第六話 スキル研究部
○ご近所さんとのご挨拶○
4月9日火曜日午前9時30分、1年C組教室内。
本格的な高校生活が始まり、最初の授業が終わった。
そして迎えた初めての休憩時間ともなればご近所さんとのご挨拶が教室内のあちらこちらで始まる。
頬杖をつき宙を眺めていた賢斗だったが、そんな彼にも前席の男子生徒が振り向き声を掛けてきた。
「よっ、俺、森正、よろしく。
モリショーって呼んでくれっしょー」
何この語尾・・・ワザとだよな。
「ああ、俺は多田賢斗。賢斗でいいよ」
「いやぁ、初日は流石にまだ緊張するっしょ~?」
ほう、その語尾疑問形も行けんのか。
「そうだな」
「ところで賢斗っちは、もう部活は決めたっしょ~?」
早ぇよ、「賢斗っち」にランクアップするのが、ったく、調子が良いな、こいつ。
「いや、まだだけど。う~ん、どうすっかなぁ。モリショーはどうなんだ?」
悩んだ振りをしてみせる賢斗たが勿論彼は部活に入るつもり等毛頭ない。
そんな時間があるならば、その分探索に時間を割きたい懐事情なのである。
「俺もまだリサーチ中、やっぱり美少女が入ってる部活を選ぶのがセオリーっしょー」
・・・夢いっぱいだな、お前の高校生活。
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○スキル研究部 その1○
ガヤガヤガヤ・・・
午後3時40分、混雑する放課後の廊下を今日は音速ダッシュも併用し昨日より格段に速く駆け抜けていく賢斗。
シュタシュタシュタシュタ
ふぅ~、下駄箱に無事到着っと。
トントン
靴を履きかえていると肩を軽く指で叩かれる。
「君のあれ、スキルだよね?」
鈴の音のような美声に振り向くとそこには女子生徒が一人で立っていた。
身長は160cmくらい、その女子高生らしからぬ発育の良さはまるでグラビアアイドルかと思わせる程。
ほんのり茶色がかったショートボブに小さな顔。
釣り目がちな大きな目は真面目さと優しさを兼備し、薄い唇は僅かに口角を上げまるで聖母の様な微笑みを湛えていた。
うわっ、この学校にはこんな美人さんが居たのか・・・上級生かな?
少しばかり見蕩れていると彼女は言葉を続ける。
「ああ、ごめんごめん、私は3-Aの紺野かおる。はい」
紺野は掌を賢斗に向け、自己紹介を促す。
「ああ、はい。俺は1年の多田賢斗です」
「じゃあ、クラスは?」
「あっ、C組です」
「よろしい。では改めて質問です。あの廊下で人垣を駆け抜けたのはスキルの効果なのかな?」
う~ん、この人風紀委員か何か?
「えっ、あっ、はい。まずかったですか?」
「良いか悪いかで言えば悪いかなぁ~」
「でも校則ではスキルの使用は禁止していませんよね?」
「そうねぇ。でもいきなり男の子が物凄い勢いで駆け寄ってきたらみんなビックリしちゃうし、廊下を走っちゃいけないのは君も知ってるでしょ?」
ぐぬっ、まあそりゃそうだわな。
そしてこの先輩は被害者だったという訳か・・・サーセン。
「そっ、そうっすね。すみませんでした」
「うんうん、良く出来ました。でも私は別に君を注意したかったわけじゃないんだけどね」
はい?
「えっと、もし良かったらちょっとこれから付き合ってくれないかなぁ?
君とスキルのことについて話がしたいなぁって思ってるの」
ふ~む、白山ダンジョンに早く行きたい気持ちはあるが、他の人とスキルの情報交換が出来るというのはかなりそそるな。
・・・しかも相手がこんな美人さんとなれば断る理由がない。
「はい、少しだけなら」
「ありがとう、じゃあついてきて」
紺野に促されるまま賢斗は後をついていく。
にしても高校初日から、こんな美人と二人きりとか・・・
まさか始まっちまうのか?
・・・俺のバラ色の高校生活。
この高校の校舎は2棟あり、A棟はその殆どが教室として使われB棟は職員室や特別な授業で使う部屋がメインである。
そんな生徒の姿もまばらなB棟の階段を最上階まで上がり、二人は廊下を最奥まで歩いていった。
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○スキル研究部 その2○
B棟4階、社会科準備室前。
「こんな校舎の果てまでごめんね~。ここがうちの部室だから」
道すがら聞いた話では俺が連れてこられたのはスキル研究部という部活動の部室。
そしてこの美人な先輩もその部の5人のメンバーの1人ということらしい。うん、話が違う。
ガラガラガラ
紺野がドアを開けると壁際にはスチール製の本棚、そこかしこに資料を入れた段ボールが幾つも床に直置きされた状態。
残された僅かなスペースに、結構大き目なテーブルが置かれ、それを囲んで4人の生徒が座っていた。
「はい、皆お待たせ。こちらが噂の1年C組多田賢斗君です」
「ども」
「あっ、ここにいるのは皆さっき言ったスキル研究部の部員よ。あなたのスキルの話が聞きたくてこうして集まってるの。
ほ~らっ、皆、挨拶してあげて」
「ああ、良く来てくれた多田。部長やってる3年C組の古谷浩二だ。歓迎するぞ」
「あたしは3-Bの蒼井綺羅よ。へぇ~、この子がジグザグお化けの正体かぁ」
「僕は2-C芥川愉快。わざわざ来てもらって悪かったね」
「俺は2-D岩下守だよ。まあこの部は先輩後輩とかあんまり関係ないとこだから、多田君もそんなに堅くならなくて大丈夫だよ」
挨拶を済ませると用意された丸椅子に賢斗も腰を掛ける。
「じゃあまず早速本題なんだが、多田が使ったあの人を避けるスキル、あれを許容出来る範囲で教えてくれないか?」
「多田君お願いっ! みんな君のあのスキルに興味津々なのよぉ」
「まあ、構いませんけど。
あれは稲妻ダッシュというダッシュスキルの特技ですよ」
「おお、あれはダッシュスキルというのか。
となるとスキル名からして使ったマジックアイテムは加速ブーツあたりか?」
「いや、古谷さん、協会じゃそんなアイテム貸し出してませんよ」
「じゃあ、自前で用意したって言うの? 見かけによらずジグザグお化け君はお坊ちゃまなのかしら?」
「ダッシュスキルなんだから、普通に走ってれば取れるんじゃないの?」
「いや、それだと俊足スキルを取得してしまうはずだよ、紺野先輩」
「ああ、それもそうね」
賢斗をそっちのけで話し合いに熱を上げる面々。
う~ん、この人達はいったい何の話をしているのだろう?
「あの~、それ取得したの、習熟取得ですけど」
「「「「「えっ!」」」」」
息合ってんなぁ、おい。
いきなり同時にこっち向くと、ちょっとビビるだろっ。
「おっ、お前って、探索者試験受けたばっかりだよな?」
「本当、ビックリさせてくれるわねぇ、ジグザグお化け君は。入学したての1年生が、もうスキルを2つも取得しているだなんて」
えっ、今現在6つですけど・・・
「あ~でも、中学浪人してたってことも考えられますよ」
アハハ~、俺そうだったっけ?
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○スキル研究部 その3○
「もう皆余計な事まで詮索しないっ。
春休みもあったんだし、そんなに驚く程のことでもないでしょっ」
「お、おう、そうだな。すまんすまん。
じゃあだとすると多田、お前はダッシュなんていうレアスキルの習熟方法を知っているってことで良いのか?」
「はい、知ってますけど」
まっ、知ってて取得出来た訳じゃありませんけどね。
にしてもダッシュってレアなのか?
まあ言葉に馴染みはあるが、スキルとしては聞いたことが無かったけど。
「なっ、なあ多田、お前双剣スキルは欲しくないか? 習熟方法の情報交換と行こうじゃないか」
「ちょ、ちょっとぉ、古谷君抜け駆けは狡いよぉ」
「僕はメイクアップというスキルを習熟取得しているんだが、興味はないだろうか?」
「俺の植物操作を使えば、植物を早く育てたり出来るんだよ」
「皆ちょっと落ち着いてっ」
紺野の言葉で何とかその場は落ち着きを取り戻す。
「ごめんね多田君。みんな次のモンチャレが近いから焦っているの」
「ん? あ~モンチャレって高校生モンスターチャレンジ大会の事っすかぁ?」
「そうそう。6月とお正月にテレビで決勝大会の中継もやるから多田君も知ってるでしょ?」
まああれは毎年全国放送されてるからなぁ。
「みなさんモンチャレに出られるんですか?」
「そうよ。みんな個人や自分の所属パーティーで月末にある第1予選に出場する予定なの」
へぇ~、あの大会の予選はもうこの時期から始まるのか。
「まあな。この大会は単純にレベルが高ければ良いってもんじゃない。
所持スキル次第では俺達にも決勝まで行けるチャンスはあるって事だ」
ふ~ん、まっ、細かいルールまでは知らんけど。
「そう言って古谷君は毎年第2予選止まりなんだけどねぇ~」
とはいえ決勝まで行けばテレビに映るし高校生探索者としてはちょっとした有名人。
「なっ、蒼井っ、お前は毎回記念参加の分際で・・・」
卒業後にプロ探索者を目指すなら色々有利になったりするだろうし、3年生ともなると結構本気で狙ってるのかなぁ。
「ちょっとぉ、お客さんの前でいい加減にしてっ。多田君も困ってるでしょっ!」
ヒートアップしていた古谷と蒼井が申し訳なさそうに片手で紺野を拝む。
ハハ・・・なんか自由な感じの部活だな。
「でつまりの話、俺にダッシュスキルの習熟方法を教えてほしいってことですか?」
「うっ、うん。まあ端的に言うとそうなっちゃうけど、勿論私達の知っている習熟方法の情報と交換という事でどうかな?
私達皆が一つずつスキルを提示するから多田君はその中から好きなスキルを選んでもらうの。
そして出来れば君の情報はここに居る皆に教えてもらえると助かっちゃうんだけどな」
ふ~ん、まっ、5つの中から選べるならそれなりに知りたい情報もあるか。
「はい、別に構いませんよ。同じ学校の先輩達が大会で活躍したら俺としても嬉しいですから」
にしてもあんな直ぐ思いつく様な習熟方法・・・
この人達聞いた後でガッカリしなきゃいいけど。
「本当っ! ありがとう」
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○スキル研究部 その4○
賢斗がダッシュスキルの習熟方法を教えてやると、スキル研の面々は殊の外喜んでいた。
「なるほどなぁ、恩に着るぞ多田。」
「50mダッシュと20mウォークの反復なら私でも出来そうで良かったわ」
「でもそれが出来る場所を探すことの方が大変ですよ、蒼井先輩」
「それなら緑山辺りが最適だよ。あそこはフィールド型だから」
「ほら皆、その話はあとあと。今度はこっちが教えてあげる番でしょ」
ほどなくスキル研の面々から賢斗に提示されたのは双剣、筋肉増強、メイクアップ、植物操作、念話の5つに関する情報だった。
「多田君、どれでも好きなのを選んでね」
どれでもと言われましても・・・
まず双剣スキルなんてあっても現状剣が1本も無い俺には宝の持ち腐れ。
筋肉増強やメイクアップに関しては、情報を貰うまでもなくその習熟方法に想像がついてしまう。
となると植物操作か念話ということになるのだが、その2択なら実用的な観点から念話を選ぶのが正解かな。
「じゃあ念話スキルの情報でお願いします」
「それなら私の担当ね」
それからしばらく紺野先輩の念話スキル教室が始まった。
まず念話スキルの交信可能範囲はレベル1の状態で周囲100km。
レベルが一つ上がる毎に100kmずつその範囲が広がっていく。
またダンジョン内からダンジョン外への交信も可能であり、その利用価値は高い。
しかし交信方法の自由度はそれ程高くなく、スキル所持者同士間でしか交信出来ずまた複数同時交信といったことも出来ない。
そして肝心の習熟方法だがこれには最低2人以上が必要となる。
習熟方法の内容はダンジョン内で言葉を使わず筆談やジェスチャーのみで延々と意思疎通を図る事。
「はい、これでお終い。何か質問ある?」
「いえ、スキルの効果まで詳しく説明してもらってとても参考になりました」
「いえいえ、お粗末様でした」
いや~、にしてもこの人説明上手だったなぁ。
賢斗は席を立つと出口に向かう。
ガラガラ
「それじゃあ、失礼します」
「ああ、今日はありがとうな、多田」
「また、遊びに来てね。ジグザグお化け君」
「そんなこと言って蒼井先輩、週に一回集まるかどうかですよ、うちの部活は」
「何か分からないことが出来たらまたおいで」
ガラガラ
皆、結構良い人達だったな。
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○美人の先輩とダンジョンでするちょっぴり恥ずかしい事 その1○
午後4時50分、賢斗が階段に向かって廊下を歩いていると紺野が後から追い掛けてきた。
「多田君、ちょっと待って。玄関まで送っていくわ」
う~ん、新入生だと思って気を使ってくれてるのか?
この手の校舎で迷子になる程方向音痴でもないんだが・・・まっ、美人の先輩と一緒に歩けると思えばめっけもんか。
「あのね多田君。実は念話の習熟方法には他にもう一つ別な方法があるの」
人気の無い階段を下りる最中、紺野は少し照れた様子で言った。
あっ、それを伝えるために追いかけて来てくれたのか。
「こっちの方法だったらきっと念話スキルを1日で取れちゃうんだけどぉ・・・ちょっぴり恥ずかしい方法なのよ」
えっ、ちょっぴり恥ずかしい方法?
あ~、だからさっきあの部屋では言わなかったのかな?
「それに私が一緒じゃないとダメだったりするしぃ」
えっ、先輩と一緒じゃないとダメ?
うんうん、それでそれで?
「だからぁ、もし多田君が明日私と一緒にダンジョンに付き合ってくれるんだったら教えてあげられるんだけどぉ・・・」
なっ、この美人の先輩とダンジョンでするちょっぴり恥ずかしいことだとぉ?
「どうする?」
「是非っ!」
賢斗は真剣な眼差しで即答した。
次回、第七話 3人目のパーティーメンバー。