第六十二話 富士ダンジョン
○6月8日土曜日、決勝前日○
午前9時、今日は決勝大会の行われる富士ダンジョンへ移動予定。
水島さんの車に乗り込んだ5人と1匹はクローバーを出発した。
*5時間後*
ロングドライブを経ると、ようやく富士ダンジョンの手前、青木ケ原樹海まで辿り着く。
「それじゃあ、近くのパーキングを探してくるので、皆さんは先に行ってチェックインを済ませておいて貰えますか。」
車を降り、水島さんと別れた俺達は、先行して富士ダンジョン協会支部の宿泊施設へと向かうことになった。
青木ケ原樹海の遊歩道。
原生林の生い茂る中、ひんやりとした空気が辺りを包む。
2kmほど歩き、その先に見えてきたのは、50mほどの高さに隆起した急崖。
更に近づき、不意に樹海が途切れると、その全貌が姿を現す。
断層崖の最下断層がまるで大きく口を開けたかの様な横長で巨大な洞穴。
その岩肌は木漏れ日に照らされ、どこか神々しさを覚える光景。
はぁ~・・・でかいなぁ。
これが日本の探索者達の聖地・・・富士ダンジョン。
思わず嘆息の溜息が漏れた。
「でっかいねぇ~。」
「・・・だな。」
入口付近はむき出しの火山岩。
その上を歩きつつ、入り口付近を見て行けば、その大きさはかつて見た越前ダンジョンの倍以上。
「ほうら、賢斗君に桜。そろそろチェックインに向かいましょ。」
雄大な光景に見入っていた俺と桜を先輩が諌める。
そう、ここ富士ダンジョン入口前広場はモンチャレ決勝を明日に控え、出店が立ち並び、今現在有名観光地さながらの大混雑といった感じ。
大荷物を持った俺達は身軽になる為、先ずは宿のチェックインから済ませることにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○富士ダンジョン探索者協会支部○
事前に持って来ていた富士ダンジョンガイドの小冊子を頼りに、少し離れた遊歩道をまたしばらく歩く。
するとその先には10棟ほど建てられたログハウスを発見。
その中の一番大きな建物が、協会支部となっている様だ。
ガチャリ・・・チリンチリン
協会支部のドアを開け、建物内を確認。
直ぐに受付カウンターは見つかり、そこで話してみることにする。
「あの、すいません。明日決勝に出るナイスキャッチです。ここの宿泊施設のチェックインをお願いしたいんですけど。」
「あっ、はい、いらっしゃいませ、では探索者証の提示をお願いします。」
ほい。
「では大会受付も今しておきますね。それとナイスキャッチさんの使われる宿舎は、4番コテージで、こちらが鍵になります。」
いや~実にスムース・・・
「お部屋の電話はここへの直通になってますので、何か分からないことがありましたら、ご連絡下さい。」
俺は常にこういう対応を求めているのだよ。
「どうも。」
う~ん、スムース過ぎて、何だが少し物足り・・・っといかんいかん。
これは蛯名病だろうか?早く治そう、うん。
○4番コテージ○
協会を出て4番の木札が付いたコテージに向かうと、そこは屋根裏部屋のあるログハウス。
建物の前には、オープンカフェさながらに丸テーブルが2つあり、その間にバーベキューコンロ等が置いてある。
中に入ると全室冷暖房完備で、リビングの他に、シングルの屋根裏部屋が1つとツインの部屋が2つ。
なんともアウトドア感をくすぐる内装で、家具も木目を基調としたもので揃えられている。
部屋割りの方は、1人だけ男である俺は当然屋根裏のシングル部屋。
後は女性陣が桜と円ちゃん、水島さんと先輩といった具合に二手に分かれ、ツインの部屋を使うことに決まった。
浴室は3人くらいが足を伸ばして余裕で入れる大きな檜風呂。
蛇口をひねると、適温の源泉が出て来るそうである・・・なんと贅沢。
一通り見回ってみれば、何処も清潔に管理され、これなら探索者協会の宿泊施設に人気があるのも頷けた。
そんなコテージの確認を終えると、身軽になった俺達は再びリビングに全員集合。
早速明日の決勝の舞台、富士ダンジョンの下見に出かけることにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○富士ダンジョン前広場、屋台巡りシーン○
コテージを出てダンジョン前広場までやって来ると、ここから先は各自が自由行動。
富士ダンジョンの下見の前に、まずはみんなが好きに屋台巡り、腹ごしらえをするという意見で一致した。
特に集合場所も決めずに散開したが、念話がある俺達ならこの人だかりでも大丈夫。
俺は一人、お目当ての和牛ステーキ串屋台へと向かうのだった。
1本1500円もする和牛ステーキ串を2本購入。
お次は伊勢海老串の屋台へと梯子し、意を決して何と1本4500円もする贅沢な一品をお買い上げ。
その後も焼きとうもろこし屋台、チョコバナナ屋台を梯子し、夫々2本ずつ買ってみた。
いや~、普段の節制の反動が、こんなところで出てしまうとは・・・
でもまあそれだけ最近余裕が出来てきたって事・・・うんうん、なんと喜ばしい。
はてさて、後は何処で食べるかってとこなんだが・・・
「お~い、多田ぁ、ひっさしぶりだなぁ。」
ん、この声は・・・
「あっ、どうも。服部さん。」
あ~やっぱこいつの声だったか。
「お~、良いじゃねぇか。ちゃんとさん付けするところは見どころあるぞ、やっぱお前。」
一々めんどくせぇからだよ、お前が。
「それにしても結構俺の中じゃ驚きだったぞ。前回の第3予選はよ。
まさか決勝にお前らが残るとは、思えなかったしな。」
「なんで?」
「いいかぁ。魔法なんて発動まで時間は掛かるし、敵に命中してからも殲滅するまで、ある程度時間が掛かっちまう代物だ。
まあその分、トータルの威力は高いかも知れんが。
そして討伐タイムがシビアになる第3予選辺りになると、魔法を主体としたパーティーってのは、大概脱落していくってのが相場なんだよ。
といっても、魔法主体のパーティーなんて、俺の知る限りでも数える程度しか居なかったけどな。」
ふ~ん、まあうちには関係のない話だな。
「ところでお前。その手に持っているのは、伊勢海老串か?」
「だったら何だよ?」
「一口?」
「やだよっ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○富士ダンジョン内○
先ほど出会った服部が、最後に一つ有益情報を残していった。
大会前日である今日は、出店関連の飲食コーナーはどこも満員御礼。
しかしそんな中、大会出場者には会場の下見が許されている為、その観客スタンドにて昼食を取る事も許されるそうだ。
入り口付近の職員に許可を取ると、俺はレジ袋片手に富士ダンジョンへと足を踏み入れた。
中に入ると閉塞感はまるでなく、これだけ広く入口からの光が差し込むこの辺りでは、寧ろ解放感の方が強い。
と言ってもこの巨大空間は、越前ダンジョン同様只の通路であり、このダンジョンの本質はフィールド型ダンジョンなのだそうだ。
ごつごつした溶岩質の床面は、足場としてそんなに悪くない。
既に近くに見えている大きなスタンドと思しき建造物へと、周囲の景色を眺めながらゆっくり歩いて行った。
スタンドまで辿り着き、一番位置が高く見晴しが良さそうな最後席に座ると、昼食スポットとしては合格点。
ここで俺は気を効かせ、食事するのに良い場所があるとみんなにお知らせしておいた。
ムシャムシャ
席に腰を下ろし、焼きとうもろこしを噛り付きながら会場内を見渡す。
観客スタンドは第3予選の時よりもかなり大きく、軽く1000人以上のキャパシティがありそう。
一方、選手が戦う中央スペースも予選よりかなり広く取らている。
予選と違って高レベルの魔物が召喚されるこの決勝の舞台では、安全面的により広いスペースが必要なのだろう。
また決勝となる今回、この中央スペースでは開会式及び閉会式も開催される。
その際使うであろう移動式簡易ステージが、既にこの中央スペースの片隅に置いてある。
ムシャムシャ
あとは大型ビジョンが2基に固定のテレビカメラも6台。
照明設備や各パーティーのポイント表示を行う電光表示板等々・・・
さっすが決勝大会・・・えらく金が掛かってんなぁ。
とそこへようやく・・・
「賢斗ぉ~、おっまったせ~。」
おっ、やっと来たか。
「あら、ホ~ントここなら人が居なくてゆっくり食事が出来そうね。」
「でしょ。」
「あにきぃ、それ渡すにゃ。」
「ちょっと待て、俺の食いかけを欲しがるなって。」
「小太郎っ、はしたないですよ。」
う~ん・・・まっ、いいか。今日は一杯買い込んだし。
「良いよ良いよ、円ちゃん。今日は結構たくさん買ったから。」
「済みません、賢斗さん。」
「ほら、小太郎。」
俺は食べ掛けの焼きとうもろこしを小太郎に渡してやった。
ニカッ
「流石あにきにゃ。」
ふっ、アホ可愛い奴。
んじゃ俺の方は、何にすっかなぁ・・・んじゃ牛串あたりを・・・
キラン
止めておこう。
え~っと、伊勢海老串を・・・
キラン
これも止めておこう。
となればチョコバナナでも・・・
おっ、これには無反応か・・・ではこれを食べるとしよう。
ったく、焼きとうもろこしをあげたのに、俺の食べるものに一々目を光らすんじゃないっての。
シュパッ
なっ。
「隙ありだにゃー。」
カプリッ
ムシャムシャ、ゴクン
こっ、こいつ、味なマネしやがって・・・
どんどん賢くなっていきやがる。
「ったく、分かったよ、こいつはお前にくれてやるって。」
仕方ない・・・あとは隠れて食べることにするか。
「ちょっと小太郎っ。チョコはダメですよっ!今すぐ吐き出しなさい。」
んっ。
「どうしたの?チョコがダメって。」
「はい。猫にはチョコレートをあげちゃダメって、ペットショップの店員さんが仰っていましたので。」
えっ、ホント?
ムシャムシャ、ゴクン
「美味しかったにゃ~。」
にしてはこいつ、ご機嫌ですけど・・・
「おい、小太郎っ。お前が食ったそれ、なんか子猫にとっては毒らしいぞ。」
「にゃっ!凄く美味しかったにゃっ!あにきは嘘を言ってるにゃ~。」
「いや俺じゃなくてペットショップの人の話だからな。」
「おいらは美味いものを食べて死ねるなら、本望だにゃ~。」
ったく、調子に乗りやがって。
まっ、食中毒くらいキュアを使えばいつでも治せるだろうし、ほっとくか。
「賢斗さん。私今から獣医さんの所に連れて行ってきます。」
「ああ、良いって良いって、円ちゃん。こいつの具合が悪くなるようなら、直ぐ俺が回復魔法で治すから。」
「あっ、そうして貰えると助かります。ここからじゃ獣医さんの所に連れて行くのも大変ですので。」
*30分後*
ふぅ、美味かったなぁ、牛串に伊勢海老串。
と、スタンドから少し離れたダンジョンの片隅で、こっそり一人飯を終えた俺がみんなの所に戻ってくると・・・
「ああ賢斗君。この会場もダンジョン内だし、ハイテンションタイムしておく?
今日は無理だと思ってたけど、折角だし。」
「あっ、それ良いっすねぇ。でもハイテンションタイムをするなら場所を変えませんか?
ダンジョン内は一般の人は今入場禁止みたいですし、意外とガラガラでしたよ。」
「あっ、それもそうね。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○富士ダンジョン1階層、巨大通路の片隅○
スタンドを出た俺達は、人気の無い場所まで移動した。
「じゃあこの辺にしときますか。」
「そうね、ここなら邪魔にならないだろうし。」
「魔法は使っていいのぉ~?」
「ん~、まあレベル2くらいの攻撃魔法なら大丈夫かな。」
「わかったぁ~。」
「私は猫ちゃんになっても大丈夫でしょうか?」
「ああ、うん。まあ猫人化するなら俺がまたおんぶしてコテージまで送ってくよ。
そうすれば潜伏でばれないだろうし、幼女化もできるんだよね?円ちゃん。」
まあ万一猫人幼女が見られたとても、このお祭り騒ぎの中じゃ、子供がコスプレしたくらいにしか思われないだろうしな。
「あっ、はい、勿論ですっ。またおんぶして頂けるんですねっ♪」
あら、おんぶ好きだったの?このお嬢様。
と、話もついたので、ハイテンションタイムスタート。
さぁ~て、俺は何をするかなぁ~。
あんまり派手な魔法は使えんし。
ヨロヨロヨロ・・・
「あ・・にきぃ、お・・お腹が・・く・・苦しい・・にゃ。」
コテッ
~~~~~~~~~~~~~~
名前:小太郎 0歳(0.2m 0.8kg)
種族:ペルシャ猫(食中毒)
レベル:1(1%)
~~~~~~~~~~~~~~
う~ん、ハイテンションタイムになって、急速にチョコの毒がまわっちまったのか?
「だから言っただろぉ、小太郎。
これに懲りたら何でもかんでも食べたいなんて言うんじゃないぞぉ。」
「わ・・かった・・から、何とか・・してくれ・・にゃ。」
ったく。
「ああ、待ってろ、小太郎。今治してやっから。」
・・・あっ、そうだ
どうせなら久々に回復魔法のレべリングにしとくか。
これなら全然目立たんし。
「キュア、キュア、キュア、キュア、キュア、キュア、キュア、キュア・・・・・・」
ドッドッドクドク、ドクン、ドクン、ドックン、ドックン
『ピロリン。スキル『回復魔法』がレベル3になりました。『ハイヒール』を覚えました。』
ふぅ~、まっ、俺の全MPをつぎ込んで治癒魔法を掛けてやったんだ。
食中毒くらいあっという間に完治しただろ。
~~~~~~~~~~~~~~
名前:小太郎 0歳(0.2m 0.8kg)
種族:ペルシャ猫
レベル:1(1%)
HP 3/3
SM 3/3
MP 1/1
STR : 1
VIT : 1
INT : 1
MND : 1
AGI : 2
DEX : 1
LUK : 3
CHA : 6
【スキル】
『九死一生LV6(11%)』
『ジャイアントキリングLV4(14%)』
『忍術LV2(25%)』
『感度ビンビンLV1(8%)』
『羽化登仙LV1(12%)』
『毒耐性LV1(0%)』
『無病息災LV1(0%)』
~~~~~~~~~~~~~~
う~ん・・・やり過ぎたか?
次回、第六十三話 釈然としない夜。