第三十四話 クイーン猫パンチ
○攻撃魔法の相性 その2○
翌日5月9日木曜日午前6時。
昨日に引き続き清川ダンジョン3階層大部屋前まで朝のダンジョン活動にやって来た賢斗達。
想定では部屋内に昨日討伐しなかったレベル7のスライムが4体。
そして欠けた個体数を補う形でレベル3のスライムが6体居る筈である。
どれどれ~、おっ、予想通りの状況だな。
となるとここはレベル7個体をなるべく多く桜のファイアーストームで・・・
って、あれ、レベル9?
あっ、そういや昨日先輩が風魔法で壁に激突させた個体が居たからなぁ。
あのとき瀕死状態になっていたと考えれば・・・ふむふむ、3回目の瀕死処理検証の手間が省けてしまった。
とはいえそうなると・・・
「桜、先輩、あそこに少し大きく見える個体が居るだろ。
あれレベル9になってるから、まずはあれを皆で倒そう。」
「そうなの?変ねぇ、瀕死処理なんてした覚えないのに。」
自覚なしか・・・まあいいけど。
「おっけぇ~。
じゃあいっくよぉ~、ファイアーストーム・アンリミテッドッ!」
ボォファボォファボォファボォファ・・・・
放たれた火嵐は集まっていた3体のスライムを飲み込む。
するとレベル9個体はHPを半分以上削られ、巻き添えのレベル7個体の1体は消滅、もう1体は辛うじて生き残るといった状況。
おっ、これなら何とかなりそう。
「先輩、俺達も行きますよ。」
「了解。」
ビュゥーボファ~バリバリバリィ~
賢斗とかおるの協力魔法を放つとレベル9個体は光の粒となっていった。
ふぅ、これで取り敢えず・・・
『パンパカパーン。多田賢斗はレベル6になりました。』
おっ、よしよし。
「先輩、もう1体行きましょ。
桜は別の個体を頼む。」
とここで残るレベル7の2個体の討伐に移る。
桜のファイアーボールでは現状レベル7個体を殲滅するには2回の攻撃が必要、そんな情報も得つつ戦闘は程無く終了した。
その後は部屋内に残るレベル3のスライム達を瀕死処理。
他階層のスライムにも同様の処理をしておきたいところであったが、時間的余裕のない朝の活動に見切りをつけた彼等はそのまま拠点部屋に帰って行った。
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○お待ちかねの円○
午後4時、クローバー拠点部屋にはホットコーヒーの入ったマグカップを片手に探索者マガジンを眺める賢斗の姿。
パラパラ、ズズッ
『探索者アイドル三角桃香。~24時間密着取材~』
ほほう、これは確かに目の保養になるレベルの可愛さ。
今一番人気の探索者アイドルと言うのも頷けますなぁ。
つっても身近にアイドル顔負けの美少女がいる身としては、こんなお写真だけの存在にそこまで興味も湧きませんけど。
パラパラ、ズズッ
『来る?来ない?浮遊島ダンジョン進路変更か?』
ふむ、やっぱガセネタだったか。
これはもう雑誌社に抗議のお便りを・・・
なぁ~んて逆立ちしたって行けない俺には関係無いか。
パラパラ、ズズッ
『海外オークション速報 ~極大Sランク魔石を2億円で日本人が落札~』
お~、2億円とは凄げぇな。
にしても極大Sランク魔石とか、一体どんな怪物を倒すとこんなのドロップするんだ?
ふむふむ・・・全長30mを超えるゴールドキングドラゴンっすかぁ。
なんかホント怪獣映画に出てきそうだな・・・おっかねぇ~。
とはいえ魔石オークションなんつぅ話は海外ならではって感じだな。
日本の魔石売買は探索者協会が統一管理、オークションに出品される事なんてないし。
ガチャリ
「どぉ~ん、とっつげぇ~きっ。」
楽しそうだな、お前、おっ。
「円ちゃん連れて来たよぉ~。」
うん、見りゃ分かる。
「ご無沙汰しておりました、賢斗さん。
ようやくお待ちかねの円がやって参りましたよ。」
はい、お元気そうで何より。
「ああ、うん、久しぶり円ちゃん。」
ガチャリ
「ゴメ~ン遅れて。
って、あら円さん来てたのね。」
「はい。こちらとの事前契約は終わったので、後は探索者資格を取るだけです。」
「そう、早かったわねぇ。
じゃこれからよろしくね。」
「はい、こちらこそ宜しくお願いします。」
「それで円ちゃん、その着てる装備はどうしたの?」
「これはこの店の店長さんにお願いして、ご用意して頂いたものを今試着してみました。
CLOVERのロゴも入って皆さんとお揃いです♪」
あっ、ホントだ、まだ値札が付いてる。
ホワイトシープのレザーベスト :35万円
ホワイトシープのレザーホットパンツ :50万円
ホワイトシープのレザーロングコート :150万円
ホーンラビットのレザーグローブ :15万円
ホワイトリザードのレザーブーツ :65万円
Tシャツ【白】 :5万円
靴下【白】 :3万円
ブロンドの少女に白系で統一されたコーディネート。
それは元々の美貌に清廉潔白な雰囲気を纏わせ見る者に聖女や天使と言ったイメージを連想させる仕上がりになっていた。
ほほ~う、肌も白いし妙に似合ってるな。
まあ元が良過ぎるから何着ても似合いそうではあるが、そこは流石は中川コーディネートと褒めておこう。
そしてTシャツと靴下は4つセットの筈だからこの装備の合計額は347万円ってところか。
っておや?俺達の時よりかなり高いんですけど。
よし、抗議しよう、できないけど。
チラッ、チラッ
えっ、何?
「あっ、ほらぁ、賢斗君はその装備姿の円に見惚れちゃって声も出ないそうよ。」
あっ、そゆことか。
となればここは一つ・・・
「こっ、声が・・・」
迫真の演技をみせる賢斗だった。
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○クイーン猫パンチ その1○
未だ円がそっぽを向き、かおるが賢斗を指差し声を殺して笑い転げる拠点部屋内。
(賢斗君、君天才っ!ジーニアスジーニアスぅ♪)
うっさいっ、ほんの少し褒め方が高度過ぎただけだろぉ?
がしかしこの雰囲気は居た堪れん。
ここはもうダンジョンにサッサと行った方が良さそうだ。
「あっ、そっ、そういや俺達これから清川ダンジョンに行く予定なんだ。
折角遊びに来て貰って悪いけど円ちゃんにはここでちょっと待ってて貰って良いかな?
多分10分くらいで戻って来れると思うからさ。」
少し時間を置けば、お嬢様も気分を切り替えてくれるだろう。
「何を言ってるか分かりませんよ、賢斗さん。
それには当然私もご一緒致します。」
えっ、何で?
「円ちゃんも一緒に行った方が楽しいよぉ~、賢斗ぉ~。」
「いやだって円ちゃんはまだ探索者資格もないし武器とかだって持ってないだろぉ?」
「ご心配には及びませんよ、賢斗さん。
私にはこの拳があれば十分です。」
う~ん、拳って言われてもなぁ。
一応グローブ着けてるけど格闘用でもなさそうだし。
「それにキャットクイーンもレベル3に上がり、クイーン猫パンチという技を会得しております。
もしかしたら私、最強かもしれませんよ。」
んっ、何それ初耳。
とはいえキャットクイーンはパッシブ系。
ハイテンションタイムになる度勝手に習熟度が上がり、レベルアップしていてもおかしくはないか。
にしても最強ねぇ。
このお嬢様の事だからあまり期待するのもアレだが、確かに正体不明のキャットクイーンスキルが新たに取得した新特技は気になるところ。
う~ん、この自信あり気な口振りからして一回くらい試してみたのかな?
「円ちゃん、そのクイーン猫パンチって使った事ある?」
「はい、小太郎にこれを使ってチョコンと突いたらコテッと横になっちゃいました。
きっと相手を眠らせてしまうパンチですよ。」
ほほう、なるほどぉ、睡眠の付加効果のあるパンチか。
それがもし本当なら、お手軽に睡眠習熟ができるかも・・・
「ふ~ん、じゃあちょっと解析で確認してみて良いかな?」
「はい、賢斗さん。
存分にお調べいただいて結構です。」
ではお言葉に甘えまして・・・
~~~~~~~~~~~~~~
『キャットクイーンLV3(0%)』
種類 :パッシブ
効果 :猫族のクイーンとしての本能を呼び覚まし、特殊能力を得る効果。
【特殊能力】
『クイーン猫パンチ』
種類 :アクティブ
効果 :猫人化して放つ不殺の手加減パンチ。当たれば自分のレベル以下の相手ならHPを強制的に1まで削る事ができる。
~~~~~~~~~~~~~~
何この瀕死処理に特化した特殊能力。
これ使って瀕死処理したら、ものの1分で終わりそう。
そして円ちゃんは寝ちゃったなんて言っていたが、俺の見てない所で小太郎のやつがまた半殺しにされていたとは・・・
「何かお分かりになりましたか?賢斗さん。」
・・・はい、飼い猫が懐かない原因まで。
しっかしこれ、まんま説明しちゃうと円ちゃんかなり凹みそうだなぁ。
となればここはひとつ適当にお茶を濁して魔物以外には絶対に使うな的な注意を与えておくのが正解か、うん。
「円ちゃん、ゴメン、ちょっとよく分かんなかったかな。
でも魔物以外には今後絶対使わない様にしといた方が良いと思うよ。」
普通の一般人はレベル1の人が殆ど。
素直に聞いて貰えない様だともう全部説明するしか手は無いんだが。
「そうでしたか。
確かによく分からないものを人に向けて使ってはイケませんね。
わかりました、ここは賢斗さんの御助言に従うとしましょう。」
ふぅ、ご納得頂けて何より。
にしても・・・はてさて。
モンチャレ前の賢斗達にとって円を清川に同行させるのはこのクイーン猫パンチという特技を考慮しても経験値が分散されるだけの愚策でしかない。
しかし彼女が居てくれるだけでコバルトブルースライムによる金策もまた可能になる。
そしてこれからパーティーに加入予定の彼女を一人この拠点部屋に置いて行くのも、なんとも忍びないお話だったり。
そんな諸々の事情に考えを巡らせた賢斗が出した結論は・・・
「じゃあ円ちゃんも一緒に行くか。」
「はい♪」
まっ、仕方ないわなぁ、本人行く気満々だし。
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○クイーン猫パンチ その2○
円を伴い清川ダンジョン3階層大部屋前へと移動した賢斗達。
大部屋内にはまだリスポーンしたスライムは居らず、今朝瀕死処理したスライム達が6体だけといった様子。
一方円の招き猫(雌)の効果も6体だけでは結果を出せず仕舞い、コバルトブルースライムの姿も無かった。
まっ、遭遇率10%だもんなぁ。
「じゃあ円ちゃん、先ずは猫人化してブルースライムにクイーン猫パンチを使ってみてくれる?
効果の検証をしておかないと不味いし。」
効果は分かってますけどね。ってあれ?
賢斗が指示を出すも彼女は何やら戸惑いを隠せないご様子。
う~ん、どうしちゃったの?
拠点部屋ではあんなに強気だったのに・・・
「あっ、いや危ないときは直ぐにフォローするからさ。」
「ゴメンなさい賢斗さん。お断りいたします。」
えっ、ここまで来て実は魔物が怖いですとか言い出したりするのか?このお嬢様は。
「あの気持ち悪い生き物を、この手で直接触れるとか絶対に有りえません。」
あ~そっちか。
それなら分かるわ。
つぅかこんなお嬢様じゃ俺以上に嫌だわな。
となるとまあ仕方ない。
ここはもうこのお嬢様に瀕死処理係としてお役に立って頂く計画は綺麗さっぱり諦めた方が良さそうだ。
「ああ、ゴメンゴメン、無理言って悪かった。
俺の方がちょっと気遣いが足りなかったみたいだな。」
「・・・いっ、いいえ。わっ、私の方こそ我儘を言いました。」
俯き意気消沈する少女。
「まあこればっかりは、仕方ないって。
やっぱり資格取って武器購入できるまで、円ちゃんは見ているだけで良いから。」
賢斗がポンポンと優しく肩を叩いてやると・・・
ぐわしっ!
その手を掴み返される。
「ちょっと待ってください、賢斗さん。」
あれ?急にどうした、お嬢様。
「私は何も「できない」とは言っていませんよ。」
いや、さっき言ってましたけど。
「そして何より賢斗さんにそこまで言わせてしまっては女が廃るというものです。」
う~ん、これは例の意地っ張りスイッチが入ってしまったのか?
「見ていて下さいっ。」
ポンッ
円は猫人幼女化すると、着ていたロングコートを脱ぎそれを右手にぐるぐる巻きにした。
「行きますにゃん。」
テケテケテケ、ポフッ
幼女化したこともあり、動きを見ると桜以上にドン臭い。
しかし元々動きの鈍いこのレベルのスライム相手であればそれも特に問題にはならない。
テケテケテケ、ポフッ
一撃のもとに次々と瀕死にされていくスライム達。
テケテケテケ、ポフッ
6体全ての瀕死処理があっという間に終えた彼女は意気揚々と賢斗達の元に戻って来た。
「どうですか?賢斗さん。
スライム達が見事に眠ってしまいましたぁ。」
「そっ、そうだね。」
眠ったというより、動けなくなったという解釈が正しい。
「お~、円ちゃん凄いね~。」
「こんなの大したことないですにゃん、桜。」
まあ何にせよ、この分ならレベル3スライムの瀕死処理は任せても大丈夫か。
と言っても150万もするロングコートが汚れちゃうし、今しばらくは俺が担当した方が良さそうだけど。
テケテケテケ、シュッシュシュッシュッ、チラッ、テケテケテケ、シュッシュシュッシュッ、チラッ
賢斗の周りでこれ見よがしに移動&シャドーパンチを繰り返し始める円。
今度は何だ?人の周りで鬱陶しい・・・って待て待て。
このチラ見はこのお嬢様が褒めて欲しい時のサインだった筈。
となれば同じ過ちを繰り返す訳にもいくまい。
今度は盛大に褒めちぎってやろうではないか・・・で、一体何処を?
「賢斗にゃん、どうですか?この私の俊敏な動き♪」
なっ、そこをどう褒めろと?
次回、第三十五話 第2予選日朝の光景。