第三十話 幸運とは予期せぬ時にこそ訪れる
○俄かには信じられない良い話○
昼食後、桜、かおる、円の三人は湖畔の散歩をしてくると言って湖沿いの遊歩道を歩いて行った。
一方の賢斗は・・・
ドキドキジェットのクールタイムが終わるまで時間もある事だし、ここはまたひと眠りでもしておきますか。
と湖畔のリクライニングチェアでまた今日も暇な時間を優雅なお昼寝で過ごそうとしていた。
「ねぇねぇ、賢斗君は円ちゃんがあなた達のパーティーに入るのが嫌なの?」
見上げてみると腕組みした椿が彼の顔を覗き込んでいた。
「そんな事ないですよ、椿さん。
寧ろ是非入って欲しいと思ってるくらいですけど。」
「じゃあ何でさっきは反対してたのかな?」
「ああ、あれはほら、円ちゃんって凄いお嬢様だしご両親もさぞ厳しいだろうなって。
そうでなくてもあれ程身体の弱い娘が探索者になるなんて言ったら普通の親なら絶対反対するでしょ?」
「ああ、それなら良かったわ。」
えっ?
「賢斗君の言う様にあの娘は異常な程体力が無いわ。
だから普通の運動で体力をつける事すら出来なかったし中々それを改善する方法が見つからなくて困っていたの。
それで最終的にあそこのご両親は円を安全にレベルアップさせてくれるプロ探索者を探してみたり。
・・・まあ良い返事をしてくれる探索者さんは見つからなかったんだけどね。」
「そうだったんですかぁ。」
「そんな時その話を聞いた桜が「私が探索者になって円ちゃんをレベルアップさせるんだぁ~」なんて言い出したりして。
あの時は私も耳を疑ったけど、半年経った今無事その気持ちを貫いたあの娘は私共々この清川に円を連れ出したという訳。」
えっ、何、その俄かには信じられない良い話。
あいつスキル取得講座で飛ぼうとしてたけど?
「と言っても私的にはプロの探索者が匙を投げた円のレベルアップを桜がホントに実現出来るとは思えなかったわ。
でもそれが昨日、まあ勿論賢斗君達の協力があったればこそだけどちゃんと実現して見せてくれた。
あんな元気な円を見たのはホント久し振りだったし私も思わず泣いちゃいそうになったわよ。
だからね、賢斗君お願い。
円を君のパーティーに入れて上げて。
あの娘の今後を思えばその方が絶対良い筈だから。」
まあ確かにうちのパーティーならEXPシェアリングで安全にパワーレベリング出来たりするけど・・・
「椿さんの気持ちは分かりましたけど、それでもやっぱりご両親としては・・・」
「それは勿論心配はするでしょうね。
でもね、心配はするけど反対はしないと思うわ。
今の円を見たらきっとあそこのご両親も賢斗君達に感謝する。
そして君達のパーティーに加わればこれから円はもっと元気な姿を見せてくれるでしょう。
そんな娘の将来を奪う親なんて居る筈がないもの。」
う~ん、言われてみればそんな気も。
「という事で円の誕生日は6月10日だから探索者に成れるのはそれ以降よ。
あの娘の事、これからも頼んだわ。」
まっ、元より俺的には断る理由なんて無かったし、そういう事ならもうちょっと全面的にバックアップしといてやるか。
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○お嬢様の体質改善 その1○
ひとしきり話が終わると椿はまたコーヒー錬金に行くらしい。
そんな彼女に賢斗も同行する事にした。
「賢斗君は一人で何しに行くの?」
「えっ、あっ、まあちょっと確認作業と言いますか。」
ダンジョン入口付近で椿と別れた賢斗は一人2階層大部屋へ向かった。
するとそこには前回瀕死にしておいたブルースライムが1体。
早速その個体を解析してみると・・・
おっ、よし、これで俺の推論が立証された訳だ。
ブルースライムはレベル3になっていた。
その後そのまま次階層への階段を下りた賢斗は同じような構造の通路を進み3階層大部屋に辿り着く。
よし、ここも情報通りレベル3のブルースライムが10体か。
まっ、これなら何とかイケるだろ。
大部屋の中、他の個体から離れた1体に狙いを定め音速ダッシュ。
接近と同時にそのまま短剣の斬撃を加える。
シュピンッ
ふむ、HP 9/11、ダメージ2ってところか。
おっ、膨れた、バックバック。
ジュワ―
飛び退いたその場所にはスライムが吐出した酸液が掛かり、溶けた音と共に白い湯気が上がる。
流石にレベル1より吐出速度も酸濃度も上だな。
つっても前兆はあるし問題ないけど。
感触を掴んだ賢斗はその後も斬撃を放っていく。
そしてそのHPを1まで削ったところで攻撃の手を止めた。
よしっ、先ずは1体、瀕死処理完了ぉ~。
この1体を皮切りにその後も残りの個体を瀕死状態にしていった。
そして密集していた個体にはスタンで麻痺状態にする等手間を取らされていたが、10分もするとそれは問題なく終了していた。
これだけ居りゃあ、円ちゃんもあと一個くらいレベルアップしてくれんだろ。
明日の朝には帰る予定。
スライムのリスポーンを考えれば、もう今回のキャンプで討伐出来るスライムの数は限られる。
これが今賢斗が円にしてあげられる最大限の体質改善プランだった。
ついでに俺達のレベルも上げられるしな。
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○お嬢様の体質改善 その2○
椿をダンジョン入口に残し、賢斗はキャンプ場まで戻って来た。
「賢斗ぉ~、どこ行ってたのぉ~?」
テント前のテーブルで寛ぐ三人。
彼は彼女等に先程のダンジョンでしてきた内容を話して聞かせた。
「・・・という訳で3階層のスライム達を瀕死状態にして来たからさ、頃合いを見計らって後で倒しに行こうぜ。
そしたらきっと円ちゃんのレベルがもう1個くらい上がるだろうし、このキャンプ中に円ちゃんを普通の人並くらいにしてやれるだろぉ?」
「なっ、何を言っているのか分かりませんよ、賢斗さん。
わっ、私の体力は今でも十分普通です。
で、でも、その、有難う御座います。」
「賢斗君も意外と優しいわねぇ~。
円さんの為にそこまでしてくるなんて。ニヤニヤ」
・・・何、ニヤニヤしてんすか。
「いや、これは俺達のレべリングが主な目的。
円ちゃんの件はそのついでなだけですって、先輩。」
「ふ~ん、どっちがついでなんだか。
でもまあここはそういう事にしといてやるかぁ。ニヤニヤ」
何だろう、非常にやり難い。
「そっかぁ~。
じゃあさぁ、次にダンジョン入るのは夜になるのぉ~?」
「そうだなぁ、午後8時半くらいにダンジョンに向かう感じで丁度いいと思うぞ。」
「りょ~か~い。
じゃあ円ちゃん、今度はボートに乗ろぉ~。」
「はい、桜。お付き合いして差し上げます。」
「桜ぁ~、円ちゃんをあんまり疲れさせるなよぉ~。」
「わかってるぅわかってるぅ~。」
と話は纏まり賢斗達は夜ダンジョンに行く事に。
貸ボート屋へと去っていく少女二人を見送っていると・・・
「桜っ、俺の円をあまり疲れさせるんじゃねぇぞっ。キリッ
ぷふっ・・・かっこい~いっ♪」
おい、そいつは誰のモノマネだ?
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○お嬢様の体質改善 その3○
時間は流れ既に夕方午後6時。
「ご飯できたよぉ~。」
ムクリ
桜の声に目を覚ませばお空はすっかり茜色。
あっ、もう6時か、イケね。
「あ~悪ぃ。手伝わなくて。」
どうやら結構な時間昼寝して、夕食の手伝いまですっぽかしちまったみたいだな。
「かまへんかまへ~ん。」
女性陣のテント前のテーブルへ行くと焼きそばと豚汁の二品が並んでいた。
ズズズッ、あ~豚汁うめ~。
そんな食事を始めた賢斗にかおるが声を掛ける。
「ねぇ、賢斗君。私ちょっと思ったんだけど・・・」
ん?
「賢斗君が瀕死にした3階層のスライムってレベルが幾つになるのかなぁって。
2階層のスライムがレベル4だったってことから考えれば、その推測として+2でレベル5、又は倍になってレベル6って感じになるじゃない。
でもそれだとどちらにしたって今の私達のレベルじゃちょっときつ過ぎない?10体もいる訳だし。」
あっ、そういやレベル6になっちまう可能性もあるな。
「確かにそうっすねぇ。」
レベル6の魔物が10体と聞けば、今の賢斗達の実力的にはかなり厳しいお相手である。
そんな戦闘に虚弱体質のお嬢様を連れて行くのは本来かなり危険な事だが、それでなくては意味が無い。
一方同じレベルでも強さ的には最弱クラスのスライム。
加えてこの清川のスライム達は大部屋から出て来ず逃げる難易度はかなり低い。
彼がそんな諸々の条件に思考を巡らせていると・・・
「賢斗ぉ~、私がファイアーストームっていう魔法覚えたからだいじょぶだよぉ~。」
「おっ、桜はまた火魔法のレベル上がってたのか。」
「うんっ、レベル6になっちったぁ~♪」
ストーム系と言えば言わずと知れた範囲魔法。
それがあればもう一段階今回のスライム討伐の難易度は下がるな。
「先輩、桜の新魔法もある事ですし、やるだけやってみませんか?」
「まあここのスライムなら直ぐ逃げられると思うし、別に良いわよ。
君が折角そこまでお膳立てしたんだしね。」
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○お嬢様の体質改善 その4○
午後8時30分、円を加えた四人で清川ダンジョンへと向かった。
目的は勿論3階層のスライム討伐。
3階層を目指す途中、2階層大部屋まで行くと賢斗は一人飛び出す。
シュタッ
ほうっ、こいつまた一つ上がって今はレベル4か。
そしてもうHPが全快してるって事は、これ以上のレベルアップは無いとみて良さそうだな。
シュピンッ、ビリビリ
よしっ、麻痺った。
戦闘中、賢斗はスタンの効果の検証もしておく。
んじゃ止めっ!
ズブリッ
体内でゆらゆらと動いていた核の部分に短剣が突き刺さると、スライムは霧散していった。
ふぅ~、まっ、単体のレベル4スライムなら楽勝なんだけどな。
戦闘を終えた賢斗が皆の元に戻ると・・・
「賢斗さん、はぁはぁ、今レベルが1つ上がったみたいです。」
円は足をプルプルとさせ息を切らせながらも嬉しそうに言った。
ほう、では早速解析して進ぜよう。
「やったね、円ちゃん。
最大SM値が3になってるよ、おめでとう。」
「ええ、はぁはぁ、はい、有難う御座います。」
ともあれレベルアップ直後の今はまだその恩恵を受けていない。
そんな彼女に賢斗は背を向け中腰になると後方に向け両手を伸ばした。
「じゃあ次行こうか。」
パァ~ッと一気に花が咲き誇ったかの様な表情を浮かべる円。
「はいっ♪お待ちしておりました。」
弾んだ声と共に彼女は喜々として少年の首にその両腕を回した。
得てして幸運とは予期せぬ時にこそ訪れる。
ムニュムニュ
えっ、なっ、これはまさかっ!
緊急事態発生っ!背部二か所よりドリームボール1号2号と思しき反応が検出されました。
くぅ~、生きてて良かったぁ~♪
握りしめた拳を振り上げ、歯を食いしばって涙を流す少年。
「ちょっ、ちょっとちょっとぉ円っ!
おんぶは猫人化してからって言ったでしょっ!」
鬼気迫るかおるの叫びが大部屋内に響く。
うぉ~っ!今日の俺はついてる。
ふっ、どうやら俺は俺自身気付かぬ内にあの消える魔球を打ち崩していた様だ。
「あっ、済みません、賢斗さん。
大変失礼致しました。」
いえイェ~イ♪
円は賢斗におぶさったまま猫人化を発動する。
ちっ・・・消えたか。
がまあ良い、俺は生涯この感触を忘れる事は無いだろう。ニヤリ
「ちょっと賢斗君、その握り拳いい加減止めてくれる?
とっても気分悪いから。」
・・・うすっ。
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○お嬢様の体質改善 その5○
階段を下り、3階層の通路を進む一行。
杖を振りながら鼻歌混じりにトコトコ歩く桜。
一方口先を尖らせたかおるは猫幼女を背負った少年を未だ睨み続けている。
う~ん、この人どんだけ俺の幸せが気に入らないのだろう。
程無く大部屋前に着くと賢斗は円を降ろし大部屋の中の様子を窺う。
ふむふむ・・・
そこにはレベル5のブルースライム10体とレベル3のコバルトブルースライムが1体。
「先輩、どうやら瀕死状態にした場合のレベルアップ幅は+2が正解みたいですよ。」
「ふーん、つまりここのスライムはレベル5な訳ね。
で、作戦はどうするのっ?!」
・・・いい加減その不機嫌そうに喋るの止めてくれないかなぁ。
「じゃあ先ずは桜のファイアーストームでなるべく数を減らして貰いましょう。
その残りを俺と先輩が例の協力魔法で倒す。
てな感じの作戦でどうですか?」
「ふーん。良いわよ別にっ。」
「りょ~か~い。」
「じゃあ桜、お前はあのコバルトブルースライムを絶対仕留めてくれよな。」
「分かってる分かってるぅ~。」
作戦が纏まるとスキル共有した彼等は行動開始。
「いっくよ~。ファイアーストーム・アンリミテッドッ!」
ボォファボォファボォファボォファ・・・・
生み出された火嵐は直径5mの円柱状。
その範囲内に居たブルースライム達を飲み込むと見事殲滅して見せた。
しかしコバルトブルースライムを必ず殲滅と言う条件下ではその討伐個体数は何とか5体といったところ。
おおっ、流石の威力だな。
『パンパカパーン。多田賢斗はレベル5になりました。』
うん、有難う、でも今忙しいから。
「じゃあ先輩、残り6体、一番右の奴から行きますよ。」
「わかった。」
ビュゥーボファ~バリバリバリィ~
賢斗とかおるの真空放電を利用した協力魔法も1体のレベル5スライムを問題なく討伐した。
桜が残りのMPでファイアーボールを放てばこちらもその討伐数をもう1体加算。
その後にまた賢斗とかおるが協力魔法を放ったところで桜とかおるのMPは底を尽いた。
「残りはどうする?賢斗君。撤退する?」
まあ撤退でも構わないけど・・・
「じゃあ俺がスタンであの3体を麻痺させますんで、動きを止めた核を先輩の矢で攻撃してみて下さい。」
これが最後だし出来れば綺麗に全滅させて帰りたいよな。
「わかったわ。」
シュタッ、シュピンシュピンッ・・・
賢斗は飛び出すと素早く移動しながらスライム達にスタンを乗せた斬撃を加えていく。
よしよし、レベル5でもしっかり麻痺ってくれるじゃないですか。
シュピンシュピンッ
「せんぱ~い、効果時間にはあまり自信が無いですから、早めに止めを刺しちゃって下さい。」
ヒュン、ヒュン、ヒュン
かおるの放った矢が見事スライムの弱点部位である核を貫くとブルースライム達は霧散していった。
「いや~流石先輩、一矢必殺お見事でしたぁ~♪」
「フンッ、もう調子が良いんだから。
動きが止まっちゃえば近づき放題だし、私だってこんなの外さないわよ♪」
おっ、ちょっとご機嫌回復。よしよし。
「あのぉ賢斗さん、私またレベルが1つ上がっちゃいました。」
おお、それも目出度い。どれどれ~。
おっ、最大SM値もちゃんと上がって4か。
これなら以前の桜と比べても-1程度。
「おめでとう、円ちゃん。
最大SM値が4になってるし、これならもう同年代の女子と比べても体力的には遜色ないレベルだよ。」
「なっ、何を言ってるか分かりませんよ、賢斗さん。
私はこれまでも人一倍体力には自信があります。」
う~ん、まっ、確かに・・・
「そっ、そうだね。」
自信だけはあるんだよなぁ、このお嬢様。
次回、第三十一話 中川コーディネート。