第五十四話 カプセルモンスターを手に入れろ
○緑山ダンジョン1階層、巨木の中○
巨木の根元にあったはば1mほどの洞。
そこから中へ入ると、薄暗く、下へと続く螺旋階段が伸びていた。
ピチャン・・・ピチャン・・・
水滴の滴る音がする中、足元はかなり滑り易い。
慎重に歩を進め30分ほど下って行くと、ようやく光が差し込む横穴が見えてきた。
穴から出る手前で軽く腹ごしらえを済ませると、俺達は2階層へと踏み出す。
○緑山ダンジョン2階層○
バババババッ
初めての階層恒例、脳内マップが一気に拡張する。
その様子から、この2階層は1階層同様の直径10kmくらいの円形フロアという推測が働く。
が、見える景色はかなり様子が異なるようだ。
フロア全体を見渡すと、湿地帯の様相を呈し、湿地性植物が群生している。
そんな中、幅が不規則な固い地盤がまるで大樹の枝のように盛り上がっていて、探索者達を奥へと誘う通路となっている。
また所々に沼のような場所も点在し、その水面には、びっしりと浮葉植物が浮いていたり・・・
まるでこの階層は水棲魔物の巣窟だな。
あっ、また大きな洞のある巨木・・・
かなり遠くではあるが、このスタート地点から早くも1階層同様の巨木が見え、恐らくあそこが3階層への階段ポイント。
ふ~ん、もし先に進むだけで良いなら、この階層は短距離転移で一瞬だな。
まあしかしそれはそれとしてだ。
今の目的は攻略ではなく、ハイテンションタイムを消化する場所探し。
はてさて、何処が良いですかねぇ~。
「賢斗~、あそこ~。岩の上にカエルがいっぱいいるよ~。」
ん。どこどこ?・・・あっ。
桜の指さす方へと視線を移せば、500mほど先に沼が見え、そのほぼ中央に位置する岩山に、カエル系の魔物が密集してへばり付いていた。
ふ~ん、沼の周囲には十分に足場もありそう・・・
あそこなら、この2階層のフィールドではかなり恵まれた地形だな。
にしても妙だな・・・
この2階層のスタート地点から、さほど遠くない格好のバトルポイントが、なぜこの時間でも手付かずに?
あっ、なるほど・・・あの沼は他の通路と繋がっていないのか。
普通の探索者達なら歩いて行けないし、そういう事ならまあ納得だな。
「おおっ、あの沼周りは良さそうだな、桜。
あそこならハイテンションタイム中の攻撃魔法が、無駄撃ちにならないだろうし。」
「ま~ね~。」
と、早速みんなで短距離転移。
沼の岸から10mほどの位置。
そこから改めて沼の様子を見てみると、カエルの魔物が居るわ居るわ・・・
岩山だけでなく、沼の水面にも顔を出している個体までウジャウジャ。
うわっ、なんか見てるだけで気持ち悪くなってきた。
「賢斗君、あれってもしかして、例の魔物かしら?」
例の魔物?
「ほらっ、小太郎がアイテムオークションで候補に挙げたカプセルモンスターの。」
「あ~、そういやあの中身のモンスター、ジャイアントフロッグとかいう名前でしたっけ。」
「そうそう、もしこの中にそのジャイアントフロッグが居れば、これは大チャンスよ、賢斗君。」
お~、確かに。
「うちには幸運の化身、桜大先生が居ますしねっ!」
「うんうん。」
「そっかなぁ~♪」
いよぉ~し、ここは気合を入れて解析してみますか。
おっ、凄ぇっ!こいつら全部・・・ってあれ?
おかしいな・・・
「あ~、ざっと見た感じ、こいつら全部ジャイアントフロッグみたいですよ。ちなみにレベル3ですね。」
「ホントっ、やったぁ。桜、出番よ。」
「お任せあれ~。」
いや、待て待て。
「喜ぶのは早いですよ、2人とも。
こいつらはジャイアントフロッグで間違いないですけど、肝心のドロップにカプセルモンスターなんてアイテム、表示されていませんから。」
「えっ、嘘。何でよっ。」
こっちが聞きたいでござる。
「いや俺がここで嘘言っても、仕方ないでしょ。」
「う~ん、確かにそうだけども・・・」
「ぶぅ~ぶぅ~。」
「大方ああいうアイテムは、宝箱からしか出ない代物なんじゃないですか?」
「でも賢斗さん。これだけいれば1体くらい、そのレアアイテムを持ってるカエルさんも、いるのではないですか?」
「いや円ちゃん、魔物はその種類やレベルによって、落とすアイテムやドロップ率が決まって・・・」
決まって?・・・あれ?何この違和感。
今まで、ゴブリンは持ってる武器しかドロップ表示しないし、スライムなら『スライムジェルの瓶詰』の表示があるのを至極当然と捉えていた。
確かに解析スキル持ちの俺には、解析で表示されたアイテムしかドロップされないことを知っている。
しかしそれは、仮にドロップ以前の問題として、所持率のようなものが存在し、ドロップする可能性がある個体とない個体が存在していることを否定している訳ではない。
ゴブリンは同種の魔物であっても、個体により棍棒に短剣、弓等の武器を所持していれば、個別にその武器のドロップ表示がある。
ということは、魔物の種類によって、ドロップアイテムが決まっているとしても、その種類は数種類存在し、それを所持していたり、していなかったりといった所持率の存在を示唆しているのではないだろうか。
そしてスライムの場合は、『スライムジェルの瓶詰』の所持率がほぼ100%に近いだけ・・・そう考えれば、矛盾はすべてなくなってしまう。
円ちゃんの言葉が無性に気になり、沼のカエル達を次から次へと解析していく。
無し・・無し・・こいつも無し・・無し・・・・・・・・ん~、やっぱりドロップ表示がある奴なんて、全然居ないな。
無し・・無し・・こいつも無し・・無し・・・・・まあ所持率なんてものは、今しがた考えついた仮定の話だし。
これも無し・・無し・・無し・・無し・・・・・・もういい加減50体以上だし、そろそろ諦めるかぁ?
無し・・無し・・無し・・無し・・・あっ、嘘。
本当に居やがった。
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名前:ジャイアントフロッグ
種族:魔物
レベル:3(18%)
HP 12/12
SM 10/10
MP 5/5
STR : 6
VIT : 3
INT : 3
MND : 3
AGI : 3
DEX : 7
LUK : 6
CHA : 1
【スキル】
『水鉄砲LV2(87%)』
『舌伸ばしLV3(72%)』
【強属性】
水属性
【弱属性】
火属性
【ドロップ】
なし
【レアドロップ】
『カプセルモンスター(ドロップ率0.001%)』
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こいつだけ『カプセルモンスター(ドロップ率0.001%)』のレアドロップ表示がある。
ということはやはり、アイテム所持率は存在するというのが正しい。
そして探索者達が入手する魔物のドロップには、ドロップ率と所持率の2つが影響しているというのが真実。
俺の解析でも、アイテム所持率なんてものは分からない。
しかしそれを今調べた個体数から仮に50分の1とするなら、このジャイアントフロッグのカプセルモンスターの実際のドロップ率0.0002%となり・・・
つまりは500,000分の1。
確かにこの希少性なら、あんな高額のアイテムオークションに、こんな低レベルの魔物からドロップするアイテムが、出品されていたのも頷ける。
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「円ちゃん、1体だけ、カプセルモンスターをドロップする個体が見つかったよ。」
「ほら見なさい、賢斗さん。私の言った通りだったでしょう。」
何だろう・・・ちょっと悔しい。
「でもあれは無理だなぁ。水面から顔を出してるだけだし。倒したってドロップ品は水の中に沈んじゃうって。」
「何言ってるの?賢斗君。2100万円が目の前にいるのよ。今こそナイスキャッチの本領を発揮する時じゃない。」
・・・欲望に実に忠実だな。
まあそうしたいのは俺も山々なんだが、この場合はどう考えたって・・・
いや待てよ・・・あるなぁ一つだけ、ムフっ。
確率的には五分五分といったところか。
いやでもこの状況を考えれば、可能性があるだけで十分。
そして長いこと恋焦がれて来たあの封印されし幻のスキル。
この機会に是非初お披露目をして頂こうじゃありませんか、クックック。
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すぅ~はぁ~、すぅ~はぁ~。
俺は深呼吸を繰り返し、ニヤケそうになる顔を無理やり抑え込む。
これから行う作戦は、非常に繊細かつデリケート。
万全な状態で、任務に当たらなければなるまい。
頑張れ俺・・・幸運を祈る。
「先輩。お話があります。」
「何?賢斗君。急に改まっちゃって。」
「はい、実は今、あのジャイアントフロッグのドロップアイテムを回収する名案を思いつきました。」
「ふ~ん、な~んか妙な感じだけど・・・続きをどうぞ。」
さっ、さすがに感が鋭いな・・・
しかしここは敢えて直球勝負・・・
これで逆に、俺にやましい気持ちが無いことをアピールできるはず。
「先輩の『セクシーボイス』を使ってあの個体をこちらにおびき寄せ、桜の魔法で殲滅。これならドロップ品の回収も容易かと。」
「あっ、そっかぁ。やるじゃない賢斗君。いいわよ、それで行きましょ。」
えっ、いいの?
なんとも呆気なくミッションコンプリート。
これは欲望が羞恥心を超えたということだろうか?
「でも勿論賢斗君はこの作戦に関係ないんだし、ちゃ~んと遠くの通路で待っていてくれるのよね?ウフ♡」
先輩の言葉を聞き、俺は頭を垂れつつ首を左右に振り、残念そうな仕草で応えた。
「・・・はい。」
ふっふっふ、良くやった俺・・・作戦は見事成功である。
遠くの通路?そんなことは想定内だし、俺に聴覚強化があることを忘れてますよ、先輩。
でもな~んか旨く行き過ぎてるような・・・いやぁ、まあ大じょぶ大じょぶ~♪
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○緑山ダンジョン2階層、沼から少し離れた岸際○
さて、話は纏まったことだし、早速『セクシーボイス』のご拝聴・・・もとい、モンスターカプセル入手作戦いってみようか。
スキル習熟システムスタンバイ。
「あにきぃ、おいらを上に投げて欲しいにゃ。」
「ん、なんで?」
あの小太郎ロケット気に入ったのかな?
「忍術を頑張ってみるにゃ。」
あ~そゆこと。
小太郎も随分ハイテンションタイムを理解してきたと見える。
「じゃあまあそれは良いけど、お前はハイテンションタイム中は、戦闘に参加するなよ。『感度ビンビン』持ってないんだし、攻撃喰らったらアウトだろうからな。」
「了解にゃ。」
本当かねぇ~、まっ、上に放り投げちまえば、戦闘には参加できないか。
小太郎ロケット、発射っ!
ひゅ~~~ん、パサッ
最高到達点に達したところで、風呂敷パラシュートが広がった。
お~結構上の方までいったなぁ・・・あれなら暫く降りてこないだろう。
「にゃ、にゃにゃ、にゃおぅぅぅぅ~。」
ふっ、小太郎のスタミナも回復したみたいだな。
ってことで、そろそろミッションスタートと行きますかね。
「じゃあ、俺は先輩がジャイアントフロッグを引き寄せるまで、あっちで待機してますんで、あとよろしく。」
「うんうん、すぐ終わると思うからお願いね。」
はいはい。
「あと聴覚強化とか使っちゃダメよぉ。」
ブフォッ!
今更何を・・・転移だ、転移っ。
スッ
フッ
ふぅ~、凄ぇビックリした。
先輩は俺を殺す気か?ったく。
それに聴覚強化があるって気付いてるなら、最初から言えっての。
っといかんいかん。もう作戦は始まっている・・・集中しなくては。
おっ、よぉ~し、よしよし、先輩が沼の方に近づいて行く・・・いよいよかぁ?
聴覚強化MAX発動っ!
さあ来いっ!妖艶な乙女の喘ぎ。
と俺の期待が頂点に達した瞬間・・・
「いやーん。うふーん。」
聞こえてきたのは、まるで色気のない棒読みな台詞。
なっ、なんだこれはっ!
俺をバカにしているのか?
いつもの真に迫った声色が完全に失われてるし、演技にしたって酷すぎるだろっ!
くそぉ~、なんかどっと疲れたな・・・
あんなド下手な大根役者じゃ、カエルだって魅了されてないっつの。
「さあ、みんな~、こっちにいらっしゃ~い。」
あ、あれっ、おっ、おかしい・・・俺の足が勝手に・・・
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あのままでは湿地帯に足を踏み入れてしまいそうだったので、先輩のところまで緊急転移。
先輩の隣に転移すると、足の動きは停止し、心が何故か落ち着く。
・・・男の沽券に係わるので、敢えてこの理由は考えまい。
「ほら、見て見て賢斗君。私に魅了されたカエル達があんなに寄って来てるわよ。」
見れば30体ほどのオスと思われるジャイアントフロッグ達が、岸に上がってこちらに飛び跳ねてくる。
「流石ですね、かおる様。わたくし惚れ直してしまいました。」
くそぉ~、魅了中は自由に喋ることもできないのか。
「うんうん。賢斗君もたまには良い事言うわね、って何泣いてるの?表情と台詞が合ってないわよ。」
・・・死にたい。
「かおるちゃん、どれを倒せばいいの~?」
「あ~、今沼から上がって来たあいつよ。」
「おっけ~。」
「ファイアーストーム・アンリミテッド・トリプルゥッ!。」
ボォファボォファボォファボォファ・・・・
お~これで半分くらい倒せたなぁ。
岸際には、カプセル状のドロップアイテムも落ちてるし、流石は桜先生。
後は残ったジャイアントフロッグを倒せば作戦終了だな。
おっ、ここでようやくセクシーボイスの効果時間終了のお知らせ。
こっからは俺も雷魔法で加勢・・・いや、短剣にしとこう、MP足らんし。
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○戦闘終了後○
岸に上がった残りのジャイアントフロッグ達もほどなく殲滅完了。
その後ドロップ品の回収をしていると、小太郎のやつも上から降りてきた。
プカ、プカ、プカ
「小太郎、身体に異変はなかったか?」
「何のことかにゃ。」
どうやらこいつには、先輩のセクシーボイスは届かなかったようだな。
まあ俺も聴覚強化を発動しなきゃ、あんな目に遭うこともなかっただろうけど。
「ほら見てみろ。これがオークションでおまえが欲しがってた『カプセルモンスター(ジャイアントフロッグLV1)』だぞ。」
「にゃあ?」
俺は野球のボール大のカプセルを小太郎の目の前に置いてやる。
コロン・・・・コロコロコロ、スタタタ
小太郎はそれを前足でつついて遊びだした。
こいつ、大枚はたいて、こんなことがしたかったのか?
ってか、もうオークションのことなんかすっかり忘れてしまっている御様子。
2100万円もの値がついた高額アイテムだってのに・・・全く大した奴だよ。
「おい、小太郎。あんまり岸際まで行くと危ないぞぉ。」
「大丈夫にゃ~。」
ザバァ
その瞬間、水面が盛り上がる。
なっ。
沼から顔を出したのは1体のジャイアントフロッグ。
ゲロッ!シュルシュルシュルゥー
伸ばした舌が小太郎へと伸び、小さな身体に巻き付いた。
不味いっ!
ヒュルル―――ン、バクンッ
あまりにも一瞬の出来事。
小太郎の身体はジャイアントフロッグの口の中へと飲み込まれてしまった。
「小太郎っ!」
叫んではみるが、もう既に時は遅し。
いや、今直ぐこいつを倒せばまだ・・・
ゲコッ、カランカラン
ジャイアントフロッグが口から何かを吐き出した。
あっ、あれは薪木かっ・・・なら小太郎は一体どこに?
プカ、プカ、プカ、プカ
周囲を見渡す俺の目の前を上から小太郎が通過した。
「ビックリしたにゃっ!」
そりゃ、こっちの台詞だ。
次回、第五十五話 決勝のルール。