとは。
ふっ、良いでしょう・・・
「りょ~か~い。」
その挑戦状、しかと受け取りました。
「お任せください、かおるさん。」
人を無闇に追い詰めると、手痛いしっぺ返しが待っているという事を俺が先輩に教えてあげます。
*5分後*
バタン
先輩が浴室に入って行った。
その光景を見つめる俺の前には、桜と円御嬢様。
ふ~む、監視役が2人か・・・
でもまあ先輩に比べれば、こいつ等なんて2人居ようが小娘同然。
ここは新たに覚えたあの特技で軽くあしらってくれよう。
「なあ、2人とも。風呂上りにマッサージでもしてやろうか?
ほら、この間俺マッサージ三昧ってスキルを取得しただろぉ?
そのマッサージが滅茶苦茶気持ち良くて、あれから毎晩風呂上りにやっちまうくらい嵌っちまってるんだぞぉ。」
「そうなんですか?それは是非お願いします。私、肩こりが酷いので。」
うんうん、柔らかそうな豊かな膨らみを2つもお持ちですからね。
「桜はどうする?」
「私はあんまり肩こらないよ~。」
そっ、そっすかぁ・・・不味い。
桜はこれからの人だということを忘れていた。
とはいえここで桜に断られてしまっては、作戦遂行に関わる非常事態・・・何とか受けて貰わねば。
「そんなこと言うなって。本当に気持ちいいんだぞぉ。それに気分がスッキリしたり、爽快になったりするオマケ付きだし。」
「ホントぉ~?じゃあ私スッキリコースにするぅ~。」
よしっ、食付いた。
「そうなんですか?では私は爽快コースでお願いします。」
まずは第1関門突破だな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○湯上りマッサージ、円御嬢様編○
2人の了解も取れたので、俺はまず初めに円ちゃんのマッサージに取り掛かる。
時に優しくスロウリィ、はたまた激しくスピーディ・・・
秘技マッサージ三昧、ウトウトコースッ、いざ。
ナーナーモミモミ
気分爽快とのオーダーだが、今回はその望みを聞き届ける訳にはいかない。
先輩の入浴音拝聴作戦の前には、少しくらいの勘違いはあって当然。
このマッサージ三昧レベル3で新たに覚えた新特技、『気分ウトウトマッサージ』でお嬢様には気分よく眠って頂きましょう。
・・・ナーモミモミ
んっ!これはもしや・・・
金髪をアップに纏め上げ露わになった白い首筋とそこから立ち昇ってくる石鹸の甘い香り。
すぅ~~~~~、ああいい匂い。
そして俺が彼女の肩に少し力を入れただけで・・・
プルンプルン
おおっ、やはりっ!
風呂上りの円ちゃんにマッサージをするのが、ここまでの破壊力を持っていたとは・・・
にしてもこの態勢かなりヤバいな。
上から覗き込むこの態勢では、見事に円ちゃんの豊かな胸の谷間がチラリズム。
手では必死に彼女の肩を揉みつつも、知らず知らずに視線が固定され、体が自ずと前のめりに・・・
なんなんだっ、この未知の魔法はっ!
「むぅはぁぁ~、気持ちが良いですぅ~。」
かはっ!
これはもう先輩の入浴音どころではない。
こっちに全力投球だっ!
ナーナーモミモミ・・・
「ふぅぁ~、もう限界ですぅ~。」
うぉ~、俺の辛抱も限界ですぅ~。
もうこの後ろから抱きしめたくなる衝動を抑えきれないっ!
パッ
「おやすみなさいぃ~。すぅ~、すぅ~。」
はっ・・・しまった。
思わず手を・・・
マッサージの手が止まれば、その後に効果が発現してしまうのは必定。
くっ、俺という奴は何という過ちを・・・
いやでもまあ、この状況は見事先輩の入浴音拝聴作戦の第2関門突破という事。
ここは充実した15分間に感謝し、速やかに第3関門へと移行しよう。
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○湯上りマッサージ、桜先生編○
「賢斗~、円ちゃんどうして寝ちゃったの~?」
「どっ、どうしてなんだろうなぁ。あはは~。
あっ、そうだ。きっとマッサージが気持ち良過ぎたのかもしれないな。」
「そっか~。じゃあ次は私の番だね~。」
ほっ、さすがはチョロインズの片割れ、何の不信も抱かないとは。
「ああ、任せろ。」
時に優しくスロウリィ、はたまた激しくスピーディ・・・。
ウトウトコースッ、いざ参る。
ナーナー・・・
「きゃっはっは~、賢斗~、くすぐったいよ~。」
まだ少し触っただけなのに、桜はそれだけで身体をクネクネ。
・・・ったく、肩もみをくすぐったがるのはお子様だぞ、桜先生。
「まあちょっと我慢してくれ。すぐ気持ち良くなるはずだから。」
「うぅぅ、りょ~か~い。」
では改めまして、いざ。
ナーナーモミモミ、ナーナーモミモミ・・・・・・・・・・
「きゃはっ、うふぅ~、ふぅ~、ふぅ~。」
よ~し、よしよし。
いい子いい子。
随分大人しくなってきたじゃないですか、桜先生。
にしても桜も今ポニーテールにしてるから、綺麗なうなじが丸見えだな。
そして円ちゃんと同じ石鹸の甘い香り・・・同じ石鹸使ったのかなぁ?
すぅ~~~~~。
あ~、ずっと息を吸い続けられる気がする。出来ないけど。
にしてもこうして肩を揉んでると、こいつの身体の小ささが良く分かるなぁ。
まるで子供の肩を揉んでる感じ・・・
これでは円ちゃんほどの興奮は覚えない。
まっ、桜にそういうのを期待するのが間違いか。
桜先生はエロさを超越した庇護欲をかきたてる只々愛でていたい存在。
こうしているだけで、俺の心が幸せになっていく。
ナーナーモミモミ、ナーナーモミモミ・・・・・・・・・・
おっ、なんか静かになったな・・・
「すぅ~、すぅ~。」
ふむふむ、寝息の様な息遣い。
よし、そろそろマッサージを終了してみるか。
パッ
俺が背後から桜の顔を覗き込むと・・・
「すぅ~、すぅ~。」
う~ん、やはり寝顔も超可愛い・・・ずっと見ていられる。
パチッ
「え~何で止めちゃったの~、気持ち良かったのにぃ~。」
あはは~、まだ起きてたのね。
「おっけ~。気が済むまでやってやるって。」
*15分経過*
ナーナーモミモミ、ナーナーモミモミ・・・・・・・・・・
う~ん、おかしい・・・
5分置きに気分ウトウトマッサージの効果を確認しているのだが、桜の奴が一向に寝てくれない。
円ちゃんの時は、ちゃんと寝てくれたんだが・・・
でもまあよく考えれば、気分ウトウトマッサージの効果自体、ウトウトさせるだけで眠らせる効果ではない。
施術を受けた者にウトウト感を与えたとしても、そこから必ず眠りに入るというものではないということだろう。
とはいえもう既にかなりの時間が経過し、先輩の入浴音拝聴作戦のタイムリミットも迫っている。
別に桜の肩を揉むのが嫌という訳ではないが、本作戦成功の為、ここらで桜にはもう寝て貰いたい。
パッ
「すぅ~、すぅ~。」
おっ、今度こそ先生も眠ってくれたかな?
ガチャリ
「あ~、良いお湯だったわぁ。」
あっちゃ~、ゲームセット。
「あっ、かおるちゃん。」
あら先生、まだ起きてらっしゃったのね。
「かおるちゃんが、念話で絶対寝ちゃダメって言うから頑張ったよぉ~。」
なにっ、念話だとっ!
ちっ・・・そういうことか。
俺は何時から勘違いをしていた?
敵が2人しか居ないなどと・・・
「桜、どうも有り難う。お蔭で助かったわ。」
・・・やはりあの鉄壁の防御を破る事など俺には無理だったという事か。
○湯上りマッサージ、かおる先輩編○
「どうしたの?賢斗君、元気ないけど。」
「ほっといて下さい。」
「決勝前にそんなことじゃあ、困っちゃうわねぇ~。」
誰の所為だと思ってるんですか。
「・・・・・・もお、しょうがないなぁ。」
そう言うと先輩はゆっくり空いている椅子に向かった。
「よいしょ。」
あ~この人、いよいよ本格的に俺の息の根を止めに来たか?
「ほ~ら、賢斗君。私にはそのお風呂上りのマッサージっていうのはやってくれないのかな?」
へっ、それは一体どういう風の吹き回しだ?
「いっ、良いんですか?」
あの先輩が、こんな事を言い出すなんて。
「良いも何も、私がお願いしてるんでしょ。」
う~ん、怪しい・・・
「そっ、そうでした。」
がしかし・・・
「とっても気持ちいいんでしょ?賢斗君のマッサージって。」
あの張の有りそうな上向きで形の良さそうな大きな膨らみときめ細やかな綺麗な肌。
「はい、勿論ですっ。」
このお宝の前では、どのような罠が待ち受けようが後退など有り得ん。
「じゃあ早くっ、私も肩こり酷いのよぉ。」
そうでしょう、そうでしょう。
大層質感のあるものをお持ちですからねぇ。
「分かりましたっ!喜んで。」
ガタッ
俺は席を立つと、素早く先輩の後ろに移動・・・いざっ。
ナーナー・・・
「ちょっとちょっとぉ、賢斗君。鼻息荒過ぎぃ、くすぐったいわよぉ。」
それは所謂生理現象・・・諦めて下さい。
「息を止めて揉んでくれるかなぁ?」
ちっ、早速来たか・・・第1の罠。
「先輩、それでは私めが死んでしまいます。」
「あはは、じゃあ止めとくぅ?」
なっ、どっ、どうする?
「いえ、そう言えば私、最近皮膚呼吸スキルをマスターしておりました、行けます。」
「うふふっ、それホントォ?じゃあそれでお願い。」
マジか・・・
「かしこまりました。」
くっ、ここは死ぬ気で行くっ!
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○午後10時、リビング○
既に自分の部屋に戻り、あとは寝るだけ・・・などと思っていると、水島さんからリビングへの集合が掛かった。
何事かと1階に下りて行くと、そこにはテーブルの上にノートパソコンが1台。
「あっ、皆さん。先生から明日に向けて、皆さんにメッセージがあるそうです。」
とそこでPC画面に、中川さんの顔が写る。
「みなさんこんばんは。体調は大丈夫かしらね。
明日はいよいよ決勝大会、我がクローバー事務所の将来の為に全力で頑張ってください。
それに私個人としてもあなた達が優勝する姿を夢見てるし、一ファンとして今回は応援させて貰うわ。
と言ってもこんなのは、一切何も気にする必要は無いわ。
あなた達が優勝できなかろうが、会社的にも私的にも別に大した問題じゃない。
期待はするけど、会社や私の将来には、特に大した影響は無いし。
でもあなた達は違う。
明日の決勝の結果、それ如何ではあなた達の人生が大きく変わってしまう程の大きな意味を持っているの。
優勝した実績や信頼といったものは、あなた達が思っている以上に大切であなた達のこれからに影響を与えて行くのよ。
だから明日の決勝、他の誰の為でもなく、あなた達自身の為に是非頑張って来て下さい。
そして私にこの夢の続きを見せて頂戴。」
お~、他の誰の為でもなく、俺達自身の為か・・・
うちのボスとは思えぬ言葉に、不覚にも感銘を受けてしまった。
「あと光、明日の夕食は優勝すれば特上生、それ以外ならスーパーのお稲荷さんパックにしといて頂戴。」
「はい、分かりましたぁ。」
まっ、待てっ!
ブチンッ
「ではみなさん、明日は頑張ってくださいねぇ。」
う~ん、釈然としないっ。
次回、第六十四話 モンチャレ大会決勝1回戦。




