第六十話 空白の12分間
○6月4日火曜日午前8時、学校の脱靴場○
学校に到着し下駄箱を開けると、内履きの上にモスグリーンの封筒が乗っている。
俺も思春期真っ只中の高校一年生。
貰った経験がなくても、勿論これを見て思いつくものは一つしかない。
ふっ、この賢斗さんにラブレターとは・・・
この学校にも中々目の肥えた女子がちゃんと居るじゃないか。
この封筒、なんかいい匂いまでしてますしっ♪
朝からの心躍る展開。
既にテンションは天にも昇る最骨頂に達していた。
がしかし、そこは恥じらいのある賢斗さん。
こんな人目のある脱靴場で、開封してしまうような愚か者ではない。
素早く鞄の中にその手紙を忍ばせると、何事も無かったようにトイレへと向かうのだった。
トイレの個室に入り、便座に腰を下ろすと早速この手紙を開封してみる。
『おはよう、賢斗君。まだ誰にも告白されたことないんだってね。そんな君に心優しい先輩から、気分だけでもプレゼント。~愛しの先輩 紺野かおるより~』
要らんわっ!そんなもん。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○午後4時、クローバー拠点部屋○
時に優しくスロウリィ、はたまた激しくスピーディ・・・。
ナーナーモミモミ
昨日の活躍への感謝の意を込め、今日は小太郎に秘技マッサージ三昧をお見舞いしてやっている。
「あにきぃ、な~んかこの前より下手くそだにゃ。
腕が落ちたんじゃないかにゃ~。」
一方当の小太郎は、気分良さ気な顔をしつつもこんな事を宣う。
ったく、何て失礼な。
それにいくら小太郎さんでも、マッサージ三昧をバカにされては、こちらも黙ってはおられませんぞ。
「そんな事ないだろぉ。この前とやってることは同じだし。
このマッサージ三昧のお蔭で、おまえは『羽化登仙』を取得できたんだからな。」
「にゃ~、だって本当のことだから、仕方ないにゃ~。」
うぬっ、でもまあ確かに俺のマッサージ三昧をハイテンションタイム中に施された小太郎からしたら、物足りなく思うのも当然か・・・
「賢斗君、それって本当なの?」
えっ、何のこと?
「睡眠習熟中にマッサージしてあげると、『羽化登仙』スキルが取得できるって?」
ああ、その話ね。
「ええ、こいつの睡眠習熟中に、俺がマッサージしてやったら、『羽化登仙』ってスキルが取得できたんですよ。
本当は、『限界突破』を取得させるつもりでマッサージしてたんですけど、睡眠習熟中だったのが災いして?・・・いや功を奏した感じです。」
「ふ~ん、じゃあ賢斗君も、その『羽化登仙』ってスキルを取得したら良いじゃない。習熟方法は分かってるんだし。
そしたらモンチャレ決勝でも使用可能になるわよ。」
まあ確かに、昨日の活躍を見せつけられては、俺も当然その辺は考えた・・・がしかし。
「それはそうですけど、俺のマッサージ三昧が無ければ、習熟取得は不可能ですし、残念ながら睡眠習熟中の自分にマッサージを施すことは出来ないんですよ。
それに何で俺限定なんですか?まあ先輩はスキル共有の起点だから無理だとしても、桜が取得したって、決勝で共有できるでしょ。」
「わっ、私は絶対無理だよぉ~。」
「賢斗さん。破廉恥です。」
えっ、何が?
・・・な~んて。
「バカッ、桜は女の子なのよ。ハイテンションタイム中、『感度ビンビン』使わずに賢斗君のマッサージなんて、無理に決まってるでしょ。」
はいはい、その辺も重々承知。
言ってみただけですってば。
「それに何よ、そのマッサージ三昧って。ただのマッサージでしょ?」
「そんなの私がやってあげるから、賢斗君が取得しなさいよ。」
なにっ!それは聞き捨てなりませんぞ。
先輩まで俺のマッサージ三昧をバカにするおつもりか?
ここはガツンと言ってや・・・いや待てよ。
先輩が寝ている俺にマッサージしてくれる?
う~ん・・・はっ!
この申出を断われるはずがないっ!
「分かりました先輩。そこまで言うならその話、乗ってあげます。」
ニヤリ
「ふふっ、任せときなさい。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○午後5時、白山ダンジョン右ルート大部屋○
先輩の提案に乗り、白山ダンジョン右ルート大部屋に向かった俺達御一行。
ここでこれから、とんでもない悲劇が訪れることを俺はまだ知らない。
「『羽化登仙』スキルが取得出来たら、金色のオーラが俺を包むはずです。」
「なら賢斗君が金色のオーラに包まれたら、作戦成功ってことで良いのね。」
「そっすね。そうなったらマッサージは終わりで構いませんよ。」
「まあその後も睡眠ガスの効果が切れるまでは、俺は起きないでしょうけど。」
「わかった、じゃあ賢斗君、始めるわよ。準備は良い?」
今回睡眠習熟を行うのは俺1人。
桜と円ちゃんも先輩に協力し、なんと3人で俺にご奉仕して下さるそうだ。
これだけの美少女3人によるマッサージ・・・今から胸が高鳴るぅ~♪
「はい、初めてなんで宜しくお願いしま~す。」
それでは張り切って行ってみよう。
プシュー
白いガスに包まれ、睡眠状態になると、俺は直ぐ様ハイテンションタイムに突入した。
さあ来い、美少女マッサージ。
・・・後はこうして何もせず、只じっとしているだけの簡単なお仕事。
おっ、上体を起こされ、革ジャンを脱がされ始めた感覚・・・
直ぐマッサージを始めないのかな?
あ~そっかそっか。
革ジャン着たままじゃ、マッサージなんて出来ないですしっ♪
しかもこちらの感度も上昇、美少女の柔らかな指先の感触を思う存分堪能できてしまう。
にしても結構脱がせるのに手こずっている御様子・・・
あっ、でも男性の服をぎこちない手つきで脱がせる美少女の方が、寧ろポイント高いような、うんうん。
ほ~う、もう一人は足を持ち上げ、ブーツを脱がせ始めたか。
足担当者は、足つぼマッサージでもするおつもりか?
って、ちょっと待て・・・だっ、誰だ?ベルトを外そうとしてるのはっ!
そしてブーツを脱がし終えた足担当者が、ズボンを引っ張って・・・
おいおい・・・ズボンまで降ろす必要ないだろぉ?
俺だって花も恥じらう高一男子、女子におパンツ見られるのは、まだ恥ずかしいお年頃だぞ。
それに年頃の女子なら、それこそ恥ずかしがってそんな事しないだろ、普通。
あっ、バカ、やめろぉっ!
スポンッ
えっ、あれ?何だろう、この下半身が妙にスースーする感じ。
・・・・ドドドクン、ドクン、ドックン、ドックン
しっ、しまった・・・。
やはり完全にハイテンションタイムに突入するタイミングが早すぎたようだ。
ハイテンションタイムが終われば、俺は当然通常の睡眠状態へと移行する。
その後は意識を手放し、深い眠りへと落ちて行くのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○睡眠習熟終了後○
ハイテンションタイムが終了し12分経った頃。
俺はようやく睡眠状態から解放された。
そして身体の上半身をムクリと起こすと、あら不思議。
俺の装備はまるで何事も無かったようにキチンと装備されていた。
「ごめ~ん、賢斗君。やっぱり私の実力じゃ、マッサージ三昧には敵わなかったみたぁ~い。」
うん、それはいい・・・
ハイテンションタイムの突入タイミングを誤った俺のミス。
またそれが無くてもマッサージ三昧の無いお三方では、成功など有り得なかっただろう。
今回のこの睡眠習熟は、只ハイテンションタイムを1回無駄に消化しただけ。
これは俺にとって特に気にする程の問題ではない。
がしかし・・・
一つどうしても確認しておかなければならない問題が生じている。
すぅ~はぁ~、よし、いこうっ。
「先輩、ちょっと聞きたいんですが、俺のズボン降ろしました?」
ここは最初から直球勝負・・・
その方が相手の反応を読み易い。
プイッ
俺が質問を投げかけた瞬間、先輩は驚いた表情を浮かべ、凄い勢いでそっぽを向いた。
・・・こいつ、黒だな。
「あ~うん、マッサージの邪魔になるからちょっとだけねぇ。あはは~。」
ちょっとだけ?まあ男のパンツを見てしまえば、年頃の女子ならこのくらいの反応は当たり前か。
にしても俺にはパンツまで一緒にスポンッと降ろされた感触があったのだが・・・
気のせい?
いやいや、あのスースーする感覚は、間違いなくズボンを降ろした勢いと同時にパンツまで降ろされていただろう。
そう・・・事件は起こっていたに違いない。
とはいえ俺だって流石に、彼女達が俺の寝ている隙を狙って、男の勲章の品定めしようとしたとは思わない。
そこに故意はなく、彼女達にとっても望外のハプニングであったと推測している。
しかしそうなると、今回の一件は事件ではなく事故ということになる。
事故だということであれば、俺が怒って殊更彼女達を攻め立てるというのは如何なものだろう?
俺も辱めを受け、かなりの羞恥を感じた。
しかしこの美少女達も俺同様、いや俺以上の羞恥を感じたに違いない。
となれば俺は全てを知りつつも、先輩のこの何事も無かった風の態度に乗っかり、今回の事故を記憶から完全に葬り去る。
これが男としての優しさであり、全員にとっての円満な解決方法なのではないだろうか?うんうん。
「そっすか。まあ、マッサージするには、このレザーパンツを履いたままじゃ、ちょっとやり辛いですしね。」
俺の言葉に、先輩は必死にブンブンと首肯した。
この様子じゃ、先輩にも罪の意識があるのだろう・・・うんうん、今回は許してあげるから。
先輩の態度に満足し、今度は桜に視線を移す。
すると当然桜は茹で上がっていた。
「わっ、私は、ゾウさんなんて見てないよ~。」
うん、何も聞かない内からゾウさんって言うな。
それじゃ、ゲロっちまってるようなもんだろぉ?
っとに、折角の俺の優しさが台無しになっちまう。
次は円ちゃんに視線を移した。
「あの、その、可愛かったです。」
う~む、そう来たかぁ・・・
このお嬢様に至っては、既に見たこと前提で、感想まで述べてしまってる。
そしてこれを華麗にスルーするのは最早不可能。
しかも俺の相棒の評価が可愛いとか・・・まあそこは生まれ持ったもの、致し方ないですよね?
まっ、まあ~兎に角だ。
みんなの態度も確認できたし、この一件は早く忘れてしまうに限るな。うんうん。
あっ、そうだ。
この少女たちは俺に一体どんなマッサージをしてくれたんだろう?
さっきの件は忘れるにしても、どんなマッサージをされたのかという点は、良い思い出として是非残しておきたい。
「なあ、みんなは一体、俺にどんなマッサージをしてくれたんだ?」
「「「・・・っ!」」」
何気なく放った言葉は、その場の空気を凍りつかせた。
えっ、何その態度?
逆にこっちがビックリですけど・・・はっ!
その瞬間、俺の脳裏に数多のシナリオがまるで走馬灯のように駆け巡る。
「こっ、小太郎っ!」
「知らない方が、幸せなこともあるにゃ~。」
・・・・ゴクリ
俺の寝ていた空白の12分間は沈黙の迷宮に飲み込まれた。
*後日譚*
結局、『羽化登仙』スキルは、小太郎以外には取得出来ないという結論に達した。
確かに今回は、ハイテンションタイムとマッサージのタイミングがずれてしまったという明確な原因があるし、再トライすれば上手く行くのかもしれない。
しかしそんな考えもある中、こうした結論に達した理由は簡単。
その後、睡眠習熟中のマッサージという言葉は、誰の口からも発せられることが無かったからである。
次回、第六十一話 決勝対策の成果と最終確認。