第五十六話 『羽化登仙』と『マッサージ三昧』
○午後1時、クローバー拠点部屋○
部屋の隅の横壁に、黒い風呂敷で身を隠している小太郎。
その風呂敷を摘まんで引っ張り覗き込むと、小太郎は口を半開きにし、ショックを受けたアホ面で俺を見上げる。
「小太郎、スキルってのは、ダンジョンじゃないと練習にはならないんだぞ。」
「そんなの分かってるにゃ。」
小太郎は拗ねた面持で、そっぽを向いて離れて行く。
う~ん、ミーティングもとうの昔に終わり、早めの昼食を挟んで円ちゃんの帰りを待っている訳だが、かなり暇である。
「賢斗君、暇ならこれでも読んでなさい。」
おっ、先輩ナイス・・・先週号まだ見てなかったしな。
「あっ、どもっす。」
ホットコーヒーを淹れ、ソファに再び腰を下ろすと、先輩に渡された探索者マガジンをパラパラとめくる。
『異世界召喚?三角桃香。~ダンジョン内で突如消えた探索者アイドル~』
何この異世界召喚って。
え~っとなになに~。
富士ダンジョンに先日突如出現した、魔法陣型の転移トラップ。
その転移トラップは、数多の探索者がその転移トラップの上に乗ってみたが一切発動せず、謎の転移トラップとして話題となっていた。
そんな折、テレビのロケで訪れた彼女が自ら挑戦。
すると突然その転移トラップが発動し、その姿を忽然と消してしまった。
彼女には万が一の安全対策として帰還石というアイテムが持たされていたし、普通はダンジョンの何処へ転移させられようが、帰って来れない理由は無い。
これはもう、帰還石を使っても帰って来れない程遠い彼方、異世界にでも転移させられたと考えるのが、至極当然なのではないだろうか。
そして数多の探索者が捜索を続ける中、彼女は行方は未だ不明、果たしてその真相はいかに・・・
う~ん、魔法陣が突如発動ねぇ。
そんな都合良く行くもんかねぇ~、テレビ中継してる時に。
はっは~ん、何か分かっちゃったかもしれない。
これは所謂やらせって奴だな。
転移トラップの発動エフェクトくらい、幻覚系スキルを使えば、何とかなるだろうし。
その間に本人は、大き目のインビジブルクロースを頭からかぶり、こっそりダンジョンを抜け出す。
余りにも有名になりすぎて、一人になりたかった探索者アイドルと視聴率が稼げるテレビ局・・・
おお~、見事にパズルが完成してしまった・・・今日の俺は冴えてるな。
んっ、この記事丸石さんか。
今度会ったら、この俺の名推理を披露してやろう。うん。
パラパラ、ズズッ
『やっぱり来るぞ!浮遊島ダンジョン。~再び進路変更の兆し~』
ホ~ントこのネタ好きだよな~、ここの編集者。
しかも何だよ、兆しって。
来るのが決まってから記事にしろっての。
パラパラ。ズズッ。
『今週のスキル紹介 ~中高年に大人気!あなたも『マッサージ』スキルで疲労回復~』
へぇ~、SM値の回復方法は、この『マッサージ』スキルを使うのが一般的なのかぁ・・・これは俺的に新発見。
今度取ってみようかな。
ガチャリ
「お待たせしました皆さん、ようやく円が帰って参りましたよ。」
おっ、お嬢様の御帰還か。
そしてこの笑顔・・・どうやら無事合格したみたいだな。
「あっ、円ちゃん、どうだった~。」
「何を聞いてるか分かりませんよ、桜。私が試験に落ちるということは有りえません。」
「そっか~。」
「おめでとう、円。」
「はい、有難うございます。かおるさん。」
「円ちゃん、合格おめでとう。」
えっ、何で急に頬を膨らませてんの?
「有難う御座います、賢斗さん。でももうちょっと気の利いた台詞は言えないのですか?」
何か俺のハードルだけやけに高けぇな。
それに探索者資格試験なんて、言う程難易度高くないし、大騒ぎするほどのことでもないだろ。
「それにこの私が、賢斗さん達のパーティーに正式加入した記念日なのですよ。もっとこう嬉しそうにして下さい。」
記念日ねぇ・・・まっ、付き合ってやるか。
「やっ、やったぁ~。これで円ちゃんが正式メンバーだぁ。うっ、うわーい。」
「ちっとも気持ちがこもってないじゃないですか、賢斗さん。
もっとこうウットリとした羨望の眼差しで仰って頂かなければ、私の心は震えません。」
う~ん、胸が震えても胸中は震えない不思議。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○午後2時、白山ダンジョン1階層、右ルート宝箱部屋○
円ちゃんが戻ったので、早速睡眠習熟するべく白山ダンジョンの右ルート宝箱部屋にやって来た。
今回の監視役は俺と桜。
円ちゃんも先輩に付き合って、『魔力操作』の習熟取得を目指すそうである。
さぁ~て、それじゃあ・・・
「あにきぃ、退屈だにゃっ。」
胸元の巾着から首を出した小太郎が声を掛けて来る。
「ああ、ちょっと待ってろ。今この宝箱の蓋を開けたら、相手して・・・」
ん、ああ、そういや小太郎には睡眠習熟したいかどうか聞いていなかったな。
まっ、子猫にそんな意思があるのか知らんが・・・
「小太郎、お前も試してみるか?睡眠習熟。」
「睡眠習熟ってなんだにゃ?」
「ん~まあ簡単に言うと、寝た状態でスキルの習熟をしたり、取得したりするってことだな。」
「にゃっ、寝てる間に強くなれるのかにゃ?!」
「おっ、おう。」
「そいつぁ、おいら向きだにゃ~♪」
う~ん、只寝てるだけではダメなんだが・・・
「いや睡眠中の潜在意識下で、イメージ力を・・・」
「わかったにゃ。やるにゃ~♪」
こいつ絶対分かってないだろ・・・
と言ってもまあ別にいいか。こいつが失敗しようが特に問題ないし。
○睡眠習熟スタートシーン○
スキル共有を済ませ、早速睡眠習熟を開始することにする。
「桜、ちゃんと賢斗君を見張っておいてね。」
「おっけ~。」
この会話は、必要なのだろうか?
「それじゃ行きますよ。」
プシュー
白いガスが晴れると、2人と1匹が眠った状態で倒れている。
「私は円ちゃんとかおるちゃんのお世話をするから、賢斗は小太郎のお世話をするんだよぉ~。」
桜先生・・・先輩に言われたからって、そんなに張り切らなくても良いんですよ。
と言ってもこの様子じゃ、今日のところは美少女達の寝顔は諦めて、小太郎のお世話とやらをしておくか。
「はいはい、了解しました。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○小太郎睡眠習熟シーン○
さて、小太郎のお世話を引き受けた訳だが・・・
猫の寝る姿勢ってどれが正解なんだろう。
思案に暮れた俺は、取り敢えず平らな床面に小太郎を仰向けに寝かせてみた。
人間的にはこれが正解・・・
いや待てよ、そういやこのポーズって、猫的に服従のポーズだったような・・・まっ、いっか。
どうせ猫の寝る姿勢なんて知らないし、こいつの顔もアホ面で実に幸せそう。
あっ、そうだ。スマホの待ち受けに写真でもとるかな。
カシャ
よしよし。
にしても気持ちよさそうに寝やがって、折角の睡眠習熟が勿体ないだろぉ。
あっ、そういや小太郎はまだ『感度ビンビン』や『限界突破』を取得していない状態だったな。
この2つは、俺達パーティーの一員としては必須スキル。
どうせこのままじゃこいつのスキル取得は望み薄だし、ここは手伝ってやりますか。
でも待てよ・・・普通に触って快感限界を突破させることは不可能かも。
こいつオスだし・・・しかも猫で睡眠習熟中、う~む。
いやいやぁ~、如何なる障害があろうとも、数々の限界突破取得を成功させてきたこの賢斗さんに不可能はないはず。
ここはやるだけやってみようではないか。
ナデナデ
俺は小太郎のお腹を、軽く撫で始めた。
睡眠習熟中は、外で何が起こっているかは分からないし、身体の自由もきかないが、自分の身体への刺激くらいは感じることができる。
俺の手に掛かれば、普通はこれだけで『限界突破』スキルが簡単に取得されてしまうはず。
どれどれ~。
と解析して確認してみるも・・・
う~む・・・やはりオスは手強いな。
しかしここで諦め、この俺の連勝記録に傷をつける訳にもいくまい。
ここは今少し、追いナデナデをしてみよう。
ナデナデ
う~ん、まだか。もう少し。
ナデナデ
もういい加減、限界突破しろよ、小太郎。
ナデナデ
ふぅ~、分かったよ小太郎・・・どうやらお前には普通の方法じゃダメみたいだな。
こうなったら仕方ない・・・アレの出番だ。
ハイテンションタイム、発動っ!
ふっふっふ、覚悟したほうが良いぞ、小太郎。
こっから先は、俺を本気にさせたお前が悪いのだ。
そしてその身に刻むがいい・・・
この俺の至極の猫撫でフルコースをっ!
俺は小太郎の快感ポイントを『超感覚ドキドキ』により把握していく。
首、耳のつけ根、髭の周辺、それに背中と手足の先・・・なるほど。
ナデナデ、モミモミ、ナデナデ、モミモミ
刻々と移り変わる小太郎の快感ポイントを的確に把握。
繊細かつ大胆、そして織りなす力の強弱。
俺は渾身のマッサージを小太郎の身体に施していく。
ふっ、寝てるはずなのに、表情が和らいでいく・・・そうだろう、そうだろう。
ナデナデ、モミモミ、ナデナデ、モミモミ
あらあら、涎垂らしてるぞ。
かなり気持ちがいいんじゃないですか?お客さん。
ナデナデ、モミモミ、ナデナデ、モミモミ
おお、なんという至福の表情。
それじゃあ、そろそろ仕上げと行きますか。
時に優しくスロウリィ、はたまた激しくスピーディ・・・
秘技マッサージ三昧っ!
ナーナーモミモミ、ナーナーモミモミ・・・・・・・・・・
『ピロリン。スキル『マッサージ三昧』を獲得しました。・・・・』
マジか・・・
適当に思いついた秘技名がそのままスキルに。
はっ!
っていうか決勝前のこの大事な時に、自分のハイテンションタイムをこんな事の為に消化してしまった。
くそぉ、これというのも何時まで経っても『限界突破』を取得しなかったこいつの・・・
ボワァァァン
傍らで眠る小太郎の身体は、何かオーラの様なものに包まれ、背には妖精の様な羽・・・
フッ
・・・あっ、消えた。
何これ?
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名前:小太郎 0歳(0.2m 0.7kg)
種族:ペルシャ猫
レベル:1(1%)
HP 3/3
SM 3/3
MP 1/1
STR : 1
VIT : 1
INT : 1
MND : 1
AGI : 2
DEX : 1
LUK : 3
CHA : 6
【スキル】
『九死一生LV5(41%)』
『ジャイアントキリングLV3(86%)』
『忍術LV2(25%)』
『感度ビンビンLV1(0%)』
『羽化登仙LV1(2%)』
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『羽化登仙』・・・こいつまた訳の分からんスキルを。
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『羽化登仙LV1(2%)』
種類 :アクティブ
効果 :羽の生えた仙人と化して、神通力により身に纏うオーラを操ることができる。効果時間5秒。クールタイム1時間。
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なるほど、さっきのあの姿は仙人フォームってことか。
それにしても、生後3カ月で早くも仙人とか・・・生き急いでるなぁ、こいつ。
「にゃ~、なんか天にも昇る気分だったにゃ~。」
ふっ、流石は我が秘技、マッサージ三昧。
相手を昇天させるほどの威力を持っていたとは・・・
「そりゃあよかったな。睡眠習熟はお気に召したか?」
ニカッ
「最高だにゃっ。」
にしても『限界突破』を取得させるつもりが、『羽化登仙』という訳のわからないスキルになっちまうとは。
考えられる原因は幾つかあるが、客観的に一番怪しいのはやはり睡眠習熟中だったという点だろう。
他の要因 は、なんだかんだで否定される部分を持っているし。
いやしかしそうなると『羽化登仙』ってのは、『限界突破』より上位に位置する凄いスキルということに・・・
う~ん、まっ、その辺はこの効果説明じゃはっきりしない部分ではあるが。
まあそれはそれとしてだ・・・
今回分かった一番重要で且つ確かな事は、俺が取得した『マッサージ三昧』はかなり凄いという事だな、うんうん。
何しろこんなオス子猫を昇天させるほどの威力を秘めたスキルだし、否が応でも期待が高まるではないか。
がしかし、ふっふっふ、解析するのは最後のお楽しみに取っとくとしよう。
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○睡眠習熟終了後○
「賢斗~、みんな起きたよ~。」
「『魔力操作』ゲットよぉ。」
「私も取得出来ましたよ、賢斗さん。」
「良かったっすね、2人とも。こっちも一応、スキルを取得しましたよ。」
「小太郎も?」
「うん。『羽化登仙』っていうスキルを取得してますよ。」
「へぇ~、どんなスキルなの?それ。」
「まあ妖精のような羽が生えて、身体にオーラを纏ってましたね、見た目は。でも実際何ができるのかってのは、まだよく分かりません。」
「小太郎は妖精さんになれちゃうんだ~。今度そのスキル、共有させて貰おっかな~。」
「いや見た目は妖精チックではあったが、あの姿は仙人化したものらしいぞ。」
「な~んだ、妖精さんじゃないのかぁ~。」
「でもまあスキル共有させて貰うってのは、良いかもしれないな。もし凄いスキルだったら、モンチャレ決勝に役立つかもしれないし。」
「あっ、そうだね~。」
「ちょっと2人とも、それは良いアイデアだけど、無理よ。第三者の協力はルール違反だし。」
あっ、スキル共有禁止ってルールはないけど、そっちに引っ掛かってしまうか。
「でもスキル共有なんて、誰にも分かりませんよ。ばれなきゃ問題ないのではないですか?」
むっ、円ちゃん素質があるな・・・うちのボスの後継として。
「まあそうだろうけど、やっぱりこういうのって正々堂々とやるから優勝した時、心から喜べるんじゃない。」
お~先輩、たまには良いことを仰る。
「そうだよ~。そんなことしなくても決勝なんて楽勝だよ~。」
いやそんな事ないと思うぞ、先生。
「流石はかおるさん、その言葉、しかと心に沁み入りました。これからはかおるさんを私の心の師と仰ぎましょう。」
「分かってくれて嬉しいわ、円。」
「かおるさんっ。」
そしてヒシッと抱き合う2人・・・最近たまにこういう茶番を挟むようになったなぁ、こいつら。
さて、最後はいよいよ俺が取得したお待ちかねの最強スキルの確認と行きますか。
それぇ~♪
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『マッサージ三昧LV1(2%)』
種類 :アクティブ
効果 :習得技能が使用可能。
【技能】
『気分スッキリマッサージ』
種類 :アクティブ
効果 :マッサージ後に気分がスッキリします。
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ふ~ん、そう、スッキリするだけね~。
まっ、こういう事故には慣れっこさ。
次回、第五十七話 へヴィーフォッグアタック。