第三十三話 新たなホームダンジョン
○高校生モンチャレ大会第1予選レポート特集○
5月7日火曜日午後0時30分。
賢斗はざわつく昼休みの教室で一人昼食を取り始める。
ちゅ~、あ~やっぱカフェラッチョ美味ぇ~♪
今朝のパーティー活動ではかおるの往生際の悪さもあってかその後ダンジョンへは行けず仕舞い。
かといってお手軽に集団転移が可能となった今朝の検証には彼も満足していた。
そしてこれからはお気に入りである清川ダンジョンに活動の場を移す事が出来る。
そんな心躍る今後の展望に気を良くしていると・・・
「多田君、はいこれ。チェックお願いね。」
白川が差し出してきたのは、今週の探索者予定の用紙。
まるでこの仕事が俺の担当だとでも言わんばかりのこの渡し方。
う~む、ここは文句の一つも・・・
彼女は不満あり気な賢斗の顔を即座に睨みつけた。
は、やめておこう。
ひえ~、くわばらくわばら。
「委員長、高橋はどうだった?
この連休一緒にダンジョン入ったんでしょ?」
「そうね。多恵に土下座して頼んできたから、パーティーに入れてあげたわよ。」
ほう、土下座までするか・・・流石は限界を突破した漢だな。
白川が自分の席へと戻って行くと今度はモリショーがやって来る。
「賢斗っち~、大ニュースっしょー。」
何事かと様子を窺っていると、彼は賢斗の机の上に雑誌を広げる。
おっ、探索者マガジン今週号か・・・後で借りよう。
「この記事見てくれっしょー。」
ん、『高校生モンチャレ大会第1予選レポート特集』?
・・・あ~先週のが1週間遅れで記事になるのか。
まっ、発売日的にそうなるわな。
でも俺達だってこの大会に出場してた訳だし結果の方も結構上位、これはもしかして・・・
特集ページには30組程の出場者が掲載され、賢斗はその写真に順次目をやっていく。
おっ!桜先生っ!
『驚愕!火の鳥 ~天才魔法少女現る~ 』
いや~、ホントに載っているとは、しかも大層なサブタイトルまで付いちゃって、これ見たら桜の奴大喜びなんじゃないか?
そしてそのプロフィール欄に目を移せば『クローバー探索者事務所』としっかり記載されていた。
流石はボス、仕事がお早い。
にしても何だかなぁ。
俺としても探プロ契約した訳だし本来こういうのは喜ぶべきところなんだが・・・この写真だけは許せん。
その掲載写真は桜をメインに撮影されたショットで、彼女と彼女が放つ鳥さんにより賢斗とかおるの顔が見事に見切れていた。
まあ桜をメインに据えるのは致し方ないにしても、プロカメラマンならもうちょっとこうフレームの隅にさりげなぁ~くお邪魔する感じに出来るだろぉ?
「なぁ賢斗っち、この写真の娘、メチャクチャ可愛いと思うっしょ~?」
モリショーの指先は見事にナイスキャッチの紹介写真を指し示していた。
こいつ、この間一応桜を実際に見た筈なんだけどなぁ。
しかもこの写真には俺と先輩だって・・・
まっ、この見切れた写真じゃ分からんのも無理ないけど。
「お前の大ニュースってのは、この写真の少女の事だったのか?」
とはいえ気付いたら気付いたでまたあーだこーだと騒ぎ出しそうだし、このまま黙っとくか。
「そりゃ当たり前っしょー。
だってほら、高一でもうモンチャレ第1予選突破してるとか、そんなの滅茶苦茶凄い事っしょ~?」
「ふふ~ん、まあそうだな。」
「何で賢斗っちが得意気な顔するっしょ~?」
「いや、お前、写真を良く・・・いやなんでも無い。」
おっと、いけない。
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○新たなホームダンジョン その1○
午後4時、何時もの様に拠点部屋に集合した賢斗達は今朝可能となった集団長距離転移を早く使いたくてウズウズ。
管轄外である清川ダンジョンなら侵入申請も不要。
資格者である彼等がダンジョン内に突然現れようが法的な問題は何もない。
話が纏まると早速拠点部屋から直接清川ダンジョン3階層大部屋前へと行ってみる事になった。
「じゃあ行くぞ、3、2、1、転移っ。」
賢斗の掛け声に合わせ少女二人がタイミング良くジャンプすると三人は拠点部屋から姿を消した。
そしてここは一転、清川ダンジョン3階層大部屋前。
「うお~、やったぁ~。」
「やっぱりこれだと楽で良いわね。」
構造が似通った清川ダンジョン内、景色的には現在位置特定が難しいところなのだが、大部屋内に居るブルースライム達がレベル3である事からもそこが清川3階層大部屋前であることは間違いなかった。
お~、よしよし、ちゃんと転移出来てるな。
とまあそれは良いんだが・・・
無事転移出来た事に一安心の賢斗であったが、今度は必然的に発生してしまうデメリットについて考え始めた。
長距離転移の消費MPは6、対してレベル5になった賢斗の最大MPは18。
帰りの転移で消費するMPを除けば彼が自由に使えるMPは6しか残らない。
一方魔法スキルの習熟を考えれば同じMP量を消費する場合、高レベル魔法を使った方が効率が良い。
しかし今の彼にとってその高レベル魔法に当たるのは消費MP9のサンダーランス。
単に使用可能MPの減少というだけでなく、習熟効率の悪化まできたしてしまうのは考え物なのであった。
このままだと俺一人攻撃魔法のレべリングが大幅に遅れちまうよなぁ。
はてさて、どうしたもんだか。
解決方法を模索するなら、MPポーションを使ったり、清川に来なければ良いだけであったり。
しかし費用面や環境面を考慮すればこの2つの選択肢は賢斗的にあまり気が進まないモノである。
そこで彼が選んだ選択は・・・
う~ん、やっぱ身体レベルが上がるまで攻撃魔法の習熟にはある程度妥協するしかないか。
MPポーションはかなりお高いですし。
しかしそうなると・・・
「なあ皆、ちょっと相談なんだが、ここのスライムを2回瀕死処理してから殲滅する作戦で行かないか?」
「それってつまり今回と明日の朝は瀕死状態にするだけで帰るって事?」
「ええまあ。レベル7まで育成すれば丁度第2予選の予行練習にもなりますし、身体レベルのレべリング効率も上がって一石二鳥。
良い考えだと思うんですけど。」
「そうねぇ、2回目の瀕死処理でもレベルアップしてくれるかはまだ分かってないし、その辺も含めて早めに試してみた方が良いものね。」
あ~確かにその辺はまだ未検証だったな。
「じゃあさぁ、今はスライムを倒さないようにすればいいのぉ~?」
「いやまあ瀕死処理の方は俺が一人で担当するから、二人は適当に魔法の習熟に励んでくれ。」
「ほ~い。」
「そう?分かったわ。」
とはいえ俺はしばらく短剣スキルのレべリングにでも勤しむしかないからな。
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○新たなホームダンジョン その2○
スキル共有を済ませて大部屋に入ると、桜とかおるは横壁に向かってそれぞれ攻撃魔法を放ち始めた。
結構な衝撃音を発しているが、この人気のない清川ダンジョン3階層なら特に問題は無さそうである。
一方の賢斗もドキドキジェットを発動しハイテンションタイムの中スライムの瀕死作業に取り掛かっていた。
そして彼は今回その作業前に感度ビンビンを使用している。
万一ハイテンションタイム中に攻撃を受ければ、その鋭敏化した痛覚で如何に最弱スライムの攻撃と言えども激痛に襲われてしまう。
これはその点を見越した対策であった。
シュピン、ビリビリ
スタンを乗せた斬撃でスライムを麻痺させ解析で確認しつつHPが1になるまでダメージを与えて行く。
シュピンシュピンシュピンシュピン
う~ん、視覚のみでの近接戦闘ってのは予想以上にやり難いな。
実際足裏から地面の硬度や摩擦を感じ取れない場合、素早い移動が必要とされる実戦ではかなりの危険を伴う。
また斬撃の手応えが無ければ、ダメージ調整も難しい。
彼はそれを過去の瀕死処理経験で補っていた。
ふぅ~、何とか瀕死処理は無事終了。
とはいえ視覚のみに頼った近接戦をする場合、感度ビンビンの発動はある程度必要な情報を得てからにしないと危ないかもな。
『ピロリン。スキル『短剣』がレベル2になりました。特技『ポイズンエッジ』を取得しました。』
おっ、よしよし、このスキルくらいはレベルアップしてくれないと。
と二人を見ればハイテンションタイムを終え立ち話。
「お~い、終わったぞ~。」
こうしてホーム変更後初のダンジョン活動は無事終了、駆け寄って来た少女等と共に賢斗は姿を消していった。
そしてここは所変わってクローバー拠点部屋。
時計を見れば午後4時10分といったところである。
「何かあっという間に終わっちゃったねぇ~。」
「そうだな、まだここを出てから10分くらいしか経ってないし。」
「それにしてもホント便利ね~、長距離転移。
今まで白山ダンジョン通ってたのが、バカバカしくなってくるわ。」
確かに。
面々が直ぐ帰るでもなく、拠点部屋で寛いでいると・・・
トントン、ガチャリ
「あれっ、皆さん今日は白山ダンジョンへは行かないんですか?」
「いやまあ今日の活動はもう終わってるというか・・・」
そういや長距離転移を覚えたことは、まだ事務所に言ってなかったな。
スキルの情報共有は契約上の決まりだし、早いとこ説明しといた方が良いかも。
「・・・とまあ、そんな訳で、この部屋から直接清川ダンジョンまで行って、今帰ってきたんですよ。」
「そんな凄い魔法だったんですか?空間魔法ってっ!
長距離転移が出来るなんて転移石を持ってるSランク探索者さんくらいのものですよぉ。」
そうだよなぁ、俺達みたいなのが転移なんて使ってるのを見られたら、変に勘違いされて襲われかねない。
部外者には知られない方が良いだろうな。
「ちょっと先生に報告してきますねっ。バタン」
水島は慌てた様子で部屋を出て行った。
まっ、それはそれとして、10分でダンジョン活動終了とか、次からは1、2階層に居るブルースライム達も瀕死処理しとこっかな。
「ポリポリポリポリ・・・チラッ、あっ、賢斗もチョッポ食べるぅ~?」
と中心にチョコの入った細長い焼き菓子をリスの様に食す桜。
でないとうちの先生が小太りさんに成っちまいそうだ。
「いや、今はいいや。
それより桜、今週の探索者マガジンにおまえの写真が載ってたぞ。」
「え~、ホントぉ~?見せて見せてぇ~。」
「あ~、いやゴメン。
俺今持ってないから。明日借りて来てやるよ。」
「そっかぁ~。」
「あっ、それなら私が持ってるわよ、ゴソゴソ、はい。」
かおるが鞄から出した探索者マガジンを広げると、桜は自分の写真にご満悦。
「にしても先輩、この写真の俺と先輩の扱い、ちょっと酷いと思いません?」
「そうねぇ、次からは桜が魔法を撃つ時に二人でしゃがんでみましょ。」
おっ、何てポジティブ。
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○攻撃魔法の相性○
翌日5月8日水曜日午後4時、清川ダンジョン3階層大部屋前。
今日もまた賢斗達は夕方のダンジョン活動にやって来ていた。
今朝の話をすれば昨日瀕死処理をしたスライム達は想定通りレベル5にレベルアップしていた。
そしてその個体を更に瀕死処理しておいた今回、2度目の瀕死処理においてもその効果が現れるのだとすれば・・・
おっ、よしよし、ちゃんとレベル7になってる。
これで第2予選の予行練習相手にもなってくれそうですなぁ。
「じゃあ今日は一応あいつら全部殲滅する方向で行こう。
つっても俺達のMP全部使って全滅しなかったら、その時は直ぐ撤退する方向で。
あと俺は帰りのMPを温存しておかないとだから、今回はあんまり期待しないでおいてくれ。」
「おっけ~。」
「うん。」
スキル習熟システムスタンバイOK、では戦闘開始と行きますか。
「いっくよ~、ファイアーストーム・アンリミテッドッ!」
ボォファボォファボォファボォファ・・・・
大きな火嵐がブルースライム達を包み込むとレベル5個体の時以上に時間は掛かってしまっていたが、何とかレベル7個体を殲滅に至らしめた。
お~、流石は先生。
んじゃ俺等も・・・
目くばせした賢斗とかおるは同一個体を狙って魔法を放つ。
「サンダーボール・アンリミテッドッ!」
バリバリバリィ~
「ウィンドブレス・アンリミテッドッ!」
ブロロロロ~
するとまず賢斗のサンダーボールが先に届きスライムの身体は電気を帯びた。
そして後から来たウィンドブレスの強風がそれを吹き飛ばし壁に激突。
グシャ・・・ボタ
あらら、何時もの真空放電は起きないの?
う~ん、あっ蠢き始めやがった・・・ダメか。
「あ~ん、やっぱり真空状態を生み出さないウィンドブレスじゃ威力アップとはいかないみたいね。」
うむ、しかもスライムは物理耐性持ってるし、壁に激突しようが左程効いてない。
となれば・・・
「先輩、次は違う個体狙ってウィンドボールで行ってみましょ。」
「うん、そうね、わかったわ。」
ビュゥーボファ~バリバリバリィ~
二人の協力魔法は見事殲滅して見せた。
お~こっちの方が威力が出るじゃん。
真空放電やっぱ凄ぇなぁ、MP的にもお得な感じだし。
あ~でもまだ4体残ってるけどどうすっかな。
俺の魔法はもう既に店仕舞いだし。
「ファイアーボール・アンリミテッドッ!」
ドォ~~~ン
「ウィンドボール・アンリミテッドッ!」
ビュゥゥゥゥ~ン
おっ、今度は桜と先輩が協力魔法ですかぁ、いいねぇ~。
ポワンッ
あれっ、消えちゃった。
あ~真空で火は燃えないし、相性最悪だなこの組合せ。
「二人とも、今残MPはどんな感じ?」
「あんまり残ってない感じ~。」
「私もいまのでMP切れちゃったわよ。」
「じゃあ、予定通り撤収しますか。」
「あっ、賢斗ぉ~、今日は新発売のイチゴ味を買って来たよぉ~。」
・・・こいつまたチョッポ買って来てんのか。
次回、第三十四話 クイーン猫パンチ。