第五十八話 散々な一日
○6月3日月曜日午前8時10分、通学中○
チャリンチャリン
今朝のハイテンションタイムでは、緑山ダンジョンへと赴いた。
今後の特訓を見据え、椿さんにはまたMPポーションの作成をお願いしたい。
そんな考えから、魔力草の採取を兼ねる形で、緑山ダンジョン1階層にある湖を、ハイテンションタイムを消化する場に選択したという訳だ。
まあ学校もある平日の朝という時間的に余裕も無い状況ではあったが、結果の方は上々。
ビニール袋一杯の薬草4つを持ち帰ることが出来た。
あとはこの成果を桜に任せておけば、今日明日あたりには、MPポーションを何本か持ってきてくれることだろう。
チャリンチャリン
と学校の正門近くまでやって来ると・・・
・・・何あの垂れ幕。
『~祝モンスターチャレンジ決勝大会出場 紺野かおるさん 多田賢斗君~』
流石に全国的に注目されてる大会での決勝進出・・・うちの学校でもこんなことしてくれるんだな。
そして桜の名前が無いのは、まあ違う学校だし当然か。
にしても決勝出場決まったのってもう先週の話・・・今更感が凄いんですけど。
キィー
自転車を降り、校門から中に入ると・・・
ちらりほらりと視線を感じる・・・気付かない振り気付かない振り。
こういう時はしれっと通過するに限る。
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○午前8時15分、教室○
ほどなく教室に辿り着く。
そこに待っていたのは、突き刺さるようなクラスメイト達の視線。
・・・流石にクラスメイトともなれば、あの名前が俺である事くらい知ってるわな。
即座に廊下へと引き返したくなる気持ちを押えつつ、俺は重い足取りで自分の席へと向かう。
ふぅ~、今日は取り敢えずこのままじっと大人しくしてよう。
とそこへ。
「賢斗っち~、水臭いっしょー。俺にモンチャレ決勝進出の話を隠しておくなんて、滅茶苦茶ビックリしてしまったっしょー。」
良かったなお前は・・・フレッシュな感じでビックリできて。
「いや俺は別に隠しておい・・・。」
「それにもう学校中、大騒ぎになってるっしょー。」
って聞けよっ、人の話。
「騒がれているみたいだな、我がライバルよ。一応僕からもエールを送っておくとしよう。」
今度は高橋か・・・
「で、後学の為に教えてくれ。審判に貴様は幾らくらい包んだんだ?」
うん、最低だなこいつ。
「ねぇ多田君、モンチャレ決勝のチケットって手に入らない?
良かったら都合して欲しいんだけど。」
西田さんのお目当ては決勝チケットか・・・確かに普通は入手困難だよなぁ、あれ。
「う~ん、別に決勝出場するからって、チケットを融通できたりとかしないけど。」
とこんな事を言ってはいるが、実は出場選手1人に対し2枚ほど決勝戦のチケットを融通できたりする。
「うっそぉ。もう今回の抽選は終わっちゃってるし、それじゃ応援に行けないじゃない。」
そして俺の場合はその2枚、当然叔父さん夫婦に送ると決めてしまっているので、クラスメイトのチケットの面倒までは見れないのである。
「そんな別にわざわざ遠くの富士ダンジョンまで、応援に来てくれなくてもいいよ。」
にしてもクラスの女子が、態々高い金払って応援に来てくれるとか・・・
「いや応援はついでよ、ついで。一度は行ってみたいじゃない、探索者達の聖地、富士ダンジョン。」
これはちょっと嬉し・・・がる必要は無いらしい。
「賢斗っち隊長、我が軍にも決勝チケットの御用立て、よろしくお願いいたします。」
「いやさっきの話聞いてたか?鈴井さん。俺に頼んでもどうにもならないんだって。」
「賢斗っち隊長。我々はどこまでも着いて行くであります。」
「いやだから無理だっつの。」
「ふふっ、多田君大人気ね。」
う~ん、これを大人気というのだろうか・・・決勝チケットを頼まれてるだけなんだが?
「でもきっとこれからもっと大変になるわよぉ。」
「えっ、何で?」
「だってうちの高校ってダンジョン事故を起こしたばっかりで、今イメージが凄く悪いから、あなた達の存在は、渡りに船ってところだと思うし。」
「それと俺達にどんな関係が?」
「そうねぇ、私だったら垂れ幕の次は、モンチャレ決勝に出場する多田君達の激励集会辺りかしら。
全校生徒の前で、うちの高校からモンチャレ決勝に進出した生徒が居るというプラスイメージを植え付けるわね。」
「何でそれで、俺が大変なことになるんだ?」
「だってステージに立って全校生徒の前でスピーチとか、嫌いでしょ、多田君的にそういうの。」
確かにそれは全力で回避すべき事案だな・・・当日の体調不良は通用するだろうか?
「そんな顔してももう手遅れよ。体調不良なんて許してあげないし・・・私が。ふふ。」
くっ、・・・油断も隙もないな、委員長。
キーンコーンカーンコーン
ガラガラ
「は~い、みなさ~ん、席に着いてくださいねぇ。」
ようやくHRか・・・これで少しは落ち着ける。
と思いきや・・・
「まあ、校舎の屋上からあれだけ大きい垂れ幕が掛かっていれば、みんなも既に知っていますよねぇ。」
うちの担任までその話題に切り出して来たか・・・
「なんとうちのクラスの多田が、今週末のモンチャレ決勝に出場することが決まったそうすぅ、拍手ぅ~。」
ワ~、パチパチ~
やる気無さそうに盛り上げてんじゃねぇよっ!
「これはうちの学校始まって以来の快挙だそうでして、金曜日には激励集会を開催し、全校生徒総出で今回の快挙を大いに盛り上げることになってるそうです~。」
・・・っ、凄ぇな、委員長。
「みんながこうして多田と同じクラスになったのも何かの縁。決勝大会ではクラスみんなで多田の応援をしてあげましょう。」
ワ~、パチパチ~
ったく、このクラスってこんなに団結力があったかぁ?
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○その後の学校午前の出来事○
授業が始まると同時に、教室内はようやく念願の落ち着いた雰囲気を取り戻した。
まあこの授業が終われば、にわか有名人に対する周りの反応も収束に向かって行くことだろう。
と思っていたのだが・・・
休憩時間になると、今日初めてお話しするクラスメイト達が、まるで旧知の仲であったかの様に接してくる。
トイレへと赴けば、知らない生徒達が俺を指差し、「ほらあれ、例の。大きい方かな?」とかいう囁きが聞こえてくる。
昼休憩になると、モリショーと高橋が机を合体させるといった荒業を駆使し、強引に昼食を共にさせられる始末。
これでは落ち着いて探索者マガジンも読めない。
止めは委員長が何やら持ってきたかと思えば、探索者予定と一緒に探索者資格取得希望者名簿。
そこには、ほぼ資格未取得者全員ではないかと思われる生徒の名が連ねられ、これは非常に由々しき事態。
全く、今日は厄日か?
探索者委員の仕事は増えそうだし、周りが騒々しすぎる。
俺の求める静かで平和な高校生活は、崩壊の危機を迎えていた。
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○6限目○
ストレスの溜まる1日もいよいよ大詰め。
本日最後の授業に突入すると、俺は桜に念話を送ってみた。
うちの学校でこれだけの騒ぎ・・・学校が違う桜とて、きっと大変だったに違いない。
(桜ぁ~、元気か~?)
(あっ、賢斗~、私はいっつも元気だよ~。)
(そっか。今日あたりうち学校で垂れ幕なんかが屋上から掛けられちまっててさぁ、結構良い騒ぎになったんだが、桜の学校はどうだった?)
(あっ、うん。今日はすっごく沢山声掛けられちゃったぁ~。
何か一気に有名人になっちゃった気分だね~♪)
(じゃあメチャクチャ注目されて参っただろぉ?)
(えっ、そんな事ないよぉ~。なんかいっぱいやる気出ちゃったし~。
ねぇ、賢斗ぉ~、決勝楽しみだねぇ~。)
う~ん、お互いの苦労話に花を咲かせる展開を希望していたが、どうやら人選ミスだったようだ。
まあ良く考えてみれば、桜は他人から注目されれば、寧ろ喜んじゃうタイプ。
ここは早々に見切りをつけるか。
(そっ、そうだな。じゃ、また後でな。)
(おっけ~。)
となればここは先輩にスイッチするか・・・
(先輩、今大丈夫っすか?)
(あっ、賢斗君。全然大丈夫よぉ、授業中だしぃ♪)
授業中だから大丈夫ってのも、どうなんだろう・・・
いや俺も授業中に念話してるんだし、今更か。
でも何だろう・・・先輩は桜以上にご機嫌なご様子。
(なんか凄いことになってませんか?周りの反応。)
(そうねぇ、今日はもう5人に告られちゃったし、新記録更新中よ、ウフ♡。)
えっ、告られた?
なるほど、そんな素敵イベントがあればご機嫌にもなるか。
・・・確かに外面は良いしあの美貌とプロポーション。
普通の奴なら嘘だと疑いたくなるが、この人に関しては、そんな疑問すら生じない。
それに対して俺にはチケットの問い合わせが3件か・・・
う~む、これほどの差があったとは。
(で、こんな念話をしてきたってことは、賢斗君も人生で初めて告白でもされちゃったりしたのかなぁ?)
ほほう、この女、無自覚に俺を殺しに来てるな。
(さぁ、頼れるかおる先輩に、洗いざらいぜ~んぶ白状しちゃいなさぁい。
なぁ~んでも相談に乗ってあげるわよぉ♪)
いやあんたは最もこういう相談しちゃいけない危険人物だろっ。
(俺は先輩みたいに特別モテたりしませんから、そんな白状案件ありませんよっ。)
うん、恐らく俺は普通・・・普通だよね?
(ふ~ん、そうなんだぁ♪)
くそっ、嬉しそうにしやがって、ったく美人は生まれながらに勝ち組ですなぁ。
(でもまあ元気出しなさいな。
その気も無い人に幾ら告られたって、意味なんてないんだからぁ♪)
そんな正論で取り繕ったって、その上機嫌振りは全く隠せてませんよ。
(賢斗君にもきっとその内良い事あるわよっ。)
ほう、先輩の言う『その内』とやらが、今世である事でも祈れば良いのか?
(へぇ~、そっすかねぇ。)
(そうよぉ、きっと今頃賢斗君にラブレターを書いてる女の子がいるかもっ。)
(そんな口から出まかせ言わなくて結構です。)
(アハハ~、ばれたかぁ。)
にしても先輩に関しては、桜以上の人選ミスだったな。
(もう念話きりますね。)
○終業時、教室内○
キーンコーンカーンコーン
ようやく訪れた今日の終わりを告げる鐘。
ふぅ~やっと帰れる・・・ ホ~ント、今日は散々な一日だったな。
鐘の音が終わるのを待たず、席を立つと・・・
「多田君、今日は随分お疲れの様ね。」
ニコッ
委員長が笑顔で立ちはだかる。
「ああ、有難う、委員長。それじゃあまた明日。」
ガシッ
「えっ、なに?」
「逃がさないわよ、多田君。今日はほら、探索者委員会だから。」
う~む、委員長なら俺の気持ちを理解しているはずだろう。
しかしそれを分かって尚、見逃してくれないとは・・・
「あ~、お腹痛い。」
「うん。知ってる。」
「では帰っても?」
「よろしくない。」
「あっ、あんなところにUFOがっ!」
「さっ、早く行きましょ。」
次回、第五十九話 俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。