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第五十二話 小さな暴れん坊

○小さな暴れん坊 その1○


 6月1日土曜日午前7時、ハイツ令和201号室。


 昨日オークションで落札したレベルアップブレスレットだがあれは全会一致で小太郎が装備することに決定していた。

 あの装備時のステータスを見てしまえばこうなるのも当然で今まで単なる癒しの存在だった小太郎がパーティーの戦力たりえる可能性に皆が期待した結果である。


 当初希望していたアイテムが落札出来た訳では無かったがこれはこれで今回のオークションは一先ず成功。

 湯上りの頭をバスタオルで無造作に拭く賢斗の顔にも満足気な笑みが浮かんでいた。


(けっ、賢斗さん、大変です。)


 えっ、円ちゃん?


(どうしたの?朝っぱらから。)


(小太郎が行方不明になりました。)


 はい?

 ・・・最近じゃ円ちゃんにも懐いていたしアイツが逃げ出す要素は無くなった筈なんだが。


(確か昨日は小太郎の奴首輪着けて寝たまま帰ったよね?)


(はい、昨日おうちに帰ってからはあのままベットに寝かせてあげました。)


 う~む、となると原因はなんだろなぁ?


 ヒュ~ン・・・考え込む賢斗の目の前を忍び装束を着た子猫がムササビの術で横切って行く。


「あにきぃ、グッドモーニングだにゃ。」


「おっ、おう。」


(円ちゃん、小太郎見つけた、今俺の部屋に窓から入って来た。)


(えっ、賢斗さんのところに遊びに行っちゃったのですか?)


(うん、どうやらそうみたい。

 後で拠点部屋に連れて行くよ。)


(ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが宜しくお願いします。

 もうっ、これは後でお説教ですね。)


 まっ、お手柔らかにね。


 シュタ、子猫はテーブルの上に降り立つ。


「喉渇いたにゃ。」


「おい小太郎、喉渇いたじゃないだろぉ?

 円ちゃんが滅茶苦茶心配してたぞ。」


「にゃあ?」


 ったく、都合が悪くなると直ぐバカっぽくなりやがって。


 呆れながらも冷蔵庫から500mlのスポーツドリンクを取り出すと賢斗はその半分程をスープ皿に注いでやった。


 ピチャピチャ、嬉しそうにそれを舌で舐め始める子猫。


「にしてもよく円ちゃんの部屋から抜け出せたなぁ、お前。」


「にゃ~、なんか今日は起きたら調子が良かったにゃ。

 窓に体当たりしたら簡単にぶち破れたにゃ~。」


 ぶぅっ!コイツ窓ガラスぶち破って来たのかよっ。

 まっ、今のコイツはブレスレットで化け猫になってるし子猫とは思えん戦闘力の持ち主・・・

 う~む、こりゃ円ちゃんも大変だな。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


○小さな暴れん坊 その2○


 小太郎を連れ拠点部屋に来てみれば円が俯き加減でソファに座っていた。


「おはよう、円ちゃん。小太郎を連れて来たよ。」


 賢斗が声を掛けると円は安堵の表情を浮かべた。


「もう小太郎、心配ばかりかけてダメじゃないですか。」


 そう言って彼女は賢斗が抱く小太郎を受け取ろうと両手を伸ばす。

 すると子猫は不意に逃亡を図る。


「にゃっ!シュタッ、ドンッ」


 ぐはっ!ドテッ。


 蹴り出した後ろ足はみぞおちにクリーンヒット、賢斗はそのまま後ろに尻餅をついた。


「こらっ、小太郎。待ちなさい。」


 うぅぅ、痛ったぁ・・・不意打ちとはいえ今のは結構効いたぞ、ヒ~ル。

 あのブレスレットの所為で蹴る力も格段にアップしてやがる・・・って、えっ?ガシャン、パリンッ、ドカドカ


「小太郎っ。いい加減にしなさい。ガシャン、ドンッ、ドカドカ」


 子猫は部屋の中を縦横無尽に立体移動、円が捕まえようとしているがとても彼女の手に負える様には見えない。

 そして次第に拠点部屋内はまるで嵐が来たかの様な惨状にその姿を変えて行く。


 呆気にとられしばし呆然と事の成り行きを見守っていた賢斗であったが・・・


 っとイカンイカン、このままじゃってもう既に手遅れの気もするが。


「円ちゃん、俺に任せて。」


 円を制し賢斗が小太郎と対峙する。


「小太郎、いい加減にしろ。

 お前の所為で部屋の中が滅茶苦茶になっただろぉ?」


「今度の鬼はあにきかにゃ~。

 おいらを捕まえられたら言う事を聞いてやっても良いにゃ~♪」


 ちっ、こいつ、鬼ごっこでもしてるつもりか?ったく、転移っ!


 小太郎の背後に姿を現すとその首根っこを摘まみ上げる。


 これ着けたままだったのが全ての元凶だろ。スポッ


「ガチャリ、ちょっとぉ、今凄い音は一体・・・」


 あっ、ヤベ。


 割れた窓ガラスに陥没した横壁、散らかった部屋の惨状と摘み上げられた子猫。


「修理代はしっかり請求させて貰いますからね、多田さん。バタンッ」


 それだけ言うと中川は部屋のドアを閉めた。


 ・・・ボス、請求先が違うのでは?


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


○小さな暴れん坊 その3○


 午前10時、クローバーの商談コーナーではナイスキャッチの面々が緊急ミーティングを開いていた。


「・・・とまあ事の次第はこんなところです。」


 賢斗は拠点部屋があんな有様になった理由を桜とかおるに説明する。


「小太郎は元気だねぇ~。」


 ハハ、元気どころの騒ぎじゃねぇけどな。


「そっか、それで拠点部屋があんな有様だったのね。」


「全く、私の部屋も朝起きたら滅茶苦茶だったんですよ。

 お部屋の家具とかも全部買い替えなきゃならないし小太郎はしっかり反省して下さいね、もう。」


 そう言って頬を膨らます円に対し当の子猫は・・・


「にゃあ?」


 う~む、全く反省の色が窺えん。


「小太郎、お前都合が悪くなると何時もそういう態度になる時点で話の内容を少しは理解しているだろぉ?」


「にゃあにゃあ。」


 小太郎は頷いて見せた。

 ちなみに少しややこしいのだがこれが猫的NOのジェスチャーである。


 ったく、とはいえ子猫に人間の尺度で反省しろっつぅのも土台無理な話か。

 それに元を正せばあんな首輪を寝てる間に着けたままにしておいた俺達にも責任がある。

 初犯の今回は大目に・・・


「あっ、多田さん、部屋の修理費の見積もりなんですが大体220万円ほどになりそうです。」


 ブフォッ、見れる訳ねぇだろっ!


 かくして洒落にならない被害額を出したこの一件。

 飼い主の円は自分一人が拠点部屋の修理費を全額負担すると言い出していたが小太郎はそのレベルアップした力で今後パーティーの戦力として貢献してくれるだろう。

 その一方で子猫である彼は魔石やドロップアイテムから生じる金銭的報酬を欲したりはしない。

 話し合いの結果今回の被害額は必要経費としてパーティー資金から捻出するという結論に達した。


 まっ、逆にこれで心置きなく小太郎にも魔物との戦闘に参加して貰えるってもんか。


 ちなみに円の私室はイタリア製の高級家具等がズラリ、そちらの被害額は600万円を超えていたり。


「小太郎、今後暴れて良いのはダンジョンの中だけだからな。」


 この小さな暴れん坊にも困ったものであった。


「にゃあ?」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


○レベルアップ時の疲労困憊症状○


 午前11時30分、ミーティングを終えた賢斗達は緑山ダンジョンへと赴いた。

 普段ここには薬草採取目的でお邪魔する事が多いのだが先程の件もあり今日の目的は小太郎の実力検証、ここの1階層の林地帯であれば立体的で素早い動きが顕著だった小太郎の実力が如何なく発揮される事だろう。


 ダンジョンに入ると賢斗は巾着から小太郎を出し地面に下ろす。


「そんじゃあ小太郎、これからお前にまたこの首輪を着けるけど好き放題暴れちゃダメだからな。」


 外していたレベルアップブレスレットを再び子猫の首に装着しようとするのだが・・・


「首輪なんか着けたくないにゃ。」


「着けたくないって、朝は全然気にしてなかっただろぉ?」


「そんなの着けたら邪魔くさいだけだにゃ。」


 う~む、困ったな、まあ俺だって首輪何か着けられるのは御免だし猫だって嫌がるのは当然かも知らんが。

 いやでもあれだけパワーアップできたとなれば話は違うと思うんだが・・・あっ。


 小太郎がレベルアップブレスレットを装着されたのは寝ていた時であり、この子猫には未だこのブレスレットの効果で自分がパワーアップしていたという自覚が無い。


 ふむ、であれば起きてる状態でもう一度このブレスレットを着けてやればコイツの認識も変わる筈。

 よし、ここは少し策を弄してみるか。


「こいつは非常に残念だ。

 これは小太郎の為にこの間のオークションで1500万円も出して手に入れたお洒落アイテムなのにまだお子ちゃまの小太郎にはこのブレスレットの良さが分からないとは。」


「おいらはお子ちゃまじゃないにゃ。」


「おや、では小太郎君にもこのブレスレットの良さが分かると?」


「そんなの当たり前にゃ、滅茶苦茶カッコいいブレスレットだにゃ。」


「ほほう、なら一度ご試着してみては?

 きっと違いの分かるお洒落さんならお似合いになる筈。」


「にゃあ?まああにきがそこまで言うなら仕方ないにゃ~♪」


 チョロくて助かる。


「よし、じゃあ早速着けてみるぞぉ。」


 ふっ、どうせきっと「うぉ~、力が漲って来たにゃ~」とか言い出すに決まってる。スポッ


 コテッ、予想に反し子猫は首輪を着けた途端横に倒れた。


 あれ?


「おいっ、小太郎っ!どうしたっ?」


「あにきぃ、おいらなんかいきなりグッタリしたにゃ。」


「そんな訳ないだろぉ?ステータス的に今のお前は・・・あっ。」


 HP 3/23、SM 3/18。


 こいつは迂闊だったな。


 レベルアップによりHP値やSM値の最大値が上がろうとその時点の値が増える訳では無い。

 と言ってもこれは人間のレベルアップを考えた場合しかし大した問題とはならない。

 一方猫である小太郎は一つレベルアップしただけでそのパラメータが大きく上昇する。

 一見良い事に思えるが逆にこれが災いし最大値と現状値との間に大きな開きが発生、相対的にその強化された肉体が疲労困憊症状を感じてしまう結果となっていた。


 昨日はコイツが寝てたからこれに気付かなかっただけだったのか。


「どうしましたか?小太郎、みんなが見てるんだからもうちょっと頑張ってください。」


 元気の無くなった小太郎を心配する円。


 でもまあそういう事なら・・・スポッ


「あれにゃ、なんかいきなり元気になったにゃ♪」


 外せば元に戻るわな、うん。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


○クイーン猫ダンス その1○


 猫におけるレベルアップ時の疲労困憊症状。

 この問題の解決なくして小太郎にブレスレットを装着するのは流石に気が咎める。

 賢斗はその原因を皆に説明し意見を求めた。


「・・・という訳でコイツの場合レベル2になる時疲労困憊症状が出てしまうんだ。

 何か苦痛を与えない様にする良い手は無いかな?」


「だったらさぁ、ハイテンションタイム中に首輪を着けて上げれば良いんだよぉ~。

 そしたらSM値は直ぐ回復するでしょ~。」


 HP値の方はどうすんの?先生。


「ダメよ、桜、それじゃまだ一時的に小太郎がグッタリしちゃうでしょ?」


 いやだからHPはどうすんだっつの。


「あっ、そっかぁ~。」


 う~ん、とはいえ他に考えられるとすれば先輩がウォーターヒールを装着後直ぐ掛けてやるのが最善策か?

 でもこれにしたってその回復量やタイムラグに問題がある訳だし・・・


「もうその首輪は着けたくないにゃ。」


 あぁ~こいつもさっきの事でさっきより警戒心が強くなってる。

 これはもう普段は小太郎のレベルアップは封印しておく方向で行くしかなさそうだな。


「小太郎、我儘言っちゃいけませんよ。

 それに賢斗さん、そういう事でしたら私に取っておきの名案があります。」


 ん、取って置きの名案?


 円の顔を窺えば久しぶりに見せる自信あり気な表情。


 何だろう・・・素直に期待できない。


「私が新たに覚えたクイーン猫ダンスを使えば小太郎はいつも元気一杯になってくれるんですよ。」


 ふっ、やはりお出ましか・・・クイーン猫シリーズ、最新作。

 そしてこの口ぶりじゃもう既にお試しは・・・すまん、小太郎。


 しかしまあそう感傷に浸っても居られない。

 俺には全ての事情を知る者としてまだやっておかねばならない事が残っている。


 さあ見せて貰おうかっ!

 そのクイーン猫ダンスとやらの実力をっ!


~~~~~~~~~~~~~~

『クイーン猫ダンス』

種類 :アクティブ

効果 :猫人化して踊る、猫族に送る祝福のダンス。対象の猫族のステータスを全回復させることができる。クールタイム1時間。

~~~~~~~~~~~~~~


 あれ?普通に良いスキルなんですけど・・・


「どうですか?賢斗さん。

 私のクイーン猫ダンスの効力は?」


「うん、これなら小太郎が半殺しになる事も無いね。」


「えっ、半殺し?」


 つい余計な事を口走る賢斗であった。

次回、第五十三話 緑山ダンジョン攻略。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最近読み始めたのですが、面白くて一気に読んでしまいました(笑 これからどうなるのか楽しみに待ってます。 [一言] しかし委員長はダンジョンに出会いでも求めに行ってたんですかね? マイダ…
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